「あなたは……!」
「ウィルフレッド!?」
 驚いたように声を上げたセリオンとエアルフリードだったが、すぐに互いのその声に顔を見合わせた。
「よ、セリオン。久しぶりぃ」
「知り合いなの!?」
 アリシアリスを抱いたまま、お気楽な調子で片手を上げるウィルフレッドの言葉に、エアルフリードは今度は彼に振り返る。
 しかしウィルフレッドは、その上げた手で彼女を制するようにして、人差し指でソウルスカベンジャーを差した。
「話は、あとでな。まずはあれを消そう」
 あっさりと言い切る。
 抱き締められて少し惚けていたアリシアリスは、その言葉で我に返り、ウィルフレッドを睨みながら突き飛ばした。
「──っと?」
「あんたの助けなんかいらないわ! あたしたちでやれるもの!」
 意外な反応にきょとんとするウィルフレッドに背を向け、抱えられて、ちたちた動くコロをそのままに、ソウルスカベンジャーへ武器を構える。
「あんたは神殿の女の子でも、口説いてればいいでしょっ!」
 声を引きつらせるようにしてそう言ったアリスの背中に、エアルフリードとフロウティアは大きなため息を吐くのだった。

 毅然と──というわけではなく、頬を膨らませた不機嫌な顔で死神と対峙するアリシアリスを見つめ、ウィルフレッドは目をしばたかせる。そしてなぜか、とても優しい微笑を浮かべた。
 しかし、彼が言葉をその笑みに乗せる前に、エアルフリードから怒気をはらませた声が飛んでくる。
「ちょっとぉ! 意地張ってる場合じゃないでしょおがっ! 痴話喧嘩の巻き添えで死ぬのは御免よ!」
 続けてフロウティアも、
「まずはこの場を切り抜けるために、手伝っていただきましょう」
 柔らかい口調で付け加えてきた。無論、二人とも対峙するスケルトンの攻撃を捌きながら、であるが。
「うっさいわね! いらないって言ったら、要らないの! ていうか、痴話喧嘩じゃないわ! 勘違いしないで!」
 エアルフリードに負けじと怒鳴り返すアリシアリスだが、その顔はお湯を沸かせそうなほどに真っ赤だ。
「そういうことね」
 そんなドワーフの少女を見やり、メリスは見えないように小さく笑った。どうやら先刻の問い掛けの意味が見えてきたからだ。
 しかし、誰もがそうして注意を逸らしたその一瞬。
 ──しゃんっ。
 アリシアリスの眼前にいたはずのソウルスカベンジャーが、ふっと前方に遠ざかる。
「……あっ!?」
「逃げる気か?」
 ウィルフレッドの声が耳元で聞こえ、胸を高鳴らせながら振り向く。いつの間にか彼は、隣に並んでいた。
 そのウィルフレッドの存在に怯むかのように、死神はさらに距離を置く。こちらを向いたまま、ゆらりとその姿を霞ませたかと思うと、また少し遠ざかるのだ。まるで蜃気楼のように。
「に、逃がさないわっ!」
 小脇にコロを抱えたまま、アリシアリスが駆け出す。
「待て! 危険だ!」
「ちょっ……あんた一人で勝てるわけないでしょ!?」
 セリオンやエアルフリードが声を上げるも、まるで聞こえていない。少しでもウィルフレッドから離れようとするかのように、アリスは脇目もふらずに走っていく。
 みるみる遠ざかるソウルスカベンジャーと、ちまちまと霧の中に霞んでいくアリスとコロを見つめ、ウィルフレッドは眉をひそめる。そしてその顔を足下のロキに向けた。
「どうもきな臭いが……行くしかない。お前はどうする?」
 精悍な狼は何も応えず、一足先に駆け出す。
「酔狂な相棒だな、まったく」
 苦笑を漏らしてそう呟くと、彼は今度はスケルトンと刃を交えているセリオンに振り向いた。
「ここは任せる」
「……仕方ないな」
 ちらりと横目だけで振り返り、セリオンは溜息混じりに応える。そして受け止めていた刃を滑らせ、体勢を崩したスケルトンを盾で殴り飛ばした。
