ギラン城下村の大通りに面した、一軒の宿屋。主な客層は冒険者であり、長期間の宿泊を望む者も多い。いわば第二の我が家としているのだ。
 比較的大きな造りをしたその宿に、午後の静寂を打ち破るかのように慌ただしく、飛び込む小さな影が1つ。
「ただいま戻りましたっ!」
 ピンク色の髪を跳ねさせ、ポエットは元気よく挨拶をした。
 扉を抜けた宿屋の一階は、食堂兼酒場になっている。丸いテーブルがいくつも並ぶ空間に、今は白いローブをまとったヒューマンの女性が一人。
「あら。ポエットちゃん。おかえりなさい」
 ティーカップを片手に、優雅に椅子に腰掛けるその女性は、心休まる穏やかな笑顔を向けてきた。
「アカデミーを卒業したそうね。おめでとう。後見人の盟主が昨日、自慢して……」
 だが、ポエットは彼女の声が耳に入っていないかのように、きょろきょろと店内を見回したかと思うと、いきなり彼女の前に駆け寄った。
「フロウティアさん! ユーウェインさんはどこですかっ?」
「ユーウェイン?」
 唐突に問われた仲間の名前に、フロウティアはその栗色の髪を肩からこぼして、小首を傾げる。
「ユーウェインがどうかしたの?」
「探してるんです!」
 それは言われなくても分かる。
 そう思ったが、フロウティアは口には出さず、代わりに自分の記憶を辿ることにした。
 ポエットが、あまりに一生懸命な顔をしているものだから、事情を問うことが野暮に思えたのだ。
「何か用があるとか言って、朝から出掛けているわね。たぶん街のどこかにいると思うけれど……冒険者の露店を見てくるとか言っていたから」
 朝方に聞いた話を思い出しながら、フロウティアはそう答える。聞いたポエットは、ちょっとだけ気落ちしたようにうつむいた。
「お出かけしてるんですかぁ……」
 だがすぐに、何か思い付いたように顔を上げた。
「あのっ……フロウティアさんは、ユーウェインさんのことをよく知ってますよね?」
「どうかしら? たしかに、彼がこの血盟に入った頃から知っているけれど」
「ユーウェインさんのこと、何でもいいから教えてください!」
 何だか必死な面持ちで詰め寄るポエットに、フロウティアは少しだけ気圧されるようにしながら、しかし何かに気が付いたように苦笑を浮かべていた。

「彼の心をゲットするためのレッスンワン。まずは、彼のことをよく知ることじゃ!」
 マモンの商人は自前のメガネと教鞭を手に、力強くそう言い切った。
 きちんと正座してそれを聞くポエットは、真剣な顔で頷く。
「その彼……名前はなんといったかの?」
「ユーウェインさんです。ダークエルフ族の騎士なんです。クールでかっこいいんですっ」
「うむ。後半はどーでもよいが、そのユーウェインな。お嬢ちゃんは、どれくらい彼のことを知っておるのかの?」
 問われて思い返してみるものの、ポエットは彼のことをほとんど知らなかった。
 血盟で一、二を争う騎士であること。あまり喋らないこと。恋人はいないこと。それから、顔がかっこよくて、立ち振る舞いもかっこよくて、髪型も声も……
「かっこいいことしか知りませんっ」
「よくわかった。前途多難じゃということがのう」
 マモンはふぅっと大きくため息を吐いて、かがり火の光が反射する自分の頭を困ったように掻く。
「まぁ、まずはユーウェインのことを、色々とよく知ることじゃ。仲間に聞くのもよし。本人の普段の言動を観察するのもよし。彼の好きなもの、嫌いなこと、興味があること、なんでもよい。彼について、知ることが大事じゃ」
「はいっ」
「それが解ってくれば、彼の注意を引くこともできるようになる。まずはそこからじゃ」
 何だかえらそうに胸を張りながらそう言うマモンに、ポエットは何度も頷いたのだった。

「ユーウェインねぇ……」
