「猟師の村にデーモンたちが……?」
 渓谷を見下ろすその断崖の上から、谷間を縫うように走る街道を見据えて、ダークエルフの女性は呟く。純白に近い長い髪と同じ色の柳眉をひそめて。
 不思議な水色の光沢を放つ板金鎧に身を包んだその姿は、一見すれば騎士のそれであるが、ダークエルフ族の女戦士としては異彩を放っている。そこに、肌の露出が極めて高い彼の種族特有の装いはなく、何をか期待していた男たちの落胆の吐息が聞こえてきそうなほどに、胸といわず背中といわず、金属の防具に覆われているのだ。
 それは一見、ヒューマン族などが纏う鎧に似ている。それも、男性騎士の物である。
「地上に悪魔がいることは珍しくもないが、ヒトの皮をかぶっていない連中となると、ちと話が別だのう」
 女性騎士の隣に、闇色のローブをまとった同族の女性が並ぶ。口元には不敵な笑みを浮かべ、ローブの上から羽織っているマントを払うように靡かせた。
「珍しく長老どもから連絡が来たと思えば、いきなりこのありさまか。あるいはこうなることを知っておって、我らを派遣したかな」
 ローブのダークエルフは楽しげにそう言うと、騎士の女性にその喜色を顕わにした顔を向ける。
「どうする。フレイド?」
「いうまでもなく──」
 彼女もまた、旅装のマントを払い、その下から剣を抜いた。
「いるべき場所に帰すのみ!」

 前触れもなく、唐突すぎるその襲撃は、猟師の村を囲むように現れた、無数の魔物によるものであった。
「デーモンばかりじゃないか! どうなってるんだ!?」
「あれはブラッディクイーン!? カリックまでいるぞ!」
「空にもだ……あれはドレバヌルとサキュバスか? もっと大物もいるな!?」
「ドラゴンバレーの洞窟から、引っ越しでもしようってのかよ……」
 各々の武器や防具を手に、村の中を駆け回る戦士たちが、怒鳴るように声を掛け合う。
「街道沿いに来る敵は、門の前で防ぎ止めろ! 木でも石でも、道をふさげば崖からしか来れなくなるだろ!」
「弓が使える連中は、上空からの敵を狙え! 崖の上にいる奴らも撃てよ!」
「魔法使いが足りねえ!──おい! こっちにも神官を回してくれよ!」
「北門からは侵攻がない? 当たり前だ! 妖精が悪魔と遊ぶかよ!」
 蜂の巣をつついたような……とは、まさにこのことだろう。先ほどまでは『猟師』の名に反するほど、のどかで穏やかだった村の空気が、一瞬にして鎧も身に付けず走り回る戦士たちの喧噪に取って代わられたのだ。
 尤も。この村に滞在する『ハンター』と呼ばれる冒険者たちは、その名に恥じない百戦の強者揃いである。無駄に大きな声や怒鳴り声を上げはするものの、自分たちの役割だけはちゃんと心得ていた。
「もう少ししたら統制も取れるでしょ。ギルドのマスターたちも動くだろーし」
 出鱈目に動いているように見えて、各々が守るべき場所を見つけて配置に付く戦士たちを見やり、エアルフリードは口元に余裕の笑みを浮かべながらそう言う。
「私は遊撃に出るわ。いちおー、ここのハンター組合にも所属してるしね。シアンはどうする?」
 弓の弦を引いて状態を確かめながら、彼女は首を傾げるようにして、仲間のダークエルフに問い掛けた。
「そうね。貴女に付いていくのも面白そうではあるけど、私はここの戦士たちを援護してあげましょう。働かせ甲斐がありそうだわ」
 そう言って、艶なる笑みを浮かべる彼女にサディスティックな気配を感じるのは、気のせいではあるまい。そのことは、彼女が愛用している刃のない突剣と、エアルフリードの引きつったような顔が証明している。
「やりすぎないでね……」
「当然でしょう。生かさず殺さずが、一番楽しいのよ?」
 二人のそんなやりとりを眺めながら、小さなシィを抱えたアレクシスは眉根を寄せる。両腕で胸に抱えられているシィは、無表情に小首を傾げた。
「従姉貴……俺は?」
「しぃわ?」
 その声に、肌の色が異なる二人のエルフが同時に振り返る。
『隠れてれば?』
「……そうする」
 分かり易すぎる戦力外通告に、視線を斜め下に落として自嘲気味に笑うアレクシス。
 腕の中のシィは、そんな彼の顔を見つめ、その白い頬にぺちりと自分の小さな手を重ねた。
「あれくは、しぃがまもる」
「いや、それは普通、逆っつーか」
「まもる」
 真っ直ぐに向けられるつぶらな瞳と、常と変わらない無機質な声に、アレクシスはなぜか感情の揺らぎを見つけた気がした。
(なんだ……?)
