「同じ魔導士だし、今日からこの子の面倒みてやってね」
 ダークエルフ族の魔導士アニアネストが、同じ血盟に所属するエルフ族のエアルフリードからそう言われたのは、今から半年ほど前のことである。
「同じって……この子、ヒューマンのように見えるけど?」
 宿屋で自室として借り切っている部屋。エアルフリードの隣で何か驚いているように目を丸くしている少年を指さし、アニアネストは首を傾げる。
 淡い藤色の長い髪を頭の左側で一つにまとめたエアルフリードが、その髪を跳ねさせるように掻き上げながら、さも当然のような顔でうなずいた。
「うん。ヒューマンよ」
「同じじゃないわ……」
「仕方ないでしょ。うちにはアンタの他に、魔導士がいないんだから」
「そうだけど……誰が連れてきたのよ」
「フロウティア。あいつはもうアレクがいるから、他の子の面倒は見られないのよ」
「アレクをあなたが引き取ってあげればいいじゃない。同じ弓使いなんだから」
「パースっ。私、そーゆー面倒なの嫌いだし」
「わがまま」
「なんとでも。──とにかくこれは、盟主からの指示でもあるから。よろしくね」
 こうまで言われては、アニアネストも引き受けざるを得なかった。別段、盟主に対する忠誠心が厚いわけでもなければ、義理堅いわけでもないのだが、その人となりには好意を寄せている。「あの人の頼みなら、まあいいか」と思うのだ。
 それは、彼女がこの血盟に所属し続けている理由でもあった。
「わかったわよ」
 諦めたように一つ息を吐いて、改めて自分が世話をすることになったヒューマンの少年を見てみる。
 いかにも少年という言葉が似合う、幼さを多分に残した顔立ちと体格。少しばかり気の強そうな面持ちをしているが、男の子ならこれくらいが良いと思うのは、アニアネストの感想だ。きっとあと数年もすれば、精悍で凛々しい青年になるだろう。
 髪は、少し珍しい紺色ともいえる黒髪。柔らかそうな髪質のその髪を、少年らしく短く整えている。そのセンスも悪くはない。
 同じく、魔導士にしては服のセンスも良い。一人孤独に魔法の研究や魔力の修練に努める魔導士という人種は、たいがいこの辺りの感覚が麻痺──もしくは壊滅しているものだ。
「ふ〜ん……」
 頭の先から足の先まで、観察するように視線を這わせるアニアネストに、少年の方は少しばかり顔を上気させて体を緊張させる。
「なかなか、悪くない子ね」
「あんたが言うと変な意味に聞こえる」
 あでやかに微笑んで感想を漏らしたアニアネストに、間髪入れずエアルフリードがそう言った。
 美貌のダークエルフは、気分を害したように顔を歪める。
「どういう意味よ」
「その格好で誤解を招かないとでも?」
 ちょいっとアニアネストを指さして、エアルフリードは呆れ気味にそう言う。
 ほとんど脚を隠していないかのようなスカート。胸元を強調し、あまつさえ半分くらい見せているかのようなチュニック。そしてそれらを装飾として一際輝く、完璧なプロポーション。それとなく艶のある姿勢で立つ姿も、まるで狙っているかのようだ。
 たしかに「何か誤解されても文句は言えない」。
 しかし、アニアネストはさして気にしたふうもなく、むしろ鼻で笑い飛ばすような仕草を見せた。
「私たち種族の美貌を活かすには、これくらいじゃないとね」
「あーっ、ムカツク! どうせ私には似合いませんけどねっ」
「あら、タイプが違うだけよ。貴女たちエルフだって、自分たちの容姿を引き立てる服を着るでしょう? それとも、貴女は自分の容姿に自信がないのかしら?」
「あるわよ! ありまくりよ! 私くらい美人で可愛くて、おまけに性格も完璧な女はいないんじゃないか? ってくらいよ!」
「……貴女の方が、よっぽど凄いわ」
