「ずっと好きでした! わたしと付き合ってください!」
「断る」
 がぁ────────んっ!!

 長き封印を破ってカマエル族が出現し、時代は新たなステージを迎えようとしている最中。
 ドワーフ族の少女・ポエットは、一世一代の勝負に敗北していた。
 無論、世の中の動きとは全く関係のないところで。

(ずーん……)
 効果音まで聞こえそうな勢いでうなだれ、ポエットは冷たい石畳に座り込んでいた。
 ここは『巡礼者のネクロポリス』と呼ばれる場所。その入り口である。
 落ち込むのなら、他にも適した場所はいくらでもありそうなものだが、とぼとぼと歩いているうちに、通い慣れていたこの場所に来てしまったようだ。
 壁に掛けられた松明の炎と、この場所への「扉」と言えるジグラートゲートキーパーが放つ淡い光だけが照らす、神聖とも不気味とも思える、石造りの空間。
 そんな場所で何をするでもなく、ただうなだれて座り込んでいるポエット。
 普段は元気よく跳ねている二つに結わえたピンクの髪も、今は萎れた花のようになり、いつもキラキラと輝いているはずのオレンジの瞳も、死んだ魚のように虚ろなものだ。
 心なしか、彼女の周囲だけさらに闇が深いようにも見える。
 そんな彼女の様子に、通りかかる他の冒険者たちも、奇妙なものを見るような目を向けながら、遠巻きに通り過ぎていく。
「……はあぁ〜……」
 ついでに魂が抜けていきそうなため息を吐いて、ポエットはさらにかくんと首をさげる。
 何も絶対の自信を持って告白したわけではない。確実に彼をゲットできると考えていたわけではない。むしろ最初から不安の方が大きかった。
 まさに賭けに出たのだ。
 それも勝率の高い賭けではない。
 彼とは同じ血盟に所属している仲というだけで、特別親しかったわけでもなく、何度か話をしたことはあるものの、他の仲間たちと大差ない程度のものであった。まして彼の方が冒険者としても数段上の実力を持っているとなれば、一緒に狩りをしたことなどあるはずもない。
 彼女にとっては、まさに「憧れの先輩」だったのである。
 だからポエットは決めていたのだ。
 ドワーフ族として一人前になったら、彼に告白しようと。バウンティーハンターの称号を得たら、自分の気持ちを伝えようと。そして自分の気持ちに決着を付けようと。
 それが、今日だった。
「はぁ〜……」
 ため息がさらにひとつ。
 もともと勝ち目はないとすら思っていた。
 なのに、思っていた以上に振られたことがショックだ。自分の予想以上に落ち込んでいる。想像していたよりも、ずっとずっと悲しい気持ちになってしまった。
「……ぐすっ……」
 知らずに涙を溜めていた2つの瞳から、感情が大粒でこぼれてくる。赤くなった鼻からは、鼻水がつらら状だ。
 どうしてだろう? どうしてなんだろう?
 そればかりが頭の中でぐるぐる回る。
 その時だった。
「どうしたんだい? お嬢ちゃん」
 低く渋い声が頭上から掛けられる。
 それは深い人生経験と、そこから来る余裕と落ち着きを感じさせる、穏やかだが力強い声だった。
 その声音に惹かれるようにゆっくりと顔を上げるポエット。
 そこにいたのは……
「せっかくの可愛い顔が台無しだ。ほら、こいつで涙を拭きな」
 隆々とした筋肉の上腕のみならず、見事な恰幅の上半身を露出させた、白髭、禿頭のドワーフ、マモンの商人と呼ばれるその人であった。
「…………」
 ニヒルな笑顔で武器強化スクロールを差し出しているマモンに、ポエットは先ほどまでとは打って変わって冷めた目を向ける。
 そしてやおら立ち上がると、ズボンに付いた砂をぱんぱんと両手で払い、くるりと背を向けた。
「さようなら」
「ま、待てぇい! そんな寒い反応されたら、わしがバカみたいじゃろうがっ!」
 慌ててポエットの肩を掴み、マモンは必死に引き留める。その姿は、とても大陸中を飛び回っている謎の商人とは思えないほど、情けない。
「みたいじゃなくて、バカなんです」
 ため息を吐きつつ振り向いたポエットが、とどめのようにそう言う。
「人が落ち込んでるときにからかうなんて、最低です」
「じゃ、じゃから! あえて笑わせようとだの……」
「むしろ怒りがこみ上げてきました」
「お、オッケーじゃ! 泣くよりはずっといいわい!」
「では、怒りにまかせて殴りかかってもいいんですね?」
「う、うむっ……よかろう。心ない冒険者どもの暇つぶしに殴られることには、すっかり慣れっこじゃからな!」
「……やっぱりやめておきます」
 引きつった笑みを浮かべて親指を立ててみせたマモンだったが、ポエットは沈んだ声でそう答えると、ぺたりと再び座り込んでしまった。
「おじさんを殴っても、気は晴れません……」
 そして再び、じわりと溢れてくる涙。
 マモンも思わずしんみりとした顔をしてしまう。
「……のう、お嬢ちゃん。何があったのか、ワシに話してみんか? 同族のよしみじゃ。何か力になれるかもしれんて」
