「じんぐるべ〜る、じんぐるべ〜る♪ でうー♪」 広い広いアデンの街の一角で、ドワーフ族の女性が楽しげに歌いながら、大きなモミの木に飾りを付けている。 彼女の身長の三倍はありそうなその木の回りには、足場となる脚立がいくつも置かれ、彼女は小さな体を跳ねるように動かしながら、脚立を上っては飾り付け、下りては新しい飾りを手に、別の脚立へと上っていた。 ドワーフ族の年齢は推し量ることはエルフ族のそれよりも難しいと言われているが、今の姿はクリスマスを前にしてはしゃいでいる、ヒューマンの女の子と変わりがない。 「クリスマスまで、あとちょっとでう。仕上げにかかるでうよ、フェリベ」 上った脚立の上から、根本辺りにいるパートナーを見下ろし、彼女はにこりと微笑む。 モミの木を固定する土台に飾りを付けていたドワーフ族の男が、顔を上げて同じように微笑み、頷いた。 彼もまたドワーフ族の男性特有たる、ヒューマンの老人のような風貌をしているが、彼女と同い年ほどであろう。 彼女はくすぐったそうに肩をすくめて小さく笑うと、モミの木に振り向き、硝子のような光沢を持つ丸い玉を、木の枝に取り付ける。 「この街のみんなに、クリスマスを楽しんでもらうでう〜♪」 歌うようにそう言う彼女を見上げ、パートナーの彼も嬉しげに大きく頷いた。 ──ここはアデン城の村の下層地区。 その町並みも生活も、上層区とは大きな差を付けられた、貧民区である。 文化の中心と呼ばれる、華やかなアデンの裏の顔。しかし上層区に住む人々は、その存在を忘れているように見向きもせず、行政的にもほとんど打ち捨てられているような場所である。 旅人や冒険者ですら荘厳な上層区に出入りするというのに、ここに暮らす人々は、今日の食事にも困るような生活を送っていた。 だがそんなスラム街にも、クリスマスはやってくる。 二人のドワーフ──ロコとフェリベが、運んでくるから。 「フェリベー。でっかいお星様を取って欲しいでうー」 モミの木の一番上に取り付ける飾りを指し、脚立の上のロコが両腕をパタパタ、口をパクパクと動かす。 土台に雪を思わせる白綿を飾り終えたフェリベは、こくりと頷いてから、ツリーの装飾品を入れた木箱を覗き込んだ。大きな星形の飾りは、すぐに目に付く。 「それでうー。ロコが丹誠込めて作った一品でう。まったく見事なもんでう」 今回のクリスマスツリーの飾りは、全て彼女のお手製であった。モミの木は、遙かスパイン山脈から運んできた物である。 勿論、フェリベもそれを手伝った。ロコが作る物は、全て彼が取ってきた材料から出来上がる。モミの木の運搬も二人で頑張った。 だからこのクリスマスツリーは、二人の力を合わせた大作ということになる。 そのことが、ロコもフェリベも嬉しい。 「このツリーの下で、明日は、み〜んなが、楽しくなるでうよ」 そしてその大作が、多くの人を笑顔にしてくれることが、何より嬉しかった。 スラムの中で一番開けたこの広場が、クリスマスパーティーの会場となる。 上層区に住む人々が気取ったパーティーを開くなら、自分たちはお祭り騒ぎに興じようじゃないか──それがこの街のクリスマス。 今年はロコとフェリベが音頭を取って、いつも以上に賑やかなお祭りが開かれることになっていた。 二人はこの街で育ち、この街を出て成功し、そして今でもこの街に戻ってくる、数少ない冒険者である。 「いつかロコがアデンの王様になって、みんなを大臣にしてあげるでう」 幼い頃から彼女が口癖にしている言葉は、いまだにその片鱗すらも現実になってはいないが、実現しようとひたむきに頑張るその姿を、住人たちは好意を持って見守っている。 何より二人がこの街を好きだから、ヒューマンの大人も、流れ者のダークエルフも、傭兵崩れのオークも、みんなが二人に協力してくれていた。 明日のパーティーは、さぞや楽しい時間になることだろう。 「──っしょと。これで完成でうー!」 ツリーの頂点を飾る星を取り付け、ロコは嬉しげに脚立の上で両手を上げた。 その下ではフェリベも笑顔で拍手を送る。 「でも、なんか物足りないでうね?」 ロコはツリーの全体を見回してそう呟くと、小さな顎に手を当てながら首を傾げた。 フェリベも同じような仕草で首を捻る。 一番星もあるし、小さな星の飾りもボールの飾りも、プレゼントを模した箱も、さらにはサンタクロースのぬいぐるみもある。きらきらと光る色紙の装飾も完璧だ。 