この門をくぐって中に入る者たちは、一日という単位でもかなりの数に上る。その職種も種族も千差万別。ヒューマンの農民が作物を卸しに来ることもあれば、ドワーフを中心とした隊商がギランからえっちらおっちら走ってくることもある。
 冒険者も数え切れないほど通り抜ける。
 たいていは薄汚れた装備をそのままに、いかにも「旅から戻ってきた」という風体だが、その表情はこれまた様々だ。疲れ切った顔をしている者もいれば、財宝でも手に入れたのか、喜色満面といった者たちもいる。
 しかし、たった今、このグルーディオ城下村の南門を通っていった冒険者たちほど酷い有様の冒険者は、そうそうお目にかかれるものではなかった。
 南門を警護する兵士の一人、カーティズも、随分長いことこの仕事をしているが、彼らが目の前に現れた時はさすがに動揺をしてしまった。よくも生きて辿り着けたな……と。
「ご無事で何より……」
 普段は形式的なチェックと言葉しか発しない彼も、思わずそう声を掛けてしまう。
 一行のリーダーらしいヒューマンの青年が、困ったような笑顔を向けてきたので、ぼろぼろになっている装備ほど、身体にダメージは無いのだなと推測できた。
 気の強そうなエルフの娘が何事か言って彼をせき立て、さっさと街へと消えてしまったので、それ以上の会話は成り立たなかったが。
 おそらく、今グルーディオ領で大々的に行われている『行方不明者捜索』に志願した冒険者だろうと思ったが、あんなになるまで何を何処で捜索していたのか、少しだけ興味が湧いた。それと同時に、あれだけのダメージを受けて生きて戻ってくるとなると、彼らには冒険者として重要な『運』が備わっているのだろうとも思った。
 それもかなりの『強運』だ。
 ──もしかしたら、彼らがこの事件を解決するのではないか?
 ふとそんな予感がして、カーティズは彼らが消えたグルーディオの街並みに視線を巡らせていた。

「あーあっ。やっと人目を気にせず歩けるー」
 街を東西南北に貫く人通りの多い大通りの真ん中で、ルフィアは大きく伸びをしながらそう言った。
「鎧も明日にはできると言っていたし、これで一安心だな」
 後ろを歩くジェナヴィスも、気が楽になったように軽い口調で応じた。アルトとシヴィルが同意して頷く。
 フレイドたちに助けられ、どうにかグルーディオの城下まで辿り着いた彼らは、シロッコによって使い物にならないほど破壊された防具や装備品などを、それぞれ専門店で新調してきたばかりだった。
 衣服までがその役割を果たせるかどうかという状態だったため、ルフィアなどは街に入るのをかなり渋ったものだ。結局は野営用の毛布を体に巻き付けたまま、衣料品店に走り込むことで納得させたのだが。
 同じ女性でも、シヴィルの方は全く気にした様子がなかったのは、種族の違いか性格の差か、ジェナヴィスには解らなかったが。
 ようやくまともな、そして気に入った服を着ることができたので、ルフィアは機嫌が良いというわけである。
「しかし、剣まで折れなくて良かった。こいつは新調したばかりだったから」
 簡素なチュニックとズボンという出で立ちに、腰に剣だけを提げているジェナヴィスがその剣に手を置きながら、本当に安心しきったように呟く。
 隣を歩くアルトが「そうだね」と苦笑した。
「武器を振る暇がほとんどなかった……っていうのが、正解かも知れないけどね」
「……そうだな」
「ジェナヴィスくん、そこで落ち込まないの。盾を上手く使えたってことじゃない」
 ご機嫌なルフィアは顔だけを振り向けて、にこりと笑う。こういうフォローは、不思議と上手い彼女だった。
「それよりさ。あたしたちを助けてくれたっていう、その人。名前は聞いたの?」
 話題を変えるためか、それとも聞きたかったからか、ルフィアは続けてそう言いながら、大通りに面した宿屋の扉へと足を向ける。そこは彼らがいつも利用している、冒険者御用達の宿屋だった。
 歩きながらでは込み入った話はできないし、何よりまだバックパックなどの旅装を解いていない。旅から戻ったから、まずは一息吐きたいのが人情というものだ。
「ああ。別に俺から訊いたわけじゃないけど……」
 それどころじゃなかったし……。と心の中で付け加えつつ、ジェナヴィスもルフィアの後に続く。もちろん、アルトとシヴィルもだ。
 他の宿よりも建物自体が幾分大きいのは、この店が繁盛している証拠とも言える。冒険者というよりも、旅人に向けて作られた店構えは、一階が食堂兼酒場となっており、三階建ての二階と三階の全てが宿泊用の部屋になっている。部屋にはベッドが二つずつあり、満室ともなれば相当な人数を収容できるだろう。
 宿泊代が他の宿よりいくらか安いところが、繁盛している理由かもしれない。もっともその分、宿泊のサービスのほとんどはセルフとなっているのだが。
 扉を開くと、一階の食堂兼酒場は、まだ昼前だと言うのに、席が埋まるほどの盛況ぶりを見せつけていた。
 今日は街全体に人が多いようだと感じた。
「あ、おかえりなさーい」
