(復活した……!) その姿を目の前にしたとき、ユーウェインがまず思ったことが、それだった。 喜びや嬉しさなどといった感情とは縁遠い、驚愕と驚嘆の思いである。 「くるくるウェイ!っと、魔法少女スポイル登場! 悪い心はスウィープしちゃうぞ☆」 『スポイルちゃんは、愛と正義とアデナの魔法少女なんだ。人の欲望に取り憑く悪の軍団、コウリッツーを倒すため、女神マーブル様に選ばれた戦うドワーフ少女なんだよ』 やたらフリフリした少女趣味な衣装に身を包み、奇天烈な杖をかざしてポーズを決めるポエットと、その傍らで何やら勝手に喋り始める、大きな耳を羽のように動かして浮遊している謎の動物。 さすがに、ユーウェインも言葉を失って立ち尽くしてしまった。 スポイルは魔法じゃないだろうとか、そもそもドワーフは魔法を使えないだろうとか、横にいる限定地域でしか入手できないはずの生物をどうしてお前が連れているんだ?等々。 どこからつっこめばいいのか分からないというより、今のポエットにはつっこみどころしかない。 ドラゴンバレーのダンジョンの入り口であるこの場所に、彼ら以外の人がいないことが、唯一の救いといえるだろう。 硬直したまま冷や汗を流すユーウェインのそんな内心を知ってか知らずか、ポエットもまた、その派手な衣装にそぐわない緊張した面持ちで彼を見つめている。 あるいはそれは、決意の色。 ユーウェインが奇天烈と思うそのパフォーマンスに目を奪われていなければ、今の彼女の顔色からそれを察していただろう。 互いにその心中を激しく動かしながら、微動だにせず向かい合うこと、たっぷりと数分。 突如としてユーウェインは、くるりと背を向けて、ダンジョンの内部へ向かって歩き始めた。 全てを見なかったことにする方針にしたようである。 「あ! ま、待ってください!」 慌ててその後を追いかけるポエット。と、そのお供のアガシオン。 しかしユーウェインは追い返す言葉すら発さず、さっさと先へ進んでいく。 二人の身長差は、そのまま歩幅の差になる。 ポエットはその差を埋めるべく、一生懸命に走って彼の背中を見上げた。 「き、今日は、わたしの実力をお見せします!」 「……」 「わたしでもあなたの役に立てるってことを、証明してみせます!」 無言の背中にぶつけるようにポエットは言い放ち、さらに走る速度を上げて横に並ぶ。 ちらりとユーウェインの視線が彼女を見下ろした。 「……好きにしろ」 前方からは、魔物たちの不気味なうめき声が聞こえ始めている──。 念願のユーウェインと二人だけの狩り。 しかしその開始数分で、ポエットは自分の無謀さを痛感していた。 「きゃぁっ!」 見たこともなかった巨大な鎧の魔物の巨大な槍に、その小さな体を掠められただけで、大きく後ろに吹き飛ばされる。 すかさずユーウェインがカバーに入り、鎧の魔物とそれを引き連れる女性型デーモンに剣を向けた。 「はぅ……はぅ……」 幸い怪我はさほどではなく、なんとか立ち上がってみたものの、マモンから借りた衣装の下に着込んでいた金属製の鎧に亀裂が走っている。 戦闘技術とかの問題ではなかった。 単純に能力そのものが違いすぎる。 『がんばるんだ、スポイルちゃん!』 傍らのアガシオンがうるさい。 両手で持つ戦闘用の鎚を杖代わりに顔を上げてみれば、さっき自分を吹き飛ばした魔物が、その空洞の鎧をばらまいて倒れていた。そして女性型デーモンも、今まさにとどめの一撃を受けたところであった。 「すごい……」 ユーウェインの強さに目を丸くするポエット。彼は結局、魔物たちの攻撃を一度もその身に受けることがなかった。 ユーウェインが剣を鞘に収めて振り返る。その表情は、いつもと変わらない冷静なものだった。 無言ではあるが、見つめられて頬を染めるポエット。 (もしかして、怪我がないかとか心配してくれてるのかな?) だがそんな彼女の期待を裏切るように、ユーウェインはさっさと背を向けてしまった。 