「また来てるな」 戯れるように羽を鳴らして襲い掛かってくるスタッカートたちを、力強いスイングで薙ぎ払いながらバインが楽しげに言う。 「わざわざこんなとこまで、ご苦労なこったねぇ」 並んで槍を振るうカイナも、口元を緩めながら応じる。彼女に向かっていくスタッカートの数はバインのそれよりも多く、なぜか楽しげに見えた。 「いい加減、諦めてくれぬものか」 ただ一人、アドエンだけは、ちらりと背後を顧みながら呟くようにそう言う。 生態系が狂っているかのように、巨大化や不気味にねじくれた姿を見せる湿地植物の合間から、逞しく鍛え上げられた美術彫刻のような緑褐色の肉体が見える。他の景色に比べ、そこだけは妙に整っているように見えてしまい、とても目立っていた。 「いつまで付きまとうつもりなのだ。あの男」 そう。そこにいるのは、かれこれ一週間以上も彼女たちのあとを付きまとっている、アドエンに助けられたというオーク族の男。 今日も彼女たちを追って、ここ『悲鳴の沼』に姿を現していた。本人的には、ものすごく巧妙に隠れているつもりで。 嘆息するアドエンの言葉に、カイナは群れを為して襲ってくる敵を見ながら、くすりと笑う。 「なんか、前のポエットちゃんみたいだねぇ」 「あんなでかくはねえけどな」 バインも吹き出すように笑っている。 二人の気楽な言葉に、アドエンは再びため息を吐いて首を左右に振る。 「いっそスタッカートに襲われてしまえば良いのだ。さすれば己がいかに危険なことをしているか、理解できるだろう」 「お? 心配してやってんのか?」 バインがにやけた顔で振り返る。しっかりと敵の爪を槍の柄で受け止めながら。 アドエンはそのバインを真っ直ぐに見つめ返しながら、こくりと頷いた。 「無論だ。こんなくだらないことで命を落とすなど、部族の名誉に関わる」 これが、少し頬でも染めながらムキになったように言った言葉であれば、あの隠れている彼にも脈があるのかもしれないのだが、そうではなかった。普段と変わることのない、淡々とした調子で言うものだから、バインとしても鼻白むような表情を浮かべてしまう。 「……からかい甲斐がねぇな。相変わらず」 「む? からかわれていたのか。それならばそうだと、最初に言ってくれ。私のように真面目に生きている者には、どうもお前たちのネタは解りづらい」 本気で言っているのか、それともこれこそギャグなのか……。こういうことを平然と言ってくるアドエンだから、今の状況も本気で迷惑に思っているのかも怪しい……と考えてしまうバインである。 呆れた顔でジト目を向けていると、彼女が今度はぽんっと手を打つ。 「良い考えがある。巣の中に入ってしまえば、いかにあの男が無謀でも追っては来るまい。よしんばさらに追ってきたとしても、その時は目論見通りにスタッカートたちの餌食になるだろう」 「勘弁してくれ……俺たちだけで、あン中に入れるわけないだろう!? フロウティアさんでもいればともかく!」 「アタシらも一緒に餌食にされちまうね。それこそ犬死にだよ、アドエン」 自棄になったように槍を突き出すバインと、呆れたように息を吐きながら槍を振るカイナに、アドエンは何とも言えない不思議な顔で小さく唸る。 「ならば仕方がない。話を付けてこよう」 そう言ったかと思うと、くるりと二人に背を向けて歩き出す。 「──って。おいっ!?」 「あんた、そんな地雷……」 互いに敵を蹴散らして振り向いたその時には、すでにアドエンは男の目の前まで接近していた。 唐突に自分の方へと近付いてくる彼女に、隠れているつもりの男は分かり易すぎるほどの狼狽を見せる。まさか気付かれているとは露ほども思っておらず、向かってくる彼女を見て目を見開き、次に左右を見回した。自分以外に彼女の目標となりうる物があるのか、探しているのだ。 しかし残念ながら、そんなものがあるわけもなく…… 「おい」 あっさりと目の前に立たれ、おまけに声まで掛けられてしまった。 不気味にねじくれながらそびえ立つ植物の間に、半身を隠すようにしていた彼は、目と口をぽかんと丸く開いて彼女を見つめ、立ち尽くす。何がどうしてこうなっているのか、すぐには理解できないかのように。 アドエンはそんな彼に、手首を傾げるようにして杖の先端を向ける。 「貴様、私に惚れているのか?」 そしていきなり核心を突いた。 ほんの数瞬。