──ありえないっ。
 コロを抱いたアリシアリスが、肩を怒らせながら道を歩いていく。
 ──相手はエルフ。自分はドワーフ。外見から価値観まで、何もかも違う。正反対といってもいいはずよ。
 すぐ後ろを付いていくエアルフリードとフロウティアは、早足の彼女に合わせながら互いの顔も見合わせる。
 ──そうよ。だいたいエルフなんて、見た目ばっかり気にして、実用性や耐久性を無視した物ばっかり作るじゃないっ。あたしとは全然違うわっ。
 腕の中のコロは、つぶらな瞳で主の顔をじっと見つめている。不思議そうに。
 ──だからあたしがこんな気持ちになるなんて、ありえないっ。あいつがどこでどんな女の子を引っ掛けてよーが、関係ないわっ。
 擦れ違う人たちと肩がぶつかろうが、体ごとぶつかろうが、気にもしない。
 ──でも、それなら。
 ぶつかられた相手は文句を言いたげに振り向くが、彼女の顔を見ると開きかけた口をつぐんでしまう。
 ──なんでこんなに嫌なのかしら……
 アリシアリスは、とても悲しげな顔をしていたから。

「なんか暗いわね〜。どうしたの、あの子?」
 うつむいたまま、足早に歩いていくアリシアリスの背中を見つめながら、エアルフリードはさほど心配もしていない口調と表情で、隣のフロウティアに訊ねる。
 訊ねられた方は、アリスの雰囲気を鏡に映したかのように、沈んだ顔色で心配そうに小さな背中を見つめていた。
「きっと、ウィルフレッドさんが、他の女性と親しげにしていたせいでしょう」
「……そんなこと?」
「それ以上の理由が必要ですか?」
 きょとんとして聞き返すエアルフリードに、フロウティアは訝しむような視線を向ける。彼女としては、正当かつ重大な理由だと思うから、目の前にいる同性のエルフが、怒りも憐憫も見せないことの方が不思議なのだ。
 しかし、その不思議なエルフは、呆れたように息を吐いて肩をすくめた。
「そんなのあいつにとっては、それこそ挨拶代わりじゃない。いちいち気にしてたら、身が持たないわよ」
「で、ですけど、その……く、口説いているように見えましたけれど……」
「あの手のタイプはね。女の子を見たら誰にでも、『可愛い』とか『綺麗だ』とか言えちゃうのよ。まー、礼儀か何かだと思ってるんじゃない?」
 そう言われて、フロウティアは今朝のことを思い出した。まだ食堂にアリシアリスもエアルフリードも降りてきていなかった時間に、先に来ていたウィルフレッドと顔を合わせたのだ。その時、
「おはよう、フロウティア。今日も綺麗だね」
 そう挨拶をされた。あまりにも普段通りの口調だったので、そのまま聞き流していたのだが、確かに彼はそういう人かもしれない。
「そ、そうですか……」
 年頃の少女なら頬の一つも染めたかもしれない出来事を、あっさりと流してしまっていた自分に、ちょっとだけ落ち込むフロウティアである。
(やはり世間並みの感覚は……)
 ため息を吐いた彼女の思考は、次のエアルフリードの言葉で中断させられた。
「だいたい、女と話したくらいでやきもち妬いてたら、どこにも行けなくなるじゃない」
「やきもちじゃないわよっ!」
 突然、アリシアリスが声を上げて振り返ったのだ。どうやらずっと聞き耳を立てていたらしく、その顔はすでに湯気が出そうなほどに赤くなっている。
「そんなんじゃないって言ってるでしょ! あたしはただ、ああいう男がキライなだけよ! だからムカムカしてるのよっ!」
 体ごと振り向いてエアルフリードを見上げ、叫ぶようにまくし立てるアリシアリスを、胸元のコロが小首を傾げるようにして観察している。
「だいたいあんたたちも、いつまでくっついてくるつもりよ! 野次馬ならもう終わったでしょ! さっさとどこかへ行けばっ!?」
「誰がそんな暇なことしますかっての。なんかあったらあんたのフォローをしてあげようって、付いてきてるんじゃない」
 呆れたようなジト目でそう言い、エアルフリードは右手の人差し指でアリシアリスの額をパチンと弾く。
 一瞬、両目を大きなバツ印にしたアリスだったが、すぐにキッと睨み返した。
「頼んでないわ! そんなこと!」
「頼まれなくてもやるから、友達なんでしょーが。ねえ?」
 振り向いたエアルフリードに、話を振られたフロウティアはくすりと笑った。
「そうですね」
 二人のそんな言葉に、アリシアリスはきょとんとしたあと、照れたように頬を染めてうつむく。
 その頬を、コロがぺろっと舐めてきた。まるで自分も二人に続くかのように。
 自分を見上げてくるコロの瞳を見つめ返し、アリスはほんの少しだけ拗ねたように口を尖らせてから、ぷいっと顔を背けた。
「そ……そうっ! と、友達なら……し、仕方ないわねっ」
 先ほどまでとは違った意味で顔を真っ赤に染めた彼女の口から、ややうわずった声が飛び出してくる。
 それは、少しだけ素直になれた言葉だった。
