「狩りいくよーっ」 手にした剣を頭上に掲げて、実に楽しそうにそう言ってくる彼女。ふりふりと左右に振られる刃が、陽射しを反射してきらりと光る。 「危ないから、町中で剣を抜かないのっ」 あたしは両手を腰に当てて少し目を釣り上げながら、彼女の方へと歩いていく。 彼女はたちまち顔を真っ赤にして、掲げていた剣を焦るように下ろした。長い耳が萎れる花みたいに、しゅんと下を向く。 あたしは思わず苦笑をした。 いつ見てもこういうところは、エルフのイメージからはかけ離れている。 エルフ族って、もっと知的で穏やかで、少しばかり鼻につくような高慢さがあって、立っているだけで華麗な種族だと思っていた。それは今でもあんまり外れてないと思う。 でも、彼女からはそんな雰囲気を欠片も感じない。 「ご、ごめんね……嬉しくて……」 もじもじと体を揺すりながら、恥ずかしそうに、もしくは叱られるのを恐がる子供みたいに、彼女は上目遣いにあたしを見つめる。 あたしよりもほんのちょっとだけ背の低い、エルフ族の女性。そして、あたしの盟主さま。 「警備兵に見つかったら、逮捕されちゃうかもよー?」 金糸を思わせる柔らかな髪をくしゃりと撫でながら、顔を覗き込むようにして意地悪くそう言ってやると、彼女は今にも泣き出しそうに顔をふやけさせていた。 「くらはんっ♪ くっらはん♪」 歌うように口ずさみながら、両手と両足を元気よく振って歩いていく。その動きに合わせて、彼女の長い金髪がふわふわと優しく舞い、身に着けた金属製の鎧がうるさい音を立てる。 その背中を眺めながら、あたしはわざとらしいため息をひとつ。 「て言っても、二人しかいない血盟だしねぇ」 「……う〜」 ぴたりと足と手を止めて、彼女は恨めしそうに振り返った。 「悪かったわねっ。勧誘下手でっ」 「努力は認めてる」 そう言って笑ったあたしに、彼女は頬を膨らませ、まるで猫が毛を逆立てるみたいに長い耳をぴんっと立てる。そして、ふいっと再び背中を見せて、ずんずん歩き始めた。 「今日こそ狩場で、いい人みつけるもん!」 あたしは苦笑をこらえつつ、その後ろをゆっくりとついていく。 「その台詞だと、彼氏を探してるみたいだな。狩場でっていうのが、ナンパっぽい」 「ち、違うもん! 狩場でそんなことする人はいないもん!」 「うん。論点がずれてるねぇ」 大股で歩きながらも赤い顔を振り向ける彼女に、こらえていた苦笑を漏らしてしまう。彼女の思考回路は、どうも常人とは大きく違うというかずれているのだが、そういうところもまた面白い。 あたしたちヒューマン族は、他の種族よりも個体差が大きいと言われたりするけれど、彼女を見ているとエルフ族もなかなか侮れないと思う。 少なくとも、あたしが出会ったエルフの中では、一番変わっている。そして面白い。 「だいたい、狩場で勧誘にするにしても、そうそう誰かに出会ったりしないでしょ」 手にした杖の先で彼女の背中をコンコンと突いてみせながら、あたしは意地悪くそう付け加えた。振り向いていた彼女の頬の膨らみが、さらに大きくなる。 あたしたちが「狩場」と呼ぶのは、この大陸で人が住んでいる以外の場所──魔物たちが闊歩する場所だ。あたしたち冒険者の大半は、魔物を倒して生計を立てている。だから魔物は「狩りの獲物」で、そいつらがいる場所は「狩場」ってわけ。 冒険者は数いれど、村の外で出会うことはそうそう無い。何せ外の世界は広いのだから。 「今日は出会うもん。ダンジョンへ行くんだから、絶対誰かいるよっ」 「ああ……」 拗ねたようにしながらも自信満々に言い切る彼女のその言葉に、あたしは『その記憶』を呼び起こされ、思わず悪戯っぽい笑みを浮かべてしまう。 