フレイドの出現は、あらゆる意味でその場に衝撃をもたらした。
 奇襲によってあっという間にガーゴイルたちを無力化したこと。それがたった一人のダークエルフ騎士だったこと。
 そして、シロッコに対して放った言葉──。
「な……に?」
 ガーゴイルロードの名を冠するほどの彼が、思わずそう問い返してしまうのも、無理からぬことだろう。
 いや、例えこの場に大魔導士として名高いハーディンがいたとしても、即座に適切な言葉を返すことなどできなかったのではないだろうか。
 それほど唐突かつ、不可解な問い掛けだっったのだ。
『ダークエルフによく似たエルフ』
 これほど矛盾に富んだ言葉はない。
 その信じる神も、思考も、性質も、操る力まで、あらゆる面で相反しているこの二つの種族が「似ている」などということは、グランカインが人間に祝福を与えることほどにあり得ないことなのだ。
 ただ一つ、二つの種族を結びつけるものがあるとすれば、それは「エルフである」という生まれそのものだろう。
 この二つの種族が元々は同じ種族だったことを知らぬ者は、この大陸にはいない。
 しかしその一点を持ってして「よく似た者」と言うには、外見すらも異なる種族となってしまっている現代では、冗談にもならない言葉であった。
 そのあまりに突拍子もない質問に、シロッコばかりでなく、その近くで倒れているヒューマンの冒険者、ジェナヴィスすらも、ほとんど薄れていた意識が覚醒したような錯覚を覚えていた。
 倒れ伏した体勢からわずかに顔を上げ、フレイドを見るジェナヴィスの目は、シロッコと同じく丸くなっている。
 先ほどの殺伐とした緊張感とは違う、どこか白けたような静寂が戦場を包む。
 フレイドは、気を落ち着けるように小さく息を吐いた。こうした反応には、すでに慣れきっている。今まで幾度となく同じ質問をし、それと同じ数だけこの反応を見てきた。
 そしてその度に、フレイドは同じ言葉をその薄い唇に乗せてきたのだ。
「前触れもなく仕掛けた非礼はお詫びいたします。──その上で、今一度お聞きする」
 剣の切っ先をびしりとシロッコに向ける。
「貴公、私とよく似たエルフに相対したことはありませんか!」
 先ほどよりも強い口調でそう問い掛けられたシロッコは、我に返ったように体を震わせて、改めてフレイドを凝視した。
 そして、それからおもむろに不気味な声を上げる。
「ふ……グハハハハッ! 何を言うかと思えば、馬鹿馬鹿しい! ダークエルフに似たエルフなぞ、いるわけがない! 馬鹿馬鹿しすぎて笑えるわ!」
 言葉通り、ひとしきり盛大に笑ってから、シロッコは表情を一変させ、フレイドを睨み付けた。
「そんなくだらないことを言うために、俺様の部下を殺したというのかっ!」
「そればかりではありませんが……」
 対するフレイドは表情一つ変えずに、ちらりと倒れているジェナヴィスらを見る。
 その瞬間、シロッコは爬虫類のような目をカッと見開き、大きく翼を広げて、砂塵を巻き上げ空高く舞い上がった!
「我が部下を殺した上でのその戯言! 貴様、死ぬ覚悟は出来ているだろうなァッ!」
 咆吼するや否や、天空からフレイド目掛けて一直線に急降下する。そのスピードは、エルフ族の放つ矢のように鋭く、速い!
「に、逃げ……っ」
 成り行きを見ていたジェナヴィスが思わず声を上げそうになる。
 しかし、フレイドは慌てた様子も驚いた仕草も見せず、ぽつりと一言。
「愚かな」
 呟いたかと思うと、迫り来るシロッコの巨大な爪に対して、無造作に左腕の盾を構えた。
 ──ガガッ!
「なっ!?」
 驚愕の声を上げるシロッコ。
 フレイドが無造作とも思える仕草で構えた盾は、攻撃が当たった瞬間にわずかにその角度を変え、まるで払うようにシロッコの渾身の一撃を受け流していた。
 的をずらされ、大きく外側に体を流すシロッコとすれ違う一瞬、フレイドが軽蔑したように囁く。
「力の差も判らぬとは、ロードなどと言っても、所詮、人に作られた生物(ゴーレム)ですね」
「!?」
 そして、
 ──ザザンッッッ!!
 剣光が二度走り、シロッコの丸太のような両腕と、天を駆るための片翼が切り落とされた!
「うぎゃああああああああああっ!!」
 そのまま砂地に墜落して、凄絶な悲鳴を上げるシロッコ。切り落とされた腕と翼の付け根からは、人のそれとは違う色をした血液が噴き出している。
(な、なんだ? 何がどうなったんだ?)
 あまりにも速い剣捌きに、ジェナヴィスにはその全てを把握することができなかった。解ったことは、フレイドが勝ったということだけである。
 そのジェナヴィスの前で、地に伏して苦悶の声を上げるシロッコの鼻先に、フレイドが血に塗れた剣を突きつけた。
 その瞳は、エルモアの氷雪のように冷たい。
「どうやら貴公は、私の探している人物をご存じないようですね」
「ぐっ……ぐ……!」
 ガーゴイルロードという称号を持ちながら地に這わされた屈辱と、圧倒的な強さを見せつけられた恐怖心に、歯噛みしながらフレイドを睨み付けるシロッコ。
 絶大な力を誇る自分が恐怖を覚えるなど、あってはならないことなのだ。この屈辱を与えた相手に、一矢報いたいという執念が、死に際のシロッコをしてフレイドの言葉に反論をさせた。
「きっ……貴様はっ! 今まで殺したゴブリンの顔を憶えているかっ!? オークたちの見分けがつくというのかっ!」
「……」
「そ、それと同じことよ! 我らから見れば、ヒューマンもエルフもダークエルフも、変わりはせん! 殺すだけの相手の顔を、いちいち憶えてなどおらんわっ! グハハハハハ……」
 ──ドンッ!
 哄笑するシロッコの顔を、フレイドは無言で突き刺し、剣を払う勢いに任せて地に転がるその巨体を両断した。
 どす黒い血が妙に澄んだ音と共に噴水のように噴き上がり、乾いた大地に撒かれて吸い込まれる。
 その血をかぶるように浴びながら、変わらぬ氷の表情でシロッコの死骸を見下ろすフレイドを、ジェナヴィスは背筋が寒くなるような戦慄と、奇妙な高揚感を持って見上げていた。
(あれが……あれがダークエルフの騎士かっ!)
 言葉にすればそのような感慨だったかも知れない。
 しかしジェナヴィスは、その興奮を長く感じることはできなかった。緊張の糸が切れたかのように、重傷を負っていた彼の意識は、次第に暗闇へと引きずり込まれていったからだ。
 意識を失う寸前、最後に見えたのは、降り注ぐ血のカーテンの向こうでこちらに振り向く、フレイドの真紅に染まった瞳の色だった……。

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