「あなたが他人に執着することは、初めてだろうから。この貸しは、その祝い代わりにしておこう」
「五十年も経てば、口も達者になるもんだな。頼んだぞ、幼馴染み」
 片目をつむってそう言うと、ウィルフレッドは走り出す。霧に霞む、小さな姿を追って。
 その背中に向けて、セリオンは剣を垂直に立ててみせる。
「あなたにエヴァの加護があらんことを」
「ついでにマーブルの加護も付け加えておいてくれ」
 ウィルフレッドは不敵な笑みを振り向かせてひらりと手を振ると、霧の中に消えていった。

 鬱陶しいほどの霧に包まれた薄闇の中。崩れた家屋が建ち並ぶ場所までやってきたアリシアリスは、そこで相手を見失って立ち往生していた。
「どこに消えたのかしら……」
 手近な家屋の中を、役目が果たせないほどに崩れ落ちた壁から覗いてみるが、当然のように誰もいない。
 何せ相手は、不可視にもなることができる、幽霊型の魔物である。目で見つけることは難しいだろう。
 コロの野生の勘に頼ろうとも思ったが、腕の中の子狼は、先ほどから落ち着かなげにきょろきょろと辺りを見回している。そして地面に降りようとして、短い四本の足をむぃむぃと動かしていた。
「ダメよ。危ないんだから」
 ぎゅっと小さなコロを抱き締める、小さなアリシアリス。そのポニーテールに結わえた髪に、誰かがふわりと触れた。
「それはアリスもだろ?」
 まるで最初からそこにいたように、ウィルフレッドはアリシアリスを抱き寄せるようにしながら、優しい笑みを向けていた。
 思わず顔を上げてしまったアリシアリスは、その顔を瞬時に夕陽色に染め上げ、絶句する。
「な、な、なっ……!?」
「まったく……一人で追い掛けるなんて、無茶をする。何かあったらどうするんだ」
「なんであんたが追い掛けてくるのよーっ!?」
 ようやく出てきた言葉をぶつけ、さり気なく寄せられていた体を思い切り突き放した。
 ウィルフレッドは驚いたように目を丸くしてから、なぜだかその視線を逸らすように、下へ落とす。
「……アリスがいないと、俺が困るから」
 それはまるで、照れているように。
 その意外な反応に、今度はアリシアリスの方が目を丸くする。そして体温が頬を昇っていくのが解った。
「ばっ……バカじゃないのっ!」
 その顔を見られたくなくて、そして彼の顔をまともに見られなくて、コロを抱いたままくるりと背を向ける。赤くなった主人の顔を、落ち着きを取り戻した子狼が、てちてちと興味深そうに叩いていた。
「あんたには神殿の子がいるでしょう! あたしに構ってる暇はないんじゃないの!?」
「そんなに嫌だった?」
 確かめる、真摯な声。
 その声に胸が高鳴り、心が熱くなる。
「べ、別にそんなわけじゃ……」
 答えながら、胸の高鳴りはどんどん早く、大きくなっていく。それがなぜかは、解っていた。
「じゃあ、どうして?」
 その問い掛けは、いじわるだ。
 答えは彼にも解っているはずだし、アリスにも解っていた。
 ──いや、気付かされた。
「あ、あたしは、そーゆーのキライだし……」
 どうしてこんな風になるのか。こんなに心を乱されるのか。こんなに、胸が苦しいのか。
「だ、誰にでも声を掛けるとか……調子の良いこと言うとか……」
 彼が見知らぬ女の子と楽しそうに話していた、あの時に。
「あ、あんたのことなんか……な、なんとも思ってない……けど……」
 気付かされていたから。この気持ちが何なのかを。
「なんか、嫌なのよ……っ」
 いつの間にか、彼を好きになっている自分に──。
 言葉と共に、大粒の涙がこぼれてくる。それを止めたくて、アリスはぎゅっと目をつむり、コロを抱き締めた。
「ごめん」
 その小さく震える少女を、ふわりと温もりが包み込む。
 背中から抱き締められたその暖かさと、耳元で囁かれた彼の声に、一瞬、時が止まったような錯覚を覚えた。
(──え?)
