厳かに執り行われた結婚式。
 賑やかに進行される披露宴。
 ギランの一角にある冒険者御用達のこの宿は今、ちょっとしたパーティー会場になっていた。
 とある血盟が所属員の結婚式をするというので、一階にある酒場を丸ごと借り切っているのである。
 出席者はその血盟のメンバーと、この宿に常駐している顔なじみの冒険者たち、そして彼らの友人たちだ。
 新郎はヒューマン、新婦はオークという珍しい取り合わせに、事情を知っている列席者たちすら、好奇心に駆られた面持ちでこの場にいる。しかも結婚式の神父役を買って出たのが、神事とは無縁とも思えるドワーフ族の男性だったものだから、その光景の奇妙さは史上に例のないものであった。
 店を貸し切られた人の良い宿の店主とその妻は、終始笑顔で料理を作り、運んでくれていた。サービスだと言って、普段よりも格安で酒が振る舞われていることは、列席者の酒豪たちを喜ばせている。
 このパーティーの主役である新郎と新婦は、式が終わってからはずっと、知人たちからの質問攻めに遭っていた。同じ血盟ではない者たちからすれば、二人の関係は好奇心の対象でしかないのだ。しかし新郎も新婦も、嫌な顔の一つもみせず、むしろ互いの仲睦まじい様子を見せつけて、質問者たちの羞恥心を煽っている。
 誰もが笑顔を浮かべ、ひとときの享楽に酔いしれている中、ホスト役である血盟所属の騎士、ユーウェインは、ただ一人だけ浮かない顔をしていた。
 盟主に厳命された正装に身を包み、片手にグラスを揺らしながら壁に背を預けているその姿は、非の打ち所なく決まりすぎるほど決まっているのだが、眉間に寄せた皺がそれを台無しにしている。
「そんな不機嫌そうな顔をしていると、盟主殿に叱られるぞ」
 見るとはなし揺れるグラスの液体を見つめていたユーウェインに、そう声を掛ける者があった。顔を上げると、見慣れたエルフの姿。
「セリオンか……」
「お前に名前を呼ばれるのは久しぶりだな。……隣、いいか?」
「好きにしろ」
 再び視線をグラスに向けて、ユーウェインは素っ気なく答える。白い正装に身を包んだセリオンは、軽く肩をすくめてその隣に並ぶようにして、壁にもたれた。
「不機嫌の理由は、異種族同士の結婚か?」
 核心を突くように、いきなりそう切り出すセリオン。だがユーウェインは相変わらずグラスを弄びながら、なんの反応も見せない。
「……違うみたいだな」
 ちらりとユーウェインに横目を向けるセリオン。
 その時、誰かがエコークリスタルを弾けさせ、その賑やかなメロディーが店内に広がっていった。合わせるように、数人が楽器を取り出して即席のオーケストラが出来上がる。
 そんな光景にセリオンは微笑を向けた。
 だが、次に演奏に混ざるようにして聞こえた、隣人の低い囁きに、彼は思わず再び視線を戻してしまう。
「……あの小うるさいドワーフの娘は、どこにいるか知っているか?」
「ポエットのことだな?」
「ああ。ここ一週間ほど、ぱたりと姿を見せなくなった」
「……そうか」
 セリオンは苦笑を堪えるようにして、ユーウェインと同じく視線を自分のグラスに落とす。いや実際、彼の口元はわずかにほころんでいる。
「お前があの子のことを気にするとはね」
 言われて、ユーウェインの顔にわずかな動揺が走る。
「どこかで野垂れ死にされていたら、いくら俺でも寝覚めが悪い。それだけだ」
 吐き捨てるようにそう言って、彼はグラスの中身を一息に飲み干した。

『殉教者のネクロポリス』
 そう呼ばれる場所に、マモンの商人は突如として姿を現した。空間を越えて移動する術を持つ彼らは、こうして各地のネクロポリスやカタコムを往来しているのだ。
 大量の商売道具と商品と共に現れたマモンの商人は、それを担いできたわけでもないのに、大儀そうに肩をほぐしながら首を左右に振って鳴らす。
「やれやれ。やっと今日から商売ができるわい。さぁ、今週も封印の所有者とかのたまう、過分な力を求める愚者どもから、たっぷりと儲けさせてもらうかのぉ。奴ら、こんな物で力を得られると思っておるのだから、まったっくいいカモ……ん?」
 誰にも聞かれたくない独り言を言い終わろうかというその時、マモンは自分の前に誰かがいることに、ようやく気が付いた。
「……はぁ〜……」
「うおっ!? いたのか、お嬢ちゃん!」
「いましたよぉ……」
 元気なく答えたのは、近頃すっかり顔なじみになってしまったドワーフの少女、ポエット。マモンの方を見ようともせず、どこを見ているのか分からない虚ろな瞳を宙にさまよわせ、体全体から生気が失せたように座り込んでいる。
 そしてその背後には、小さな一人用のテントとたき火の跡。
(野営道具完備!? まさか一週間ずっとここにっ!? なんかワシ、狙われてる!?)
