奇遇、とはよく言ったもので。
 攻城戦が間近の人が溢れるグルーディオの街で、まさかたった一度だけ出会った人物と再会するなどとは、フレイドもネストも夢にも思っていなかった。
 自分たちが助けた相手なのだから、無事に帰ってきていたことを喜ぶべきなのかもしれないが、生憎と二人ともヒューマニズムという点では、非常にダークエルフらしいダークエルフである。
 おまけに「あの状況なら生還しているのは当然」という前提認識が無意識にあるため、ジェナヴィスたちが無事だったことについては、何一つ触れていない。
 そこだけは、ジェナヴィスにとって期待外れであった。
「あの、改めて名乗らせてもらいます。俺……あ、いや。自分がリーダーのジェナヴィスです。爵位はありませんが、騎士の称号はもらってます」
「あなたも騎士だったんですね」
 他意は無い。会話の潤滑剤のつもりだったであろう、そのフレイドの相づちには、ちょっとだけ傷ついてしまったジェナヴィス。
 たしかに、ズタボロにやられていたあの状況では、とても胸を張って騎士とは名乗れないのだが。
「そ、それから、こっちが魔導士のアルト。自分とは、修業時代からの友人です」
 そう紹介された、フレイドとは頭半分ほど背の低いジェナヴィスよりも、さらに頭一つ分ほど小さい少年は、人懐っこい笑顔を見せて頭を下げた。
「アルトです。僕たちの命を救ってくださって、本当にありがとうございました」
「大げさだ。たまたまシロッコの傍におぬしらがいたから、ついでに助けただけのことだぞ。恩に着せるつもりも、着てもらうつもりもないからな」
 素っ気なくそう言ったネストだったが、アルトが相変わらずにこにこと笑顔を見せるので、調子を狂わされたように顔を背けた。
「あんたたちがそうでも、こっちはそういうわけにはいかないのよ。恩を受けたからには、いつか絶対に返させてもらうわ」
 ずいっと前に出てそう言ったのは、エルフの娘、ルフィアだ。
 フレイドは少々、面食らったような顔をする。
「か、彼女はルフィアって言います。俺たちとパーティーを組んだことが切っ掛けで、今も一緒にいてくれてるんです」
 慌ててジェナヴィスがルフィアを紹介する。しかし、作り笑顔はできても、場のフォローまではできない彼でもあった。
 ルフィアは、椅子に座ったままのネストを見下ろすように胸を反らして、腰に手を当てる。
「エヴァに仕える神官よ。この名に懸けても、必ず借りは返すわ」
「ほう。ダークエルフに助けられたことが、よほど腹に据えたと見えるな。いまだに種族などにこだわっておる、懐古主義者の一人ということか」
 ネストも負けじと、冷ややか視線と冷淡な口調で切り返す。
 だがルフィアは、鼻で笑うようにした。
「冗談。あんたたちがダークエルフだろうとオークだろうと、関係ないわ。私は仮にも聖職にある者として、『仲間を助けられなかった自分の代わりをしてもらった借り』を、返したいだけよ。こだわっているのは、あんたの方じゃないの?」
「口は達者なようだ。言い様は、いくらでもあるものなぁ?」
「なによっ」
「なんだっ」
 強気に睨み付けるルフィアと、嫌悪感を隠そうともしないで受け止めるネスト。
 視線で火花を散らす二人に、双方の保護者的立場にあるジェナヴィスとフレイドは、同じようなため息を吐いていた。
『ひねくれ者……』
 二人の火花を止めたのは、意外にもアルトであった。
「ルフィアには気を付けた方が良いですよ」
 にこやかな顔でそんなことをさらりと言うものだから、相手をしているネストとしては聞き捨てならない。
「この小娘が、なんだというのだ」
「小娘ぇっ!?」
「いえ、実力的なことではなく。彼女、『男よりも女が好きだ』って、自分で言ってるくらいですから」
 ──ぴしっ。
 瞬間、フレイドとネストの二人は固まった。
 身体的にも思考的にも、完全に動きが止まっている。
「お二人も女性ですから、一応注意はしておいた方が良いかと」
 笑顔のままでそんなことを言ってくれるアルトの隣で、ルフィアは不機嫌な顔をそのままに、ついっとそっぽを向く。
「ふんっ! 誰がダークエルフなんか……」
 言いながら、横目で睨んでいたネストから視線をずらし、比較的近くにいるフレイドの端正な顔にその焦点を移す。
 途端に、ほんのわずか頬を染めるルフィア。
「っ!? 貴様っ! なんだその顔はっ!?」