辺りに沈黙が訪れる。戦っているバインとカイナ、そしてスタッカートたちすら思わず動きを止め、あまりにいきなりな言葉に、息を詰めてアドエンを凝視した。 「……」 琥珀色の彼女の瞳を真っ直ぐに向けられ、男の顔がみるみる上気していく。同時にその屈強な肉体を、音が聞こえてきそうなほど強ばらせていった。 「どうなのだ?」 すぐに返答がなかったことに、わずかながら厳しい色を滲ませた声でうながす。 男が巨体をぷるぷると小刻みに震わせながら、どうにかといった様子で口を開いた。 「あ……お……」 「むぅ。喋れぬのか、貴様は」 「う……あ……ち、ちが……」 「そうか。共通語がダメなのだな。ならば我らの言葉で構わん。ちゃんと喋れ」 「……かっ!」 「……か?」 「か、かかか……っ!」 がちがち、ぷるぷると全身を揺らしながら、真っ赤な顔で意味不明な声を上げる男に、アドエンはくるりと顔だけで親友に振り返る。 「カイナ。新しい言語だ。解読を頼む」 「絶対に違うから、ちゃんと聞いてやりな」 当てが外れて首を捻りながら、再び男に向き直る。 「よし。ならば、私の質問に首を縦か横に振れ。それならばできるであろう」 そう言い置いて、男と視線を合わせ、先ほどの問いを繰り返した。 「貴様は私に惚れているのか?」 さらにオーク語でも同じ言葉を重ね、相手の反応を待つ。 緊張のあまり全身から冷や汗すら流しはじめている男は、口を真一文字に結び、何だか泣きそうな表情を浮かべた。そして助けを求めるように、槍を振るって戦う二人の戦士に視線を向ける。 だが生憎と二人とも、さすがに成り行きを見守れるほどの余裕はなく、こちらを見ていなかった。 すっかり肩も下がってしまった彼は、諦めて彼女に視線を戻す。すると、まるで自然の宝玉そのままの瞳とぶつかった。 「……っ」 彼は、一つ喉を鳴らすと、意を決して、 ──こくりっ。 小さくだが、確かにうなずいた。 それを受けて、アドエンが彼に向けていた杖を自分の肩に掛けるように戻す。 そして、 「そうか。私は貴様のような男は好かぬ。諦めろ」 「──!!!?」 しごく普段通りに。そしてあっさりと。 拒絶したのであった。 「……まあさ。アドエンは昔からモテるからね。そりゃあ、断るのも慣れてるだろーさ」 ルウン城下の村に戻り、宿での食事を取っている時に、カイナがそう切り出した。 ヴェールを付けたまま器用に料理を口に運ぶアドエンが、その言葉に平然とうなずく。 「うむ。冒険者になってからは、他種族の男どもも寄ってくるようになったしな。おかげで拒否と罵倒は、どの種族の言葉でも言えるようになってしまった」 「ま、たしかに美人だもんな、おまえさん」 骨付き肉の骨を皿の上に投げながら、バインが苦笑するように相づちを打つ。 カイナは大きくため息を吐いた。 「アタシが言いたいのは、断るにしても言い方ってもんがあるだろ?ってことだよ」 「あれではいかんか?」 「いかんね。ああいうタイプは、もっとやんわりと断ってあげないとさ」 「そうだな。ありゃあ、うちのライと一緒で、純情一直線なタイプだろ」 二人にそう言われ、アドエンは食事の手を止めて、考え込むように腕を組んだ。 「つまり、バリエーションを増やさねばならぬわけだ。『そなたのごとき男は、好きではありませぬ』とか?」 「どこの貴族サマだい。口調じゃなくて、言葉を選べって言ってんのさ」 「むぅ……ならばお前が例を示してくれ」 「え? あ〜……そうだねぇ……」 逆襲を受ける形になったカイナは、困ったように頭を掻く。そう言われても、すぐにはそんな言葉は浮かばないものだ。おまけに彼女は元々、この手のことには弱い。 瞳を丸くしてじーっと見つめてくるアドエンから逃げるように、あらぬ方向へと顔を背けたその時、 「……あっ」 カイナは見てしまった。 酒場の一番隅のテーブルにうずくまるようにある、同族の巨躯を。 「どうした?」 バインとアドエンも同じ方向に目を向ける。そしてやっぱり、見つけてしまう。 二階へと続く階段の下に隠れるようにあるそのテーブルに、大きな体を縮めるようにして座る、あの男を。 「……」 彼は、やはり隠れているつもりなのだろう。木製のジョッキ一つだけが置かれているテーブルに、まるで身を伏せるように上体を預け、じーっとこちらを見つめていた。 妙に、きらきらと輝く瞳で。 