オーク族の男──ゴーンガッドの話は、こうだった。
 彼の兄は冒険者であったのだが、アデン城下の村に滞在していたある時、仲間たちと共に一つの依頼を受けたという。それは滞在していた宿の周辺に住む、村人たちの話から始まった。
「若い娘や子供が、何人も行方不明になっている」
 不安げに顔を寄せ合っていた彼らの話を聞きつけ、兄たちはすぐさま自分たちが探し出すことを申し入れた。彼らはアドエンたちの血盟と同じく、魔物討伐と世界の探索を旨とする冒険者たちだったのだ。
 村人たちは、領主やアインハザード教団などにも訴えていたものの、少しでも不安を拭うことができればと、彼らの申し出を受け入れ、報酬の約束をして依頼した。
 ゴーンガッドの兄たちはすぐに調査を開始し、それが邪教信仰の徒による事件であることを突き止める。
 しかしそこまでは、領主やアインハザード教団も調べ上げていたことだった。にも関わらず、彼らが手をこまねいた理由があったのだ。
 兄たちはさらわれた娘や子供たちの痕跡を辿り、ある場所へとたどり着く。そしてそこで、その理由を知ることになる。
 そこにいたのは『シーレンの司祭』を名乗る、強力な魔物だったのだ──

「そしてその魔物に、兄たちは殺された……というわけか」
 静かな声音で確認するようにそう言ったアドエンに、ゴーンガッドはその視線を合わせたまま、ゆっくりとうなずいた。
 話を聞くために自分たちのテーブルに座らせた彼を、カイナとバインも沈痛な面持ちで見つめる。事情を語っていた彼の、まるで悟りきったかのような静かな表情が、内に秘める決意と悲しみを物語っているかのようだったからだ。
「その司祭の名は、ヒシルローメというのだそうです」
 うなずいた顔を上げてそう告げたゴーンガッドに、今度はアドエンがうなずいてみせる。
「パリバティ族の司祭だな。聞いたことがあるぞ」
 そして胸元で腕を組み、記憶を辿るように視線を宙に浮かせた。
「たしか冒険者ギルドの賞金首にも、リストアップされていたか。過去に討伐されたこともあるようだが、とどめを刺すには至っておらぬようだ。どのような方法か知らぬが、姿をくらましてしまうようだな」
「やばくなったら逃げちまうわけだね?」
 カイナの相づちに、彼女に振り向いて「うむ」とうなずく。
「逃げているのか、逃がされているのか……何せ奴の背後にはパリバティの女王がおり、さらにその後ろには、あの『死の女神』がいるのだからな」
「……名乗り通り、てことかよ」
「確証はないがな。その辺りのことは、シアン殿やフロウティア殿が詳しいはずだが」
 忌々しそうに呟いたバインにそう返しておいて、アドエンは改めてゴーンガッドに視線を合わせる。
 若い同族はそれだけで、おもはゆそうに目元を染めて口を一文字に結び、身じろぎした。
「それでお前は、その話を誰から聞いたのだ? お前も兄と共にその場にいたのか?」
「い、いえ……。私はこれまで、故郷で司祭として神殿に仕え、鍛錬に励んでおりました。兄の仲間だった方が一人、命からがらアデン城下まで辿り着き、兄たちの最期の様子を冒険者ギルドに伝えて、事切れたそうです。その報告がギルドを通じて、私の下へ……」
「なるほど。それで仇討ちのために故郷を出てきた、ということか」
「はい。今はアデンのオークギルドに、厄介になっております」
「その槍も、兄の仲間が?」
「逃げ落ちる際、たまたま掴んだのがこの槍だったそうです。その方はこれを杖代わりとして、アデン城下に辿り着かれたようで……兄たちの無念がそうさせたように思えてなりません」
 そう言って、立て掛けた槍に目をやる彼の表情にも、その無念が宿っているかのように思えた。
 静かな佇まいの中にも激しい炎が燃えている姿は、アドエンをして感じ入らせるものがある。