 ガタンッ! と椅子を倒しながら立ち上がったのは、もちろんネスト。何かを察知して、硬直状態を脱したようだ。
「べ、別にっ。ちょっと暑いだけよ」
「嘘を吐けぇっ! 今、明らかにフレイドを狙っていただろう!? そうなのかっ! そうなんだな、貴様ぁっ!」
「違うって言ってるでしょ! た、たしかにちょっとだけ、美人だなぁって思ったけど、コブ付きはゴメンだわ」
「ああ!? やはりそうなのかっ! というか、コブって誰のことだ! 私は姉だぞ、あ・ねっ! 貴様のような害虫を可愛い妹に近づけるわけにはいかんっ!」
「が、害虫っ!?」
 ネストのあんまりな言葉に、再び戦闘モードに入るルフィア。
 その横では、ジェナヴィスとアルトが深く頷いていた。
「害虫だな」
「害虫だよね」
「ちょっと、そこぉっ!」
 鋭く振り向いて威嚇するルフィアだったが、アルトはそれを苦笑で受け流した。
「だってさ。やっぱり生物として間違ってるよ。生産的なことが何もないもの」
「まったくだ。まあ俺としては、血盟内に男女間のいざこざが生まれそうにないという点においてのみ、評価をしてやれるけどな」
「四人しかいない血盟で、そんないざこざが生まれるかっつーの! てか、あたしに惚れてみろ、このどんくさナイト!」
「ああ、たしかに。本性知りすぎていて、惚れようもないな」
「本性って言うなっ! 本能と言えっ!」
「ルフィア、暴走しすぎてわけわかんなくなってるよ」
「黙れ、お子様っ!」
 仲間の言葉に煽られて、加熱する一方のルフィア。今にも口から火を吐きそうな勢いの彼女に、本来の相手だったネストは逆に冷静さを取り戻してしまうほどだ。
「なんか……大変だな、あいつらも」
「仲は良さそうですけどね」
 穏やかにそう言ったのは、フレイド。
 いつの間にか普段と変わりない姿になっていた彼女に、ネストは首を傾げる。
「そうか? 別の意味で、いざこざが起きているようだが……」
「もうすぐ収まると思いますよ」
 フレイドは気が付いていたのだ。ジェナヴィスたちの、四人目の仲間の存在に。
「そこに一列に並べ、男どもぉっ! ドライアドに緊縛プレイさせるわよっ!」
 淑女なら決して口にしないであろう台詞を吐くルフィアを前に、ジェナヴィスは疲れたような顔をし、アルトは笑顔の中に汗を流して、どう収拾を付けるかと思案している。
 しかしこんな時に彼女を止められるのは、たった一人だけであった。
「るーちゃん。もう怒らないで」
 修羅と化したルフィアの服の裾を引っ張り、小さな声でそう言ったのは、四人目の仲間、ドワーフのシヴィルだった。
 途端にルフィアの気迫が萎み、少しばかり恥ずかしそうに目を潤ませる。
「シヴィル……」
「怒らないで」
 顔の半分を隠すほど長い前髪からつぶらな瞳を覗かせ、ルフィアを見上げるシヴィルはもう一度、同じ言葉を繰り返す。今度はルフィアの目を見て。
「うん……ごめんね」
「よかった」
 かすかに微笑むシヴィル。
 刹那、ルフィアはシヴィルの小さな体を抱き締めた。
「ああ、もぉ! かわいすぎぃー!」
 緩みまくった顔をもの凄い勢いで動かして、シヴィルに頬ずりしまくるエルフの少女。
 全身からハートマークでも飛ばしていそうなその有様に、さすがのネストも開いた口がふさがらないでいる。
「な……なんだ、これ?」
「ですから、収まると言ったでしょう?」
 それに対してフレイドは予想していたかのように、悠然としていた。
 彼女は気が付いていたのだ。
 アルトが自分たちに『注意』を促したときから、一番後ろにいるドワーフの少女が、落ち着かない様子でこちらを伺っていたのを。
 得心がいったのは、ルフィアが自分を見たときであったが。
(あれだけはっきりと驚かれるとね)
 シヴィルはその時、口を三角形にして全身で衝撃を表していた。見えない両目には、たぶん涙でも溜めていただろう。
 つまりは、そういうことなのだ。
「え、えーと……あの子が、俺たちの最後の仲間、ドワーフのシヴィルです。つまり、その……」
 取り繕うように笑顔を作ってそう言うジェナヴィスの隣で、アルトもにっこりと微笑んだ。
「つまり、現在のルフィアの恋人です」
「そ……そうか……」
 ネストと言えども、そう答えるのが精一杯の時もあるのだ。

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