 エアルフリードとフロウティアは、一瞬、意外そうに目を丸くしたが、拗ねたようなアリスの横顔に、すぐに笑みを浮かべる。相変わらずの態度に呆れたような、そんな彼女を慈しむような……
「──ん?」
 エアルフリードはそのアリシアリスの向こうに、何かを見つけて顔を上げた。そっぽを向いていたアリスも、同じ方向を見ていたフロウティアも、何事かと彼女の顔を見る。
 その顔は、満面の笑顔に包まれていた。
「イケメン発見ッ!」
 言うや、冒険中でも見られないような速度で駆け出す。人混みを弾き飛ばすかのような勢いで。
「……ああいうのをフォローするのも、友達の役目なのかしら?」
「あ……あはは……ど、どうでしょうね……」
 一陣の風となったエアルフリードが駆け抜けたあとに、心底呆れかえったようなアリシアリスと、笑顔を引きつらせるフロウティアが残されたのであった。

「こんにちわっ! エルフのおにーさん!」
「……誰?」
 銀の甲冑に身を包んだそのエルフ族の青年は、いきなりもの凄い勢いで駆け寄ってきた同族の少女を、不審げに見返す。
 こんな時は相手の態度など、一向に気にしないのがエアルフリードである。構わず彼の手を取り、自分の両手で包み込んだ。そしてやたらと輝いている瞳でじっと見つめる。
「一目で好きになりました! 私と付き合ってくださいッ!」
「……は?」
「私とあなたは、きっと結ばれる運命! ここで出会ったのも何かの縁! さあ、今すぐ私とデートしましょう!」
「ちょ、ちょっと待て……」
 エアルフリードの勢いに、青年が困惑しながら手を振り払おうとした、その時、
「そんな無理やりな運命があるかぁーっ!」
 スパァンっ!
 後ろから迫ったアリシアリスが、大きくジャンプしながら、手にしたハリセンでエアルフリードの頭をはたき倒した。
「──ったく。見境ないわね、ほんと」
 頭から薄く煙を出しながら倒れ伏すエアルフリードを見下ろし、一仕事を終えたアリシアリスが呟く。その後ろから、彼女の代わりにコロを抱いたフロウティアが、乾いた笑みを浮かべながら歩いてきた。
「あの、アリスさん。その武器はいったい?」
「これ? お養父さまが開発した、ハリセンっていうものよ。殺傷力は皆無だけど、何かの役に立つかと思って作っておいたの。まさかここで使うとは思わなかったけれど」
 でもたぶん、これが正しい使い方なのだろうと、厚手の紙を束ねて作られたその武器を見つめるアリシアリス。なかなかにいい音もしたので、何だか気に入ってしまいそうだ。
「はあ……そうなんですか」
 アリスの「お養父さま」という言葉に疑問を抱きつつ、そううなずいたフロウティアは、目の前で起きた寸劇に呆気に取られてしまっているエルフの青年に気が付く。そして慌ててぺこりと頭を下げた。
「あ、ごめんなさい。私たちは、その……」
 咄嗟に何か言い訳しようとしたが、嘘など吐き慣れていない彼女には、すぐに浮かぶ言葉がない。
 その時、代わるようにアリシアリスが青年の前に立った。
「あたしたち、これから魔物狩りに行こうとしていたのよ。よ、良かったら、あんたも一緒にどうかしら?」
 自分でも驚くほど素直に言葉が出てくる。誰かを冒険に誘うなど、したこともなかったというのに……。もっとも、顔は少し上気していたが。
 ちらりとフロウティアに振り返ってみる。彼女も少しだけ驚いたような顔をしていたが、すぐに微笑を浮かべて、小さくうなずいてくれた。
 上手く「友達」をフォローできたことに、アリシアリスは胸の中で喝采を上げる。
(こういうことなのねっ)
 それは、今まで経験のない喜びだった。
「え、えーと……」
 青年の困惑したような声に、彼の顔を見上げる。引き締まった精悍な顔立ちだが、穏やかな雰囲気がある。それは同じ種族でも、理知的で優しげなウィルフレッドとは、全く違う印象を受けた。
 そのことが、アリシアリスには少しだけ意外に思えたのだ。以前なら、他種族は皆、同じにしか見えなかったというのに。
(……嫌なことを思い出したわ)
 今は嫌悪しているはずの相手の顔を思い出してしまい、小さく頭を振る。
 再び顔を上げてみれば、青年は不思議そうにこちらを見つめていた。
「……何かしら?」
「いや……すまない。落ち込んでいるように見えたから、つい見てしまった」
 その言葉に、思わずカッと頬が熱くなる。初対面の相手にも見抜かれるほど、自分は悩んでいるのだろうか。
 恥ずかしくなって、顔を背けた。
「そ、そんなことないわよっ」
「すまない。初めて会った奴が、心配することじゃなかったな」
「い、いいけど……」
「ウルフも一緒に行くのか。可愛い仔だな」
 青年がアリスから後ろのフロウティアへと視線を向け、柔らかく微笑む。同じように振り向いたアリスは、コロが小さく尻尾を振っていることを不思議に思った。
(あの子、エルフが好きなのかしら?)