 目を丸くするアリスのすぐ横に、彼の顔がある。振り向きたいけれど、振り向くことができない。胸が痛いほど、心臓の音が早くなっていく。
「アリスがそんなに好きになってくれるなんて、思ってなかった」
 彼の表情は見えないけれど、それは少し照れたような、嬉しそうな声だった。
「アリスが嫌なら、もうあんなことはしない。知らない子と話したり、仲良くしたりしないよ」
「あ、あたしは……別に……」
 ウィルフレッドにも聞こえてしまうくらいドキドキしているのに。胸の中が暖かさでいっぱいになるのに。ついつい、そんなことを言ってしまう。素直に喜んだり、笑ったりできない。
 今までずっと、そうして生きてきたから。
 彼が、ふっと笑ったような気がした。
「本当のことを言ったら、アリスも言ってくれる?」
「な、何を……?」
「俺のこと、好きだって」
 ──!?
 一瞬、顔から火がでるかと思った。それくらい、頭に血が上った。
「いっ……」
 なんて答えればいい? 本当のこと、それがあるならちゃんと聞きたい。彼のことを知りたい。だけど、自分に言えるだろうか? 素直な言葉が出てくるだろうか?
 そんな不安が、声を詰まらせた。
 まるでそのことが解るかのように、抱き締めてくる彼の腕が、きゅっと少しだけ強くなる。そして、頬に軽く口づけをされた。
「アリスのそういうところも、俺は好きだな」
「〜〜〜っ」
 視界の端に映る彼の微笑みが、なぜだかとても卑怯な気がして、アリシアリスは真っ赤になりながらも、恨めしそうな顔を見せる。
「聞きたいな。アリスの声で」
「い、言わないわよっ!」
「言って欲しい」
「イヤったら、イヤっ!」
「そんな顔されると、どうしても言わせたくなるなぁ」
「こ、このっ……」
 ついにとうとう、彼に振り向いたその時、
「アンッ!」
 腕の中のコロが大きく吼えた。そして、ずっと後ろに控えていたロキが、二人の前に飛び出す。
「……野暮な奴だ」
 ウィルフレッドは前方を鋭く睨み付けながら、小さく呟いた。
 そこに、追っていた死神が姿を現していたから。
「コロ! 暴れないで!」
 だから。
 ウィルフレッドといえども、一瞬、反応が遅れてしまったのだ。
 ──バシュッ!
 四方から放たれた魔力に気が付いたときには、逃げる暇はなかった。
「しまっ……!?」
 咄嗟にアリスを隠すように、全身で抱き締める。
「え?」
 視界いっぱいに彼の白いローブを見たとき、アリシアリスは何が起きたのか解らなかった。彼の体を通して微かな衝撃を感じ、次に小さな悲鳴を聞いた気がする。
「大丈夫か?」
 頭上から掛けられたその声に、顔を上げる。彼が浮かべる微笑みが、いつもより優しく見える。
「う、うん……ど、どうしたの……?」
 嫌な感じが胸に広がり、わけが分からないまま、不安そうに見つめた。
 ウィルフレッドの口元が、少し不敵な形に歪む。
「やはり……罠だった……か……」
 呟いた彼にきょとんとした次の瞬間、ウィルフレッドの体がぐらりと揺れて、膝から崩れ落ちた。
「……え?」
 唖然とするアリシアリスの目に、幾本もの禍々しい矢に貫かれた彼の背中が映る。
 そしてその向こうに、同じ矢に貫かれて倒れるロキの姿も──
「……な…に……?」
 腕の中のコロが、うるさいくらいに鳴いていた。

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