(怜悧と激情を兼ね備えた、見事な表裏だ。良き戦士になる)
 普段がバインやカイナのような、猪突型の戦士ばかりを見ているものだから、このようなタイプは新鮮に映る。身近な人物に当てはめれば、ユーウェインがこれに近いだろうかと思えた。しかし彼にしても、意外と感情が先行するタイプであるから、やはりゴーンガッドの資質は理想的な知勇兼備ではないだろうか。
 思わずヴェールの下の口元が緩んでしまった彼女を、頬杖を付いたカイナが不思議そうに見つめる。そしてそのことを問うように口を開いた。
「んで? どうすんのさ?」
「む?」
「や。あんたが気に入ったんなら、この仕事、受けてもいいんじゃないかい?」
「なるほど。たしかにこれは、冒険者としての仕事だな」
 今さらのようにそのことに思い至り、アドエンは深くうなずく。
「仇討ちを手伝って欲しい」というゴーンガッドの言葉は、冒険者としての自分たちへの依頼に他ならないだろう。
 カイナとバインに目をやると、二人ともすでに引き受ける気でいるようだ。自分としても、久しぶりにやりがいのありそうな依頼だと思っている。
 だが確認しておかなければならないことがあった。そのために、彼と再び視線を合わせる。
「引き受ける前に、聞いておきたいことが二つある。一つは、なぜ私たちにこの話を持ってきたのだ? 冒険者なら他にもいるぞ」
「それは……」
 少しだけ、ゴーンガッドは言いづらそうに顔を歪める。どこか照れているようなその表情に、アドエンが首を傾げた時、彼は意を決したように彼女を見据えた。
「見ず知らずの私を、助けて頂いたからです」
「それだけか?」
「人を頼るのに、それに勝る理由がありましょうか」
 真摯な瞳と真っ直ぐなその言葉は、アドエンたちに感動にも似た心地よさを与えてくれる。バインとカイナなど、思わず顔を見合わせて照れ笑いを浮かべてしまうほどだ。
 アドエンは愚直とも言える彼の心根に、大きくうなずいた。そして次の質問に移る。
「もう一つ。お前がその槍を手に戦っていたのは、兄の形見を以てして仇を討とうという、心算ゆえか?」
 ゴーンガッドはその淡い色の瞳に、少しだけ嬉しそうな色を浮かべた。
「……はいっ」
「その心意気こそを、私は買おう」
 うなずいたときには笑顔になっていた彼に、アドエンも釣られるように笑みを浮かべていたのだった。

 不気味な月を夜空に見上げ、虫の声さえ聞こえない静まり返った林の中を歩く──。
 あまり自分たちには相応しくない光景だと思いながらも、アドエンたちは物音を立てないよう、慎重に歩を進めていた。
 アデン城下から徒歩で一日ほどの距離にあるこの林は、城下村にほど近いというのに周辺に人里はなく、街道からも外れており、どこか忘れ去られたような雰囲気を漂わせている。それは静寂という空気と共に、形のない不安を抱かせてくれた。
「格好の隠れ場所ではあるな」
 一行の最後尾を歩くアドエンが、空を見上げながらぽつりと呟く。耳敏くそれを捉えたカイナが振り返った。
「おまけにあの月だしねえ。今夜で間違いなさそうだね」
 不気味な紅い光に照らされる漆黒の夜空を指差して、不敵に微笑む。その親友を頼もしく思うアドエンもまた口元を緩めた。
 神秘的に星を散りばめた空には、巨大な目を開いたかのような模様を刻む、紅い月。
 セブンサインの封印が解かれ、死の神であるシーレンの力が強くなっていることを示すものだ。
 シーレンの司祭を名乗る者にとっては、最も動きやすい時期だろう。
「……間に合えばいいが」
 金属の鎧が立てる音すらも消すような、じわりとした速度に苛立ちを覚えながら、バインはそれをかみ殺すように呟く。
 彼らがこの場所に来たのは、もちろんゴーンガッドの依頼を果たすためだ。
