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はるか前方にグルーディオ城を臨む小高い丘に、二人の男が立っていた。共にダークエルフであるが、その姿は対照的と言っていい。 片方の男は、元は全身を固める金属鎧だったと思われる物を、二の腕や大腿部、腹部から腰回りまでのパーツを剥ぎ取り、間接に当たる部分すら簡略化して、動きやすさを重視した形へと変えた鎧を身に纏っている。左腰と背中に一本ずつ剣を差したその姿は、男の野性的な容姿もあって、ある種の異形すら感じさせた。 並んで立つもう一人の男は、相棒に比べると格段に地味な姿である。白と黒を基調とした礼服のような衣装を身に纏い、不思議な輝きを放つ金属製とも木製ともつかない大振りの杖を一つ、身にもたせかけるように持っていた。それでも彼が『聖職者』の一人であると知れば、その衣装は派手だと思われるかもしれない。 もっとも、理知的な顔立ちや少し長めだが綺麗にセットされた髪型などを見れば、彼のそんな姿はよく似合っていると思い直すだろう。相棒とは違い、どこか紳士的な雰囲気のする男だ。 彼は背後に森を背負うような場所から、前方に霞むようにして見えている城を眺めていた。グルーディオの城は、彼らが立っているのと同じような丘の上に建てられている。 「こんな策に乗ってくれるかねぇ」 軽量化した重鎧の男──ヴァイスが、へらへらと笑う。 「彼我の戦力差を考えれば、むしろ当然すぎる策だ。手堅くはあるが、その分読まれやすいな」 杖を持つ聖職者の男──グライドも応じるように苦笑した。が、すぐに表情を引き締めて言葉を繋ぐ。 「だが、今回は負けるな」 断定的に言ったグライドと同じく、ヴァイスも城を見据えたまま頷く。 「ああ。【神業】の連中がいやがるからな。備えてくるだろ?」 「そう思って間違いない」 ヴァイスの言葉を肯定しておいてから、グライドはフッと表情を緩めた。 「もっとも、我々は傭兵だからな。言われたとおりに動けば、それでいい」 「そりゃそうだ。あとは死なねぇようにやるだけだな」 いかにも気楽な口調ではあるが、戦場に臨む者としてヴァイスの言葉は正しい。傭兵にしろ正規兵にしろ、一兵士などが考えることは、結局は自分の生死のみであって、戦いそのものの勝敗などはその後のことである。 無論、彼ら傭兵にしても、今回のグルーディオ城を攻める各血盟の正規員にしても、戦いに勝つことは嬉しい。傭兵たちにすれば契約金として前金を貰ってはいるが、勝利側ともなればさらに報酬を貰えるだろう。めざましい働きなどすれば、尚更だ。 そういった打算の上に、自らの命を載せて秤に掛けるのが、傭兵というものである。 勝てる戦では無理はしない。負ける戦でも無理はしない。 攻め時と引き際を見極めて、巧みに戦場を歩いていくのが、彼らの生き方なのだ。その術に長けている者が、長く傭兵をやっていられる。 そしてこの2人もそうなのだ。 だから今のような会話も成り立つし、今回の戦いでは無理をしないと決めていた。 「そういえば」 会話に区切りがついたことで話題を変えようと思ったのか、グライドがその端正な顔をヴァイスに向ける。 「フレイドたちが、グルーディオに来ているらしい」 「へぇ……」 意外そうに瞳を大きくして振り向くヴァイス。その声音に嬉しそうな色が混ざる。 「じゃ、参戦してくるかな?」 「さあ、それはどうかな。ネストはともかく、フレイドは……あいつは戦が好きではなかったはずだ」 「惜しいよなぁ。あいつの実力なら、千の兵に勝るってのによ」 「その意見には同意するが、あの娘を修羅場に置くことには反対だ。……あの時のことを忘れたわけではなかろう」 「わかってるよ……」 彼にしては珍しく、ヴァイスは沈鬱な色をその顔に浮かべた。 それは、彼らの幼き日の記憶……。 それを辿るように、グライドもまたその表情を曇らせる。 重い空気が流れる二人に、丘を駆け抜ける風が吹き付けた。 「……ま、それはいいや」 気分を変えるため、ヴァイスはわざと大きな声を出す。 2人ともすでに城の方を見てはいない。元々、偵察などをしているつもりもない二人だ。 