「おまえらはどうすんだ? クリスマス」
 呼び出されたバインにいきなりそう切り出され、セリオンとユーウェインは面食らったように彼の顔を見返した。
「……えーと?」
 飲んでいたハーブティーのカップをテーブルに戻しながら、セリオンは首を傾げる仕草で意味を訊ねてみる。ユーウェインも視線で聞き返しながら、セリオンとは反対にカップを口に運んでいた。
 バインは二人に呆れたような表情を返しながら、人差し指を立ててみせる。
「決まってんだろ。彼女へのプレゼントだよ。どうするんだ?」
 ──ぶはっ。
 ユーウェインが飲んでいたお茶はセリオンの髪と服を濡らし、一瞬ではあるが周囲の視線を集めてしまう。
 両目を閉じて苦笑いを浮かべながら、セリオンはここがいつもの宿ではなかったことを、エヴァとアインハザードに感謝した。
「す、すまん……」
「いや、いいんだが……。おまえも女神に感謝しておけ。一応」
「そ、そうだな……」
 同じことを考えたらしいユーウェインは、素直に顎を引く。
 よく解らない二人のやりとりに首を捻りつつ、バインはとりあえず自分の言いたいことを言っておくことにした。
「毎度のことだけどさ。女に贈るプレゼントって、困らねえか? 贈って喜んでもらいたいとは思うけどよ。前と似たようなモンじゃ、あれだしな。かといって、そうポンポンとプレゼントのネタがあるわけじゃねえし」
 腕組みをして溜息なんかを吐きながらそう言う彼に、店員から渡されたタオルで顔を拭いていたセリオンが「おや?」という顔を浮かべる。
「おまえ、そんなに頻繁に、カイナにプレゼントしているのか?」
「頻繁つーか……ほら、あるだろ。誕生日とか、記念日とか」
「そうか。おまえたちの場合、結婚記念日もあるものな」
「いや、それだけじゃなくて。出会った日とか、初めて二人で狩りにいった日とか、転職した日とか……」
 言いながら、段々とセリオンとユーウェインの表情が微妙なものになっていくことに、ようやく気が付くバイン。ちょっぴり不安そうに、身を乗り出して二人に訊いてみる。
「もしかして、俺んとこって、変?」
「……たぶん」
 こくりとうなずいたセリオンに、バインは頭を掻きながら座り直した。
「……ま、とにかくだ。そんなわけで、今年のクリスマスプレゼントをどうするかって、悩んでるんだ。正直、もうネタがない」
「まあ、それだけ贈ってれば、そうだろうな」
「そこでだ。同じように連れ合いがいるおまえらが何を贈るか聞いて、参考にしようと思ったんだが」
「俺は別に……」
 バインの言葉に、ユーウェインが聞き捨てならないとばかりに声を上げる。しかしバインは首を傾げて、きょとんと彼を見つめ返した。
「なんだ? おまえ、ポエットちゃんに何も贈らないのか?」
 その時、非常に珍しいことだが、ユーウェインの褐色の肌が上気したように見えた。
「あいつは別に、連れ合いなどではない。共にいれば役に立つから、連れて行っているだけだ。置き去りしても勝手に付いてくる、ということもあるがな」
 声音や態度は普段と変わらないが、閉じた目元が照れたように赤みを帯びている。
 滅多に見ることがないライバルの姿に、セリオンは苦笑を浮かべた。もしこの場にエアルフリードがいたら格好の標的にされていただろうと考えると、彼は案外、彼らの女神に好かれているのかもしれないと思えた。
 しかしもう一人の「同志」であるバインは、また違うところに気が付いてしまう。再び身を乗り出しながら、ユーウェインの顔を下から覗き込むようにした。
「おまえさん、俺に言われてプレゼントのことを思い出したろ? んで、ポエットちゃんに似合うモンでも想像したか?」
 瞬間、ユーウェインの瞳がギラリと光り、殺気に似た気すら発しながらバインを睨み付ける。それを受けて、バインは肩をすくめながら身を引いた。
 セリオンが小さく笑って、話題を戻そうとバインに向き直る。
「俺は特別、何か良い物を、とは考えていないな。別にプレゼントのことを、隠したりもしていないし」
「なんだ。ちゃんと訊いてあるのか」
「少し前にな。メリスにも、何が欲しいか訊かれたしね」
 この二人なら、そういう会話も自然に出てくるのだろうと、バインは納得できた。何しろ普段から、人目など気にしていないような二人だ。甘々な雰囲気でクリスマスの予定などを話している姿が、容易に想像できる。
「俺も聞いた方がいいのかねぇ……どーするよ、ユーウェイン」
「知らん」
 腕組みをして両目を閉じているユーウェインは、低い声できっぱりと言う。そのまぶたの裏で何を考えているのかを想像すると、エアルフリードならずともからかいたくなってしまう。
 しかしバインとしても、自分のことが重大事である。彼と同じように腕組みをして、首を捻りながら唸るようにして考え込む。
 悩める「同志」に、この道では先輩のセリオンが苦笑を浮かべながら、二人の注目を集めるように人差し指を立てた。
「大層な物は必要ないだろ。プレゼントというのは、物ではなく、気持ちを贈るものだからな」
 そのアドバイスに、ユーウェインもバインも彼を見つめ、きょとんと目を丸くする。
「気持ちかぁ……」
「……」
「おまえたちが用意した物なら、彼女たちは喜んで受け取ってくれるよ」
 そう言って微笑むセリオンは、彼の恋人と同じくらい、太陽のような暖かさを感じさせていた。

