抱き上げて、触れてみた小さなウルフは、想像どおりにふわふわで、ころころしていて、とても暖かい。
 頬を寄せてみると、確かめるように鼻を鳴らして匂いを嗅いでくる。それから小さく舌を出して、ぺろっと頬を舐められた。
(かわいいっ! ちっちゃい! うれしい!)
 そんな単語で胸がいっぱいになる。
 瞳をきらきらと輝かせながら、抱いたウルフをいつまでも見つめるアリシアリス。
 その無垢な姿に頬を緩めつつ、ウィルフレッドは少しばかり妬いている自分を自覚していた。
(うん。やっぱりいいな)
 笑顔のアリシアリスも、そういう彼女を見つめる自分も。
「名前は決めてあるのか?」
 好きな人の関心を独占している小さなウルフに、彼自身も手を伸ばして、その柔らかい体毛に覆われた頭をふわふわと撫でつつ、問い掛ける。
 アリシアリスはふと顔を上げて、仔狼を見つめるウィルフレッドの優しい眼差しを見つけた。何だか意外なものを見るような気持ちになるが、納得もできる。
(そういえば、いつも微笑ってる)
 剣呑に突っかかっているのは自分だけで、彼の方はいつでも余裕があった。そのことに気付かされて、何だか気恥ずかしくなる。
「そ、そうね……えーと」
 上気した顔を見られないよう、仔狼に視線を戻しながら、両手にある暖かさとその感触に、思考を巡らせる。
 そこから閃いた名前は、一つ。
「ころころしてるから、コロ!」
 仔狼を高く抱き上げながら宣言するその姿が、何だかとても誇らしげに見えたから、ウィルフレッドはふっと笑みを漏らした。
「きみらしい」

「よーし。それじゃ、新しい仲間にご挨拶だ」
 ウィルフレッドは少し大げさに声を出し、腰掛けていた椅子から降りて片膝を地面に付きながら、傍らのロキの頭を撫でやった。
(仲間──?)
 コロを胸にかかえたアリシアリスは、その言葉にきょとんとする。その頭越しに、声が飛んできた。
「よろしくね、コロちゃん」
「可愛らしい仲間が増えて、嬉しいです」
 振り返ってみれば、弓を構えて顔だけを振り向けているエアルフリードと、穏やかに微笑んでいるフロウティアがいる。
(──あっ)
 今度は驚いたように目を丸くして、ウィルフレッドに向き直った。
 ロキの頭を撫でていた彼が顔を上げて、少し大人びた笑みを浮かべる。
 アリシアリスの顔が赤く染まっていく。
(そういえば、あたし、他の人と一緒にこんなふうにするの、初めて……)
 これまでずっと一人だったのに、今日は三人もの同業者から声を掛けられて、気が付けばみんなで一緒に狩りに来ていた。
 いつの間にか──たぶん、ウィルフレッドのペースに乗せられて。
 微笑んだ彼と目があったとき、「もしかしたら」と考えた。

『どうした? 行かないのか?』
『べ、別に……友達ってわけじゃないし……』
『でも、知り合いなんだろ?』
『い……いいのよ、別にっ。あたしは今日は露店したい気分なのっ!』