「けどねっ! なんかムカツクの!」
 エルフとダークエルフ。古来より続く因縁は、互いの美にすら敵対心を生ませるのだろうか。
 エアルフリードは言い放った勢いのまま、サイドテールの髪を左手で跳ね上げ、くるりと背を向けた。
「ともかく、任せたからねっ。一通りの魔術知識はあるらしいから、あとはアンタが鍛えてあげるのよ!」
 怒ったようにそう言うと、自分の髪をわずらわしそうに気にしながら歩き去っていく。
「ああ、もうっ、暑いったら……いっそ切っちゃおうか」
 そんな独り言が廊下から聞こえてくる。
「八つ当たりかしらね。まったく……」
 開け放たれた扉を見つめながら一つ息を吐いて、アニアネストはずっと無言でいる少年に向き直った。
「さて……まずは、自己紹介かしら?」
 そしてにこりと微笑みかけて、自分の目線を少年に合わせるように体をかがめる。
「あんたの名前を聞いてない」
 唐突に、しかしはっきりとした口調で、少年がそう口を開いた。
 これにはアニアネストの方が面食らう。少年の顔は、相変わらず幾分か赤くなっているが、その視線はまっすぐに彼女の瞳を見つめていた。
 丸くなった目を数回、瞬かせて、アニアネストは苦笑するように表情を緩ませる。
「そうね。──私の名前は、アニアネスト。きみの後見をすることになった、黒魔術の魔導士よ」
「俺は、ライ。出身はオーレンで、修行のために冒険者になったんだ。だからちゃんと指導してくれよな」
 生意気そうなその口調とは裏腹に、体が硬くなっているのが可笑しい。アニアネストは小さく苦笑を漏らすと、前屈みのその姿勢のまま、右手を差し出した。
「教師の経験はないけど、できるだけやらせてもらうわ。今日からよろしくね」
「お、おう……」
 緊張した動きでその手を握りかえすライ。
 しかし次の瞬間に、その動きがぴたりと止まった。アニアネストの手を握ったまま、目を丸くして口を真一文字に結び、幼い顔を真っ赤に紅潮させる。
「ん?」
 ライの奇妙な反応に、アニアネストは少し上目遣いで覗き込むようにしながら、小首を傾げた。
「どうかした?」
「!? な、なんでもないっ!」
 慌てて手を離し、焦るように顔を背けるライに、アニアネストは体を起こしながら二度目の苦笑を漏らす。
 彼女には解っていたのだ。ライの視線が自分の胸元に向けられていたことが。そしていかに自分の存在が、彼にとって刺激的なのかも。
(かわいい反応しちゃって)
 挨拶代わりにからかってみただけなのだが、予想以上のうぶな反応に少しだけ心をくすぐられる。さらにからいたくなってしまうが、あまりやりすぎると逃げ出してしまうかもしれない。
「とりあえず今日は、他のアカデミーの子たちに紹介するだけにしておくわね。きっと歓迎会とかしてくれるから」
「わ、わかった」
 顔を背けたまま、しかし視線だけはちらちらとこちらに向けるライを見ながら、「明日はもう少し大人しい服にしておこう」と考えるアニアネストであった。

 最初は、あまり乗り気でなかった指導役だったが、やってみると意外と面白い。
「ほら。精神集中が甘くなってるわよ」
 訓練用にと、宿の庭に突き立てた丸太に向かって魔法を放っていたライに、後ろからアニアネストの厳しい声が飛ぶ。
 ライは疲れた顔を振り向かせた。
「よくわかるなぁ……」
「背中から見てたって、魔力の高低は判るわよ。何かに気を反らせていたでしょ?」
「あの部屋にさ」
 ついっと顎で指すように、庭から見える宿の一室を見上げるライ。アニアネストもつられるようにその部屋の窓を見上げた。
「ちっちゃい子が見えたんだけど……あれも冒険者なのかな?って」
「ああ……あそこは、ファイスとプリシラの部屋ね。プリシラは幼く見えるけど、きみより年上よ」
