雑貨屋さんの店頭にキャンドル。きらきら。
 武器屋さんはサンタクロース。にこにこ。
 アクセサリーのお店は、おっきなツリー。きれいね、かわいいね。
 街は今、赤と緑のクリスマスカラー。
 プレゼント。ケーキ。パーティー。
 みんなみんな、クリスマスを楽しみにしてる。楽しんでる。
 だけど……
 私は今日も、ひとりぼっちです。

「大丈夫……ファントムたちがいる」
 あまりに煌びやかで賑やかな街の様子に、思わず口に出して呟いてしまう。
 ドワーフ族が管理する倉庫街から出てきた私は、傍らにいる自分の召喚獣を見つめた。
 闇の精霊界の住人──ファントム族。
 個体別に色々な名称があるけれど、私たちダークエルフは総称してそう呼ぶ。
 その世界の名に相応しく、漆黒の体と陰鬱な気を纏う彼ら。頼もしくて、実は個体によっては結構お喋りだったりする、私たちダークエルフ召喚師の相棒だ。
 今も私が呼び出している『シャドー』と呼ばれる精霊は、召喚主である私にしか聞こえない声で、ひっきりなしに語り掛けてきていた。
「なんですなぁ。こうもキラっキラっされてると、わてら完全にうきますなぁ」
 ……そうだね。私、ダークエルフだし。
「いやいや。そういう意味やおまへんで? ダークやてライトやて、クリスマスは関係あらしまへん。光あるところ、常に影ありや」
 私たちはクリスマスの影なんだね。
「せや。何しろこの季節は、独りもんには厳しいさかいなぁ……」
 そう呟いて、シャドーはぷるるっと体を震わせる。
「夜風が染みますなぁ……心が凍えてしまいそうや」
 じゃあ、今日はぎゅってして寝る。
「そうでんな。独りもんは独りもん同士、暖め合いましょか」
 うん……そうしようか。
「あ、でもわて、体温低いんですわ。シェードの旦那でも呼びましょか? あん人はぬくいでっせー。ほかほかや」
 知ってる。でも……今日はシャドーが付き合ってくれたから、それでいいよ。
「ねえさん……あんた、ほんまにええ主やぁっ!」
 こっちを向いてぷるぷると震えるシャドーに、私は微笑みかけた。たぶん、嬉し泣きとかしてる感じを出してるんだろう。彼らファントム族は、涙を出すことができないから、感情表現の方法も限られる。
 ……私も感情を出すのは苦手だから、彼らのそういうちょっとした仕草から、伝えたいことが解るようになった。
 それが、私が召喚師の道を選んだ二番目の理由。
 一番目の理由は……
「お? ねえさん。あそこにおるの、いつぞやのにいさんでっせ」
「──あ」
 シャドーが振り向いた先を見た私は、そこに同族の姿を見つけた。
 倉庫から出てくる一人のダークエルフ。
 私と同じ青褐色の肌に、白地の上衣を纏い、華麗にして荘厳な雰囲気を漂わせる、シーレンの託宣者。女神に傅く司祭。
「たしか、れ、れ……なんでしたっけ?」
 レヴォン──。

