『彼氏ぃ!?』
 共に驚きを表しながらも、その表情は違っている二人。目を丸くして、まさにびっくりしたと顔で言っているようなエアルフリード。対するフロウティアは、きょとんと目をしばたかせ、不思議そうに小首を傾げる。
「そっ」
 アリスの肩を抱き寄せ、自分の顔を彼女の顔と並べるようにしながら、にんまりと満面の笑みを浮かべ、ウィルフレッドは二人の驚愕を肯定した。
 そしてアリシアリスは──
「だっ……!?」
 湯立てたタコのように顔を真っ赤に染め、目を釣り上げ、牙を並べた鬼の表情で、横に並んだウィルフレッドを睨み付ける。
「誰が彼氏かぁーっ!」
 その怒声は、グルーディオの雑踏を突き抜け、その城下を見下ろす青い空まで届くかのようであった。

 ウィルフレッドの思わぬ告白。
 アリシアリスの怒号。
 その二つの言葉で、大通りを歩く人々、その周辺で露店を広げる冒険者たち、彼らの視線が集まってくる。
 呆けたようにアリシアリスとウィルフレッドを見つめていたエアルフリードが、ようやく我を取り戻した頃には、小さな人垣に囲まれるほどに。
「へ……へぇ〜……か、変わってるのねぇ。ていうか、どう見てもエルフとドワーフ……」
「愛の前には、種族や年齢の差などないさ」
「あたしにはある! いいから離れなさいよ!」
「あ。もしかして、あれ? 財産目当てとか? ドワーフってお金持ちだし」
「おいおい。俺はそんな腐ってないぞ。それにアリスだって、まだぴちぴちだ」
「それ以前に、あたしのどこを見て金持ちに見えるのよ! このバカエルフ!」
「あ、そ。……じゃあ、マジなんだ?」
「やっ!? そ、それとこれとは……」
 ぐぐっとウィルフレッドの体を押して離しながら、アリシアリスは焦ったような声を上げる。
 その視線が、いまだきょとんと自分を見ているフロウティアに向けられて止まった。
 人差し指を小さな顎に当てるようにして、何か考え込むようにしていた彼女が、その視線を受けて小首を傾げる。
「ストーカーさんが、恋人さん?」
「ちがうっ!」
「えーと……恋人さんが、ストーカー?」
「……もしかして、あんたもバカでしょ?」
「ご、ごめんなさいっ! 少し混乱しています……」
 ジト目を向けられて、慌てて頭を下げた彼女は、そう言ったあと、気分を変えるように笑顔を作って両手をぱむっと合わせた。
「で、でも。とても素晴らしいことだと思います。外見に囚われず、互いの本質を理解し合うというのは……」
「本質を理解してるから、こぉ〜ゆぅ〜ことをっ……してるのよ!」
 渾身の力を込めてウィルフレッドを突き飛ばすようにして、離れさせる。見た目は小柄なドワーフの少女が長身のエルフの男をそうする姿は、周囲の小さな歓声を呼んだ。
 ウィルフレッド自身も、いささか意外そうな表情を作ってアリシアリスを見つめる。
「やるなぁ。これでも、そこらの戦士には負けない自信があるんだけど。……まあ、少しくらいは抵抗される方が、燃えるかな」
「意味深なことをさらっと言うなぁッ! あんたの脳みそ、エヴァの水に浸かりすぎて、ふやけてんじゃないの!?」
「いいや。アリスへの情熱で干からびてるくらいだ」
「そのまま枯れてしまえッ!」
 明るく笑うウィルフレッドに、口から火を噴きそうな勢いで罵るアリシアリス。
 その二人の隣で、エアルフリードは妙に気の抜けた顔をして、フロウティアに声を掛けていた。
「ねぇ〜。一緒に廃墟行かない?」
「あ。いいですね」
「──て、コラそこぉ! こっちを置き去りにするなあっ!」
 先ほどから怒りっぱなしのドワーフ娘は、その鬼の形相のままエアルフリードたちに振り返る。振り向かれてしまったエルフ娘の方は、とても面倒くさそうな表情を見せた。
「だってなんか、取り込んでるじゃん。放っておいてあげるのが親切かと」
「助けるのが親切よ! 困ってるんだから! ほら、あんたさっきこいつのこと気に入ってるみたいにだったし、さっさとデートにでも連れて行けばいいでしょ!」
「えぇ〜……他に気がある男って面倒だしぃ……もういいや」
「そんな簡単に諦めるなぁ!──ほら、さっきみたいにテンション上げて上げて!」
 やる気のなさそうなエアルフリードを煽るように、必死の表情で両手を上下させるアリシアリス。それほどまでにウィルフレッドの存在は迷惑なのか。