慌てて追いかけるポエット。 「あ、あの……ごめんなさい! 足手まといになって!」 駆け足で追いつき、彼の冷たい横顔を見上げながら謝罪する。しかしユーウェインはポエットの方を見ることもなく、歩く速度も変えずに進んでいく。 さすがにポエットの表情が曇る。しゅんとしてうつむく彼女に、傍らのアガシオンが妙にテンションの高い声を掛けてきた。 『大丈夫だよ、スポイルちゃん! いるだけで十分だから!』 やおらその空飛ぶネズミを両手で掴み取り、エメラルドグリーンの体をぎゅうっと握り締めるポエット。 「もしかして、マモンのおじさんじゃないですよね? こっそり見てたりしてませんよね?」 『ばっ……ち、違うよスポイルちゃん! ボクはマーブル様から物質界に送られた、魔法少女のための使い魔だよ!』 尚もジト目で見つめられ、全身から汗を流してうろたえるアガシオン。 「ほんとーに?」 『ほんとだよ! そ、それより、ほら! 早く追いかけないと、彼が行っちゃうよ!』 アガシオンが小さな手を振って差した先では、ユーウェインがホールのような広間を前にして立ち止まっていた。 一つ息を吐いて、ポエットはアガシオンを解放してやり、自分自身に気合いを入れるように大きくうなずく。 「どうしたんですか?」 追いついて声を掛けるも、やはりユーウェインは無反応。仕方なく、片手に持ったランタンを前方にかざしてみた。 自然洞窟であるこのダンジョンだが、光り苔の類でもあるのか、内部はほんのりと明るい。しかしさすがに10メートルも離れると何も見えなくなるため、照明具は必須である。多少の暗視能力を有するドワーフのポエットであっても、それは同様であった。 ダークエルフであるユーウェインには、おそらく全てが見えているのであろう。 ブルズアイと呼ばれる前方に光を投射するポエットのランタンに照らし出されたそこには、数十体もの魔物がうごめいたのだ。 「ひっ……!」 思わず声を上げそうになって、慌てて空いている手でそれを塞ぐ。そして急いでランタンのシャッターを下ろして、光が漏れないようにした。 ユーウェインが立ち止まっていた理由は、あれだったのだ。 ポエットはユーウェインの表情を窺ってみた。その横顔に、わずかだが悔しそうな色が見えるような気がした。 「あ、あの……戻りますか?」 恐る恐るそう訊いてみる。 また無視されると思っていたが、予想に反してユーウェインは振り向いてくれた。 「……仕方あるまい」 それだけで、ポエットの表情が明るいものに変わる。 「はいっ!」 元気よくうなずいたその時であった。 『何かキラキラ光ってるよ、スポイルちゃん!』 アガシオンが声を上げて、その方向を手で示す。 「え?」 『お宝、お宝♪』 ポエットが振り向いた時には、すでにアガシオンは羽のような耳を動かして、その光っている物体へと接近していた。 「っ! 近付くなっ!」 ユーウェインの声も、一瞬だけ遅い。 アガシオンが近付いたそれは、紐状の金属を複雑な模様のように絡ませ、球形の籠のように作り上げた物。そしてその籠の中から、不可思議な光の球が輝きを発した。 『うわっ!』 「チィッ!」 デスウェーブの発した光に当てられ、体を硬直させるアガシオン。その直後に、ユーウェインは舌打ちして駆け出した。 ──ザギンッ! 接近するや抜きはなった剣によって、ユーウェインはデスウェーブを一文字に切り落とす。 しかしその攻撃は、周囲の魔物を呼び寄せるのに十分なものであった。 「逃げろ」 ぽつりとそう言うユーウェイン。 「え?」 展開の早さについていけていないポエットは、その言葉の意味を理解するための時間が掛かった。 即ち。 ──ゴオォォォォォッ! 「早くいけ!」 魔物の群れが彼らの存在に気付き、咆吼を上げて突進してきてからであった。 →第7話へ |
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