「突然、すまない。同道させてもらえないだろうか?」
 ネクロポリスに入ろうとしていた私に、後ろからそう声を掛けてきた、彼。
 その声があまりにも凛々しかったから、思わず振り向いてしまった私は、すぐにその顔を伏せた。
「? 聞き取れなかったか?」
 不思議そうな彼の言葉に、私は何も答えられず、体を竦ませてしまう。
 ──これが、私が召喚師になった一番の理由。
 他人と話すのが苦手で、他人と接するのも苦手。向かい合うと緊張するし、まともに話すこともできない。それがさらに気分を重くする。
 だからなるだけ、他人と接しないようにしてきた。関わらないようにした。
 今はだいぶ慣れたけど、冒険者になってからもしばらくは、街を歩くのも嫌だった。知らずに早足で歩いてる。人混みは今も苦手。
 親の言い付けで冒険者になったけれど、これなら故郷で暮らしていたかった。少しは友達もいたから。
 冒険者になってからの友達は、一人もいない。きっとこの人も、何も言えない私に呆れるか、怒るかして、去っていくだろう。
 そう思っていたのだけど。
「……召喚師と召喚獣が、こうも対照的だとは思わなかったが」
 彼がそう呟くのが聞こえて、ちらりと視線を上げてみる。
 見れば、傍らのシャドーは顎に手を当てたりしながら、彼の姿をじろじろと見ていた。
 ……なんて恥ずかしいことを。
(ねえさん。ありゃシーレンの司祭でっせ。同族相手なら、追いはぎとかの心配は、ないんとちゃいまっか?)
 心話で話し掛けてくるシャドーに、私も心の中で頷く。
(うん……それは心配してないけど……)
 私はちらりと彼を見上げた。
 落ち着いた物腰は、私よりもずっと年上な気がする。何より、同族にしても整った顔立ちが、私の心拍数を早くした。
 かっこいい人は……憧れるよね。うん。
「人見知り、というやつか。冒険者にしては変わっているが、恥じることでもなかろう」
 まるで私のことを知っているように、彼はズバリと言い当ててきた。
 私は思わず目を丸くする。
「何より、我らダークエルフは実力こそが全て。この地に単身、悠然と入り込める能力のある者を、どれだけの者が嗤えるか。少なくとも、俺では敵わぬことだ」
 おまけにフォローまでしてくれた。
 私は恥ずかしくなって、また顔を伏せる。
 でも隣では、シャドーが右手の親指を立てて突き出していた。
「召喚獣が言葉の代わりとは、面白い召喚師だな」
 小さな笑い声。馬鹿にしたものではなく、楽しげな苦笑。
 そんなことを言われたのは初めてだったから、思わず胸が高鳴る。
「……さて。改めて頼む。この奥に知人がいるらしいのだが、迎えも寄越さんのでな。合流までの護衛を頼みたい。無論、それなりの謝礼はする」
 必死に彼の綺麗な顔を見ないようにする私に代わって、シャドーが「こちらへどうぞ」と言わんばかりに、両手を横へ滑らせる。
「感謝する」
 その時、ちらりと見上げた彼の顔は、優しく微笑んでいた。
「忘れたくても忘れられそうにないな。……また会おう」
 別れ際、そう言ってくれた彼の声とその微笑みが、私の宝物になった。

「あの時の召喚師か? 久しぶりだな」
 こちらへ歩いてくる彼は、そう言いながら笑いかけるでもなく、首を傾げるようにする。
 私は──
「あ……ぅ……うん……」
 やっぱり、まともに挨拶もできなかった。
 彼が苦笑するのが判る。
「人見知りは相変わらずか。それとも俺が嫌われているだけか?」
 意外な言葉に慌てて顔を上げて、必死に首を横に振った。隣のシャドーも一緒に。
「冗談だがな」
 ああ……またそうして微笑む。
 そうされてしまうと、私は彼のことをまともに見られない。胸が苦しくなるから、見ないように顔を伏せる。
 きっと私の顔は、朝日や夕焼けより赤くなっているだろう。
「お待たせ、レヴォン」
 不意に。
「あら? この子は?」
 彼の隣に、知らない女の人が並んだ。
「ああ……」
 彼の顔から、微笑みが消える。
「……もしかして、前に話していた召喚師?」
 女の人が私を見つめ、訝しげに覗き込んできた。
 ──同族の女の人。
 私よりも綺麗でスタイルもよくて、大人っぽくて色っぽくて、おまけに装備も良い……。
(胸も負けてまんな)
 召喚師になってから初めて、シャドーを殴りたくなった。
「わたしはセシリナよ。よろしくね?」
 女の人がそう言って、艶のある微笑を浮かべる。
 ああ……なんか余裕。
 私はやっぱり、返事をすることもできない。
 俯くように小さく頷くのが精一杯。
「……暗い子ね?」
 ぼそりと呟かれた言葉に、胸を貫かれたような気がした。
「……」
 俯く私に、彼の視線が追い打ちを掛けるように突き刺さる。
 こういうとき、ちゃんと挨拶をしないとか、話ができないのは、やっぱり気分が悪いものなのだろう。だから責められていると感じた。
「ねぇ、それよりこの後はどうするの? 食事でもしながら、クリスマスの予定でも……」
 女の人は、甘えたような声で彼に問い掛けながら、腕を絡ませる。
 目にしたその行為に、私の鼓動が早くなる。少しだけ、胸が痛むみたいに。
「……帰るぞ」
 彼は低くそう言うと、私に背を向けた。
 女の人がその後ろを付いていく。
「じゃあね」
 振り向いた女の人が、私にウインクをする。
 クリスマスカラーの街に消えていく二人の背中を、私はただただ、見つめることしかできなかった。
 少し寂しい気持ちを抱えながら……。

