「わたしと一緒に、クリスマスを過ごしてくれませんか!?」
 エルフ族の神官フィーニスは、緊張に強ばらせた顔を真っ赤に染めながら、ありったけの勇気を振り絞ってそう告白した。
 彼女に呼び出された同族の騎士アルヴィンは、一瞬だけ唖然とした顔を見せたあと、口元を柔らかく綻ばせ、照れたように目元を染めながら頷く。
「うん──そうしようか」
 その笑顔とその言葉に、今度はフィーニスの方が驚いたような顔を見せ、彼を見上げる。
(や、やったぁーっ!)
 一年に及ぶ彼女の片思いが、成就した瞬間であった。

 思い人との約束を取り付け、舞い上がったフィーニスが、自身が信奉するエヴァを始めとした光の神々に盛大な感謝を捧げ、宿にある彼女の部屋が新しい宗派の拠点のような有様を見せ始めた頃。
「今年のクリスマスは、血盟での狩りを決行する。無論、全員参加だ!」
(なにおーっ!?)
 宿の酒場で行われた血盟主の宣言は、フィーニスだけでなく、他の血盟員にも衝撃を与え、非難の声を以て迎えられた。
 盛大にブーイングを上げる血盟員たちに、盟主は手にした『クリスマスのしおり』をテーブルに叩き付け、鋭い眼光を向ける。
「お前たち……クリスマスにいちゃつこうと考えているのだろうが、そうはさせん! 盟主の強権を発動し、徹底的に邪魔をする! 独り身の根暗な怨念を思い知るがいいッ!」
(むちゃくちゃだよぉーっ!?)
 不敵で陰険な笑みを浮かべるヒューマン盟主の姿に、フィーニスは滝のような涙を流しながら頭を抱えた。
「題して、『天使の血塗れクリスマス』! 傲慢の塔で暴れ回るぞ、お前たち!」
 とても不穏な題目を口にして高らかに笑い出す盟主に、一部の賛同者を除く全員が、フィーニスと同じく頭を抱える。
「まいったな……」
 仲間たちの騒ぎ声の中から、フィーニスは耳ざとくアルヴィンの呟きを拾う。
 長い耳をぴくりと動かして振り向いた彼女に、アルヴィンも困り切った顔を向けてきた。
(どうしよう?)
 視線でそう問い掛けたフィーニスに、彼は少しだけ考えるようにしたあと、わずかに肩を竦ませて首を横に振る。
(仕方ないね)
(そんなぁ……)
 苦笑を浮かべる彼に、フィーニスは泣き出しそうな──というより、滂沱と流れる涙をみせて落胆する。
 それは数日間に及ぶ彼女の浮かれ気分が、音を立てて崩壊する瞬間であった。

 フィーニスがアルヴィンを意識するようになったのは、ちょうど一年前。
 同族だけれど、インナドリル出身で気さくな彼は、森にいた友人たちとは少し違って見えたものの、冒険者の中に入れば特別な存在でもなく、フィーニスも仲間の一人として接する程度であった。
 ──切っ掛けは、ありがちで些細なこと。
 盟主が定期訓練と称して、彼とフィーニスを含むメンバーを『次元の狭間』へ連れて行った時である。
 慣れているはずの悪魔側の侵略軍との戦いで、ちょっとした事件が起きた。
 弓を扱うアンデッドの動きを止めようとしたフィーニスが、逆に彼らの標的とされてしまったのである。
(呪文を間違えた!?)
 慣れている、という油断がそうさせたのだろう。単純な呪文の言い間違いだった。
 気付いたときには、すでに相手の矢は放たれており、四方から飛来するそれをかわす術もなく、彼女は思わず両目をぎゅっとつむる。
 ──しかし、いつまで経ってもその矢は来なかった。
「大丈夫?」
 そう声を掛けられて目を開けたとき、そこにアルヴィンの顔があったのだ。
「……えっ!? あれ!?」
 いつの間にか、彼女はアルヴィンの両腕に乗せられており、その彼の盾と鎧には、四本の矢が刺さっている。
「ごめんね。いきなり」
 彼はそう言って照れたように微笑む。
「まるで姫君を守る騎士だな。あるいは攫う方か?」
 からかうような盟主の声が聞こえ、フィーニスは自分の姿に赤面する。
「ナイトとなったからには、一度はやってみたかったんですよ。お姫様抱っこ」
 振り向いてそう返した彼の笑顔に、フィーニスは胸を高鳴らせていた。

