──その後、お変わりありませんか? ルゥは元気にしているでしょうか。

「何してるの、シアン?」
 声を掛けられて、テーブルに置いた紙に筆を走らせていたダークエルフ族の巫女は顔を上げた。
「手紙」
 同性でも思わず引き込まれそうなほど妖艶な微笑を見せて、頬に掛かった髪を細い指ですっと掻き上げる。
 声を掛けたメリスはテーブルの上を覗き込むように上体をかがめた。
「また、ご家族に?」
「ええ。ここのところ、少し忙しかったでしょう? ちょっと久しぶりかしらね」
「そうだね。いろいろバタバタしてたし」
 エルフ語で書かれたその手紙は、普段のシアンからは想像できないような、優しい言葉と筆跡でつづられている。
 何となく見てしまったメリスだったが、それがとても失礼なことだと、今さらに気が付いた。
 慌てて体を起こして、口元に手を当てる。
「あ、ごめん……読んじゃった」
「いいわよ。大したことは書いてないから」
 シアンは苦笑を漏らしてそう言いながら、手紙を丁寧に折りたたむ。そしてふとメリスを見上げた。
「エルフ語、読めるのね。意外」
「あ、うん。セリオンに教えてもらったから」
 にこりと笑う。
 シアンはもう一度、苦笑を漏らした。
「野暮な質問だったわ」
 そして椅子から立ち上がる。メリスは何となくその動きを目で追っていた。会話を続けるべきかどうか、少しだけ迷っているのだ。
 シアンが手紙をその豊満な胸の間に、すっと挟むように入れる動きに、思わず赤面してしまう。
「どうかした?」
「う、ううん……」
 顔を赤くして首を振る相手の視線に、シアンも気が付く。そして、3度目の苦笑を漏らした。
「あなたたちも、そろそろ決めた方がいいかもしれないわね」
「え? なに?」
「結婚」
 艶やかに微笑まれてそう言われ、メリスの顔がさらに赤くなる。
「え、えっと……その……」
 なんと答えればいいのか、言葉に詰まっていると、別の方向から声が飛んできた。
「シアン! ちょっといい?」
 酒場の床を鳴らしながら、足早にカイナが近付いてくる。
「なぁに? また旦那さんのこと?」
「やっ……ていうか、ちょっと相談が……」
 図星だったのか、カイナも隣のメリスと同じように赤面した。
 シアンは口元に手を当てる仕草で、漏れそうになった声を抑える。
 どうもここの子たちは、純朴にできている。特に男女間のことに関しては。
(フロウティアが色々と苦労しているようだけど……これではね)
 もっとも、そのフロウティアですら、今のカイナの相談相手にはなれないのだろう。彼女がこうして自分のところに来るのは、バインと夫婦になってからのことだ。
「ここでは何だから、部屋で聞くわ」
「あ、ああ。……ありがとう」
 赤面しながらも、そのシアンの申し出にカイナは嬉しそうな表情を見せる。
「その前に、この手紙を出してくるわね」
 言って、胸に挟んでいた手紙を右手の人差し指と中指で引き抜き、ひらりと振ってみせる。それから酒場の出口へと足を向けた。
「……シアンって変わってるよね」
 その背中を見送りながら、メリスは誰にともなく話し掛けるように呟く。カイナも視線はシアンに向けたままで頷いて応えた。
「旦那も子供もいるのに、冒険者やってんだからねぇ……」
「反対とかされなかったのかな?」
 そこでようやく、メリスは隣のカイナに振り向いた。常には豪放なオーク族の女戦士は、その勇壮でありながら神秘的な美を携える顔を困惑するように歪めつつ、視線を合わせてくる。
「そりゃあ……されたんじゃないかい? 家族全員で旅に出るってんならともかく、シアンだけだからね」
 その発想は、ヒューマンであるメリスには無かったものだったから、少しだけ呆れるような表情をしてしまう。さすがは『戦い』を精神的主軸にするオーク族だ……と、妙な感心までしてしまった。
「その心配はない。あいつは『神託』を受けての旅だからな」
「家族はもちろん、長老たちも了解済みよ」
 その時、いつからそこにいたのか、シアンと同族のユーウェインとアニアネストが、揃って声を掛けてきた。
 メリスとカイナは不思議そうに振り返る。
「そうなの?」
「その『神託』は……やっぱり、あんたたちの女神様の……?」
 恐る恐るといった感じに問いかけたカイナに、アニアネストの微笑が向けられる。
「たぶん、ね。私たちも彼女から聞いただけだから、本当のところは判らないわ」
「ただ、あいつはこの血盟に入るとき、俺にこう言っていた」

「どうやら私が旅に出たのは、あの盟主様の傍にいるためらしいわね」

 それは『神託』という言葉から受ける、荘厳で重々しい印象からは、随分とかけ離れた小さなことのように思えて、メリスもカイナも唖然としてしまった。
「あの盟主に……?」
「わざわざ仕えるために……?」
「だろうな」
 ユーウェインは淡々とうなずき、アニアネストは二人の気分を察して苦笑する。
 申し合わせたように、メリスとカイナは腕組みをして首を捻り、小さく唸った。
「神様の考えることって、よくわかんない……」
「それよりもあたしは、その神様に仕えてるあいつらの考えがわかんないわ……」
 カイナの脳裏には、親友であるアドエンの姿も同時に浮かんでいる。
 そのとき再び、酒場の扉が開く音がした。
「そんなところで四人も揃って、何をしているの?」
 手紙を出してきたのか、微笑をたたえたシアンが、靴音も高く酒場に入ってくる。
 メリスは慌てて首を横に振った。
「ううん。ちょっと世間話してただけだよ」
「それも珍しい」
 くすりっと笑って、シアンはメリスの傍らを通り抜けながら、その肩をぽんっと叩いていく。そしてカイナに部屋で話を聞くことを伝えて、二階への階段に向かった。
 カイナが慌ててその後ろを追いかけたとき、妖艶なダークエルフはふと思い出したように顔を上げて足を止める。
「……ああ、そうそう」
 そしてくるりとメリスたちに振り返った。
「盟主様に伝えておいてくれる? 私、明日から『里帰り』するって」
「あ、うん。毎年恒例のあれだね」
 うなずいて返すメリスに、シアンはその彼女のお株を奪うかのような、種族の名とは正反対の明るい笑顔を見せたのだった。
「子供の誕生日くらい、帰ってあげないとね」

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