 グルーディオの街での会話がよみがえる。
(見抜かれたかな……)
 強がっていたことを。エアルフリードを見たとき、すぐにも声を掛けたかったことを。
 本当は、仲良くなりたいと思っていることを。
 だから自分のペースで強引に、全員で出掛けることにしたのではないだろうか。
 そう考えてしまった。
 そしてそうだとしたら。
(ちょっとはいいトコあるのね)
 ストーカーまがいの変人というだけでは、なかったようである。
「ほーら、ロキ。お前の後輩だぞー」
 ウィルフレッドが頭を撫でながらそんなことを言うものだから、ロキもドワーフの少女が抱いている仔狼が気になって、見上げる。
 アリシアリスも釣られてロキを見つめながらしゃがみ込み、腕にかかえたコロをロキの前にそっと下ろした。
 地面に立とうと、ちたちたと四つの脚を動かしていたコロは、地面の感触を憶えるように少しだけ足下を見つめてから、ふるるっと大きく全身を振る。それから顔を上げて、自分の倍以上の体格を持つ先輩ウルフを、つぶらな瞳で見つめた。
 小さな後輩ウルフを見下ろすロキの表情は、いつもと変わらずクールなものだ。
 少しだけ緊張して見守るアリシアリスの前で、ロキがコロに歩み寄り、その鼻先を向けた。応えるようにコロも首を伸ばすようにして、鼻を近付ける。
 互いの鼻を突き合わせ、その存在を確認するように──あるいは憶えるために、匂いを嗅ぎ合うと、ロキはコロの小さな頭をぺろりと舐めた。まるで、大人が子供の頭を撫でるように。
 アリシアリスが嬉しそうに顔を輝かせ、ウィルフレッドも小さくうなずく。
 どうやら無事に挨拶は終わったようである。そして仲良くもなれそうだ。
 ロキに舐められているコロは、両目を閉じて、少しだけうつむくように頭を下げている。その姿は、何だか恥ずかしがっているようにも見えて、アリシアリスには可笑しかった。
(なんか……)
「なんか、俺とアリスみたいだな」
「──っ!?」
 ウィルフレッドの言葉に、弾かれたように顔を上げる。
 そこに見てしまった彼の微笑みに、顔が上気していくのが解った。
(同じことを考えてた──!?)
 そのことに、胸が高鳴ったから。

「いいですね。あの二人」
 二匹のウルフを挟んで向かい合わせにしゃがみ込んでいる2人を見つめ、フロウティアは自分のことのように幸せそうな微笑を浮かべる。
「ま、エルフとドワーフにしては……ねっ」
 応えるエアルフリードは、声と共に矢を放つ。向かってきていたスケルトンの頸椎が射抜かれ、無機質に嗤っているような髑髏が地面に落ちた。
「ッ! うまくいかない……っ」
 頭が落ちても動けるのがアンデッドだ。二本目の矢で、頭から下だけの姿で走るスケルトンの背骨を落とし、ようやく行動不能にできた。
「それにしても、ここって多すぎない?」
 ため息混じりに聞こえたその声にフロウティアが振り向いてみると、まだ数体のスケルトンの姿が確認できた。
 アリシアリスたちがウルフにかまけている間も、アンデッドは活発に行動していたのだ。
「この辺りの大地には、黒魔法の魔力が根強く残っていますからね……」
 フロウティアは、自身も戦闘態勢を取りながら悲しげにそう言う。
「黒魔法の魔力? ここの住民をアンデッドに変えたヤツの?」
「だと思います。あのベレスの一派だという噂もありますけれど……」
「ふぅん。結構、残るもんなのね。黒魔法って。……ああ、そういえばダークエルフの森にも、似たようなトコがあったかな」
 向かってくるスケルトンを迎撃しながら、そんな会話ができる。その程度には余裕が生まれてきたエアルフリードだ。
「けどさ。死体が無くなったら、アンデッドだって作れなくなるじゃん。この村のひとって、そんなに多かったのかな?」
「さあ、それは……私もグルーディオの出身ではありませんので」
 小首を傾げながらフロウティアも魔法を放ってスパルトイを粉砕する。見かけとは違い、なかなか肝が据わっているとエアルフリードは思う。共に戦う相手としては好ましい。
「ま、おかげで私たちは、食いっぱぐれなくて済んでるんだけど」
 魔物と戦って報酬を得るのが冒険者であるから、それはその通りなのだ。しかしあまりにも素直な言葉だったので、フロウティアは思わず苦笑してしまった。
(死者を相手にしているという感覚は、あまりないのかもしれませんね)
 そのことを気にしてしまうのは、やはり生まれのせいだろうか。彼女の生家は司祭の家であったから。
(けれど……たしかに、少しおかしい)
 エアルフリードの疑問は尤もなことだと思う。元となる死体がなければ、アンデッドを生成することはできない。一度活動を停止したアンデッドを再び動かす魔法など、ないはずだから。
(私が知らないだけ? ううん。姉さんもそんなことは……)
 そのことに思考を傾けていたせいか、エアルフリードの様子に気が付くのが遅れた。
「……変ね」
 見える範囲での最後のスケルトンを仕留めた彼女が、辺りを見回して眉をひそめる。
 霧が濃くなったように感じた。気温が急激に下がっているようにも思える。
「フロウティア。おかしいわ」
「──え?」
 思考を中断したフロウティアが顔を上げたときには、霧の向こうにエルフの姿が霞んで見えた。
 慌てて彼女も周囲を警戒する。言い様のない悪寒が全身に走った。
「これは……」
 その感覚は、久しく忘れていたものである。