「マジで? 童顔ってホントにいるんだなあ」
 自分も年齢そのままの幼い顔をしているのに、そんな言葉を漏らす。アニアネストは苦笑しながら、彼の隣まで歩み寄った。
「ほらほら。そんなことより、練習を続けなさい。今日はあの丸太を炭にするまで、終わらないわよ」
「……灰じゃないのか?」
「炭よ。ちゃんと魔力をコントロールして、魔法の威力を抑えて、綺麗に炭化させるの」
「難しいなぁ……俺は、こう、派手に吹き飛ばす方が好きなんだけど」
「好き嫌いの問題じゃなくて、訓練。自分の力もコントロールできないようじゃ、一流の魔導士にはなれないぞ」
「はいはい。……じゃ、やってみますかっ」
 腕まくりをしたライが、じっと丸太を見据え、呪文を紡ぎ始める。その真剣な横顔に、アニアネストは満足そうにうなずいて、彼が放つであろう魔法を見届けるために丸太の方へ視線を移した。
「!」
 ライが魔法を放つ気を感じた瞬間、丸太は炎の柱に包まれ、乾いた音を爆ぜさせながら燃え上がる。それはアニアネストが注文したとおりの威力で、丸太をゆっくりと燃やしていた。
「どうだっ!」
 得意満面に振り向いたライに、アニアネストも嬉しそうに艶やかな笑みで応えた。
「上出来」
 言ったことをすぐに実践できるライの素質は、指導役としてのアニアネストにやりがいを感じさせる。鍛えることが楽しみになってくるのだ。どんな魔導士になるのかと。
 その彼女の熱の入った指導は、ライのやる気も促進してくれる。彼は難問にぶつかるほど、心を燃え上がらせるタイプである。だからアニアネストの出す課題は、彼にとってちょうど良いといえた。
 ライは、自分より少し背の高い後見人を見上げて、照れたような笑顔を見せる。
「俺さ。最初はダークエルフに習うのって不安があったけど、良かったよ」
「何がいいの?」
 アニアネストも微笑を浮かべたまま、ライを見下ろすようにその顔を見つめる。
「だって、アニアは知識も豊富だし、俺たちヒューマンの魔法もよく知ってるし」
「ふぅん」
 にこにこと微笑みながら、アニアネストは徐々に上体をかがめてライと視線を合わせるようにする。そうすると、喋っているライの顔に徐々に赤みが差してくるのだ。
「そ、それに……何より実践的で……」
「そうね。私は理論より行動で覚えてきた方だから、教え方も自然とそうなるわ」
「そ、そーなんだ」
 慌てて顔を背けるライだが、赤くなった顔は隠しようがない。アニアネストは悪戯っぽい笑みを浮かべる。横目でそれを見たライは、ますます顔を赤くした。
 からかわれているのは、解っているのだ。
 アニアネストにはそれすらも可笑しくて、さらなる悪戯心を起こしてしまう。
 しかしその時。
「……火事を起こす気ですか?」
 頭上から掛けられた声に、二人して先ほどの部屋を見上げる。そこには、ジト目でこちらを見下ろしているプリシラの姿。
 小首を傾げたアニアネストに、プリシラはその呆れたような表情のまま窓から手を出して、くいくいと丸太の方を指さした。
 二人がそれにつられて振り返ってみると、火に焼かれる丸太と一緒に、その周辺の草までが燃え上がっている。
 季節はそろそろ秋になろうかという頃。乾いた草木はよく燃えるものだ。
「うおおおおおっ!?」
「や、やばっ……!」
 同時に声を上げたライとアニアネストは、慌てて氷の魔法を唱え始める。
 その様子を窓から見つめながら、プリシラは頬杖を付いて深いため息を漏らしたのだった。
 ──無論。二人の魔法によって、庭がさらに酷いことになったのは言うまでもない。


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