「泣いてるエルフとか落ちてるかもね」 「う〜っ!」 目の端にちょっぴり涙を浮かべながら、彼女は恥ずかしそうにあたしを睨むのだった。 あれは、この大陸にある『七つの封印』の一部が解放された頃だった。ネクロポリスやカタコムといった施設もあたしたち冒険者に開放され、世界が『黎明』と『黄昏』に分かれ始めた頃だ。 解放されたばかりのネクロポリスやカタコムに、冒険者たちは勇んで乗り込んでいく。新しい冒険に胸を躍らせて。富や名声、あるいは所属する『勢力』のために。 あたしもそんな彼ら彼女らと同じく、新しい『狩場』に興味津々で潜り込んでいった。 その頃のあたしは一人で、別段、他の冒険者と一緒に行動する気もなかった。ちょうど、それまで所属していた血盟が解散し、かつての仲間たちとの思い出が強く、すぐに新しい仲間を見つける気にはなれなかったから。 心に穴が空いたような、という有り体な言葉しっくりくる感じだった。 だから新しい狩場ができたのは、気を紛らわせるのにちょうど良かったといえる。 陰気な雰囲気のカタコム。少しだけ神聖な感じだけど、やっぱりどこか寂しい雰囲気のネクロポリス。 二つの施設を回ってみて、そこに刻まれた歴史なんかを思い起こす内に、少しずつだけどあたしの心は軽くなっていった。 そんな時だった。 彼女に出会ったのは。 「うぐっ……ぐすっ……えぐっ……」 ネクロポリスの一つ、『生贄』の名を持つそこを訪れたとき、入り口から泣いているような声が聞こえた。正確に言うと、入り口であるゲートキーパーの向こうから。 中で誰かが泣いている。声からすると、若い女性のようだ。 魔物の反撃にあったのか。それとも他の事情があるのか。どちらにしろ、「泣いている冒険者」というものには滅多にお目にかかれない。よほどのことがあったのだろう。 中にいるのが冒険者以外の一般人という可能性はない。こんなところに来るのは、冒険者でなければ噂の『マモンの商人』だけだ。 あたしは一応の警戒心とちょっとした好奇心を持って、ゲートキーパーに話し掛けた。 一瞬の浮遊感と視界のホワイトアウトが終わると、そこはもうネクロポリスの中。ほの暗い松明の明かりだけが照らす、石造りの壁や天井に囲まれた空間だ。 視線を左右に動かしてみる。……いない。 さっきまで聞こえていた泣き声も聞こえなくなっている。 死霊でもいたかと疑ったのは、冒険者としては正しい判断だったと思う。 「バンシーにでも出会ったかな」 右手に持った杖で肩を叩くようにしながら、あたしは拍子抜けして呟いた。もしそうだとしたら、不吉なことこの上ないのだが。 あたしは先に進むべく、足を踏み出した。 「ふぎゅっ……」 ──何か聞こえた? というか、踏んだ。 踏み出した足を恐る恐る上げながら、視線を下へと向けてみる。 そこに、いた。あたしに踏まれてうつぶせに倒れているエルフの女性が。 「うわぁあっ!?」 我ながら素っ頓狂な声を上げながら、思わず飛び退く。どうやらあたしがゲートキーパーにテレポートされたその場所に、彼女はいたらしい。そしてあたしの出現と同時に、踏み倒してしまったようだ。 さっきまで両足で踏みつけていたことになるが……全然気付かなかった。 「ご、ごめん! 大丈夫?」 石造りの床に膝を付いて、倒れている彼女を助け起こす。顔を見るように抱え上げると、今にも零れそうな涙を溜めた、綺麗なエメラルドグリーンの瞳と視線がぶつかった。 「ひ、ひどいよぉ……」 彼女のひと言目は、ひどく涙に濡れていた。 「友達いっぱい欲しくて、冒険者になったの」 水筒から注いだお茶の入ったカップを両手に、彼女はにこにこと機嫌良さそうに話す。