 そんな彼女の後ろで、迷惑がられている当の本人は小さく不敵に笑うと、エルフ娘に気合いを入れようとして自分の顔に気合いが入っているアリシアリスの頭に、ぽんっと手を置いた。
「じゃあ、みんなで狩りに行こうか」
 その時のアリシアリスの表情を語るのに、これほど相応しい言葉はなかったという。
 ──絶望感。

 グルーディオ城の周辺には、先のグレシア王国との戦争で破壊され、放棄されたままになっている村がいくつもある。侵略軍の手によってそうされたものなのだが、その中でも最も凄惨な現場となったのが、西のバーニーズ村と、南のロスタン村だ。
 この二つの村があった土地は、今でも「呪われた地」と呼ばれ、人を寄せ付けない。
 なぜならそこは、アンデッドの住処と化しているから──。
「スケルトンってさぁ……矢が刺さらないんだよね」
 至極当然のことを言いながら、エアルフリードは矢をつがえ掛けた手元の弓と、乾いた間接の軋む音を立てながら走り寄ってくるスケルトンとを、交互に見つめる。
「のんびりするなぁ!」
 自分が受け持つことになったスパルトイの剣を盾で受け止めつつ、目を釣り上げたアリシアリスがそう叫びながら振り向く。
 エアルフリードは、とても困ったような目を彼女に向けた。
「どうしよ? 短剣、売っちゃったんだけど」
「バカ! バカエルフ! そのまま斬られろ!」
「つめたーい」
「その弓で殴りなさいよ! 素手よりマシでしょ!?」
「そんなことしたら、弓が折れちゃうよ」
「もう死ねっ!」
 とは言ったものの、接近したスケルトンの剣を身軽なステップで躱す彼女が、そうそう簡単に倒されるとは思えなかったので、少しだけ安心していた。
 もう一人の少女の方は、接近される前に何とかしているようであったし。
「低級アンデッドは、魔法の耐性が無くて楽ですね」
 撃ち出した風の魔法で、一体のスケルトンを骨格標本から組み立て前のパーツに変えつつ、フロウティアは場にそぐわない愛らしい笑みを浮かべる。
 そんな彼女の態度には、ちょっと脅威を感じてしまうアリシアリスだ。
 そしてもう一人。
「がんばれー。ほら、もう一体でてきたぞ」
 骨のアンデッドと交戦する三人から少し離れた後方で、湿った草地の上に折りたたみ式の椅子を広げて座り、持参した木の実を傍らのロキと一緒に呑気につまみながら、気楽な声援を飛ばすウィルフレッドもいた。
 この状況でその態度。
 アリシアリスにとっては、殺意すら抱きかねない存在である。
 フロウティアの援護を得て、どうにかスパルトイを土に返してから、彼女はくるりとその鋭く光る目をウィルフレッドに向けた。
「あんた! あたしたちより先輩なんだか、ちょっとは手伝ってよ!」
「──ん? いや、必要ないだろう」
「神官なら、なんか補助魔法とか使えるでしょう!?」
「お、よく知ってるね。色々あるよ。毒の耐性を上げるとか」
「毒はないけど、なんか使ってくれてもいいじゃない!」
「はははっ。若い頃から楽をしてちゃ、立派な大人になれないぞー?」
「……あんた、ほんとに何しに来たのよ」
 疲れたように肩を落として、大きくため息を吐くアリシアリスに、ウィルフレッドはにこりと笑いかけてから、摘んでいた木の実を指先で弾き、隣に座っているロキの頭上へと投げ渡す。大柄なウルフは首を伸ばして、落ちてきたそれをぱくりと口に入れた。
「意外と強いじゃないか。きみらも。俺の出る幕はなさそうだなぁ、ってね」
「そ、そう……ありがと」
 少しだけ照れたように答えながら、アリシアリスの視線は、小さな木の実を丸飲みせず、器用に口の中で噛み砕いているロキに注がれている。
「あーあ、ったく。弓使いにスケルトンは天敵ね〜。助かったわ、えーと……フロウティア?」
「いえいえ。よろしければ、私のメイスをお貸ししましょうか? 何もないよりは良いかと思いますよ」
 やはりフロウティアの援護で窮地を脱したエアルフリードが、穏やかに微笑みかける彼女と共にアリシアリスのそばへやってくる。
 木の実をもう一粒、ロキに投げ与えながら、ウィルフレッドはそのエアルフリードにも笑みを向けた。
「俺の知っている弓使いたちは、ドラゴンバレーの骸骨どもを格好の獲物にしているけどな」
「へ? なんで?」
「魔力で動くアンデッドとはいえ、物理法則を無視して動いてるわけじゃないからな。体の構造は、ヒトと同じだろ」
「……えーと?」
「背骨一個でも欠ければ、体を支えられなくなるさ」