「状況が解ってんのかしら。この子」
「子供は意外と鋭いものよ」
 訝しむアレクシスの隣で、エアルフリードとシアンは顔を見合わせ、肩をすくめ合っていた。

 エアルフリードやシアンと別れたアレクシスは、シィを連れて、非戦闘員に数えられる商人や民間人と一緒に、比較的安全とされる北門付近に来ていた。
 女や子供たちは建物の中に入り、アレクシスと同じように、経験不足を理由に前線から外された戦士たちは、外で待機をしている。
 もっとも、退避してきたはずの商人であるドワーフ族などは「ここが商売時!」とばかりに、大量のソウルショットやスピリットショットを作っては、それを抱えて前線に向かっていっているのだが。
 ここからは戦いの音も戦士たちの怒号も、渓谷の反響で聞こえるほどに遠い。
 しかしシィと手を繋いで村の中を歩くアレクシスは、難しい顔をしながら空を見上げていた。
(たしかに、妖精の谷を抜けてくるデーモンなんていねえだろうけど……上はがら空きだよなぁ)
 そこに嫌な予感を覚えているのだ。
 真似をして、シィも顔を上に向けてみる。真っ青な空に白い雲がゆったりと流れ、その光景だけを眺めていると、とてもこの村が魔物に襲撃されているとは思えない。
「そら。きれい」
「この辺りは標高もあるからな。ギランなんかよりも、ずっと綺麗に見えるぞ」
 答えながらも、アレクシスはその青い空の中に敵の姿がないかと、目をこらしていた。
 その視界の中を十数羽の鳥の群れが横切る。小さな彼らも事態を察して、妖精の谷へ逃げ込もうとしているのだろう。群れは南から北へと向かっていた。
「とり。すずめさん」
 シィが繋いでいない方の手を上げて、その群れを指差した。
「お? スズメを知ってんのか。でもあれは、ヒバリの仲間だな」
「ぽえっとが、おしえてくれた」
「あいつ、ギランで餌でもやってんのか?」
 その時、その群れが崩れた。まるで空間に穴を開けたように、群れの真ん中がぽっかりと開き、そこに異形の姿が浮かぶ。
「!? 敵だ!」
 アレクシスは咄嗟に周りの戦士たちに聞こえるように叫んだ。そしてシィの繋いだ手を引き上げるように引っ張る。
 だがしかし、少女はそれにあらがうように手を離して、小走りに前へと向かった。
「おい! シィ!」
 慌てて追い掛けるアレクシスの周りでは、待機していた戦士たちが武器を手にして騒ぎ始める。
 その小さな混乱の中でシィに追いついたアレクシスは、彼女がしゃがみ込んで何かを両手で拾い上げている事に気が付いた。
「あれく。とり」
 彼女が拾っていたのは、一羽の小鳥。
 両手で捧げるように見せてきたその小鳥は、先ほど群れが崩れたときに落ちてきたらしい。魔物の攻撃を受けたのか、出現時に衝撃でも受けたのか、片方の羽だけを動かして羽ばたこうとしていた。
「羽を怪我してるみたいだな。ま、墜落死しなかっただけでも、ラッキーだ」
「けが? とりは、いたい?」
「そりゃ痛いだろう。……と。今はそれどころじゃねえ。あとで治してやるから、そいつは大事に持っててやれよ」
「なおる? とりは、しなない?」
 首を傾げて真っ直ぐに見つめてくるシィに、アレクシスは思わず笑顔を浮かべる。
「ああ。死なねえよ」
 その瞬間、
 ──ドォオオオオオンッッ!!
