「──では、私も行くか」
 やや間を置いてネストはそう呟くと、フレイドの脱ぎ捨てた外套と、いつの間にか放り出されていたバックパックを、ゆっくりと拾い上げた。
 呆気にとられていた二人の戦士が、我に返ったように慌ててネストを見上げる。
「ま、待て! あんたたち二人だけじゃ危険だ! 相手はあのガーゴイルロードなんだぞ!?」
 重戦士のその言葉に、フレイドのバックパックを肩にかけたネストは振り向いて、不敵に微笑む。
「あやつら程度に、フレイドの相手は務まらぬよ」
「ひ、一人で……?」
「うむ。私は、フレイドにまとわりつく雑魚どもを、片付けねばならぬからな」
 そう言ったネストの視線の先には、通り抜けるフレイドを追い掛ける魔物たちという、少しコミカルな光景があった。
 追いつけないと分かれば離れていくのだろうが、何匹かはついて行ってしまうだろう。それらを排除する必要はある。
「それに、私の脚ではついてゆけぬ」
 唖然とする二人の戦士をその場に残し、ネストはゆっくりとフレイドの後を追うように歩き始めた。

 ゆらめく陽炎の中に翼を広げた巨体を見つけたとき、フレイドは走る速度をやや緩めて気配を殺した。自分の目はいい方だと思っている。まだ気付かれてはいないだろう。
 出来の悪い悪魔像のような醜悪な顔。人の三倍はあろうかという巨体。その体と同じくらい長大な一対の翼。そして暗い色の岩石のような皮膚。
 間違いなく、ガーゴイルだ。
 こちらから見て一番奥に、さらに一回り大きいガーゴイルが見える。あれがおそらくガーゴイルロードのシロッコだろう。
 思っていたとおり、すでに他の冒険者と戦っているらしく、シロッコは部下たちの戦いぶりを見守っているようにも見える。もっとも、ガーゴイル側の一方的な戦いのようだが。
(やはり……)
 先ほど感じた死の気配は、あの冒険者たちのものだったのだろう。そしてこのまま放っておけば、それは確実に訪れる未来だ。ここから見えているだけでも、彼らがすでに戦闘力を無くしていることが解る。
 それを見過ごせるほど冷酷ではないのが、フレイドというダークエルフだ。
 死の女神シーレンの名を冠しているとはいえ、彼女たちとて騎士である。弱者に対する慈悲の心もあれば、そのために剣を振るうことを躊躇うものではない。他種族の騎士たちと違うところがあるとすれば、彼らがその弱者に施しを与えることがないということだろうか。
 危機を救うことはあっても、保護することはないのである。
 ともあれ今は、一刻の猶予もない。ガーゴイルから解放された後、生きるか死ぬかは彼ら自身の力に委ねるとしても、殺されてしまってはその選択さえできないのである。
(奇襲を仕掛けるしかない)
 少々気は引けるが、今は騎士の作法に則っている場合ではない。時として、名誉よりも重視されるものがあることを、フレイドは知っている。
 ガーゴイルや冒険者たちの位置と状態は、完全に把握した。
 駆ける速度を上げて腰の剣を引き抜き、その刀身に白い光を宿らせる。
「ヒューマンの戦士よ! 仲間が殺されていくのを見るのはどうだ? 力がないというのは、悲しいものよなぁ!」
 ガーゴイルロードがその醜悪な顔に勝ち誇ったような喜色を表して、荒野の乾いた大気を震わせたその時、フレイドの唇もまた、素早く呪文を紡ぎ出していた。
It is old power to the sky. The fist of God! Light of restraint! A shout of the dragon which fell! By the contract with the atmospheric soul, it is thunder fall!!
 突き出した剣の切っ先が指し示す虚空に、大気の精霊の力が収縮し、一筋の鋭い稲妻となって、ドワーフの少女を吊していたガーゴイルを貫く!
 ──ッガガガァーンッッッ!!
「ギェェェェェェェッ!?」
 目がくらむような閃光、耳をつんざくような雷鳴が辺りに走り、ガーゴイルが絶叫を上げてその巨体を硬直させる。そして一瞬の後、音を立てて墜落した。
 掴まれていたドワーフも砂地に落ちる。
「な、何事だっ!?」
 戦場の気が動揺するのを感じつつ、一気に加速したフレイドは、目前のガーゴイルの懐に飛び込んだ。
 その足下に、エルフと思しき女性が組み敷かれているのが、視界の端に映る。
(こいつっ──!)
 それは一瞬の激情。
 心が燃え上がるよりも速く、フレイドの剣はガーゴイルの首の急所を貫いていた。
 その自らの動きによって、我を失わずに済むフレイド。
 首から黒い血を噴き出し、悲鳴を上げるガーゴイルをひとまずそのままにして、素早く次の動きに移る。
 あらかじめ自分がどう動くかを考えていたことが幸いした。でなければ、あのまま感情に流されて激昂し、その怒りが赴くままに戦っていただろう。
A disgusting thing. Carry and give me his person's blood
 再び白い光を宿らせた剣を構え、残る一体のガーゴイルを見据えて素早く呪文を詠唱すると、死の世界に住まう『忌まわしきもの』が次元を越えて現世のガーゴイルに干渉し、その肉体から生命力を吸い取った。
 同時にフレイドの傍らにあった《キュービック》が動き、ガーゴイルの巨体を毒性の霧で包み込む。
 たまらず悲鳴を上げるガーゴイル。
 吸い取られた生命力は、『忌まわしきもの』がパイプとなってフレイドの肉体に吸い込まれ、《キュービック》の放った霧は、まるで強い酸を浴びせたようにガーゴイルの全身をただれさせた。
「な、なんだこれは! 何が起きている!?」
 瞬く間に部下たちを無力化され、事態も把握できず、ガーゴイルロードが狼狽の声を上げる。
 それをどこか遠くに聞きながら、フレイドは体を回転させ、力を込めて真後ろに剣を振り抜いた。
 そこにいた血を噴き出していたガーゴイルの首を、フレイドの剣がまるで主の押し殺した怒りを代弁するかのように、一閃の下に跳ね飛ばす。
 刹那──
 一陣の風が、戦場の気を払うように吹き抜けた。
 フレイドの白銀の髪が流れるように翻る。
「き、貴様はっ……!?」
 驚愕とも、躊躇いとも取れるガーゴイルロードの声を背中に聞き、フレイドは振り抜いた剣を下げながら、ゆっくりと体を振り返らせる。
「ダークエルフ!」
 それはおそらく、畏怖を込めた言葉だったのだろう。
 フレイドの紫闇の瞳が、その奥に狂気にも似た光を宿して、まっすぐにガーゴイルロードに向けられた。
「お初にお目にかかります。ガーゴイルロード=シロッコ」
 その瞳が、シロッコを萎縮させる。
「私の名は、フレイド。貴公、『私によく似たエルフ』をご存じありませんか?」
 そう言った時、フレイドは己の心に沸き上がる、「全てのものを殺し尽くしたくなる」という狂気の衝動を、必死に抑え込もうとしていた。

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