 そんな時である。
「セリオン!」
 青年の後ろから、鈴の音を鳴らすような声が飛んできたのは。
 彼も、アリシアリスも、そしてフロウティアも、ほぼ同時にその声の主に視線を向ける。
 まるで昇り来る太陽のような、鮮やかな緋色の髪を肩に流したヒューマンの少女が、人混みを分けるようにして駆け寄ってきた。
「──メリス」
 名前を呼ばれた青年が、先ほどまでとは違う、優しく、そして嬉しげな笑みを浮かべる。
 青年の前に立った少女は、弾む息を整えるように深呼吸をしてから、やはり同じような笑顔を見せた。
「お待たせ。ちょっと、お店が混んでいて……あれ?」
 それからふとアリシアリスたちに気が付いて、ひょこっと青年の横から顔を覗かせた。
(この状況は──っ!)
 瞬時に固まる、アリシアリスとフロウティア。
 まるで先ほどの、自分たちとウィルフレッドのようではないか。おそらく間違いなく、あのエルフの青年とヒューマンの少女は「友達以上の関係」だろう。だとすると、非常にまずいっ!
 そのことを想像したからである。
 しかし、少女の反応は、予想していたものと違っていた。
 出来の悪い彫刻のようになってしまったアリシアリスに、彼女はにこりと微笑みかけて、その視線を合わせるように上体をかがめてきたのだ。
「初めまして。セリオンのお友達かな? 私はメリシアナ。よろしくね」
「あ……え……う、うん……」
 毒気を抜かれたように唖然としながら、アリシアリスは何とかうなずくことができた。
「今、知り合ったんだよ。一緒に狩りに行かないかって」
 傍らの青年がそう付け加え、同時にその視線で問い掛ける。それは、アリスには解らない呼吸だった。
 少女は体を起こして、青年に笑顔で大きくうなずく。
「いいよ。一緒に行こっ」
「え!? い、いいの!?」
 驚くアリシアリスの心中には、色々なものが混ざっていた。フロウティアのフォローで言ったことが実現されたこともそうだし、恋人っぽい青年と自分が、知らないところで話していたのに、明るく振る舞える少女のことも不思議である。
 少女はきょとんとしてから、再び明るく笑った。
「うん、いいよ。これも何かの縁、だよ」
 そんな彼女に、アリシアリスはなぜだか自分のことが恥ずかしくなっていく。
「どんな縁だぁーっ!」
 唐突に、それまで倒れていたエアルフリードが咆吼を上げながら立ち上がった。驚く一同を見回し、最後にアリシアリスに荒んだ顔を振り向ける。
「また女付きの男でしたっ!」
「あんたが勝手に盛り上がってるだけじゃないの。そういうの、八つ当たりっていうのよ」
「ううっ……運命の糸で繋がってると思ったのにぃ〜」
「あんたの場合、赤い鎖を相手に巻き付けているようなもんじゃない……」
「──お? 上手いこと言うわね、アリス」
 落ち込んだかと思うと、楽しげに笑って、エアルフリードはくるりと青年と少女に振り返った。
「私はエアルフリード。エアルでいいわ。こっちはアリスで、あっちがフロウティア。よろしくね、ご両人」
 いきなり登場して仕切り始めたエルフの娘に、セリオンとメリスは顔を見合わせ、共に破顔する。そしてその笑顔のまま、三人に向かってうなずいた。
「ああ、よろしくな」
「よろしくね」
 彼らの笑顔に、アリシアリスは胸の小さな痛みを覚えたのであった。

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