鎧を解いて身軽な服装に着替え、フレイドはネストと共に一階の酒場へと戻った。無論、2人で食事を取るためである。
「やはり、食事は家族と一緒でないとな」
 一流の魔術師であり、立派なダークエルフの成人でもあるフレイドの「姉」は、先ほどとは一転して嬉しそうにそんなことを言う。
 その言葉の後ろにある本音を知る「妹」としては、可笑しいやら可愛らしいやらで、思わず笑みがこぼれていた。
 何だかんだと言ってネストは、フレイドと一緒にいられれば、それでいいのだ。
「……何をにやにやしている」
 フレイドの表情に気が付いたネストが、むっとしたように問いかける。
 酒場は先ほどと同じく、夕食時の喧噪でごった返していたが、なぜかこういう場所では互いの声もはっきりと聞こえるものだ。
 ぱたぱたと手を振るフレイド。
「何でもありません」
「む……そうか。ところで、どうであった? 情報収集の成果は」
 オーダーを取りに来たウエイトレスに手早く注文を済ませて、ネストがフレイドに話を振る。
 昼の間、フレイドが町を歩き回っていたのは、あることに関する情報を得るためであった。そのことはフレイド個人に関わることのため、フレイド自身は誰かに手伝ってもらうつもりなど毛頭ないのだが、そこを強引についてきているのがネストであり、結局それを許さざるを得ないのが二人の関係である。
 だから今、ネストが訊ねてきたことに対しても、フレイドは答えを与えることに躊躇はない。
「オルマフム族に怪しい動きがあることや、グルーディオ城近辺に出るサキュバスの話など、いくつかそれらしい情報はありましたけど……どれも関係はなさそうです」
「そうか……」
 当事者であるフレイドよりも、ネストの方が落胆したような声と表情を出す。
 が、フレイドはすぐに「ただ」と付け加えた。
「一つだけ、面白い話が聞けました」
「ほう」
 一変して、ネストのシアングレーの瞳が興味深そうに輝く。
 コロコロと表情を変える義姉に、内心苦笑しながら、フレイドは続けた。
「近頃グルーディオ領内で、若い娘が行方不明になる事件が、立て続けに起きているようです」
「ほう。若い娘が……人間か?」
「それがどうやら、農民から冒険者にいたるまで、様々なようです。人間やエルフのみならず、ドワーフやオークの女性まで隠されてしまったとか」
「見境がないな」
「同じ事件だとすれば、そうですね。そしてグルーディオ城主は、同じ事件だと見ているようです」
 そう言って、フレイドはズボンのポケットから一枚の紙を取り出して見せた。
「これを警備兵が配っていました」
 テーブルの上に広げられたその紙には、行方不明となった女性たちの名前と大まかな特徴が書かれていた。そして情報提供を呼びかける一文と、捜索協力者を募る一文も添えられている。
「なになに……『捜索隊に志願する者があれば、準備金を与える。行方不明者を発見した者には、報償を与える也』か。なるほど。冒険者から捜索隊を募っておるわけか」
 紙に書かれた一文を読み上げて、得心したような笑みを浮かべるネスト。
「この辺りを拠点にしている者たちにとっては、ほどよいクエストであろう」
「そう思います。発見者への報酬も破格ですし、すでに多数の冒険者が捜索に当たっているようですよ」
 ネストの言葉を解説するように、町で集めた話を付け加えるフレイド。そしてその言葉に込められている意味を取り違えるほど、ネストは愚鈍ではない。周囲の評価はともかく。
「つまり、まだ手掛かりすら見つけられていない……と」
「ええ」
 ひとつ頷いてからフレイドは言葉を継いだ。
「ただ、捜索範囲はウエストランド付近に絞られているようです。どうやらあの『荒地』に、何者かが潜んでいるらしいのです」
「何者かが……潜んでいる?」
 ネストの細い眉がぴくりと動く。またもフレイドの言外に込められた意味を、彼女は正確に読みとった。
「民間人の捜索に城主が報酬を出すのは解せぬと思うたが、どうやら城主血盟にも被害が及んでおるようだな」
「その通りです。グルーディオ城主血盟の血盟員が一人、行方不明になっています。アインハザードの神官らしいのですが、その彼女の姿が最後に確認されたのが、荒地だということです」
「そしてその『何者か』は、敵対血盟の者……ということか」
「だとしたら、私の目的とは関係のない事件ということになりますね」
 フレイドは冗談っぽく肩をすくめてそう答えた。ネストが慌てて言い足す。
「い、いやしかし、まだそうと決まったわけではなかろう? お主がそう言うということわっ」
「ええ。そうした噂は確かにありますけど、裏付けるものは何もありません。それに、敵対血盟の仕業にしては、民間人まで手に掛けるのは、得策とは言えないでしょう。女性ばかりというのも、不可解ですしね」
 肩からこぼれてきた髪をそっと背中に流しながら、フレイドが微笑してみせる。
 機嫌を損ねたのではないかと思ったネストは、その仕草でほっとした。
「まさに、それだな。女性ばかりという点が引っ掛かる」
「可能性は、あると思います」
「──で? お主もその捜索隊に加わるというわけか」
 フレイドは微笑を浮かべたまま、ひとつ頷く。
「捜索隊に加わるわけではありませんけど、乗ってみようとは思います。差し当たり、件の荒地辺りを探ってみようかと」
「うむ。決まりだな」
 ネストも笑みを見せて、話を締めくくるようにそう言った。
 ちょうどそのタイミングで、
「おまたせしましたー」
 ウエイトレスの元気の良い声がして、注文していた料理が運ばれてきた。二人分の食事を一度に持ってきているあたり、彼女のキャリアを感じさせる。
(人間って、何でも器用にこなすのよね)
 ふと、そんなことを思うのも、思考を打ち切ったからだろう。
「さあ、難しい話はここまでだ。グルーディオ産の珍味を楽しもうではないか」
「そうですね。グルーディオの味は久しぶりです」
 ワインを注いだグラスを持ち上げたネストに、フレイドもグラスを掲げて、にこりと笑った。

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