まだ目元は少し腫れているが、さっきまで泣いていたとは思えないほどの明るい笑顔だ。 先に手渡されていた彼女と同じカップに口を付け、あたしはそれを黙って聞いていた。 「血盟も作ったんだよ」 それは友達を作る手段として、という意味だろう。有効な方法かどうかはともかく、あたしは彼女の積極性を褒める意味で、ひとつ頷いてみせた。 しかし彼女は、なぜか表情を暗くする。その変わり様は、快晴の空がたちまち雨雲で覆われる光景に似ている。 「でもね。誰も入ってくれないの。村とかで一生懸命、勧誘してるんだけどね」 「売り文句とか、ないの? いつか城主になるとか、竜を倒すとか」 あたしの言葉に、彼女はきょとんと顔を上げ、それをそのまま横に振った。 「そんな危ないことしないよー。危険だもん」 「何だか言葉が変なんだけど……まぁ、いいか。でもその危ないことをするのが、冒険者だと思うんだけど?」 この時のあたしは、まだ彼女の性格をよく解っていなかった。だから真っ当なことを言ったつもりだった。だが…… 「え? 色んな種族の人と友達になれるんじゃないの?」 この答えに、あたしは不覚にも口をぽかんと開けてしまう。まさに唖然。言葉が出てこない。 そんなあたしには構わず、彼女は続ける。 「それでね。新しくできたここに来れば、フリーの冒険者もいっぱいいるかなぁと思ったんだけど」 別に、新しく「できた」わけじゃない。 「奥の方へ行こうとしたんだけど、敵が強くて進めなくて。こんな時、友達がいればなぁ……って考えたら、何だか悲しくなってきちゃって……」 そして、ぐすりと涙ぐむ。 悲しげな顔をお茶の水面に映すようにうつむかせ、エルフ族特有の長い耳も枝垂れるように下を向いていた。 ……つまり彼女は、「冒険者になれば友達ができる」と考え、「血盟主とは友達が沢山できる人のこと」だと思っていたわけだ。 たしかに、ある意味では間違いじゃない。間違ってはいないけれど……何か違う。正直、あたしには彼女の考えていることが理解できなかった。 けれど、今の彼女の気持ちは少し解る気がする。一人でいるっていうのは、やっぱり寂しいから。 だからだろう。思わず苦笑をしてしまった。 「な、何がおかしいの?」 彼女が顔を上げて、非難がましい視線を向けてくる。あたしは口元が緩むのをこらえながら、いつの間にか空になっていたカップを彼女に差し出した。 細い眉をひそめながら小首を傾げるこの変わり者のエルフに、少しばかりの憧憬と好奇心を持って── 「とりあえずさ。ヒューマンのあたしとは、友達になれたみたいだね」 あれから何年経ったんだっけ? 「いまだに二人だもんねぇ」 「うーっ! うーっ!」 足を止めて思い出にひたっていたあたしの胸を、彼女が両手でぽかぽかと叩いてくる。 出会った頃は駆け出しの冒険者だった彼女も、今では立派な『ソードシンガー』だ。中身の方はほとんど変わってないけれど。 「やっぱり盟主が頼りなさそうだからかな?」 「い、いじわるだぁっ!」 今にも泣きそうなふにゃふにゃに歪んだ顔を上げて抗議する彼女に、あたしは言われたとおりの意地悪な笑みを見せて、輝くような金髪に包まれたその頭に手を置く。 「まあ、あたしは別にいいんだけどね」 彼女は一瞬、驚いたように目を丸くしてから、少しだけ恥ずかしそうに、でもとても嬉しそうに顔をほころばせていた。 「……うんっ!」 もうしばらくは、二人っきりでも寂しくはなさそうかな。 |
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