「我ながら惚れ惚れするでう。……でも、なんでうかね?」 ロコは脚立を下りてフェリベと並び、二人して首を左右に捻る。 「ん〜……あっ! わかったでう! 雪でう! 雪が足りないでう!」 ピンっと閃いたロコが手を打ちながらそう言うと、フェリベは不思議そうな顔で土台を指差した。そこには彼が飾り付けた、白綿の雪があるからだ。 しかしロコは笑顔を浮かべて、手をパタパタと左右に振る。 「そこじゃないでう。ツリーに雪が欲しいでうよ。こう……パウダーみたいな、さらさらのキラキラした、粉雪でう」 なるほどと納得して頷いたフェリベが、何か言いたげに人差し指を立てた。 「ラフボーンパウダーならあるでうか? それじゃダメでう。もっとキラキラした物がいいでうよ。それにクリスマスツリーに、骨を砕いた物は、どーかと思うでう」 言われてみればその通りなので、フェリベは肩を落としながらも頷く。 「何かいい物はないでうかね〜?」 丸い頬に人差し指を当てながら、ロコは視線を浮かせて頭を左右に傾ける。チクタク、チクタクと、まるで振り子のように。 しかし今度は、隣で腕を組んでいたフェリベが何か思い付いたようだ。 彼はぽむっと手を打つと、ロコに向かって胸を張り、肉厚な拳でその胸をドンっと叩いてみせた。 「何かアテがあるでうか?」 きょとんと聞き返すロコに、フェリベが笑顔で頷く。 「でも間に合うでう? パーティーは明日でうよ?」 フェリベがこれからどこかに、その材料を採りに行くのだと察したロコは、もひとつ首を傾げて問い掛ける。 だがフェリベは右手の親指を立てて応じると、逆にロコを指差して眉根を下げた。 「それよりも、残りの準備をロコが一人でやれるか心配でうか? 大丈夫でう。ロコは、ギルドのジジイどもが書き置き残して夜逃げするくらいの天才マエストロでうよ。これくらい、朝飯前でう」 笑顔で答えた彼女にフェリベも笑顔で頷き返し、二人は互いの手をぱしっと叩き合う。 「それじゃ、粉雪はフェリベに任せるでうー」 彼女の満面の笑みに見送られ、フェリベは早速、出掛けていった。 ──そして、クリスマス・イブ。 なぜかクリスマス当日よりも盛り上がるその日に、アデンのスラム街も例外なく、華やいだ雰囲気に包まれていた。 「今年は盛大だねぇ」 ツリーの前でサンタクロースに扮して立っているロコのそばに、ヒューマンの中年女性が感嘆の声を上げながら寄ってくる。 「みんなが協力してくれたからでう。町中、クリスマス一色でうよ」 照れ笑いを浮かべながら、ロコは周囲を見渡す。 普段は寂れたような、薄汚れているようなこの街が、今日は赤や緑や白の鮮やかな姿を見せていた。 家の玄関にはクリスマスリーフ。 街路には紅白のペーパーチェーン。 軒先には色とりどりのランプやキャンドルが並び、壁面にはクリスマスアートの数々。 街のあらゆるところが。クリスマスで飾られていた。 「おまけに、露店も沢山でてるじゃないか」 中年女性はツリーのある広場を見渡し、にこにこと頬を緩ませる。 クリスマスに付き物のチキン料理を並べる店や、簡単なゲームで景品を当てる露店の他に、およそクリスマスとは関係がなさそうな店まで、実に様々な露店が広場内に軒を連ねていた。 「こういうのは、騒いだもん勝ちでう。賑やかな方が良いに決まってるでう」 「そりゃそーだっ。酒の露店まであるとは、気が利いてるじゃねえか」 傭兵崩れで荒事が好きなオークの男が、さっそくいっぱい引っ掛けてきましたという顔で、ロコの前を通り過ぎていく。 ロコは中年女性に向けて肩をすくめてみせてから、背後のツリーに振り返った。 「ロコの冒険者友達も呼んであるでう。子供たちへのプレゼントを、持ってきてもらうでうよ」 そんなことを言いながら見上げるツリーは、まだ物足りないままだ。 「フェリベは、まだ戻らないのかい?」 その彼女の様子に、中年女性が心配げな顔付きで訊ねる。 しかし振り向いたロコは、普段と全く変わらない笑顔を見せた。 「大丈夫でう。フェリベはロコとの約束を破ったことがないでうよ。だからロコも、フェリベを信じてるでう」 クリスマスパーティーの本番は、夜。 それまでには、きっとフェリベは戻ってくる。 ロコの胸にはその確信があった。 「うぃーっす。サンタクロース一丁、お届けに来ましたぁー!」 「いや、待て。その表現はおかしい」 ツリーの前で住人たちと歓談していたロコの元に、友人の冒険者、ジンとシーナがやってきた。 