雪──。
 白い、雪。
 冬の暗い空から舞い降りてくる、美しくて、儚げで、それでいて無機質で、どこか優しい、雪。
 手の平に1つ、その雪を乗せて、彼女はそれが溶けていく様子をじっと見つめていた。
 彼女はこの雪が、なぜか好きではない。
 特に、空から降ってくる雪は。
 その白い結晶が舞い落ちる光景は、彼女の心をどうしようもなく切なくさせる。
 その白い結晶が降り積もる風景は、なぜか気持ちを暖かくさせる。
 相反するような感情が胸の中で渦巻き、彼女はただ混乱する。
 だから、雪が好きではない。
 
 手の平の雪が完全に溶け去り、小さな水滴へと変わってから、彼女は空を振り仰いだ。
 陽の光を覆い隠す厚く暗い雲から、染み出すように白い粒が舞い降りてくる。
 それを見上げる自分の顔が、今にも泣き出しそうになっていることを自覚した。
 しかし、口元は微笑んでいた。
 泣き笑いのその頬に、一つ、また一つと雪が染みていく。
 なぜか、一人ではいたくなかった。

「ここにいたのか」
 ──彼。
 彼女にとってかけがえのない存在。
 彼にとっての彼女がそうであるように。
 二人は、どちらが欠けても互いに存在していられない。
「そろそろみんな集まっている。俺たちも行こう」
 振り向いた彼女に、静かに差し出される手。
 ──彼。
 柔らかく微笑む彼の姿に、なぜだか切なさが増す。
 そして、心に染み入るような暖かさも。
 彼と一緒にいると、いつも嬉しい。どこにいても安心できる。とても暖かい。
 でも今のこの感情は、それとは違うものだと解った。
 しかし、彼と一緒に見る雪は、なぜか嫌いではない。
 彼への愛しさも増していくから。

「もう少し……」
 彼の手を取り、彼女は小さく呟く。
「あと少しだけ、雪を見ようよ」
 彼の手を握り、微笑みかける彼女。
 彼は不思議そうに小首を傾げる。
「構わないけど……ここで?」
「うん。ここで」
 厚く暗い曇り空の下には不釣り合いにも思える、その陽の光のような微笑みを天に向けて、彼女は静かに目を閉じる。
 彼も彼女にならうように、空を仰いだ。
 不規則な軌道でゆっくりと落ちてくる白い雪は、まるで精霊たちのダンスを見ているようだ。
 彼の心が解るかのように、彼女はくすりと小さく笑った。
「詩人には、向いてないよね」
 泣いているような笑顔は、いつの間にか消えていた。

 彼女は思う。
 やはり雪は好きではない。
 けれど、これはきっと、彼のことをもっと好きになれる魔法。
 一人では嫌なことでも、彼と一緒なら好きになれる。
「もしかしたら、呪いかも」
「え?」
「なんでもないよ」
 振り向いて微笑む彼女に、彼は再び首を傾げ、それから呆れたような笑顔を見せた。
「雪、好きか?」
 彼女の鮮やかな緋色の髪に積もった、白い雪を優しい仕草で払う。
「ううん」
 髪を撫でる彼の手に、こそばそうな、照れたような笑みを浮かべる彼女。
「セリオンのことが好きなんだよ」
 彼女は思う。
 もしかしたら、彼と一緒にいたいがための口実なのかもしれない、と。


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