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戦いは、攻撃側の敗北に終わった。 いくつかの大規模同盟が手を組んだ連合軍は、その指揮系統の弱さを突かれる形で瓦解し、兵士たちは散り散りに敗走していく。 守備側の勝利の立役者となったのは、城主血盟に手を貸した【神業】という血盟なのだが……。 「ったく。あいつら無茶苦茶だぜ、相変わらずよぉ」 逃げ散る兵士たちに混ざり、やはりグルーディオ城がそびえ立つ丘を駆け下りるヴァイスが毒づく。 彼ら傭兵部隊の一群は、やや急斜面なそこを下って、草原の見える西方面へと退却していた。 隣を並んで走るグライドが苦笑する。 「しかし、実に理にかなった戦法だった。主導権のはっきりしない連合の、各同盟主を手玉に取っていたな」 「ああ、それは俺にも分かった。抜け駆けしようとするところがありゃあ叩き、腰が引けてるとこがありゃその前線を潰し、漁夫の利を狙ってるところにゃ、同盟主がいる本陣まで斬り込んで徹底的にびびらせる。……ンなことしたら全滅するぞ、フツー」 「うむ。まさに神出鬼没だが、あれはたしかな戦術眼を持つ者が正確な状況分析を元に、軍を動かしているからだ。別に降ってわいたわけじゃない。計算された移動だな」 「あいつらの軍師か。たしかアインハザードの司祭……」 「エリシエルだ。エリスと呼ばれていたな」 「そうそう。あのきっついねーちゃんだ」 走りながら後ろを振り返り、勝利に沸くグルーディオ城を見上げる。 「やっぱあいつらが出てきちゃ、勝てねぇな」 「同感だが、奴らだけで戦局を動かしているわけではない。つまり奴らが付く側はいつも、精兵・良将が多いということだな」 「俺らも傭兵団でも作るかよ?」 ようやく丘の麓に辿り着き、ヴァイスは冗談めかした軽い口調でそう言った。 敗北しての退却ではあるが、激しく動いた後の疲労感と爽快感が混ざり合ったような今の感覚を、ヴァイスは嫌いではない。だから自然と声も弾んでしまっている。 対するグライドは、さすがに少々、息が荒くなっていた。体力的には、やはり劣る。 しかしそれを感じさせないほどには、まだ余裕があるのも彼だ。 「ほう。ついに戦局を動かす立場になりたくなったか?」 「いいかもしれねぇな。そういうのも」 からからと笑って再び走り出す。 グルーディオ城の丘からそのまま伸びる西の平原には、メルリザードマンと呼ばれるリザードマンの部族が居留している。ヴァイスたちはその居留地を掠めるようにして、さらに西へと落ち延びていく予定だった。 ──そう。危険はないはずだった。 城のある丘を囲むように流れる川に、次々と飛び込む兵士たち。無論、その先頭を切るのはヴァイスだ。 「血の匂い消えて、ちょうどいいな」 誰かが冗談めかしてそう言い、他の者が釣られて笑う。 その時である。 「きゃ……っ!」 一行の中にいた女戦士の悲鳴が短く聞こえ、次いで激しく跳ね上がる水音が聞こえた。 咄嗟に振り向くヴァイスたち。 彼女がいたはずの水面には、わずかな水泡と細波だけが見えた。 「なんだ? 足でもつったか?」 再び誰かがそう言って、間抜けだなぁなどと笑い声が起こる。近くの者は仕方がないといった感じで、川の中に素潜りを敢行した。 「妙だ……」 ヴァイスも皆と一緒に笑っていたが、その隣に寄ってきたグライドの一言でそちらに顔を向けた。 「なんだ?」 「溺れたにしては、静かすぎる。足をつったのなら、もっと激しく動くはずだろう。ひと一人が沈んだにしては、浮いてくる水泡も少ない」 言われてみれば、その通りだ。 ヴァイスは周囲を見回してみる。特に変わった様子はないが、他の兵士たちは女戦士の救出を手近な者たちに任せて、川を渡り始めていた。 「どういうことだ?」 女戦士を引き上げに潜った者たちの方を見ながら、ヴァイスはグライドに問いかける。 「さあな」 グライドとて、答えを持っているわけではない。