「あ〜……今回は、あんまいいとこなかったなぁ」
 ギラン城下へと向かう街道を歩きながら、バインが肩に担いだ槍に頭を預けてそう言う。隣を歩くカイナも苦笑しながらそれに同調した。
「そうだねぇ。──ま、主役はアタシらじゃなかったんだし、いいんじゃないかい?」
「そりゃそーか」
 バインはそのまま肩越しに、後ろを付いてくるゴーンガッドに振り向いた。
「おまえさんも、実力を隠してるなんて、なかなか憎い演出だったしな」
「い、いえっ! 決してそのようなわけでは……!」
「そうだぞ。今回は特別だったのだ。むしろこやつの意志の強さを示す、好例ではないか」
 ゴーンガッドと並んで歩くアドエンが、常と変わらぬ冴えた表情でそうフォローする。その言葉に、ゴーンガッドは微かに頬を紅潮させていた。
 二人の様子にバインはにやりと口元を緩める。
「おーおー、仲が宜しいことで。戦いの時も、息ぴったりだったしな。なぁ、カイナ」
「まぁ……ねぇ」
 話を振られたカイナの方は、どこか呆れたような横顔を振り向ける。その瞳は、探るようにアドエンに向けられていた。
 小首を傾げるアドエンには構わず、バインは歩調を落としてゴーンガッドに並ぶと、その巨漢の肩に腕をがっしりと回した。
「──で? 実際のとこ、あいつのどこが気に入ったんだ? やっぱ顔か?」
 耳打ちするように小声でそう訊かれ、ゴーンガッドの全身が、彼らの信奉する祖先のように染まる。
「ななななっ、な、なんのことでしょうかっ!?」
「隠すなって。おんなじ男だし、俺には解るっ。一目惚れしたから、何とかお近づきになりたくて、助っ人を頼んだんだろ?」
「い、いえ、あのっ……!」
「でなけりゃ、あいつと話すとき、あんなに緊張しねえだろう? ほれ、言ってみろって」
「そっ、そんなっ……わ、私は! そ、そんな下心はっ……!」
「なに言ってんだ。男が下心もって悪いこたぁねえんだぞ? むしろ健全な証拠だ。それにおまえ、惚れるってのは、そーゆーもんもひっくるめてだな……」
 何か講釈を垂れようとしたバインの耳を、横からカイナがぐいっと引っ張る。
「あんた……」
「いってぇ!? ちょ、ちょっと待てって! 俺は別に悪いことは言ってねえぞ!」
「ウブな少年をからかっといて、なに言ってんのさ! エアルじゃないんだから、やめときなさいっ!」
 引っ張られた耳元で怒鳴るように言われ、バインはとても残念そうな表情を見せる。
 追求から逃れられたゴーンガッドは、ほっと胸を撫で下ろした。しかしその直後に、思わぬところから攻撃は再開される。
「ふむ。おまえは私に惚れているのか」
 くるりと顔をこちらに向けたアドエンであった。
「えっ!? あ、それは、そのっ……」
 再び全身を上気させながら、その巨躯に似合わぬ狼狽ぶりを見せ始めるゴーンガッド。
「違うのか?」
 アドエンは奇妙なものを見るように瞳を丸くして、じーっと見つめてくる。
 その無言のプレッシャーに、ゴーンガッドの顔からは滝のような冷や汗が流れた。
 バインは面白そうにことの成り行きを見つめているし、頼みの綱のカイナも呆れ顔でそっぽを向いている。
 ゴーンガッドにとっては、故郷の炎の神殿での修行よりも厳しく、長い時間に感じられたことだろう。
「どうなのだ?」
 アドエンが小首を傾げるようにそう言ったとき、彼はその逞しい体を可哀想なくらい小さくし、頭からは湯気まで出しながら口を開いた。
「き……綺麗な方……だとは思います……」
 その瞬間、バインはにんまりと嬉しそうな笑顔を浮かべ、カイナも少しだけ照れたように微笑む。
「ほぉ……」
 しかし訊ねた当の本人は、相変わらず瞳を丸くしたまま、恥ずかしそうに縮こまるゴーンガッドを見つめていた。
「よかろう。ならば私も、おまえを好きになるよう、努力をしてみようではないか」
「……は?」
 思わぬ──というよりは、意味不明の言葉に、ゴーンガッドは思わずきょとんとした顔をアドエンに向けた。
 彼女は楽しげに瞳を細める。
「なに。以前から『恋』というものに興味があったのだ。この機会にぜひ、体験させてもらおうではないか」
「はあ……」
 ますます言っていることが解らない彼女に、ゴーンガッドは唖然としたように答える。
 傍らで見ていたバインは、苦虫を噛みつぶしたような顔でジト目を向けていた。
「なんか……違うんじゃねえか?」
「そりゃあ、アドエンだからねぇ……」
 相方のカイナも、呆れ顔でため息を吐く。長年、親友をやっていても、彼女の思考パターンは読み切れない。
 そんな二人には構わず、アドエンは真面目な顔をしてゴーンガッドに訊ねる。
「で、まず何をすれば良いのだ?」
「え? いえ、何をと言われましても……」
「む。何かするわけではないのか。では……どうするのだ?」
「さ、さあ……なんでしょう?」
 まだ始まってもいない恋に悩む二人の前途は多難そうであったが、ひとまず彼らの前には、ギランの村が姿を現してくれていた。
 
 

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