 ある意味、先ほどの独り言を聞かれるよりも恐ろしい状況に、思わずマモンの禿頭から血の気が引く。
「別におじさんを待っていたわけじゃありません……他に行くところが思い付かなかっただけです」
 マモンの心理を察してか、ポエットはやる気がなさそうにそう言った。ひとまず胸をなで下ろす、マモン。
「その様子では、またまた失敗だったようじゃの。『あなたの好みは何かな?ドキドキ★コスプレ大作戦』わ」
 大胆に作戦名が変わっているようだが、今のポエットにはどうでもいいことである。関心もなさそうに、石畳の床の継ぎ目から生えた雑草をぷちぷちと千切っている。
「動物系は彼の好みではないということじゃな。ならば……次はこれじゃ!」
 ポエットの様子には一切構わず、どこからともなく勢いよく取り出したのは、黒と白の
布地で作られた、ゴシック&ロリータセンスの服──否、『衣装』だった。
「定番で攻めることこそ、文字通りに基本! ドワーフの女といえば、ゴスロリを着てなんぼじゃ! ヘッドドレスは勿論のこと、靴やメイクにもこだわりを感じる一品に仕上げようぞ!」
 やたら嬉しそうな顔で拳を握り締めてまで力説するマモンだが、やはりポエットの反応は薄い。
 ちらりとマモンが掲げる服を見上げて、再びの深いため息と共に視線を落とした。
「もういいんです……そんなの……」
「な、なにっ!? わしはまだ堪能しておら……ではなく! 彼のことはどーするんじゃ?」
「今、ちらりと本音が聞こえたような……」
「気のせい! それより、早くコレを着て、彼のハートをがっちりスウィープしてくるのじゃ!」
 何か必死とも言える形相で、手にしたゴスロリ風の衣装をポエットに突きつけるマモン。だがポエットは興味がないように、石畳の床に転がる小石を指で弾いたりしている。
「もう、なんかそーゆーのじゃないって、解っちゃったんです」
「どういうことじゃ?」
 いじけたようなポエットの言葉。それにマモンが首を傾げたときだった。
「なるほど。こういうことだったんだ」
 不意に背中から飛んできた声に、マモンは慌てて振り返り、ポエットも弾かれたように顔を上げる。
「まさかマモンの商人が手伝っていたなんてね」
 呆れたような笑顔で肩をすくめたのは、メリスだった。
 新しい客の出現に、マモンは威儀を正すように咳払いを1つして、背筋を伸ばす。
「ようこそ。ここでは珍品、名品の数々を……」
「ん〜、残念だけど、用があるのはポエットちゃんだけなんだ」
 せっかくの口上を遮られた上に、さり気なく横にどけられてしまうマモンの商人。そのあまりな扱いに、ハニワならぬ、土偶のような姿になってしまう。
 メリスは、自分を見上げて呆然としているポエットの前まで進み出ると、その視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「心配したよ。宿にも帰ってこないで、どこに行ったのかって、みんな探していたんだから」
 柔らかく微笑みかけるメリスに、ポエットは気まずそうな表情を見せて顔を背ける。
 その横顔に、メリスは直線的な言葉をぶつけた。
「ユーウェインとエアルのこと、聞いたんでしょ?」
「!」
「ね、やっぱりそうだ」
 再び、にこりと微笑むメリス。
 ポエットの目元に赤みが差し、その大きな瞳に涙がにじみ出てくる。全身が震えそうになるのを、膝を抱える手をぎゅっと握り締めてこらえる。
