「ここはとってもステキなところニャ!」
 小さな体を精一杯に伸ばし、両手を広げてミュミュは言う。
「自然がいっぱい! 景色もキラキラ、水もキラキラ! それに空気が美味しいニャ!」
 そして目を閉じ、その匂いを嗅ぐように鼻を上へ向けて鳴らす。
「とってもいい匂いニャ〜」
 インナドリル地方唯一の都市、ハイネスの町中で、恍惚とした表情を浮かべて立ち尽くすキャット族というものは、かなり目立つ。
 しかもそれが数体いれば尚更だ。
「ミュミュしゃま! それはきっとお魚の匂いニャ!」
「ここは海がいっぱいありますニャ!」
「お魚もいっぱいいるですニャよ!」
 周りにいる、ミュミュに仕える同族たちが、口々にそんな意見を言う。皆一様に、つぶらな瞳をキラキラと輝かせながら。
 その言葉にミュミュはハッとしたように彼らに振り向いた。
「そうニャ! これはお魚の匂いニャ! おまえたち、よくやったニャ!」
『ニャーっ!』
 そばを通り過ぎる人々が奇異の視線を投げ掛けるなか、キャットたちが一斉に歓声を上げる。驚いた冒険者たちが、思わず立ち止まって呆然としてしまうほどに。
 そんなことは尻尾の先ほどにも気に掛けず、ミュミュはきょろきょろと辺りを見回した。そしてその獲物を狙うような目で、すぐさま目的のものを見付ける。
「よし! ご褒美に、お魚をいっぱい食べさせてあげるニャ!」
 見つめる先には、一件の魚屋。新鮮そうな魚貝が店先を埋め付くほどに並んでいた。
「でもミュミュしゃま! 物質界では『あでな』とかいうものがニャいと、お魚も買えないそうですニャ?」
 部下の一人が、狭い額に手を当てる敬礼のような仕草をしながら、そう問い掛けた。
 しかしミュミュは余裕綽々といった風に、鼻を鳴らして微笑む。
「大丈夫ニャ。クロノスしゃまから、『ろぎん』をたっくさんもらってるニャよ。これでお魚も食べ放題ニャ」
『ニャーっ!』
 再び上がった歓声に、周囲の人々の視線も再び集まる。
 だがそれも、お腹にできる毛玉ほどには気にせず、ミュミュたちは駆け足で魚屋へと向かった。
「そんなわけだから、そこの『頭の人生は終わってそうだけど、お腹の人生は始まってそうな』ヒューマンのおじしゃん!」
「……らっしゃい」
「ミュミュたちに、お魚を売ってくれニャ!」
 言うや、腰にぶら下げていたアデナの詰まった袋を、両手で差し出す。重そうな硬貨の音が、その中身を物語っていた。
 何だかひどい呼ばれ方をされてしまった魚屋の店主は、それでも相手がキャット族という珍客だからか、大人しくその袋を受け取る。
「……随分といっぱい入ってるが、これ全部で買うのかい?」
 中身を確かめ、その大金ぶりに眉をひそめながら問い返した。
 ミュミュは全く問題ないというように、胸を反らして大きくうなずく。
「もちろんニャ! 新鮮なところを頼むニャよ!」
「じゃ、ちょっと待っててくれな。いいのを見繕ってやるよ」
 とても人間ができているらしい店主は、そう言うと、ミュミュたちのために新鮮な魚を箱に詰め始めるのだった。

 そよそよと吹く風に揺らされ、絨毯のように敷き詰められた緑の水草も、慎ましく咲く白い花も、そしてキャットたちの柔らかな毛先も、ゆらゆらとなびく。
「にゃぁ〜……」
 草原の下草に包まれるように、ミュミュたちは一つに集まって丸くなっていた。幸せそうな寝顔を重ね合って。
「ごくらくだニャ〜」
 丸まる彼らの周りには、空になった木箱と無数の魚の残骸が散らばっている。みんなで食べた新鮮な魚は、次に心地よい眠りをもたらせてくれていた。
「幸せだニャ〜。ここはいいところニャ〜」
『ニャ〜』
 ミュミュの声に合わせ、他のキャットたちもうっとりとした声を上げる。
 ぽかぽかな太陽。涼しい風。そして豊富なお魚。
 そこはもう、ミュミュたちの天国だった。
「ところでミュミュしゃま。クロノスしゃまのところへ、戻らなくてもいいニャ?」
 ぺろぺろと顔を洗いながらそう言う仲間に、ミュミュは寝惚けた顔を持ち上げて、頭の上にぽかんと「?」を浮かべた。
「クロノスしゃまがどうしたニャ?」
「おつかいを頼まれたのではにゃかったですかニャ?」
「そうだったかニャ〜? でもまだミュミュは、ここにいたいニャ〜」
「それもそうですニャ〜」
「そうするニャ〜」
 他のキャットたちも賛同し、再び全員で丸くなる。
「おつかいは、ひと眠りしてから行くニャ〜」

「……というわけで、うちの召喚獣を連れ戻してきて欲しいのだが」
 猟師の村に住まう老賢者、クロノスの真剣な顔に、応対する冒険者組合の組合員は、心底迷惑そうな表情を浮かべる。
「召喚獣の管理くらい、ご自分でしてくださいよ……」
「それができていたら、君達には頼まんよ。できんから、こうして来ているのだ」
 深い皺を刻むその顔をさらに近付け、異様に力のこもった目でそう言ってくる。組合員は少し気圧されたように、身を引く。
「ですから……それをするのが、召喚主の役目でしょう?」
「愚か者。私ほどの者が頼みに来るのだぞ。そこらにいる並の召喚獣と、同じにしてもらっては困るな。『あれ』は、そう簡単に言うことを聞く者ではない」
「偉そうに言うことでもないでしょう……」
「偉そうではない。偉いのだ」
 真剣な顔でそう言ってくる老賢者に、思わず引きつった笑みを浮かべてしまう組合員。
「ともかく。帰ってこないどころか、連絡も寄越さないのだよ。おそらく目的を忘れて、ぶらぶらしているのに違いない。探してくれ」
 さらにずずいっと詰め寄られ、組合員は汗を浮かべながら、同じくらい後ろに退がる。
「わかりましたよ……とりあえず、懸賞金でも掛けておきましょう。冒険者たちから情報を集められます」
「うむ。見付けたら、すぐに連れ戻すようにな。多少強引でも構わんぞ」
 そこでようやくクロノスの顔が離れ、組合員はほっと息を吐く。
「では、手続きの方を……」
 だがすでに老賢者は彼に背を向け、出口へと向かっていた。
「戻ってきたら、こってり絞ってやる。当分の間は、飯抜きだ」
 ぶつぶつと何事か呟きながら。
 呆然とその背中を見送りながら、「なぜ賢者という類の人種は、ああも自分勝手な者が多いのだろう?」と考えてしまう組合員であった。

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