 アデン城下のスラム街に潜んでいた、ヒシルローメの協力者とでもいうべき、シーレン信徒のヒューマン数人を締め上げたのは、昨日のことだ。ヒシルローメは彼らを使い、子供や若い娘を城下からさらっていたのである。オークギルドの協力でそれを突き止めたアドエンたちは、捕らえた彼らからヒシルローメの目的を聞かされた。
 即ち──
「生贄にされちまったあとじゃ、意味がねえからな」
 ここにいない敵を睨み付けるように呟いたバインに、彼の後ろを歩くゴーンガッドも重々しくうなずいた。
「兄たちも、まさにその儀式を止めるために戦ったと聞いております。死の女神の復活などを夢想し、牙無き者の命を無為に奪うことが、許せなかったのでしょう」
 ぼそぼそと語る彼のその言葉に、バインは毒気を抜かれたような顔で振り返る。
「神官みたいに喋る奴だな、お前さん」
「はぁ……これでも一応、司祭ですから……」
「見た目とのギャップがあるって、言われたことねえか?」
「……幾度か」
「だろうな」
 バインはにやりと笑ってゴーンガッドの腕を軽く叩き、再び前を向いて歩き始めた。純朴そうな若者は、照れるように顔を伏せて、太い指先で頬を掻く。
 彼はバインが見てきた中でも、ひときわ立派な体格を持つオークの戦士である。おそらく今の言葉は、同族からも言われてきたのだろう。それを気恥ずかしく思っているところに、年相応の少年らしさを垣間見て、バインは何だか微笑ましい気分になった。
 オーク族の年齢を他種族に当てはめれば、おそらくライやポエットたちと同じくらいだろう。彼ならばきっと、気持ちよく受け入れられるのではないかと思えた。
(でも、アカデミーって感じじゃねえよな)
 そんなことを考えた矢先、視界に月明かりではない光が映る。
「あれか」
 アドエンの呟きに、全員の足が止まった。
 視線の先にあるのは、立ち並ぶ樹木の間にぽっかりと空いた広場のような場所。そしてそこにあるかがり火と、その光に照らされた地面に身を寄せ合うようにして座り込んでいる、数人の子供たち。
 彼らが座る場所には見たこともない魔法陣が描かれ、それを囲むようにして蛇の体を持つ魔物が数体、剣を提げて立っていた。
 どうやら「儀式」は、まだ始まっていないようだ。間に合ったというひとまずの安堵感が、四人の心を軽くする。
「さて。どう攻める?」
 それぞれ手近な木に身を隠しながら、バインが視線を逸らさずにそう訊いた。
 こんな時、作戦を立てるのはアドエンの役割である。彼女はしばし、じっと広場を見つめていたが、おもむろに、そしてごくあっさりと言った。
「突撃だな。カイナとバインは敵の撃破。私は子供たちを保護する。ゴーンガッド、お前は私の警護だ」
 これにはさすがに、付き合いの長いカイナとバインも目を剥いて驚く。
「お、おいっ。何の策もなく、いきなり突っ込んで大丈夫なのか?」
「子供たちが殺されちまったら……」
「心配はない。奴らにとってこの儀式は神聖なものだ。妨害が入った瞬間、まずそれを排除しようとするだろう。少なくとも私たちが倒れぬかぎり、儀式が行われることはない」
 ひそひそと言葉を交わす三人に、ゴーンガッドも加わる。
「しかし、人質となる子供は数人。冷たいようですが、一人か二人を殺すことは、有り得るのではないでしょうか。私たちへの恫喝にはなります」
「着眼点はいいぞ。だがお前は、大事なことを忘れている」
 アドエンはちらりと彼に視線を向け、にやりと笑う。ゴーンガッドには何のことだか解らず、琥珀色の瞳に顔を上気させながらも、首を傾げた。
 美麗な炎の司祭は胸を張るようにして、顔を寄せ合う三人を得意げに見下ろす。
「悪人というのは、正義の味方の前フリを邪魔しないものだ」
 実に──
 それはアドエンでなければ思い付かない作戦であった。

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