「……こりゃ、本物だね」 「ああ……ちょっと怖いな」 さすがに、カイナもバインも頬に冷や汗をつたわらせながら、引きつったような笑みを浮かべる。 アドエンはというと、少し呆れていた。 今までにもしつこい男はいたが、そうした男は大抵、ひっきりなしに話し掛けてきたり、何かといえばデートに誘ったりと、もっと積極的に行動を起こしてきたものだ。 無言でプレッシャーを掛けてくるような消極策を用いる相手は、初めてである。 「我慢比べか」 『なんでそうなる?』 思わず呟いたひと言に、親友夫妻が声を揃えて突っ込んできた。 アドエンは小首を傾げる。 「違うのか? あやつが諦めるか、私が根負けするか、二つに一つだろう?」 「もう一回、ちゃんと話を聞いてやるって手だってあるだろ。結局、この前は何も聞けてないんだしさ」 「何を聞くのだ。これ以上」 カイナに問い返した彼女だったが、答えは隣のバインから返ってきた。 「例えば、どこを気に入ったのかとか、そーゆー話だな。あと、あいつ自身のことを聞いてもいいんじゃねえか? あの身なり、ちょっと気になるぜ」 そう言ってバインが親指でくいっと男を指したとき、彼は驚いたように身をすくめ、慌てて椅子を降りてテーブルの向こうに姿を隠した。 見つかったことに気が付いたらしい。 その様子を眺めながら、アドエンは白けたように瞳を丸くして唸る。 「むぅ……たしかにあのボロボロの格好は、気になるがな」 彼の姿はいつ見ても、まるで激戦を終えたばかりの冒険者のように、服も防具もズタボロのままである。というより、おそらく着替えてもいなければ、繕ってもいない。出会ったときのままなのだ。 いかに冒険者が流浪するものだとしても、身に着ける武具には気を遣うものである。何しろ自分の命を預ける存在なのだから。 それが手入れもされていない理由は、修繕する金銭を持ち合わせていないか、極端な不精者か……。いずれにしても、思い付く可能性はそれほど多くはない。 アドエンはため息を吐きながら椅子から立ち上がった。 「よかろう。関わったことは確かだからな。その辺りの事情、訊いてみようではないか」 そう言って、男が隠れているテーブルに歩いていく彼女を、カイナとバインが笑顔で見送る。少しだけ、二人に乗せられた気がするアドエンだ。 テーブルの前に立つと、男がその下から顔を覗かせた。半分だけだったが。 探るように見上げてくる彼を、アドエンは胸を張るようにして、思う存分に見下しながら口を開く。 「お前は、なぜそんな格好をしている?」 そこから出た言葉は、やはり直球だった。 男がすくりと立ち上がる。そうするとやはり、彼女の方が見上げる形になってしまう。 相変わらず緊張はしているようだが、質問の内容が違うためか、前回ほど強ばってはいない。真剣な目を向けてきた。 「……忘れないために」 低く、だが意外にはっきりとした声が漏れる。その調子から、彼が自分などよりもさらに若い同族であることを、アドエンは察した。 「何をだ?」 「己の未熟さを」 「あのアンデッドどもに敗れたことか」 男は静かにうなずいた。 それはアドエンにも、聞き耳を立てているカイナとバインにも、胸に涼風が吹き込むような清々しさを感じさせる答えである。 アドエンは感じ入ったように頷きながら、さらに質問をしてみた。 「ではなぜ、得意でもない戦い方をしていた。お前は本来、あのような戦法を取らぬのだろう?」 男は少しだけ驚いたように身を引き、それから大きくうなずく。 「この槍は──」 そう言って、テーブルに立て掛けてあった貧相な槍を手に取る。 「亡き兄の形見なのです」 「ほう……」 アドエンも槍に目を向けてみる。貧相に見えたのは、全体的にひどく汚れていたからであった。そしてそれが血のりによるものだと気が付く。 ふと、アドエンの頭に閃くものがあった。 「お前……よもや……?」 目を見開きながら振り向いたとき、男が膝を付き、槍を床に置いて、深く頭を垂れる。 「仇を討つ手伝いをお願いしたい」 その時の彼が震えていたのは、兄を想ってのことか、仇のことを考えていたからか、それともようやく言えた言葉に安堵してのことか、アドエンには解らなかったのだが。 →第3話へ |
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