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「グルーディオは、今日が攻城戦だったのか」 昼食後に飲む一杯のお茶を楽しみながら、ネストは何気なくそんなことを言った。 対面して座るフレイドは、いまだお茶に口を付けることなく、その香りを楽しんでいる。グルーディオ産の茶葉は、心を落ち着かせるような澄んだ香りが評判だ。「草原の香り」とも言われるこの茶葉には、アデン各地に愛好家がいるほどである。 別にフレイドはお茶にこだわりがあるわけでも、愛好家であるわけでもないが、良い物を楽しむといった程度の風情は持ち合わせている。 彼女流に言えば、それも「騎士のたしなみ」なのだそうだが。 「しかし、えらく傭兵やら冒険者やらの姿が多いな。めぼしい血盟でも参加しているのか? それとも、どこかの大手勢力がぶつかるのかもしれんな」 一方のネストは、落ち着かなげに店内を見回したり、窓から見えるグルーディオの街路を見たりしている。 大通りに面した宿屋の一階とはいえ、そこから見える範囲はそれほど広くはないのだが、それでも金属製の鎧を身に纏った傭兵風の連中が、幾人も行き交う姿を見ることが出来た。 それだけ今のこの街に、そういった者たちが多く居るということだろう。 「これは、あいつらも来てるかもしれないぞ」 無邪気、とは今のネストのような姿を言うのだろう。 何かを期待して輝く瞳。楽しさを堪えきれないといった風に緩んだ口元。そして斜め四十五度にぴんっと突き立つ両耳。 まるで玩具に飛びかかろうとする猫のようである。 「嬉しそうですね」 ようやく一口、お茶を喉に流し、フレイドは優しい微笑みをネストに向けた。 「ヴァイスとグライドのことですか? 彼らに会うのも久しぶりになりますね」 「うむっ。一年ぶりになるな。……ん? まだ一年しか経ってないのか」 上機嫌で頷いたネストだったが、ふと自分の言葉に首を傾げる。気が付けばヒューマンのように一年単位で時を数えるようになり、その時間を長いものと捉える感覚が身に付いている。それが不思議に思えたのだ。 「昔は、一年など瞬く間だったがな」 「今もそれは変わりません。ただ、私たちのありようが変わっただけです」 「たしかに」 「それでも私には、時の流れが速いように思えてしまいますけど……」 微笑はそのままに、紫闇の瞳だけがその光を失うかのように、遠くを見つめる。空間的な距離ではなく、感覚的な遠い場所を──。 フレイドがこういう表情を見せるとき、彼女が何を考えているのか、手に取るように解るのがネストである。だから軽く肩をすくめて、フッと息を吐いた。 「それこそ、有り様が変わったからであろう。心情的な、な?」 「焦っているつもりは、ないのですけど」 「そうではあるまい。焦燥ではなく──」 一度言葉を切るように、語尾を伸ばして、ふとを目を閉じるネスト。 フレイドはそんな義姉に小首を傾げる。 「なんです?」 「思慕の念……であろう?」 目を開けたネストが、にやりと笑ってそう言った。 一瞬、きょとんとしてしまうフレイド。ネストを見つめながら、まばたきを数回。 「……なるほど」 「募る思いが時間を加速させるというのは面白いが、本来はその真逆の心理状態にあると錯覚するものだがな。『一日千秋』という言葉もあるくらいだ。しかし振り返ってみると、意外なくらい時が過ぎているものだ。そのことに気が付くのは、たいてい思いを遂げた後のことだがな」 手にしたスプーンを指先で振りながら、得意げに語るネストを、フレイドは意外なものを見るようにして見つめた。 「……珍しい。ネストがそんなに整然と話すなんて」 「おいっ」 思わず身を乗り出してジト目で睨み付けてしまうネスト。 「妹よ、この姉のことを何だと思ってるのだ」 「知識も魔力も豊富な、優秀な魔導士。でもちょっと意地っ張りで、それでいて甘えん坊なところもあって、まったくもって扱いにくい姉ですね」 「なにおーっ!?」 ダンッ! しれっとした顔で言ったフレイドに、ネストは右手をテーブルに叩き付けながら立ち上がった。 「おぬしがそういうことを言うから、周りから『どっちが姉だか分からない』などと言われるのだぞ!」 「う〜ん……私にとっては、とても可愛らしい姉なんですけど」 「かっ……!?」 「そうしてすぐ照れるところとか、ですね」 悪戯っぽく笑いながらそうしてネストをからかってしまう自分も、フレイドは嫌いではない。何より、からかわれていると解りながらも、顔を朱色に染めてあたふたとしている義姉を見るのが、楽しいと感じてしまうのだ。 我ながら、なかなか悪趣味だと思うのだが。 「ネストといるのは、好きですよ」 「あ……ぅ……」 何気なく口にしたフレイドの言葉に、ネストはそれまでの勢いもどこへやらといった風にしおらしく椅子に座り、顔をうつむかせながらも、その表情は緩みきっていた。 フレイドは、ふと「自分が探している人もこんな表情をするのだろうか」と、たわいもない想像をしてしまう。 フレイドが探している人物──。 おそらく顔立ちは自分に似ているはずだ。 しかしエルフだから、肌の色はきっと透けるように白いのだろう。 そして自分のように筋肉質な体ではなく、触れれば折れてしまいそうな花のように、繊細な体付きをしているのではないか。 声は? 性格はどうだろう? やはり似ているのだろうか……。いや、エルフ族として育っているのなら、違うものになっているだろう。 とりとめのない想像に捕らわれて、ふと前を見ると、ネストは再び不機嫌そうに自分を見ていた。まるで頬をふくらませて拗ねている子供のような顔だ。 「どうしました?」 「……何でもない」 ふいっと顔を背けるネスト。 その理由が分からず、フレイドは首を傾げた。 ネストには、フレイドが考えていることが手に取るように解る。それが彼女を不機嫌にさせてしまう。 何ともやりきれない。 「話を戻すぞ。ヴァイスとグライドが来ておるのなら、戦の後にでも奴らにも手伝わせよう。幼馴染みの親友の頼みだ。奴らも嫌とは言うまい」 とりあえず話題を変えることにした。 フレイドもそれに乗ることにしてくれたようだ。苦笑しながら、肩をすくめる。 「彼らには彼らの予定があるでしょう」 「そんなものは知らん。こちらの予定を優先させてもらおう。だいたいが、旅先で会ったら協力すると言っていたのは、ヴァイスの方だ。今こそ、その契約を果たしてもらおうではないか」 「これで何度目の履行でしょうね、その契約。……まあ、あの二人は頼りになります」 「グライドはともかく、ヴァイスはバカだがな。人手にはなる」 「そんなことを言われても怒らないのが、ヴァイスの良いところですよね」 フレイドは喉を鳴らすようにして笑い、カップを持ち上げて、すっかりぬるくなってしまったお茶に口を付けた。 その仕草の中で、ふと彼女の瞳が自分の背後を探るように動く。 フレイドと向かい合って座っているネストも、一転してやや険しい顔付きになった。 「何者だ、おぬしら」 鋭い声。 その威圧感に負けたのか、背中に感じる気配が動揺する。 フレイドは静かにティーカップを置くと、くるりと上半身を振り向かせた。 少なくとも、敵ではなさそうだから。 「あら……」 意外そうに声を出すフレイド。 その後ろで、ネストは訝しげに眉根を寄せて首を傾げる。 「ど、どうも……」 まるで教師から呼び出しを受けた生徒のように、ジェナヴィスは引きつり笑顔で情けなく頭を下げた。 |
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