 そう言って、自分の口にも木の実を放り込む。言われたエアルフリードの方は、その言葉の意味するところに気が付いて、唖然とした表情を浮かべた。
「そんなこと……」
「ああ。もっとも、きみが腕に自信があるなら、だけど。無いなら、大人しくアンデッドは避けて通った方がいいな」
 口元を不敵に歪めてそんなことを言われては、黙っていられないのがエアルフリードというエルフである。顔に朱を差して憮然とし、くるりと背中を向けた。
 弓を握る手に力を込めるエアルフリードに、隣のフロウティアが慌てたように声を掛ける。
「あ、待ってください。そろそろ防御の魔力が消えます。それに、少し体力も回復しておきませんと……」
 言って、口ずさむように呪文を唱え始めたフロウティアにも、ウィルフレッドは微笑を向けた。
「きみは、いい神官になりそうだ」
「あ……は、はい」
 褒められた彼女の方は、恥ずかしげに頬を染めて微笑む。素直に嬉しそうなその仕草に、ウィルフレッドも満足そうにうなずいた。
 そして──
「で。アリスはさっきから何をしてるんだ?」
 いつの間にか、自分の隣にしゃがみ込んでいたアリシアリスにジト目を向ける。彼の傍らにじっと控えているウルフに、そろそろと手を伸ばしていたドワーフの少女は、その声に弾かれたように顔を上げて、たちまち面を真っ赤に染めた。
「あっ!? ち、違うわよ! ロキの肉球触ろうとか、してないからねっ!?」
「いや、それはいいんだけど……何だ? ロキと遊びたいのか?」
 呆れたように問われて、アリシアリスはちょっと拗ねたように口を尖らせながらうつむく。
「あ、あたしも……ペット、使いたいなって……」
「そういえばギランで会ったときも、ウルフ装備を見ていたなぁ。ペット、いるのか?」
「う、うんっ。この前、もらったのよ!」
「──なら、一緒に戦ってみればいい」
 組んだ足の上で頬杖を付き、優しく微笑みかけてくるウィルフレッドに、アリシアリスは戸惑うような視線を返す。そしてその瞳を、背後にいるエアルフリードとフロウティアにも向けた。
 二人は、その表情こそ違うものの、同意するように小さくうなずいて返してくる。
 アリシアリスの顔が、ようやく嬉しそうに輝いた。
「う、うんっ!」
 勢いよくうなずいて立ち上がり、腰のポーチからいそいそとウルフの首輪を取り出す。小さな彼女の手の平に収まるような、小さな首輪。
「……えらく小さいな」
「子供なんだって」
 ウィルフレッドの意外そうな声に簡潔に答え、彼女はその首輪を地面にかざすようにして、胸の前で掲げる。小さくキーワードを唱えてやると、その首輪から発した光が草地の上に『ゲート』を開いた。
 ペットたちは、主人がどこにいても駆け付けられるよう、普段はこの世界とは違う空間で暮らしている。そこはペットたちだけの世界。何十、何百というペットたちが楽しく気ままに生活している、ワンダーランド……
「アリス、アリス。ウルフが出てきてる」
「──はっ!?」
 ペットたちが引っ越しした先の空間に思いを馳せ、軽い夢旅行を満喫していたアリシアリスは、ウィルフレッドの声で現実世界に帰還した。
 出現する瞬間を見逃したことを後悔しつつ、慌てて足下に視線を落としてみれば──
「……」
 そこには、アリシアリスの両手にすっぽりと収まりそうなほど小さなウルフが一匹。
 少し白味が強い灰色の、ふわふわな毛。まだ幼い体躯は、丸っこくて柔らかそう。耳も尻尾もまだまだ小さく、まるでぬいぐるみのような子供のウルフ。
 家の近所で飼われていた犬のように、甘えた鳴き声ですり寄ってくるわけでもなく、嬉しそうに口を開けて飛び掛かってくるわけでもなく。
 その小さなウルフは、つぶらな瞳でアリシアリスをじっと見上げてくる。そして、短い尻尾をわずかに左右に揺らした。
「〜〜〜っ!!!」
 その瞬間のアリシアリスの顔を、後にエアルフリードはこう表現したという。
 ──極楽。
「ヒトに対するときと、ギャップが激しいんだけど?」
「ちびっこウルフさん……かわいっ」
「萌えまくってるアリスの方が、もっと可愛いぞ」
 三者三様の感想をよそに、アリシアリスは小さなウルフを抱き上げて、その顔に頬ずりをする。
「今日からよろしくねっ!」
 子ウルフは、応えるようにちょっとだけ尻尾を揺らしていた。

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