 苦笑しながらフロウティアは、寡黙でぶっきらぼうだが、固い意思と強い信念を持つ仲間のダークエルフの顔を思い浮かべる。
 それからポエットの小さな顔をじっと見つめた。
「彼のことなら、本人に聞くのが一番ではないかしら」
「へ?」
 ポエットがきょとんとしたその時、彼女の背後に人影が差した。
「俺がどうかしたのか」
「ユーウェインさん!」
 いつのまにかそこにいたのは、まさにポエットの想い人、ダークエルフのユーウェインその人であった。
 たちまち顔を赤くして、無意味にわたわたと両腕をばたつかせるポエット。
 そんなポエットを冷たく一瞥してから、ユーウェインはまるで感心が無さそうに、すぐにフロウティアへ視線を向けた。
「ドラゴンバレーのダンジョンへ行く。手が空いているなら、手伝ってくれ」
「残念。これから盟主とエアルと一緒に、ゴダードの方へ行くことになっているのよ」
 肩をすくめながら、言葉ほど残念そうでもない笑顔で、フロウティアは右手をひらりと振った。
「他のみんなも出ているわ。……この子以外は、ね」
 そう言って悪戯っぽくウインクしながら、ポエットの小さな頭をちょんと指でつつく。
 つつかれたポエットは、赤くなった顔を恥ずかしそうにうつむかせながら、それでも上目遣いで嬉しそうにユーウェインを見上げた。
 再びちらりとポエットに視線を向けたユーウェインは、だがしかし。
「足手まといはいらん」
 どぉーーーーーんっ!
 冷たくはっきりきっぱり言い切られたその一言に、ポエットはハニワのような顔で真っ白になって固まってしまった。天国から地獄へ叩き落とされた気分である。
 そんなポエットを無視して、ユーウェインはくるりと踵を返す。
 固まったポエットに苦笑を漏らしていたフロウティアが、その背中に声を掛ける。
「一人で行くの?」
「仕方ない。他にいないのだからな」
「何か目的があるのかしら?」
「ああ。材料集めだ」
 足を止めずにそう言うと、ユーウェインは入ってきたと同じように、静かな動作で店の扉を開き、外へと出て行ってしまった。
 テーブルに頬杖を付いてそれを見送ったフロウティアは、しばし何か考えるように視線を宙に浮かせていたかと思うと、いまだ固まったままのポエットの肩を優しく叩く。
「ほら。彼、行ってしまうわよ」
「……はっ!?」
 夢から覚めたように正気を取り戻したポエットは、そこにすでにユーウェインの姿ないことに慌てた。
「ど、どこにっ?」
「ドラゴンバレーでしょうね。材料を集めるなら他にもいい場所はありそうだけど、手近なところが好きみたいだから」
「そ、そうなんですか。手近なところが好き……と」
 何かメモのような物に自前の羽ペンで書き留めるポエット。そんな場合ではない。
「それより、追いかけなくていいの?」
「あっ! そ、そうでした!」
 思い出したように顔を上げると、ぱたぱたと足音も慌ただしく駆け出す。そして今しがたユーウェインが出ていったばかりの扉を開くと、そこで一度フロウティアに向き直って、ぺこりと頭を下げてから、再び元気よく飛び出していった。
 それを笑顔で見送って、フロウティアは何度目かの苦笑を漏らしながら立ち上がる。
「エアルが文句を言いそうだけど……仕方ないかな」

 ギランの街中で、人に埋もれそうになっているゲートキーパーにドラゴンバレーへテレポートさせてもらい、初めて訪れる殺風景な荒野の渓谷を眺めるゆとりもなく、一目散に駆け出す。
 目指すは、地下深くに地竜アンタラスが眠ると言われる、ドラゴンバレー最奥のダンジョン。
 少なくともそこを目指していれば、ユーウェインには追いつくはずだ。
 ここがどれほど危険な場所かということは、すでに頭の中から吹き飛んでいた。
 とにかく、彼に追いつく。
 それだけを考えて、ポエットは走る。
 目の前に巨大な蛇の下半身を持つ、女性のような魔物がいたとしても!
