地竜アンタラスに活性化の兆しあり──! まるで火山か地震の予測のようであるが、引き起こされる被害の規模を考えれば、あながち間違いでもない。むしろ相手に知性がある分、自然災害よりもたちが悪いと言えよう。 しかし幸いにして、自然災害とは違い、これは未然に防ぐことが可能である。暴れ出す前に眠らせてしまえば良いのだから。 もっとも、そこにも多大な犠牲が必要ではあるのだが。 その犠牲となるべく──でもないだろうが。予想される災厄を未然に防ごうと、何度目かの眠りから覚めた地竜を討伐すべく、今回も数多の冒険者が集結していた。 指揮を執るのは、地竜が暴れ出した場合、真っ先に標的とされるだろうと思われる、ギランの地を治める城主。そしてその血盟。 ある意味ではすでに被害者である彼らが声を張り上げる中、集まった冒険者たちはそれぞれの仲間と共に、最後となるかもしれないひとときを過ごしていた。 「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ」 そんな冒険者の一人。ヒューマンの戦士ジンが、穏やかな口調で隣の仲間に話し掛ける。 「……誰と」 話し掛けられた仲間。ヒューマンの魔術師シーナは、呆れたようなジト目を向けて問い返してみた。 途端にジンは満面の笑みを浮かべ、両手の人差し指を彼女に向ける。 「お・ま・え・と!」 「焼き殺す!」 物騒な発言と共にシーナは右手に魔力の炎を宿し、その顔を夜叉の形相へと変えた。 ──ゴゥッ! 「ああああああああああっ!?」 そして宣告どおりにその炎をジンへと投げ付け、本当に焼いてしまう。 盛大に悲鳴を上げながら辺りを転げ回り、全身に付いた火を消そうとするジンを、シーナは不機嫌な顔のままで見つめたあと、拗ねたようにその顔を背ける。 二人の様子を見守っていた他の仲間たちは、呆れたような溜息を交わした。 「ジンのやつ、毎度毎度、懲りないというか……あのチャレンジ精神には感心するが」 「シーナが相手じゃ、冗談も命懸けだしな。あいつの場合は冗談じゃないんだけど」 「ていうか、あれ死亡フラグだろ。今度こそやばいんじゃね?」 一向に消える気配のない火に包まれ、情けない声を上げるジンと、知らぬ振りを決め込むシーナを眺めながら、仲間たちは冷や汗を浮かべていた。 「いっやぁ。危うく焼け死ぬところだったな」 全身、濡れ鼠となったジンが、明るく笑いながらシーナの前に戻ってくる。 「あのエルフの魔術師、なかなかいい水もってんね。さすがはギラン城主血盟の一員だわ」 ──全裸で。 「服を着ろ、この痴れ者っ!」 顔を背けたシーナの右手から再び火球が撃ち出され、全裸のジンは綺麗な弧を描いて宙を舞った。 しかし今度は火が彼の素肌を焼くことはなく、先程のような地獄絵図は展開されない。 もっとも、頭から地面に激突した姿は、先程より酷いものだったかもしれないが。 「じょ、女子の前でそんな破廉恥な格好をする者があるか! まして大衆の面前だぞ!」 倒れた彼を見ることなく、シーナは羽織っていた外套を投げ付けながら、ついでに怒声も投げ付ける。無論、その顔は真っ赤だ。 その外套を受け取りながら立ち上がったジンは、大したダメージもなさそうに笑顔で片目をつむってみせる。 「そんな恥ずかしがるなよ。いずれお互い、全てを見せ合う仲になるんだぜ?」 「なっ……なるかーっ!」 三度、火球を手の平に浮かべたシーナだったが、はたと気が付いてその炎を収めた。 (危ない、危ない……またペースに乗せられてしまっていた) 目を閉じて一つ深呼吸をする。 「……ともかく、服を着て鎧を付け直せ。出発が近いぞ」 「おう!」 手を上げて答えたジンに背を向け、シーナは溜息を吐きながら仲間の元に戻った。 (これだから嫌になる。ちっとも進展しないじゃないか……) 膝を抱えるようにして座った彼女に、仲間たちが冷やかすような声を掛けてくるが、聞こえないふりをしておく。この手の揶揄にも、もう慣れっこだ。 シーナとジンの二人は、同じ時期に今の血盟に入ったという経緯から、すぐに打ち解けた仲になった。同期という気安さが幸いしたのだろう。何でも言い合えたし、よく一緒に旅もした。 そうして行動を共にすることが多くなるうちに……という、ありきたりな理由である。 (我ながら、どこを気に入ってしまったのやら……) 膝に埋めた口から漏れる溜息は、先程とは違い、苦笑からでたもの。 往々にして、恋とはそんなものなのだろう──と、解った風な言い訳を自分にしてみる。 だが、いつまで経ってもそれを言い出せないどころか、態度にすら表すことができていないのが、彼女であった。 (それというのも、あいつがあんな調子だからだ!) 切っ掛けが欲しいのに、それをいつもジンがぶち壊してくれる。 こんな具合に。 「なんつーかさぁ……俺がイケメンすぎるのが悪いんだろうけど、そろそろシーナも素直になって、こう、色んなところを開いてくれても……」 ──めきょ。 いまだ着替えもせず、仲間に向かって朗らかに語るジンの顔を、シーナの杖の先端が直撃した。 「こっ……のっ……変態戦士がぁーっ!」 自身が操る炎のように真っ赤に染まった顔を、鬼神も裸足で逃げ出すほどに怒らせながら、立ち上がったシーナがジンに容赦のない追撃を加える。 「しねーっ!」 「ぐあああああっ!? 折れる! 潰れる! しかしそこに愛を感じるぅーっ!」 「すいませーん! そろそろ出発するんで、喧嘩とか決闘とか殺人とか特殊プレイとか、やめてくださーい!」 外套一枚のどう見てもアレな戦士を、見た目は可憐な魔術師が踏んだり蹴ったりする光景を最後に、地竜討伐隊は出発していった。 よくよく元気だよな……。 仲間たちが引きつった顔でそう思うほど、ジンは意気揚々と彼らの先頭を歩いている。 「もうすぐクリスマスだからな。竜が持ってるお宝を、シーナにプレゼントしてやるぜ♪」 そのすぐ後ろを歩くシーナは、心底呆れたような顔で溜息を吐く。 「馬鹿なフラグなんか立てずに、ちゃんと前を見ろ。この集団の中ではぐれたりしたら、合流するのも一苦労なんだぞ」 「心配すんな。どこにいたって、シーナの事は俺がちゃんと見つけてやるからさ」 振り向いて笑顔を向けてくるジンの言葉に、シーナの顔がたちまち上気する。 「わ、わたしは! キミがはぐれることを言っているんだ!」 そう言って顔を背けるシーナを、ジンは柔らかく微笑みながら見つめる。 「おう」 そして言われたとおりに前を向いたから、彼のその顔をシーナは見ることができなかった。 代わりに──というわけではないが、顔を背けたその先に、彼女は自分たちが立っている場所を見る。自然の産物か魔物の仕業か分からない、分厚い岩盤の橋を。 「……第一次討伐隊の時は、この洞窟でも多くの犠牲が出たそうだ。だが今や大した苦労もなく、地竜の結界まで行くことができる。人類がそれだけの力を手に入れたということだろうが、この進化の速さには驚きを禁じ得ん。そうは思わないか?」 話題を変えるための適当な話ではあった。少し難しい話をして、熱くなった頭と顔を落ち着けようとも思っていた。 しかし、前を向いたままのジンが小さく笑って言った言葉に、その思考が無駄になる。 「なに言ってんだ。人なんて三日もあれば変わるって言うだろ。それが年単位になりゃ、進化も進歩もするってもんだ。ずっと同じところにいる奴なんて、いないんだからな」 「……変わらないものなんてない。そういうことか」 「そうそう」 それならば……と、シーナは思う。 (わたしたちの関係も進むと、期待していいのか?) ジンの背中を見上げる、その頬が、また熱くなった。 その時──。 「!?」 大きな震動に、ぐらりと体が揺さぶられる。 「地震か!?」 誰かがそう声を上げるなか、シーナは自分の足が地面から離れる感覚に襲われた。 (──え?) 傾ぐ視界に、自分が倒れていくことを認識する。手を付こうと伸ばした先に、地面がないことを視認する。 (落ち──る!?) 自分の体が岩盤の橋の外へと向かっていると知ったとき、彼女は彼の姿を求めた。 「シーナっ!」 無意識に伸ばした手を力強く掴まれ、引き寄せられる。 「ジン!」 しかし彼女を片腕に抱いた彼の体もまた、橋の外へと飛び出していた。 「こんッ……のぉッ!」 ──ガツッ! ジンは咄嗟に、もう一方の手に持っていた槍を橋の側面へと突き立てる。 「よっしゃ! さすが俺っ!」 「う、うん……」 何とか落下することは免れたものの、激しい揺れは尚も続いている。視界が上下に揺すられ、洞窟の天井からはバラバラと石や土が落ちてきていた。 これでは仲間に引き上げてもらう事もできず、中空に浮いた状態の二人を支えるのは、一本の槍のみ。