「……ユーウェインさんは、種族が違ったらダメだって言ったんですよ。なのにエアルさんと付き合ってたってことは、そんなの関係ないってことじゃないですか!」
 横を向いたまま、ポエットは叫ぶようにそう言った。行き場のない感情を虚空にぶつけるように。
「それってつまり、わたしじゃダメだってことですよね!? そうでしょう!」
 まるで泣いているような小さな後輩の言葉に、メリスは困ったように小首を傾げる。
「エルフとダークエルフは、元は同じ種族だから……でも、そうだね。今のポエットちゃんじゃあ、ダメかもしれないね」
「やっぱり……!」
「彼にとって種族の違いが大きなことなのは、間違いのないことだよ。私たちはそれぞれ、得意な部分が違うんだから」
 そのメリスの言葉は、よく解らないものだった。だからポエットは、思わず彼女の方に振り向いてしまう。
 メリスは笑顔をみせて、その小さな頭を撫でるように、自分の右手をかざした。
「ユーウェインってね。他人を見るときに、まずその能力で見るんだよ。男とか女とか、お年寄りだとか子供だとかは見ないの。ただ、相手がどの種族で、どんなことが得意で何が苦手なのか……そういところから、他人を認識するんだ」
「むぅ……何ともいけ好かん輩じゃのう」
 後ろからマモンが会話に加わろうとするが、メリスもポエットもスルー。
「エアルとも、最初は口も聞かなかったみたいだよ。彼女がすごい弓の名手だって解ってから、普通に話すようになったらしいけど」
「……メリスさんは、二人が付き合っていたのを知っていたんですか?」
「知ってたよ。見てはいないけどね。あの二人が付き合ってたのって、私たちがエアルに出会う前だもの」
「随分、前なんですね……」
「そうなるね。私たちの血盟、盟主とエアル、それからフロウティアの三人で立ち上げたのは知ってる?」
「はい。前に盟主様から聞きました」
「うん。あの二人が付き合っていたのは、それよりも前の話らしいよ。おまけに、エアルが一方的に惚れて、しつこく付きまとった結果らしいんだよね」
 ──あれ?
 苦笑するメリスの言葉に、ポエットはきょとんと首を傾げる。
「そう。今のポエットちゃんと同じだよ」
 悪戯っぽい顔をしたメリスが、人差し指でそんなポエットの小さな鼻をちょんとつついた。
 びっくりしたように目を丸くするポエット。その反応に、メリスは小さく声を出して笑う。
「エアルも苦労したみたいだよ。自分を女として見てもらってからが、さらに大変だったって言ってた。付き合い始めてからも、ユーウェインの方はそんな風に思ってかどうか、怪しいもんだったって」
「……」
「だからポエットちゃん」
 唖然としているポエットに、メリスは一息の間を置いて、ウインクと共にこう言った。
「これからが大変だよ?」
 それはつまり……
「は、はいっ!」
 言わんとしているところを理解した瞬間、先ほどまでの消沈が嘘であるかのように、ポエットは顔を輝かせて大きくうなずいた。
(まだ終わってなかったんだ! 全然これからだったんだ!)

 そんな二人の横でマモンの商人も、嬉しそうな笑みを浮かべて何度もうなずき、片手に持ったままの衣装をこっそり前に差し出していた。

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