「アルヴィンさん!」
 部屋へ戻る彼を追い掛け、フィーニスは呼び止める。
 振り返ったアルヴィンは、先ほどと同じように苦笑を浮かべて肩をすくめた。
「こうなっちゃったら、仕方ないね。盟主は言い出すと聞かないし」
「で、でもっ! せっかくのクリスマスなのに……」
「うん、そうなんだけど……僕たちだけ参加しないってのも、みんなに申し訳ないし」
 彼が仲間思いであることは、よく知っている。そこも彼の魅力だろう。
 でもこんな時まで、他に気を遣わなくてもいいんじゃないかと思う、フィーニスである。
「それにほら。二人でいることはできると思うから」
「そ、それはそうですけど……そうじゃなくて……」
 焦りながら自分の気持ちを伝えようとするものの、自分でもなんと言えばいいのか解らず、焦燥感ともどかしさだけが増していく。
 いま感じているこの気持ちはなんだろう?
 混乱していることを自覚しながら、その整理すらできずにいる。
 アルヴィンの方も、そんな彼女の姿に困惑している様子であった。困ったように頭に手をやり、どうすればいいのかと首を傾げる。
「えっと……あっ。心配しなくても、プレゼントはちゃんと用意するよ」
「──え? あっ! ありがとうございますっ」
 聞きたかったものとは違う言葉だったけれど、それはそれで嬉しくて、思わず頬を染めながら顔を伏せてしまう。
 しかしその時、二人の横を通りかかった仲間の数人が、アルヴィンを捕まえるようにして声を掛けてきた。
「おい、アルヴィン。盟主がまぁた無茶言いだしやがったな」
「どうするー? クリパも傲慢の塔でやっちゃう? ケーキとか持ち込んでさ」
「いっそのこと、飾り付けもしちまうか!」
 仲間たちの輪に、アルヴィンが吸い込まれていく。
「う〜ん。そうだね……」
 彼は仲間たちの言葉に、フィーニスの時と同じような苦笑を返している。
(……人気者だもんね)
 彼女は唖然とそれを見つめながら、胸に小さな痛みが走るのを感じた。
 仲間の輪の中から、アルヴィンが顔だけを振り向かせて、申し訳なさそうな顔で片手を挙げる。
(そっか……)
 フィーニスは無理に作った笑顔でそれに答え、大丈夫だというように首を振った。
(わたしがはしゃぎすぎただけなんだ)
 そして、その場に背を向けた。

