「えーっ! それじゃあ、まだ告白してないんですか!?」
 ピンク色のツインテールを跳ねさせて、オレンジ色の大きな瞳を丸くしながら、ポエットはぺたりと座った全身を乗り出すように大げさに驚いた。
 向かい合って石畳に腰を下ろしているライは、その勢いに押されるように上体を反らす。
「あ、ああ……思わず誤魔化しちまった……」
「だからまだ『転職』してないんですねぇ……」
 はぁ……と、大きくため息を吐きながら座り直すポエット。まるで自分のことのように落ち込んでいる。
 その斜め向かいにいるもう一人の人物が、手にした弓で石畳を小突きながら、呆れたように声を上げた。
「ったく、じれったいなあ。さっさと決めちゃえよ」
 それはけぶるようなプラチナブロンドの髪を持つ、エルフの青年。同種族の中でも上等の部類に入る顔立ちをしているが、どこか緊張感のない雰囲気がある。
「お前みたいに気楽にはいけないんだよ、俺わっ! そこらの女を引っかけるのと一緒にするな!」
「そーそー。ライはアレクみたいな、ナンパな人じゃないんです」
「ぁんだとおっ!」
 友人二人から容赦なく言葉の矢を浴びせられ、思わず金糸の眉を跳ね上げて立ち上がるアレクシス。
 そんな彼らの横を、二人連れのギラン市民が怪訝そうに見つめながら歩いていく。
「……とりあえず、場所変えないか?」
 ギラン城の村の街路に立つアレクシスは、苦虫を噛みつぶしたような顔で、二人にそう提案したのだった。

 人通りが少ないとはいえ、そこはギランという大都市である。たとえどんな小路でも、昼間であれば人が通ることも頻繁だ。
「だって、ライが帰ってること、アニアさんに知られないようにしないと」
 小路の角から顔を出し、きょろきょろと辺りを見回しながら、ポエットは後ろのアレクシスにそう説明する。アレクシスは肩に掛けた弓を気にしながら、小さくため息を吐いた。
「だから、それが何で?」
「ライは『転職』できたら、アニアさんに告白するつもりなんです。わたしみたいにっ」
 最後の言葉には思いっきり力を込める。成功例はここにあるのだ!と言わんばかりに。
 だがアレクシスは、きょとんとしたようにまばたきを数回して、自分の後ろに並ぶライを振り返った。
「……ライ。わざわざ自爆しにいくこたないぞ?」
「どういう意味ですかッ!」
 聞き捨てならない台詞に、ポエットは思わず目を三角にして振り返る。それに対して、知らん顔をして口笛なんかを吹いてみせるアレクシス。
 赤い顔で頬を膨らませて、さらに何か言い募ろうとしたポエットを、ライが片手で制しながら口を開いた。
「まあ、ポエットの真似をするわけじゃないけど……区切りをつけるには、ちょうどいいと思ったんだよ」
「ハンっ……何がどーしてそんなに覚悟が必要なんだか」
「そんなこと言って。アレクだってフロウティアさんの前だと、緊張してまともに喋れないくせに」
「うるさいぞ、ちびっこ。あの人は特別なんだよ」
 そう言ったアレクシスは、いきなり宙を見つめる仕草で、夢見るような笑顔を浮かべた。
「あの美貌、あの清楚で可憐なたたずまい。誰に対しても分け隔てのない、純粋で清らかな心。──そう。あの人こそ、まさに地上に舞い降りた女神なのさ!」
 妙に芝居がかったその口調と姿に、ライもポエットも白けたような表情を向ける。
「……詩人の才能はないよな」
「三流ですね」
 しかしそんな二人のつっこみも、今のアレクシスには聞こえていないらしい。
「いやむしろ、俺の女神っ!」
 そんなことまで口走る彼に、二人は深々とため息を吐く。
「その割りには、他の女に目を奪われすぎだろう、お前」
「ナンパばっかりしてちっとも成長しないって、エアルさんもフロウティアさんも嘆いてましたね」
 どうしてこんなのと友人やってるんだろう、自分たち……と、今度は自らの境遇にため息を吐く。
 この三人。種族こそ違うものの、その精神的な年齢では近いせいもあってか、アカデミーの中では特に仲が良いと言われていたトリオである。
 一足先にポエットが卒業をしてしまってからは、あまり頻繁に会うこともなかったのだが、ライの卒業を支援するためにこうして久しぶりに集まっているのだ。
 もっともこの場合の支援というのは、試験を手伝うといった類のものではないのだが。
 ポエットは腰に手を当ててもう一度深々と息を吐くと、どこか行ってしまっているアレクシスを無視して、傍らのライを見上げた。
「でもまあ、アレクの言うことも一理ありますよ。あんまり考えないで、勢いでいっちゃた方がいいかも。わたしみたくっ」
「お前は勢いがありすぎだろ……。第一、俺はこの前、それで失敗したんだぞ?」
 あの時のことを思い出してか、わずかに顔を上気させるライ。ポエットは困ったように腕組みをして、うーんと首を捻った。
「とりあえず、マジスターさんのところへ行って、正式に称号を貰ってからですかね〜」
 ポエットの頭の中では、『ソーサラー』の称号を得たライが、その報告を切っ掛けとしてアニアネストに告白するシーンが浮かんでいる。思わず口元がにへらと緩んだ。
「……ベタだな、それわ」
 そんな彼女の顔を覗き込むように、アレクシスがジト目の顔を並べる。
「い、いいじゃないですかっ。恋愛は王道が一番ですっ」
「フッ。ユーウェインさんに気に入られたといっても、まだまだちびっこだなポエット。──恋愛に王道なんてねえッ!」
 びしりとポエットに指を突きつけ、なぜか勝ち誇ったように言い放つ。ポエットは思わず目を丸くして、その指を凝視した。
「いいか。恋愛百戦錬磨のオレ様に言わせれば……」
 アレクシスが尚も何かを言い立てようとしたその時、三人が潜む小路の角に、誰かの影が差した。
「さすがエアルの従弟。言うことが同じね」
『!?』
 驚いて振り返る三人の目に、壁に片手を預けるようにして颯爽と立つ、妖艶なダークエルフの姿が飛び込んでくる。
「みぃーつけた」
 アニアネストは顔を引きつらせて硬直する三人に、悪戯っぽい微笑を向けるのだった。