 ──朝。
 目を覚ますと、枕元に置き手紙ならぬ、置き魔力文字があった。
『ねえさんへ。シルエットとデートしてきます。メリークリスマス』
 裏切り者……。
 そんなクリスマスイブの始まり。

 シャドーとシルエットは呼べないから、代わりにナイトシェードを呼んでみたら、サンタの帽子をかぶって出てきた。
「精霊界のパーティーである」
 ほろ酔い顔で威厳たっぷりにそう言ってきたので、とりあえず帰してあげることに。
 ソウルレスも参加してそうだし……今日は本当に独りぼっち。
 街は、きらきら。
 人も、きらきら。
 楽しそうなジングルベル。
 行き交う人は、みんな誰かと一緒。恋人、仲間、友達。
 みんなみんな、楽しそう。嬉しそう。
 適当に露店を開きながらそんな光景を眺めていた私は、いつの間にかその視線を下に向けていた。
 別に初めてのことではない。
 冒険者になってからは、ずっとこう。
 なのに、今年は何だかとても寂しい。
 私にもう少し勇気とかやる気とかあれば、ああいう風になれたかもしれないのに……そんなことを考えてしまう。
 そして、そうしたらレヴォンとも……。
「こうも煌びやかだと、我らダークエルフの立つ瀬がないな」
 ──!?
 その声に、弾かれたように顔を上げる。
「もっとも、同族の中にもこの季節を歓迎する者もいるから、否定ばかりもできんがな」
 いつの間にか、そこに彼が立っていた。いつものように、落ち着いた眼差しを私に向けて。
「ぁ……え……?」
 驚く私に、彼が苦笑を浮かべる。
「今日は召喚獣はいないか。聞いていたとおりだな」
 そして私の隣に並ぶように、腰を下ろした。
「!!?」
 彼の声と言葉。そして近くに感じるその存在に、体温が上がっていく。抑えようもなく、胸が高鳴る。
 顔を見ないように、今の顔を見られないように、一生懸命に下を向くけれど、気が付けば彼の横顔をちらちらと見ていた。
「なぜ俺がここにいるのか、解らない」
 呟くような声に、視線が彼に固定される。
 振り向いた彼が微笑んだ。
「そう言いたそうだが?」
 私はびっくりするくらいの勢いで頷いた。
 彼が小さく笑う。いつもの苦笑。
「母から聞いた。ファントム族も、クリスマスを祝うそうだな」
 はは……?
「セシリナだ」
 ……え?
「あれは俺の母親だ。そして、お前と同じ召喚師でもある」
 ……なるほど。負けすぎてると思った。
 心が軽くなった気がして、私はそっと息を吐く。
「安心してくれたらしいな」
 見れば、彼が私に微笑みかけていた。
 顔に出てしまったらしい。
「……今日は、俺も一人でな」
 遠くから聞こえるジングルベルに乗って、彼の声が私の耳に届く。
「クリスマスを祝いに来たわけではないが……会いたくなった」
 耳の奥で、心臓が鳴ったような感じがした。
 気が付けば、正面から見つめていた彼の顔から目を逸らす。
「まだ名前も聞いていなかったが……」
 何気ない声でそう言う彼に、私はまたまた彼の方をちらりと振り返る。
「今は、召喚獣がいないぞ?」
 それは何だか、意地の悪い言い方に聞こえた。
 私は熱くなった顔を隠すように横を向いたまま、必死に小さく唇を動かす。
「デディス……」
 恐る恐る、口にした自分の名前。
 その瞬間に──
 彼の唇が私の口元に触れていた。
「いい名前だ」
 まるで子供にするようなそのキスのあと、彼はいつもの微笑みを私に向けてくれるのだった。

 いきなりだったわけだけど、彼の行動には理由があったらしい。
「母に諭されたのだ。『お前はあの子に惚れてる』とな。理由は『あの子の前だとよく喋ってた』ということだ。俺は普段は無口らしい」
 むしろ「その道の」プロかと思いました。

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