「──受け取れ」
 無造作に差し出された紙袋に、ポエットは大きな瞳をきょとんとさせて、彼と紙袋を交互に見つめる。
「あのぉ……これは……?」
「何も訊くな。そして今は開けるな」
 そっぽを向いてそう言うユーウェインの態度に、ポエットは確信に満ちた予想を思い浮かべ、オレンジの瞳をきらきらと輝かせた。
(クリスマスプレゼントだぁ!)
 その瞳と満面の笑顔で、いかにも適当に包まれた紙袋を見つめる。感動でちょっとだけ震える手で、それを受け取った。
「あ、ありがとうございますぅ!」
「……ああ」
 そんな彼女をちらりと横目で見たユーウェインの口元が、ほんのわずかにほころぶ。
「何かなぁ〜♪」
 そして言われたことも忘れて、さっそく袋を開けにかかるポエット。
「お、おいっ……」
「わっ! 手袋だぁ♪」
 中から出てきたのは、なめし革を重ねて作られた厚手の手袋。防寒用というよりは、鍛冶屋などが使う作業用といった感じだ。
 よくみんなの使う物を作ってくれる盟主ならともかく、収集専門の自分にこれを贈られた意図が分からず、ポエットは少しだけ首を傾げる。
 ユーウェインを見上げてみると、彼はいささか不機嫌そうに眉根を寄せて、しかしどこか照れくさそうにしながら、再び顔を背けた。
「魔物の死骸を漁るときに、役に立つだろう。血液や脂は、籠手を痛める」
「……そ、そーですねっ」
 何だかあまりクリスマスらしくない理由だったが、それもユーウェインらしくていいかなと思える。自分のことを気遣ってくれたことは、間違いないのだから。
「大切にしますね!」
 何よりも、大好きなユーウェインから贈られた物だ。ポエットにとっては、それだけで十分だったから、満面の笑顔を彼に向けるのだった。