「──って、ええぇっ!?」
 その見たこともない魔物の姿に、さすがに慌てて急停止しようとしたが、間に合わない。すでに相手はポエットの存在に気が付き、狙いを定めていた。
 その巨体に比例する、分厚い刀身の巨大な剣が振り上げられる。見かけよりもずっと俊敏なその動きに、ポエットは目を閉じる暇もなく、自分に向かって振り下ろされる刃を凝視していた。
 しかし。
 ──ガギッ!
 巨大な剣は、ポエットの眼前で別の剣によって止められた。
「相手をしてやろう」
 そう言って、魔物からポエットの姿を隠すように立ちはだかったのは、誰あろう、ユーウェインだった。
「ユーウェインさん……!」
「邪魔だ。さがれ」
 低くそれだけ言うと、受け止めた魔物の剣をそのまま受け流し、砂の大地に突き立たせる。そして一気に攻勢に出た。
 激しく剣を振るって戦うユーウェインの姿を、ポエットは夢見るような表情で見つめる。
 憧れの人に助けてもらったという、その一事だけで、もう天国にも昇る心地である。宿でのことなど、忘れてしまっているに違いない。
 勝負は、すぐに着いた。無論、ユーウェインの圧勝である。
 魔物が倒れるのを見届けてから剣を鞘に収め、ユーウェインは後ろでぽーっとしていたポエットに向き直った。
「足手まといと言ったはずだ。帰れ」
 その言葉に、現実に引き戻されたポエットは、しかしすぐに激しく首を横に振る。
「ついていきます!」
「……昨日のことか」
 無感動にそう言われて、思わず気弱になりそうだったが、ぐっと堪えて1つうなずき返した。
 ユーウェインは小さく息を吐くと、やはり感情を表さずに口を開く。
「はっきりと断ったはずだ」
「それでも、私は好きなんです!」
 精一杯、声を出して詰め寄るようにそう言う。
 ユーウェインの視線が冷たい。もしかしたら決定的に嫌われるかもしれない。
 しかし今は止められなかった。
「断られたけど。それでもやっぱり、あなたのことが好きです。昨日よりも、ずっとずっと好きになっちゃったんです!」
 感情が高ぶって、涙が出てきそうになる。
 もしかしたら泣いていたかもしれない。
 だが、ユーウェインはそんなポエットの気持ちに応えることなく、短く一言。
「迷惑だ」
「わたしのこと、嫌いですか……?」
「お前……」
 今度は呆れたようなため息。
「解っているのか? 俺はダークエルフで、お前はドワーフ。この意味が」
「さっぱりです!」
 打てば響くように即答したが、ポエットは事実、今までそのことに気を回していなかった。そして今、言われて初めて自分たちの種族を意識し始める。
(そうだった……)
 小さな不安が胸に芽生える。
 そんなポエットの微妙な心の動きを知ってか知らずか、ユーウェインは淡々と続ける。
「種族が違うということだ。俺には同族以外の種族は、同じでしかない」
「……どういう意味ですか?」
「男だ女だという区別はない、ということだ。ヒューマンはヒューマン。オークはオーク。そしてドワーフはドワーフでしかない。好きだ嫌いだという以前の問題だ」
「そんな……」
 ユーウェインの言葉、いやその価値観に、ポエットは暗澹たる気持ちになる。
 不安は的中していた。
「それが普通だろう」
「普通……?」
「お前が変なのだ」
 がぁーーーーーんっ!
 本日二度目の衝撃に、ポエットは声もなくハニワとなって固まってしまうのだった。

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