気が付くと一緒にいた二人。
 種族の垣根など、まるで最初から存在しないかのように振る舞うメリスと、戸惑いながらもそんな彼女の傍にいてしまうセリオン。
 二人は共に歩調を合わせるように、いつも一緒だった。
「巻き込まないでね」
 からかうようにそう言ったメリスに、向かい合うセリオンは真剣な顔で頷く。
「最初の攻撃だけだ。その後は、メリスだけを援護する」
 敵陣を前にした連合軍は、魔法使いたちによる広範囲魔法で先制攻撃を仕掛ける作戦だ。もちろん、前衛の戦士たちはその後に突撃するわけで、その魔法に巻き込まれる心配などはないのだが、セリオンにあまり冗談は通じない。
 でも、そんな彼だからこそ、メリスは嬉しいのだ。
「うん」
 少しだけ照れたように目元を赤くし、眩しそうに目を細めて微笑むメリス。その笑顔にセリオンもまた、顔を上気させる。
「お、俺も剣を使えたらな……」
 何となくそんなことを言ってしまうのも、気恥ずかしさを隠すためだ。
 例え白兵戦が苦手でも、これまでそうしてきたように、メリスの背中を守ることは魔法でもできる。だから別に剣を使えなくても良いのだが、それでは何だか立場が逆のようにも思えてしまうセリオンだ。
 そんなプライドとも一途な感情とも取れることを言うセリオンに、メリスは思わず苦笑する。
「私も、セリオンと同じに魔法使えたらね」
「え?」
「そしたら、二人で並んで戦えるのにね」
 メリスの提案は魅力的なもののように感じられたが、セリオンはふと後方で並んで立っている様子を思い浮かべ、何だかそれはとても間抜けな光景ではないかと思ってしまった。
「……たぶん、みんなから怒られるぞ」
「あはは! そうかも」
 明るく笑ってから、メリスはすっとセリオンの手を握る。
「隣にいると、セリオンしか見えなくなっちゃうもんね」
 照れながらもストレートにそう言えてしまうメリスに、セリオンは何度赤面させられ、胸を高鳴らせたか解らない。
 でも、嬉しくもあった。
「よくそういうこと言えるよな……」
「好きだから、だよ」
「うん……気を付けろよ。無茶するな」
「うん。セリオンもね」
 出会った頃より長くなったメリスの緋色の髪は、小首を傾げる仕草でその一房が肩にこぼれるくらいに伸びた。その髪を片手で梳くように撫でるセリオンは、相変わらず美しいと思う。
 セリオンの愛情が解るかのようなその仕草に、メリスが嬉しそうに目を細めたとき、出陣の軍鼓が鳴った。
「それじゃあ……」
「うん。また後でね」
 二人の時間は終わり、戦場の空気が瞬く間に広がる。

 オーク軍との戦いは、日ごとに激しさを増していく。
 しかし、エルフ・ヒューマン連合軍が圧倒している状況に変わりはない。ただ、ここまで生き残ったオーク軍たちは精鋭揃いであり、その抵抗は一局面において勝者と敗者を逆転させることもあった。
 連合軍の上層部では、そろそろ停戦と講和の準備を進めるべきではないかとの意見もあったが、大半はさらなる追撃を主張しており、戦火が収まるのは当分先のことになりそうである。
 その連合軍内部でも変化が現れてきた。
 初めこそ、エルフ族の首脳部に遠慮をしているようだったヒューマン各部族の首長たちが、徐々にその態度を対等のものへと変え始めたのだ。
 それに伴い、前線指揮におけるヒューマン族指揮官や参謀たちの発言力が増していき、今やヒューマン主導で作戦が立てられるようになっていた。
 あるヒューマン族の指揮官は、こう言ったという。
「エルフのお歴々には、後方で高みの見物をしていてもらおう。数百年も生きているご老体には、これから先の戦いは堪えるだろうからな」
 エルフ族の寿命の長さを人間に置き換え、さらに「年の割には役に立っていないぞ」との皮肉も込めた言葉である。
 これを伝え聞いたエルフのある長老は、
「ならばそうさせてもらおう。元々、戦のごとき凶事は、未成熟な野蛮人の仕事であるからな」
 と皮肉を返したそうだが、いずれにしろヒューマンがエルフの掣肘を受け付けなくなっていることに変わりはなかった。