「ようやくお出ましか」
 何を見ても興味深そうに匂いを嗅ぐコロを相手に遊んでいたウィルフレッドが、不意に顔を上げて不敵に微笑む。
 コロの尻尾をちょいちょいと触ってその反応を楽しんでいたアリシアリスも、その声に顔を上げた。
 見れば、辺りは視界を閉ざすかのような濃霧。その向こうを見るように、ウィルフレッドとロキは一点を見つめていた。
「な、なによ?」
 ただならない様子に、アリシアリスも緊張した声を出す。無意識のうちに、コロを抱え上げて抱き締めていた。
 その様子に目を向けたウィルフレッドは苦笑を漏らし、彼女の小さな頭をぽんっと叩きながら立ち上がる。
「気を付けろよ。俺でも、出てくるまでは『視えない』からな」
「は? 意味が解らないわ」
 コロを抱えたまま、倣うように立ち上がりながら、引きつった顔で強気に振る舞う。
 ウィルフレッドがにこりと笑った時、足下でロキが低く唸った。
 驚いたように身をすくめるアリシアリスと、ロキを真似るように腕の中で小さく唸り声を出すコロ。
 次の瞬間、
 ──ザッ!
 大気を裂くような鋭い音が聞こえたかと思うと、強い力に引っ張られ、アリシアリスはウィルフレッドの胸に顔を埋めさせられていた。
「──ッ……!?」
 驚いて顔を上げる。そこには何者かを見つめて不敵に微笑む彼の横顔。庇うように回された、頭と背中に当たる彼の両手。そして、全身に感じる大きな温もり。
(な、なにこれ……?)
 その温もりに、再び胸が高鳴る。
「生憎だったな」
 彼が何者かに向かって口を開く。
「初手に狙った相手が、俺の好きな子だったなんて──」
 アリシアリスの顔が朱に染まっていく。
 初めて聞いた言葉じゃないのに、なぜか今は、とても恥ずかしい。締め付けられるみたいに、胸の辺りが苦しいような気分になる。
 腕の中のコロが不思議そうに顔を上げた。
 見上げた主人の顔は、何だかとてもびっくしているのに、嬉しそうだった。

「なあ? ソウルスカベンジャー?」
 ウィルフレッドの声に、まるで霧を形成する水滴の一つ一つが集まるように、じわりと異形の姿が滲み出てくる。
 脚が無く、上半身だけのその体を、千切れたローブで覆い隠し、腕が出るべき場所からは鋭利な鎌を生やした、半透明の骸骨。
 この廃墟のアンデッドの頂点に位置する存在──ソウルスカベンジャー。
「神官……好き魂かな……」
 どこか遠くから聞こえてくるようにくぐもった、そして抑揚のない声が聞こえる。しかし髑髏の口は動いておらず、ただ空洞の両目が闇色の光を瞬かせていた。

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