「あれだけ騒いでれば、人目にも付くわ」
 荘厳華麗なアインハザード神殿を見上げながら、アニアネストは後ろから付いてくるライにそう言った。神殿前の短い階段を上がる動作に億劫さを覚えるのは、本能的にこの場所を嫌っているからだろう。
 ダークエルフである彼女がこの場所を訪れることは、まずないと言っていい。
「そ、それでわざわざ、探しに来たのか?」
 ライは前を行くアニアネストから視線を外して歩きながら、そう訊ねる。今日の彼女は背中が大きく開いた服を着ているため、それを正視するのは彼にとって勇気が要ることなのだ。しかしやはり、ちらちらと視線がそちらを向いてしまうのも、仕方がないことか。
 アニアネストは足を止めずに顔だけを振り向かせ、その口元に微笑を浮かべる。
「ちゃんと前を見て歩きなさいね。転ぶわよ」
「う……」
 その彼女の視線と自分の目が合ってしまい、ライはたちまち顔を赤くした。
 まさかこのためにあんな服を着てきたんじゃないだろうな……。そんなことを考えながら、それならばと視線を落として歩こうとすれば、今度は白い絹のスカートに包まれた彼女のお尻をまともに見てしまい、危うく倒れそうになった。
(な、なんか完全に……)
 翻弄されている。
 ライは慌てて歩く速度を上げて、アニアネストの隣に並んだ。
 そんな彼にアニアネストは、不思議そうに小首を傾げる。
「?」
「こ、ここのメイジギルドって、なんか隔離されてるよな」
 自分の態度を誤魔化すために口にしたことだったが、普段から思っていたことでもある。
 たしかにギランのメイジギルドは、その建物も神殿の外れに位置しており、町中からは見えないようになっている。所属は神殿に違いないのだが、どこか他の部署から仲間はずれにされている感じだ。
 アニアネストが苦笑する。
「隔離というより、教団が監視下に置いてるのでしょうね。機関としては神殿よりも、象牙の塔から派遣された分所としての色が濃いし、光の神々云々よりも、魔法そのものの研究に重点を置いているから、黒魔法だって扱っているわ。アインハザード教団としては、そういうところを野放しにはできないのよ」
 特にギランのような大都市では、人が多い分、魔導士も多い。だからこのような場所にあるのだろう、とアニアネストは説明した。
「象牙の塔もアレだけど、アインハザード教団も食えない連中よ」とは、彼女の感想だ。
「微妙に警戒されてるんだな、俺ら」
「微妙に……まさに、そうね」
 ライはそう言って笑うアニアネストに、思わず顔を緩ませた。意外に可愛い仕草も似合うのだな、と。

 内海から続く小さな湖の中にあるメイジギルドの建物は、やはり周囲から浮いているような佇まいだ。
 その建物の中で、後見人のダークエルフに見守られながら、一人の若い魔導士が新しい力を手に入れる。
「おめでとう。今日からきみは《ソーサラー》となった。今後も──」
 ギルドのグランドマジスターであるジュレックから語られる話を、ライは興味が無さそうに聞き流し、それが終わるとさっさと背を向けて、待っていたアニアネストの傍まで近付いた。
「あの爺さん、話長すぎ」
「そう言わない。黙って聞いてあげれば、お偉い人はそれで満足するんだから」
「これも役割かよ……」
「そういうことね」
 くすりと笑って、ライを出口へと促すアニアネスト。歩き始めた彼と並ぶように、2人で扉を開けて建物の外へと出て行く。
 湖の中に建てられているため、一本しかない石造りの橋を通って街へ戻らなければならない。しかしこの橋は、いつも閑散としていた。
 今も、彼女たち以外には誰も通っていない。
「転職おめでとう」
 橋の半ばまで歩いたとき、不意にアニアネストがそう言った。いつ言ってくれるのかと思っていたライにとっては、待ち侘びた瞬間がやってきたのだ。
 今こそ、ポエットたちに宣言していたことを実行するときである。
 足を止めてくるりと体ごと振り向き、少しだけ上にある彼女の顔を見上げる。少しだけ逆光になった風景の中、その顔はいつもより優しく微笑んでいるように見えた。
 ライは緊張した面持ちで、慌てないようにゆっくりと口を開いた。
「あ、ありがと……っ!?」
 お礼の言葉をその口に乗せた刹那、アニアネストの美しい顔が視界いっぱいに迫り、ついで頬に柔らかい何かが触れる。
 チュッという軽い音。そして熱い感触。
 それが彼女の唇だと理解したのは、再び彼女の顔が逆光の中に戻ったときだった。
「頑張ったから、ご褒美ね」
 そう言った時のアニアネストは、少しだけ照れたように目元を染めて、それでも普段と変わらない雰囲気で微笑んでいた。
 目を丸くして呆然としてしまうライ。何が何だか、いまひとつ把握し切れていない。考えていた言葉も、全て真っ白に消えてしまった。
 そんな彼の姿に、アニアネストは小さく笑ってからその手を取って、石畳の上を跳ねるように歩き出す。
「さあ、帰りましょう」
(こういうの、役得っていうのかしら)
 年下の彼氏も悪くないなと思う彼女であった。


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