『トリック・オア・トリート!』
 突然、部屋にやってきてそう声を上げた、ポエットとカノンともう一人に、エアルフリードはきょとんとした顔で両目をぱちくりさせる。
「……ああ。ハロウィンかぁ」
 しばしの硬直のあと、彼女たちの仮装姿に納得してうなずいた。
 ──ハロウィン。
 起源は、どこか遠くの国の伝統行事らしいのだが、このアデンでは『仮装パーティー』の様相が強い。その起源に倣ったお化けや魔女などの、いわゆるモンスターのような姿に扮した人々が集まり、会食を開いたり宴を催したりしているのだ。
 そして子供たちはこの日、やはり仮装した姿で近所の家々を回り、「トリック・オア・トリート」=「お菓子をくれないと、いたずらしちゃうぞ」と唱えていく。各家庭では、カボチャを使ったお菓子などを用意して、それを出迎えるのだ。
 つまり、今彼女たちたちがやっていることも、それであるらしい。
「しかし、まあ……」
 部屋の入り口に並んだ三人を眺め、椅子の背もたれに腕を置いたエアルフリードが、楽しげに柔らかく微笑んだ。
「モンスターなのに、みんな可愛いわね」
 定番である魔女の衣装に身を包んだポエット。ちゃんとホウキも持っているが、その身長とドワーフ女性特有の童顔のせいで、どちらかという「魔女っ子」に見えてしまう。
 カノンは、白と黒のゴスロリ風ドレス。小さなチェーンの飾りが各所に取り付けられており、良い意味での異質な印象を付け加えている。頭に付けたバツ印の飾りと合わせて見てみると、どうも「堕天使」というイメージの仮装らしい。
 そして三人目は……
「セーラを除く、だけど」
「んなっ!?」
 真顔になって最後に一人にダメ出しをしたエアルフリードに、白いお化けが両手を上げるようにして驚いた。
 三人目は、白い一枚の大きな布を、頭からすっぽりかぶっているだけの姿。顔に当たる部分に空いた穴から、目と口だけが覗いているが、その特徴的な長身で正体がばれてしまっていた。
「ひ、酷いでござる! 拙者も頑張っておるのにっ!?」
「どう見ても手抜きじゃない、それ……」
「盟主殿がくれたのが、これだったのでござるよ! 拙者に合うのはこれしかないとっ」
「ああ。盟主が用意したの? その衣装」
 白いお化けのセーラが言った台詞に、エアルフリードはポエットに視線を向けた。
「はい。私がお願いしたら、作ってくれましたっ。……セーラちゃんは、飛び入りだったんですよー」
「かのんが誘いましたっ」
「なるほどね。──やっぱ手抜きよ、それ」
 改めて言われて、長身のお化けはショックを受けたように、両手を上げたまま固まった。
 からかうには、面白すぎる相手である。
「どうせだったら、定番のカボチャとかかぶれば良かったのに」
 同じ手抜きなら、そっちの方がマシではないかと思ったエアルフリードだが、それにはポエットがパタパタと手を振って答えた。
「大きなカボチャのかぶり物は、ファイスさんとプリシラさんが持っていきました。『マーガレットのとこに、たかってくる!』とか言ってましたよ」
「そのまま朝まで帰って来られない、に一票入れておくわ。もし昼までに戻らなかったら、ユーウェインに迎えに行かせて。あいつならバズヴァナンに勝てるから」
「りょーかいです。──あ、そのユーウェインさんには、わりと好評でしたよ」
 その言葉に、エアルフリードは思わず目を丸くしてしまう。
「へぇ〜。あいつがこーゆーのを褒めるってのも、珍しいわね」
「『今までで一番まともだ』って、言ってくれたんです♪」
「……あ、そ」
 確実に褒め言葉ではないのだが、そこは突っ込まずにいてあげるエアルフリードだ。
 だから話題を変えることにした。
「メリスとかカイナになら、お菓子ももらえるんじゃない? カイナは料理上手だしね」
 それは暗に「自分はそんな物を用意していない」と言っているのだが、ポエットやカノンがそこに気が付くことはなく、三人の少女は顔を見合わせるようにして笑った。
「もう貰ってきましたー♪」
「クッキー、おいしかったぁ……」
「お二人は、近所の童たちの分もご用意されておった。我が師セリオンやバイン殿とご一緒に、配るようでござるな」
「ほほー。さすが主婦二人。抜け目ないわね」
 どちらも別に「主婦」ではないのだが、常に一緒に行動している上に、宿の部屋まで同室であるとなれば、そんな揶揄も出てしまうというものである。
 カイナの方は「妻」ではあるが。
「そーいえば、もう一人の『人妻』は? シアンもそういうの、抜け目なさそうだけど」
「キャンディーをくれました。態度はいつも通りでしたけど……」
 乾いた笑いと共にそういうポエットに、エアルフリードも苦笑を漏らす。普段は自信家で天才を自称する彼女のことだ。おそらく、用意周到な自分を自分で賞賛しながら、一人ずつにキャンディーを手渡したのだろう。
「カノンなんて、シアンとは一回顔を合わせたきりだから、びっくりしたんじゃない?」
「うゆっ。まだ胸が大きかったですっ。かのんのママよりおっきいのっ」
 目と口を丸くして、その大きさを表現しようとするように両手を広げるカノンに、白いお化けが肩をすくめる。
「カノン殿は胸ばっかりでござるなぁ。アニア殿にお会いしたときも、胸ばかり見ておりました」
「だって、かのんは小さいよ?」
 カノンはセーラを振り仰いで、不思議そうに首を傾げる。それに再び苦笑しながら、エアルフリードはポエットに聞いた。
「アニアにも会ったのね。お菓子もらえた?」
「いえ。盟主さまのとこで、衣装をもらうときに一緒になって……サキュバスの格好してたんですよ。ライのとこに行くとか」
「……なんか大変なことになりそうなんだけど。それ」
「ですよね……」
 言った矢先、どこか遠くから少年の悲鳴のような声が聞こえてきたが、二人は顔を見合わせてため息を吐いただけで、触れないことにしたのだった。
 何だか気まずいので、再び話題を変えてみるエアルフリード。
「衣装を作ってくれた盟主は、どうしてる?」
「あっ。それが──」
 何か言い掛けたポエットの声を、ドアをノックする音が遮った。
 三人が入ってきて開け放したままの扉を見れば、パンプキンヘッドのお面を頭に斜に付けただけのフロウティアが、いつものように柔らかい笑みを見せながら立っていた。
「パーティーの準備ができたわ。さあ、いらっしゃい」
『は〜いっ!』
 声を揃えて手を上げる三人のモンスター。
 エアルフリードはきょとんとした。
「パーティー?」
 嬉しそうに駆けていく三人を見送り、フロウティアが片目をつむってみせる。
「盟主さま主催のお菓子パーティーよ」
「なるほどね」
 衣装作りにお菓子作り──。
 まったくうちの盟主ときたら、盟員の期待にはとことん応えてしまうのだなと、エアルフリードは小さく笑って、自分も参加するべく、椅子から立ち上がるのだった。

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