 上層部のそんな空気は、前線の各部隊にも伝播している。両種族を合わせた混成部隊では互いの信頼関係が希薄になり、部隊内での連携や連絡が上手く機能しなくなっていた。
 近頃では、混成部隊そのものが少なくなっているほどだ。
 しかしセリオンとメリスは、そんな周囲の変化も気にせず、常に前線で肩を並べ、互いに助け合いながら戦っていた。
「そういえば、メリスは魔法を使えないのか?」
 セリオンがそう訊いてきたのは、先日の戦闘で落とした拠点に駐屯している時だった。
 部隊の配置も決まり、彼らの部隊がその日の任務を終えた夕刻である。
 割り当てられた互いの自室に向かう途中、石造りの廊下を歩きながら、メリスはにっこりと笑う。
「使えるよ」
「え? だってこの前は……」
「好きな人のことなら何でも解るって魔法」
「……はぁ」
 さすがに、セリオンは疲れたようにため息を吐いた。
 メリスは慌ててセリオンの顔を覗き込む。
「あ、あれ? ダメだった?」
「ダメというか……なんだそれ」
「上手い比喩だと思ったんだけど」
「吟遊詩人にでもなるつもりか?」
「あはは。才能ないっぽいね」
 本人的には会心の出来だったようで、予想外の反応に、やや煤けたようになりながら乾いた笑いをする。
 セリオンはもう一つ息を吐いてから、改めて聞き直した。
「で?」
「うん。素質がなかったのかな? エルフの人たちが教えてくれたんだけど、何もできなかったよ」
「そういうもんか……」
 不思議そうに首を傾げるセリオン。
 ヒューマンのことは、まだ詳しく知らないが、人は必ずその体内に魔力を持っていると考えられているのだ。たしかにその大小は個人によって違うのだが、全く魔力を持っていない者はいないはずである。
 例えばメリスの潜在魔法力が小さかったとしても、それに比例した形で魔法は発現するものなのだ。炎を生み出す魔法なら、小さな火種として。水を湧き出す魔法なら、コップ一杯程度の量が……という風に。
 それすらもなかったというのは、セリオンには納得できなかった。メリスを指導した同胞たちが、よほど教師に向いていなかったか、それともメリスが生徒としては落第だったのか……どちらかではないかと思った。
「どうしたの?」
 立ち止まってしまったセリオンを、正面から見上げるようにして小首を傾げる。
 廊下の壁に穿たれた明かり取りの穴から差し込む夕日に、メリスの髪はよく映えた。
 その輝きに目を細めながら、セリオンは軽く首を振って微苦笑を浮かべる。
「いや。……何なら、俺が教えようか?」
「え? 魔法?」
「ああ。その気があるなら、だけど」
「うん!」
 躊躇うことなく即答したメリスに、セリオンは何だか嬉しくなった。
 彼女が先ほど言った「魔法」とやらは、どうやら自分にも使えるらしい、と心の中で再び苦笑する。彼女の考えていることが、この時はすぐに理解できた。
 一緒にいられる時間が多くなることが、メリスには嬉しかったのだ。
「それじゃ、さっそく今夜からな」
「はーい。先生」
 はしゃいだ調子で返事をして、メリスはセリオンが好きな太陽のような笑顔を見せた。

 魔法を教える。
 ──といっても、セリオンもそんなことをした経験はない。だから自然と、自分が理解している事をそのまま伝える形になる。
「つまり魔法は、世界を形成している力を引き出して、物質化させているものだと思えばいいんだ」
「う〜ん……」
 眉間に皺を寄せてセリオンからもらった本を睨みながら、頭を抱えて唸るメリス。そんなことを言われても全く理解できない、とその姿は如実に物語っている。
「例えば空気や風は目に見えないけど、魔法なら見えるようになるだろ? それは術者の魔力を媒介にして物質化させているからで、そうすることによって本来無形の大気に、ダメージ性を持たせるくらいの質量を与えているんだ」
「ん〜……」
 声は耳に入ってくるものの、意味はさっぱり解らない。