「でっかい袋でうー! さすがジンでう。何が入ってるでうか?」 ジンが担いできた麻袋に、ロコと彼女の回りに集まっていた街の子供たちが、目を輝かせる。 「はっはっはっ。がっつくな、ガキども。これは最高のプレゼントだが、ちゃんと人数分あるからな」 得意満面に彼らの前に麻袋を置くジンの隣で、シーナは呆れたような溜息を吐く。 「期待させて済まないが、そこらに売ってるお菓子の詰め合わせだ。わたしは反対したのだが、こいつがどうしてもと」 「何いってんだ。ガキにとっちゃ、お菓子が一番のプレゼントだぞ。俺がガキの頃なんて、小遣いの十アデナで、どれだけの菓子を買えるか必死に計算してだな……」 「解った。喋るな。恥を晒すな」 心外そうに反論するジンを、シーナが冷徹な顔で遮る。 相変わらずなようで、どこか以前と違うような二人の姿に、ロコは微笑を浮かべた。 「少し早かったかな? まだ始まっていないみたいだ」 「うっわぁ……これ、ロコさんが作ったんですか? さすがドワーフですね」 ツリーを見上げながら歩いてきたのは、このアデンを拠点にしている血盟の冒険者、アルヴィンとフィーニス。 しかしこの二人の出現には、ロコは目を丸くする。 「あれれ? ロコが呼んだのはフィーニスだけでうよ? アルヴィンも一緒とは、意外でうー」 その彼女の言葉に、二人は顔を見合わせると、照れたように頬を染めて笑い合った。 「いや……まあ、ちょっとね……」 「血盟のみんなから逃げてたら……あ! これ、プレゼントです!」 何か言い掛けて誤魔化すように袋を差し出してきたフィーニスに、ロコの第六感が反応する。にやりと笑いながら、その袋を受け取った。 「そういうことでうか……いやいや。よかったでうね。ごちそうさまでう」 「うっ……は、はい。ありがとうです……」 フィーニスは顔を真っ赤に染めながら、プレゼントの袋を渡すのだった。 「でうー……久しぶりだな」 (ひ、人がいっぱい……!?) 新しいプレゼントに子供たちが群がる横で、ロコには別の友人が訊ねてくる。 ダークエルフの司祭レヴォン、そしてその連れ人であるデディス。 「久しぶりでう、レヴォン。でも、前から言ってるでうが、ロコはロコでう、でうーは名前じゃないでう」 「大して違わないと思うが……まあいい。こっちはデディスだ。恋人な」 (は、はっきり言われたぁーっ!?) レヴォンの言葉に赤く染まった顔を伏せるデディス。その顔を覗き込むロコ。 「……おおー。美人さんでうね。ロコでう。よろしくでう」 「ぁ……ぅ……ょ……」 「照れ屋さんでうー」 羞恥と緊張でまともに喋れなくなっているデディスを、ロコは笑顔で歓迎する。 レヴォンが持ち込んだプレゼントは、ダークエルフなりに考えられた物ではあったが、子供たちの評判は今ひとつだったようだ。 「それにしても、この飾り付けを一人でやったとは……さすがというか」 子供を相手に同レベルで会話するジンを放置し、シーナは広場の装飾を見回して感心したように呟く。 頷くフィーニスとデディスを横目に、ロコは澄ました顔で人差し指を立ててみせた。 「ロコは、ギルドのジジイどもが書き置き残して夜逃げした挙げ句、思い直して弟子入りに来るくらいの天才マエストロでうよ。これくらいは、どーってことないでう。それに──」 その指先に、小さな白い粒が舞い降りる。 顔を上げたロコの目に、夜空から舞い落ちてくるような、沢山の輝きが映った。 それは、星空よりもキラキラと。雪よりもふわふわと。 彼女に倣って顔を上げたみんなが、その幻想的とも言える光景に感嘆の声を漏らす。 そしてロコの顔が、満面の笑みを浮かべる。 「それに、ロコにはフェリベがいるでう」 クリスマスツリーに輝く一番星よりもさらに上。家屋の屋根に上ったフェリベが、その粒を手の平いっぱいに乗せて振りまいていた。 「フェアリーダストの雪か……クリスマスの贈り物だな」 「なかなか粋なことをしやがるな」 「でうーの伴侶らしいことだ」 男性陣も顔を上げ、互いの呟きに微笑を交わし合う。 そしてロコは、その空に向かって大きく手を振った。 「最高でう、フェリベ!」 いつでも彼女が欲しい一番の物を持ってきてくれる、たった一人のサンタクロースに。 |
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