 忙しく動き回っているこの店の看板娘が、ジェナヴィスたちを見つけて声を掛けてきた。常連となっている彼らは、軽く手を上げたり笑顔を返したりして、それに応じる。
「ちょっと待ってね。今、ひとつ空いたから」
「気にしないでくれ。自分たちで行くさ」
 慌ただしく大盛りの皿を運ぶその娘を制して、ジェナヴィスは酒場を見回した。奥にひとつ、空になったジョッキや皿がそのままの、誰も座っていないテーブルを見つけた。
 他の3人に目配せをして、人で溢れかえる酒場の中を移動していく。四人が席に着いた時には、ウェイトレスの看板娘がテーブルの上をあらかた片付けてしまっていた。
「──で? なんて名前だったの?」
 バックパックも下ろし、注文も済ませて、飲み物が運ばれてきたところで、ルフィアが口を開いた。先ほどの続きだ。
 果実水を一口喉に流し込み、ジェナヴィスが答える。
「たしか“フレイド”だったと思う。騎士の女性は」
「ほほう……女性ですか」
 なぜかにやにやと口元を緩めながら、ルフィアがジェナヴィスの言葉を反芻する。
「なんだよ?」
「ジェナヴィスくんが『女性』なんて言い方するの、初めて聞いたからね」
「い、いいだろう? 他に呼びようがない……こともないけど、とにかく女の人だったよ」
「ダークエルフだったっけ?」
 からかわれる親友に苦笑しながら、アルトが口を挟む。彼とルフィアの間にいるシヴィルは、興味津々といった風に聞いてはいるものの、会話に参加する気はないようだ。
「ああ。二人ともダークエルフだったな。もう一人は“ネスト”と呼ばれていたと思う」
「ダークエルフの女二人組で、ナイトともう一人かぁ……情報少ないわね」
「仕方ないだろう。俺も瀕死だったんだ」
「でも、何とか探してお礼を言いたいよね」
 人の良いアルトらしい言葉だとジェナヴィスは思った。無論、彼自身ももう一度会って、ちゃんとした礼を言いたいと思っている。
 しかしルフィアは少々、事情が異なるようだった。
「ま、そりゃそーよね。ダークエルフに助けられっぱなしじゃ、ちょっとアレだし」
「嫌いなのか?」
「そうじゃないわよ。なんて言うのかな……エルフとしての矜持? そんな感じよ」
「借りを作りたくないとか?」
「アルトくんは賢いね」
 言ってウインクするルフィアに、アルトは困ったような曖昧な笑みを見せる。
「プライドってほどじゃないんだけどね。ほら、元は同じ種族だったわけじゃない? だからね。悔しいというか、対抗意識みたいなのはあるから、さ」
 喋りながら、自分でも馬鹿馬鹿しいと思ったのか、ルフィアは照れたように微笑んで、それを誤魔化すようにカップに口を付けた。
 そんなルフィアの気持ちが何となく解るような気がして、ジェナヴィスは同じように飲み物を口にしながら頷いてみせた。
 しかし次にルフィアから発せられた言葉に、思わずその飲み物を噴き出してしまう。
「ジェナヴィスくんを夢中にさせた相手の顔も見てみたいしね」
「ぶっ!」
「……きたない……」
 テーブルの上に少量だが撒き散らされた果実水に、無言だったシヴィルが顔をしかめて呟く。髪に隠れるようにある瞳が、明らかに非難の色を帯びていた。
 しかしジェナヴィスはそれどころではない。咳き込みながらルフィアに反論する。
「ルフィア、何を言ってるんだ!?」
「あら? 違うの?」
「違うとも! 俺はただ、騎士として、冒険者として、あの人のようになりたいと……」
「ダークエルフも美人揃いだもんねー。胸もあるし」
「む、胸って……だから、そういうことじゃない!」
「いいからいいから。ジェナヴィスくんの気持ちは、よぉ〜く解ってるわよ♪」
「誤解したまま理解しないでくれっ!」
 頭から湯気が出そうなほど真っ赤になったジェナヴィスが、思わずテーブルに両手をついて立ち上がったその時、
 ──バンッ!
 テーブルを叩いた激しい音が、酷く近くで聞こえた。
 それはジェナヴィスが発した音ではなかったし、第一、彼はテーブルを叩くまではしていない。
 思わず四人の視線が、その音の方向へ向けられる。
 音はかなり激しく響いたのか、喧噪に包まれている酒場にあっても、周囲にいる数組の客が同じように振り向いていた。
 二階に上がる階段にほど近いそのテーブルには、簡素な服装のダークエルフの女性が二人。一方がテーブルに片手を着いているのが、先ほどの音の原因だろう。なぜかジェナヴィスのように、顔を真っ赤に染めている。
 何と言うことはないだろうと、ほとんどの客は一瞬目を向けただけで、すぐに自分たちの食事を片付ける作業に戻る。
 しかし、ジェナヴィスたちにとっては、そうではない。
「あれって……」
 視線を逸らさず、ルフィアが問い掛けるように呟く。
「もしかして、例の二人組?」
 アルトもそうだ。その声は、明らかに隣のジェナヴィスに向けられていた。
 そしてジェナヴィスは……
「見つけた!」
 喜びに溢れる瞳を輝かせ、満面の笑みでフレイドたちを見つめていた。

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