攻城開始時刻までは、まだ数時間という単位で暇があるし、自分たちの出番となればさらに先のことである。持て余した時間をただ単にぶらついて潰しているに過ぎない。陣営でじっとしているなど、彼らにはできない相談だ。 どちらからともなく、背後の森に向きを変えて歩き始めた。 「やっぱり“あの件”で来てんのか?」 主語のない言葉にグライドは軽く頷く。 「おそらくな。たしか今、ここでは行方不明事件が多発していたろう。それだな」 「ああ、あの誘拐だか神隠しだか言われてるやつね。城主血盟にも被害が出たんだよな? じゃ犯人は今回の同盟連合の連中なんじゃねえ?」 「そう単純なものではない」 「なんでさ?」 「考えてもみろ。抗争にしろ攻城にしろ、戦争などは所詮、政の一部だ。一環といってもいいな。もし今回の同盟連合の者たちが、誘拐騒ぎの主犯だとすれば、彼らは自分たちが城を取るために民衆を犠牲にしていることになる。わかるか?」 「ああ……城主血盟に嫌がらせするために、グルーディオの一般人を誘拐したってことだろ?」 「そうだ。だが、それを知ったグルーディオの民たちはどう思うかな?」 「そりゃ、同盟連合の奴らが嫌いになるわな」 「そういうことだ。民衆の反感を買っては、城を取ってもその後の統治がやりにくくなる。民を犠牲にする統治者が何と呼ばれるか解るか。『暴君』だ。そんな馬鹿げた事をやるほど、この同盟連合は落ちぶれてもいないし、愚かでもない」 射竦めるような真剣な眼差しをヴァイスに向けるグライド。その目が「連合軍にいる以上、下手なことを言うな」と言っていた。 ヴァイスは一つ息を吐き、いかにもつまらなさそうに両手を頭の後ろで組んで、木々の間から見える空を見上げる。 「なぁるほどね。……けどよ。下馬評じゃ、城主血盟の方が評判いいぜ?」 「よく知ってるな」 「酒場にいりゃ、飲んだくれた連中の話くらいは聞くぜ」 「……民衆は正直だからな。今の施政に不満がなければ、新しい統治者を歓迎しない」 「別にグルーディオ城主って、悪い奴じゃねぇんだろ?」 「統治者としては、稀に見る名君だろう。冒険者あがりとは思えぬほどにな」 「じゃ、なんで連合してまで攻めるんだ? 敵が多いってのは、あんまり良くねぇと思うけどな」 「お前に言われちゃおしまいだな」 「うるせぇ。だいたいわかんねぇんだよな。今回の戦って、何が原因なんだ?」 「出る杭は打たれるということだろう。いつの世でもそうだが、能力のある者は疎まれる。そのくせ、英雄志願者は溢れるほどいるのが今の時代だ」 「つまり、てめぇより優れた奴がいるのが気に入らねぇって連中が多いのか」 「そういうことだ」 答えながら、グライドも馬鹿馬鹿しいことだと苦笑する。そしてそういった理由で戦争が起きてしまう時代でもあるのだと、心の内で反芻した。 もっとも、自分たちはそのおかげで衣食を満たせているのだから、文句は言えないとも思うのだ。そして彼らにしても、戦によって一番悲惨な目に遭うのが民衆だと理解していて尚、こういう生き方をしているのだから、あるいは最も性質の悪い人種ではないだろうか? と自嘲気味に考えた。 森を歩く彼らの前に、傭兵部隊が構えている陣営が見えてきた。森の中なので、陣営といっても寝泊まりのためのテントが並んでいるくらいなのだが。 「だいたい、【神業】が城主血盟に付いているのも、その辺りが理由だろうし、フレイドが戦を嫌いなのも、そういった権力闘争を好まないからだ。もっとも、あいつの場合はそればかりじゃないが……」 テントが近付いてきたため、グライドはそろそろ話題を変えようとしていた。 ヴァイスもそれを感じ取ったのか、にやりとした笑みをグライドに向けた。 「あれだろ? 俺たちが戦の話をするといつも言ってる……」 陣営からは、他の傭兵たちが雑談しているらしい声が漏れ聞こえてくる。 その喧噪に紛れるように、ヴァイスはこう言った。 「私の主君は女神シーレンだけです」 その口真似は、残念ながらあまり本人に似ていなかったようだ。 |
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