 ──結局。
 盟主の決定が覆ることはなく、クリスマス当日を迎える。
 さほど大きな血盟ではないが、それでも三十人からの冒険者が集い、戦う姿は壮観だ。
 何だかんだといっても、同じ旗を仰ぐ仲間たちである。集まれば楽しくもなるし、これも一種の宴会であると思えば、気分も盛り上がってくるらしい。
 最初は不満を口にしていた者たちも、いざその宴が始まれば、陽気な様子を見せ始めていた。
 フィーニスも、仲の良い他の神官や女友達と、たわいもない話に花を咲かせながら、一行の中段を歩いている。
 盟主以下の血盟上位者が先導しているから、たとえ悪名高い傲慢の塔の中であっても、さして危険を感じない。むしろ彼女たち中段以降に備える者たちは、お祭り気分である。
 しかしフィーニスは、そんな雰囲気にも完全には乗り切れなかった。
 アルヴィンとの約束が無駄になったことや、その後の彼の態度が、心に影を落としている。どうしてもそのことが頭をよぎり、気分が暗くなるのを止められない。
(聖なる日なのに、今のわたしは闇属性……。あ、それなら天使にも効果があるかな?)
 そんなどうしようもないことまで考えてしまっていた。
 その天使たちは、先導する盟主たちと戦っている。あっさりと蹴散らされているようでもあるが、案外に手強い抵抗をみせてもいた。
 まるで「これが我らのクリスマス!」と言わんばかりに、張り切っているように見える。
 そして、そんな先頭集団の中に、アルヴィンはいた。
 今日は他の種族の神官も多く、殊更にフィーニスが援護をする必要もない。また、そうしようと思っても躊躇ってしまう。
 いつものように彼を見ることができない。
 やりきれいないような気持ちが胸に渦巻いていて、彼の顔を見ることが辛かった。
(なんだっけ……ああ。嫉妬ね)
 彼はいつも大勢の仲間に囲まれている。
 だけどあの時、あの瞬間に見せた笑顔は、自分だけに向けられていた。
 だから本当は今日も──
(……そっか!)
 ふと、先日言いたくて言えなかった言葉に気が付く。
 伝えたかった自分の気持ちに。
 彼女はアルヴィンの姿を求めて、慌てたように前を向いた。
 その時。
「天使だ!」
 最後尾から声が上がった。
 集団の背後に新手の天使たちが現れたのだ。回廊を回り込んだのだろう。
 間の悪いことに、天使の相手をできる仲間たちは、全て前に出ている。宴会という雰囲気が、後ろの備えを忘れさせたのだ。
 だから今、最後尾を固めるのは、血盟のアカデミー生たちだった。
 フィーニスは咄嗟に杖を振りかざし、アカデミー生に襲い掛かろうとする天使たちに魔法を放つ。相手の動きを止めることができれば、その間に後輩たちも逃げることができるだろう。
 しかしそれは、天使の注意を彼女に向けさせることでもあった。
(間に合わない……!)
 彼女一人では全ての天使を止めることはできず、残った者たちが一斉に向かってくる。
 翼を羽ばたかせ。剣を振りかざし。
 その姿に、思わず目をつむる。
 ──!
 しかし、次に聞こえたのは、堅い金属を弾く音だった。
「……大丈夫?」
 その声に目を開ける。
「間に合って良かった」
 そこには、彼の笑顔があった。
 左腕の盾で天使の剣を受け止め、右腕に彼女を抱いたアルヴィンは、ほっと安堵の息を吐く。
「な、なんで……」
 フィーニスの口から、思わずそんな言葉が漏れる。
 アルヴィンは驚いたように目を丸くして、次にその目元を染めながら顔を逸らした。
「それは……いつも見てたから。すぐに油断するところとか、突っ走っちゃうところとか、危なっかしいし……いつでもフォローできるようにって……」
 仲間たちが天使と戦い始めた音に混ざり、彼の声が聞こえる。
 その言葉が一つ一つ届くたびに、彼女の表情が涙の色に歪んでいく。
「だから、その……僕が守らなくちゃって、思ってた」
 再び振り向いた彼は、彼女が見たかったあの笑顔を浮かべていた。
「わたしっ……わたし、一緒にいたい!」
 フィーニスは思わずすがりつくように、彼の肩に抱きつく。
「え? なに?」
「二人でいたいよっ! みんなと一緒じゃなくて、二人っきりで!」
「……うん。ごめん。クリスマスだもんね」
 困ったようにしながらも頷く彼に、フィーニスは大きく首を横に振った。
「クリスマスじゃなくても……いつだって、二人でいたいのっ!」
「あ……」
 涙を浮かべながら真っ赤な顔で訴える彼女に、アルヴィンの顔にも朱が差していく。
「……なんか。そういう顔でその台詞って、反則だよね」
「ふぇ……?」
 恥ずかしげに顔を逸らした彼に、フィーニスはきょとんと瞳を丸くする。
「本当は……僕も楽しみにしてたんだ。きみと過ごせるクリスマスっていうの」
 照れた顔を見せたくないのか、彼はそっぽを向いたまま言葉を続ける。
「その……きみを恋人にできるってことを」
「──!?」
 真っ赤に染まった彼の横顔に、フィーニスの顔も火が付いたように赤く染まる。
 その瞬間、彼女たちに襲い掛かっていた天使が魔力の炎を浴びて吹き飛ばされ、その爆発に紛れるようにして、彼は彼女を抱き締めた。
「だから、抜け出そうか?」
 そして、耳元で囁かれた言葉と、照れたような彼の笑顔。
「ど、どうやって……?」
 その笑顔に胸を高鳴らせながら、彼女は問い返す。
 彼は小さく笑って、彼女を両腕で抱き上げた。
「言ったよね。一緒にいることはできるって」
「……?」
「帰還魔法。お願いできるかな?」
 悪戯っぽく片目をつむってみせた彼に、フィーニスの顔が輝く。
「──はいっ!」
 そして彼女の杖に光が宿り、唇が小さく呪文を紡ぎ出す。
「メリークリスマス。フィーニス……」
「メリークリスマス……アルヴィン……っ!」
 次の瞬間、二人の姿は光に包まれて消えていた。
 幸せそうに抱き合う、光の残照を置いて。



『フケやがったぁーっ!?』
 残された仲間たちが、その後どういう行動を取ったのかは、想像に難くない。

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