ただ疑問に思ったことを口にしただけなのだから。 そして次の瞬間には、二人はさらに首を傾げることになった。 「いないぞ!」 川の中に潜った一人が水面から顔を出してそう叫んだ。 「なに?」 振り返ったヴァイスとグライドは、申し合わせたように、共に怪訝そうに眉根を寄せる。他の兵士たちも一様にざわめき始めた。 深い川ではない。流れが速いわけでもない。しかも女戦士が消えたのは、つい先ほどだ。 自力で泳いだのなら、その痕跡が水面に残るはずであるし、もしもモンスターに襲われたのなら、さらに水しぶきは激しく上がるだろう。 「消えた……てことか?」 呟くヴァイスの言葉に、グライドは何事を思いついたようにハッとして、水中へ顔を突っ込ませる。 そしてすぐに顔を上げると、険しい顔をヴァイスへ向けた。 「ウンディーネがいる」 「なにぃ?」 「見えたのは一体だけだが、かすかに奴らの気配が残っていた。他にもいたな」 「あいつら、こんな人里に近い水に住んでたか? ここ、グルーディオの水源だぜ?」 「いるわけがない。生活排水やらが流れ込む川に、純粋なエネルギー体である精霊界の住民が、住めるわけはなかろう」 「──じゃ?」 「何者かが使役しているのだろう。そしておそらく、消えた女は奴らが何らかの手段を使って連れ去ったのだ」 自分たちには危険はなさそうだと付け加えるグライドに、ヴァイス以外の兵士たちからは安堵の声が漏れる。そして同時に疑問の声も上がった。 「なんでそんなことするんだよ?」 「俺が知るわけがない。ただ……例の誘拐事件とは、関係がありそうだな」 ヴァイスにそう答えると、グライドは対岸へと進み始めた。まだ川中に残っていた者たちもそれに続く。 「探さなくていいんか?」 事は終わったとばかりに進み始める一行に、ヴァイスは少々不思議そうに声を掛けた。 グライドは振り向きもせずに淡々と答える。 「無理だ。魔力も感知できなかったし、痕跡もない。お前、テレポートをした相手がどこに飛んだか、判る方法を知っているか?」 「んなもん、知るわけねぇだろ……」 「ならば今は、女の無事を祈ることくらいしかできん。我らの女神の下へ連れて行かれないようにな」 さばりと水を汲み上げるように岸に上がるグライドは、その自分の言葉にあることを思い出す。 「……あるいは、彼女なら判るかもしれん」 「あン?」 少し遅れて岸に辿り着いたヴァイスが首を傾げて見上げる。 グライドは振り向いて、水の滴る前髪を片手で撫でつけながら、片目をつむってみせた。 「フレイドたちと合流するぞ」 夕焼けに染まるグルーディオの街を見下ろし、窓辺に座るフレイドは美しい柳眉をひそめる。 「嫌な……感じがしますね」 街を囲む城壁に隠れようとしている太陽が、彼女の瞳を刺した。 「攻城戦の後だ。おぬしはあまり外気に触れるな」 そんなフレイドのそばに寄ったネストが、窓に掛かるカーテンを下ろす。差し込んでいた夕陽がなくなり、室内は薄闇に包まれた。 人の死に敏感なフレイドには、多くの死者が出る攻城戦などは毒以外の何物でもない。カーテンを閉めることで、その毒を少しでも和らげることができればいいと思うネストだ。 その義姉の気遣いが嬉しくて、フレイドは椅子に座ったまま彼女の見上げ、微笑む。 「ありがとう。ネスト」 「ん……」 義妹の声が優しく聞こえたから、ネストは照れたように頬を掻いた。 「ですけど……」 しかし再び視線を窓へと向けたフレイドの声音は、訪れる夜の闇を現すように重く沈んだものに変わる。 「これはそういう感じではありません。何か……もっと別の、暗い感覚です」 「……ああ」 ネストも顔を上げ、閉ざしたカーテンの向こうを見るように顔を向ける。 「この地に何かが起きておるのは、間違いないがな」 それは彼女も少しだけ解る感覚であった。 |
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