それもこの揺れの中では、いつまで保つか判らない。 (この高さから落ちたら……) 確実に助からない。真っ暗な闇しか見えない自分の足下に視線を向け、シーナは冷や汗を浮かべる。 ──だが。 「むぅ……鎧のせいで、せっかくの感触を楽しめねぇ……」 そんな呑気な呟きが聞こえたから、シーナは思わず彼の顔を睨み上げた。 「こんな状況でも、まだそんなことを言うのか! キミは!」 「いや、だって。久しぶりの密着状態だぜ? 堪能するでしょ。男なら」 「馬鹿っ! 馬鹿者っ! こ、こんな……こんな時まで……!」 不意に、シーナ自身も予期せぬうちに、彼を見上げる瞳から涙が零れる。 「え……お、おい?」 思わぬシーナの反応に、さすがのジンも慌てた様子を見せた。 彼のそんな顔は久しぶりに見るシーナだったが、一度溢れだした感情はもう止まらない。 「わたしは……わたしも、キミのことが好きなんだ……」 ぽろぽろと零れる涙と一緒に、唇からその言葉がこぼれ落ちた。 「大好きなんだ! ずっとずっと! だからこんな時くらい……最後くらい、優しくしてくれてもいいじゃないか……」 喚くように告白したその言葉に、シーナは我ながら情けない姿だと思う。しかしこれがもう最後かもしれないと考えると、言わずにはいられなかった。 彼女は涙が溢れる目を伏せ、彼の反応を待つ。返事が聞きたい。どんな言葉でもいいから、自分の気持ちを知った彼の声が聞きたかった。 だが── 「……ジン?」 いつまで経っても反応がない彼を、シーナは恐る恐る見上げる。 そこで彼女が見たものは、 「……っ」 耳まで真っ赤になって硬直した彼の顔であった。 これは…… もしかして…… 「照れているのか? キミ」 「っ! ち、ちっげーよ、バカ! なにいってんだよ、お前! 俺が照れるわけねーじゃん! 根拠はなんですか? 根拠は!?」 「しかし……顔が赤いぞ?」 「ばっか! これはお前……興奮してんだよ! 久しぶりの密着で興奮してんの!」 「でも、目を逸らしてるぞ? それにさっきより、ちょっとだけ離れたような気もする」 「それは、そのっ……あれだ、ほら……」 火に炙られた鉄か茹で上がったタコのような顔をしたジンが、虚空に視線を彷徨わせながらごにょごにょと言い訳を繰り返す。 その姿に、シーナは確信した。 (もしやこいつ──!) だから彼女はちょっとだけ顔を伏せ、上目遣いに彼を見つめて口を開く。 「……好きだぞ。ジン」 「──っ!?」 途端にジンの全身が強ばった。自分を抱えてくれている腕に、必要以上の力が入るのが判る。 間違いない。 (そうか。こいつの弱点は、これだったか) 状況も忘れ、シーナは口元を緩める。 これまで散々、破廉恥な行為をしてきた男が、まさか直球勝負に弱いとは思ってもいなかった。しかし案外、そういうものかもしれないと、知った風に納得してみる。 「キミも何か言ってくれ。寂しいじゃないか」 「な、なんですか!? 何の兵器ですか、それ!? おおお、俺にそんなもの……」 「わたしはキミのことが、大好きなんだぞ?」 「あああああっ!? きーこーえーなぁいっ!」 全身真っ赤になりながら、必死に照れを隠そうとするジンを、シーナは少しだけ意地悪に、そしてとても幸せな微笑みを浮かべて見つめるのだった。 「ジンが馬鹿からツンデレに、クラスチェンジしたみたいだな」 「あれはデレツンじゃないか?」 「何にしても、そろそろ引き上げてやろう。マジで落ちる。本心を言えば、このまま突き落としたい気分だが」 ところで討伐の方はどうなったかというと。 『謁見者(討伐隊)の皆様へ。 アウラキリア主催のクリスマスパーティー(通称あうあうクリパ)に出席するため、留守にいたします。 尚、年末年始は帰省のため、閉店いたします。新年は十日よりの営業となりますので、御用の方は十日以降にお越しくださいますよう、お願いいたします。 ──アンタラスより』 とても丁寧なお詫びが、結界の入り口に貼られていたという。 「活動期に入ったって……このことか?」 「まあ、シーズンだよなぁ」 「これだから下手に知性のある魔物ってのは……」 「──よし! 解散!」 ひとまず地上の平和は、新年まで安泰なようであった。 |
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