「そんなことがあったんだ」
 セリオンから、バインにプレゼントの相談をされたことを聞かされ、メリスは明るく笑いながらそう言った。
「あいつらしいだろ」
 たしかにそれは真っ直ぐなバインらしく、それでいてカイナに直接聞かないところが、また彼らしくもあり、とても微笑ましい。
 メリスは笑顔のままうなずいて、いつもセリオンが自分にしてくれるように、彼の柔らかい金色の髪に触れた。
「セリオンも、ね」
「うん?」
「『贈るのは気持ち』……セリオンらしい言葉だよ」
「そうか」
 照れくさそうに笑う彼に、メリスも笑いながら頬を染める。
 お返しをするように、彼女の髪にもセリオンの手が触れる。それが少し冷たい感触だったから、メリスは不思議そうに彼のその手に自分の手のひらを重ねた。
「あ……これ」
「プレゼント。欲しがってた髪飾りな」
 触れた彼の手と一緒に、丸くて冷たい手触り。それは彼女の明るい髪に映える、花開くような黄色の宝石だった。
 メリスは目を細め、嬉しげに微笑む。
「似合う?」
「ああ。とても」
 その笑顔に引き寄せられるように微笑み、セリオンは彼女を抱き寄せた。そしてそのまま唇を重ねようと──
「ダメ」
 その唇を彼女の指先で止められる。
「私のプレゼントを渡してからだよ」
 からかうようにそう言われ、きょとんとしていた彼は、弾けるような笑顔を浮かべるのだった。

 そしてバインは──
「これが俺の『気持ち』だぁ!」
 どかっ!とテーブルの上に置かれた『それ』を見て、カイナは驚いたように、また呆れたように目を丸くする。
 それは、大量の料理。何を材料に使ったのか、一目見て分かるほど大雑把に、そして豪快に、さらに大胆に、焼かれ、蒸され、煮られ、盛り付けられた料理の数々であった。
「……アタシさ。時々、なんであんたを好きになったのか、わかんなくなるときがあるよ」
「奇遇だな。俺もそーだっ」
 調理の跡と思われる、何だかよく解らない汚れをつけまくったエプロンを掛けたバインが、腰に手を当てて胸を張る。
 カイナは大きくため息を吐いた。
「ま、食べるけどさ」
「おう。愛情たっぷりのお手製だ。存分に食ってくれ」
 鼻息も荒く自慢げにそう言う彼に、もう一つため息を吐いて、彼女はフォークを手に取る。とりあえず、手近な肉と野菜の炒め物から口に運んだ。
「……ま、悪くないかね。大味だけど、嫌いじゃないよ」
「だろ? これでも血盟に入る前は、自炊生活してたからな」
 いわゆる野外料理というものらしい。バインも椅子に座って、自分が作った物に手を付け始める。
「けど、なんで料理なんだい?」
 半生の肉をフォークに突き刺しながら、上目遣いに彼に訊いてみる彼女。
 バインは再び得意げに鼻を鳴らしながら、彼女に言った。
「俺の目は節穴じゃないぞ。最近、体調が悪そうだったろ? ここはいっちょ、精力の付く物を食わせてやらにゃあと思ってなっ!」
「なるほど、ね……」
 確かにオーク族である自分には、こういう「味付けなんて無いも同じ」な料理が、一番、体には良いかもしれない。
 彼がそこまで考えていたかは疑問だが、この量と内容だけを見ても、とかくエネルギーになる物を揃えてくれたのは確かだ。
「それに、たまには俺の手料理もいいだろ」
 そういう気遣いは、素直に嬉しかった。
「……案外に、的外れでもないしね」
 くすりとカイナが笑う。
 バインはその言葉に首を傾げた。
「なんだ? 的外れって?」
 そんな彼に、カイナはフォークを置いて頬杖を付き、微笑みかける。再び、今度は反対側に首を傾けるバイン。
 カイナはちょいちょいと彼に手招きをした。
「?」
 不思議そうにしながらも、バインは腰を浮かせて彼女の方へ自分の耳を近付ける。
 その耳元に、カイナがそっと囁いた。
「実はね……」

 クリスマスイブの夜──。
 思いがけぬ幸福なプレゼントに、ギラン城下のとある宿が、大きな祝福に包まれたという。

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