 単純にセリオンと二人きりの時間を持てると思っていたメリスだったが、それどころではなくなっている。魔法を使うにはその基礎となる理論を理解していないと駄目なのだそうだが、これは思った以上に難物である。
 すっかり元気を無くしてしまったメリスを、セリオンも気の毒に思い、心配そうな顔で声を掛けた。
「大丈夫か?」
「うぅん……大丈夫じゃない……」
「みたいだな……やっぱりやめる?」
 そう言った途端、それまで萎れていたのが嘘であるかのように、メリスは勢いよく顔を上げた。
「やだ!」
「……だろうと思ったけど」
 呆れたようにそう言いながら、セリオンは椅子に背中を預けるように座り直す。
 とはいえ、どう教えたらいいものか……そう思案するセリオンに、メリスは二人の間にある机に手を付いたまま、ふと思いついたように口を開いた。
「セリオンは、こんな難しいことをどうやって憶えたの?」
「ん? 憶えたという表現は正しくないかな。俺たちエルフは、生まれながらに精霊の存在を感知でき、成長していく中で彼らとの付き合い方を自然と学んでいくんだ。森の環境もあるだろうけどね」
「森?」
「ああ。俺たちエルフの生まれ故郷だ」
「聞いたことあるよ!」
 メリスの顔がパッと輝く。さっきまで死んでいたようなあずき色の瞳がキラキラと光を放つように輝き、まるで玩具を見つけた子供のような顔だ。
「虹色の光の森で、綺麗な川が流れてて、妖精も暮らしてるんだよねっ」
「だいたい合ってるかな。もっとも、妖精たちはだいぶ減ってしまったけど」
 同じ環境で育てば、ヒューマンでも魔力素質が高くなるのだろうか? と、ふと考えてしまうセリオン。
 しかしそんな思考は、メリスの言葉によって数瞬で断ち切られた。
「戦争が終わったら、一緒に暮らせるよね」
「……えっ!?」
 一緒に暮らすというのは、つまりそういうことなのか!? たしかに今はまだちょっと早い感じだが、戦争が終わる頃にはメリスもそういう年頃になってるかも? と、セリオンは一瞬にして色々なことを連想する。そしてそれはそのまま、赤面する表情になって現れた。
 それに気付いてか気付かずか、それとも気付かないふりをしてか、メリスはさらりと言葉の主語を付け加える。
「エルフとヒューマンが」
「…………そうだな」
 己の想像を恥じて、妙に沈んだ声で応じるセリオン。対してメリスは、機嫌良さそうな声で続ける。
「そうしたら、いつでも行けるよね。セリオンが生まれた場所、見てみたいし」
 その時のことを想像でもしているのか、メリスはどこか夢見るような幸せそうな笑顔を浮かべる。
 それから、ようやくセリオンが落ち込んでいることに気が付いた。
「あれ? 何か悪いこと言った?」
「……いや」
 ふぅと息を吐いてから、セリオンも顔を上げて微笑を見せる。
「そうだな。森に来れば、メリスも魔法を使えるようになるかも知れないな」
 そのセリオンの言葉に、メリスはまた何か思い付いたらしく、少し悪戯っぽく微笑む。
「実は、もう一つ魔法使えるんだよ」
「なんだ? またさっきの比喩か?」
「ううん。今度は、ほんとう」
 ゆっくりそう言ったかと思うと、メリスは2人の間にある机を乗り越えるように上体をぐいっと突き出し、そっとセリオンの顔に自分の顔を近づけた。
「!?」
 音もなく、二人の唇が重なる。
 メリスは瞳を閉じて。セリオンは驚きのあまりに目を開いて。
 大気さえも二人に遠慮して動きを止めたかのような静寂が流れ、互いの鼓動が伝わっているような錯覚すら覚える時間。
 ほんの数秒。
 メリスは静かに唇を離すと、そのまま自分の頭をセリオンの肩に預けるようにして、夕陽よりも朱く染まった顔を覆った。
「セリオンのことが、もっと好きになる魔法だよ……」
 顔もまともに見られないくらい恥ずかしいのに、そう言えてしまう。セリオンは火のついたような自分の顔を隠すことも忘れて、呆然としていた。

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