 そう言って、小さく震えるポエットの肩に優しく手を置く。
 手だけではない。その声にも暖かみが溢れ、年長者として年若い同族を心配している様子がうかがえる。
 その年長者の優しさに触れて、ポエットも泣きはらした顔を上げて、マモンの皺だらけの暖かい笑顔を振り仰いだ。
「……私がここで泣いてると、商売の邪魔だから?」
「うむ。それもある」
 思わず本音で応じてしまうマモン。謎のドワーフ。
「じゃあ、ずっと泣いてます」
「ま、待て! 下心抜きでも、ちゃんと聞いてやるぞ!」
 慌てて取り繕うマモンを、ポエットはくすんと鼻をすすり上げながら見上げる。
「でも、おじさんに話しても……」
「なぁに。お前さんよりは長生きしとる。どんなことでも、アドバイスくらいはできるじゃろう」
 ポエットは尚も少し考えるようにしたが、周囲に他の冒険者がいないことを確認すると、ようやく小さく頷いた。
「じゃあ、話すだけ……」
「うむ。誰かに話すだけでも、気分は違うものじゃ」
 マモンもポエットと視線を合わせるように床に腰を着いて、にっかりと笑ってみせる。
 ポエットは視線を落としたまま、ぽつりと話し始めた。
「今日……好きな人に振られたんです」
「……それは、悲しいのう」
「はい。でも上手くいくなんて思ってなかったから、それは仕方ないかなって……」
「ダメもとじゃの」
「そうです。でも……やっぱりすごく悲しくて……」
「当然じゃ。好きな人なんじゃからの」
「そう……ですよね」
「うむうむ。相手は同じ冒険者か?」
「はい。同じ血盟の先輩です。すごく強くて、かっこいい人なんです」
「ほほう。ワシも若い頃はそう言われ……」
「おじさんのことは、どーでもいーです」
「……続けてくれぃ」
「今も……好きなんです」
 そう言ったとき、またまたポエットのオレンジ色の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「振られちゃったけど……迷惑かもしれないけど……でもっ……! もっと好きになっちゃって……っ!」
 こぼれる涙を両手で拭いながらそう独白するポエットを、マモンは優しい眼差しで見つめて、その大きな手で小さな頭を撫でてやる。
「それでいいんじゃ。誰かを想う気持ち、好きになる心は、そう簡単に捨てられるもんではない」
「でもっ……」
「なぁに。無理に忘れることはないわい。それに……そう。そうじゃ。その男には、恋人はおるのか?」
「いないみたいです……」
「なら、尚更じゃ。今はダメでも、いつか振り向いてくれるかもしれん。いや、振り向かせるんじゃ」
「……振り向かせる?」
「うむっ」
 マモンは大きく頷くと、すくっと立ち上がって小さなポエットを見下ろす。
「お嬢ちゃん、ワシらは何じゃ?」
「え……?」
「ワシらはドワーフじゃろう。この大陸の経済を掌握する機知と、己の求める最高の一品を得るためなら、命すら惜しまぬ勇気を持つ種族じゃろう」
「……」
「お前さんが今欲しいものはなんじゃ?」
「それは……」
「彼に振り向いて欲しかろう? ならば、諦めぬことじゃ!」
「!」
「ドワーフらしく、諦めず、ねばり強く、そしてしたたかに、彼の心を捕らえてみせるのじゃよ!」
 力強いマモンの声。そして言葉。
 それが強烈な衝撃となって、ポエットの心を揺るがした。沈んでいた気持ちを、一気に空まで押し上げるように。
「ドワーフらしく、諦めず、ねばり強く……」
 そうだ。今やバウンティーハンターの称号も得た自分には、それができるはずだ。かの『青銅の鍵』の創始者ゲンタロンは、地竜アンタラスの鱗すら取ってきたと言うではないか。
 ならば自分にも、彼の心を捕らえることくらいできるはずだ!
「わたし、やります!」
 よく解らない理屈だが、何だかそういうことで深く納得してしまったらしいポエットは、さきほどのマモンよりもさらに力強い声で宣言すると、躍動感あふれる動きで立ち上がった。
 そしてどこを見ているのか、殺風景なネクロポリスの天井を見上げて、小さな右手をぎゅっと握り締める。
「必ず彼の気持ちをスウィープしてきます!」
「うむっ! その意気じゃ!」
 一人の若者が立ち直ったことに、マモンも満足げに頷く。
 これなら大丈夫だろう。例えまた振られたり失敗したとしても、この子はこれから冒険者として、ドワーフ族として、立派に成長していくだろう、と。
「しかしお嬢ちゃんみたいな子を振るとは、その男も見る目がないわい。どこのギルドのモンなのか知っておれば、説教の一つも……」
「え?……ああ。違いますよ」
「? 何がじゃ?」
「私が好きな人は、ダークエルフなんです」
 …………ダメかもしれん。
 恥ずかしそうにはにかみながら答えたポエットを前に、マモンは寒風が吹き込むような心情と共にそう思ったという。

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