 背後で爆音が轟き、強烈な爆風がアレクシスの背中を襲った。
 咄嗟にシィを庇う彼の耳に、風の音の中からしゃがれた声が届く。
「それは無理ですな」
 巻き上げられた土煙の向こうから、音もなく何者かが現れた。まるで滑るように。
 それは一見、ローブをまとった人間のようにも見えた。しかし大地を踏みしめるべき足はなく、その顔はまるでむき出しの髑髏のように、白くぬらりとした不気味なものであった。だが彼の者がスケルトンなどではないことは、陽に晒された胸や腕などに肌があることで解る。
 その不気味でアンバランスな外見は、間違いなく悪魔族のそれであった。
「何しろあなた様が司るのは『死』。弱者にも強者に等しく与えられる、真に平等なこの世の理なのですから」
 右手に長大な杖を持ち、ズタボロのローブをまとうその悪魔は、まるで司祭が壇上で教理を語るように、両腕を広げてそう言う。
 アレクシスは咄嗟にシィを背中に隠すようにしながら身構えると、腰の後ろの短剣に手を掛けた。
 だが悪魔は、まるで彼など視界に入っていないかのように、すーっと滑るようにシィの眼前まで迫る。
「!? てめぇ……っ!」
 その動きに短剣を抜きかけたアレクシスだったが、次の悪魔の行動で思わずそれを止めてしまった。
 悪魔は、無いはずの足を曲げて、膝を付くように恭しく頭を下げていたのだ。
「お探ししました。我らが主(ロード)」
「……は?」
 意外に人間らしい声を出した悪魔の言葉に、アレクシスは両目を点にする。緊張していた体から力が抜けるほどに、唖然とした。
「ろーど?」
 小鳥を胸に抱くようにしたシィは、首を傾げて悪魔に訊ね返す。彼女は相手が何者か解っていないようだった。
 悪魔は顔を上げると、まるで微笑むように髑髏のようなその顔を歪めた。
「まだ記憶が完全ではないようですな。わたくしはあなた様の忠実な部下、カブリオ。これよりは、わたくしどもがあなた様にお仕えいたします」
「かぶりお? きおく?」
「何なりとお申し付けください。手始めに、そこなエルフの魂を捧げましょう」
 にこり──と笑ったかどうかは解らないが、どこか優しげにも思える雰囲気でそう言うと、カブリオは立ち上がり、右手の長大な杖をアレクシスに向けた。
 シィの瞳がその動きを追う。
「低俗な輩が。貴様ごときが触れて良い方ではない。その魂を捧げて罪を詫びよ」
「いや……つーか、あんたこいつの知り合い? ていうか、こいつって何者?」
 明らかな殺意を向けられているものの、先ほどの衝撃の方が強いアレクシスは、シィを指差していつもの調子でそう訊いてしまう。
 カブリオはその髑髏の目元をぴくりと動かし、不敵に笑った。
「冥土のみやげに教えてやろう。この御方はな……」
 その声が途切れる。カブリオはまるで彫像にでもなったかのように直立し、髑髏の目を大きく開く。
「な、な、何をなされます……?」
 人ならざる暗色の瞳をぎこちなく動かし、小さなダークエルフの少女に向けた彼のその声は、恐怖の色を帯びて震えていた。
 そしてその瞳を向けられた少女は、常と変わらない無感情で人形のようなその顔に、赤紫色の光を放つ瞳を宿し、悪魔を見上げる。
「あれくは、しぃがまもる」
 それはいつもより少し大きな声。
 何が起きているのか解らず、訝しげに眉をひそめるアレクシスの前で、小さな唇が動いてその言葉を放った。
「だから、しんで」
「お、おまちくだっ……!」
 ──刹那。
 カブリオの幽鬼のような肉体は、黒い霧のようになって四散した。
「なっ──!?」
 絶句するアレクシスの視界いっぱいに、カブリオの残照のような霧が広がり、散っていく。それを傍らの少女が為したことだとは、すぐには理解できなかった。
 そしてそれを考えるよりも前に、散っていく黒い霧の向こうに、新たな人影が駆け寄ってくるのが見えていたのだ。
「……きらいなひと」
 シィがぽつりと呟く。
 その瞬間、彼女の周囲の空間が歪み、大気がねじれるようにして、いくつもの『ゲート』が開いた。
「なんだ!? シィ!?」
 少女に振り返ったアレクシスは、しかし彼女の瞳が前方の人物に向けられて微動だにしないことに、再び前へ向き直る。
 その彼の横を、いくつもの黒い影が横切っていった。
 ──ガギィンッ!
 金属同士がぶつかる激しい音が聞こえ、火花が散る。
 シィの周囲に現れた『ゲート』から飛び出した十数体のアンデッドが、前方の人物に襲い掛かったのだ。
 首のない騎士の巨大な剣を盾で受け止めたその人物は、右手の剣を一閃してそのデュラハンを「胴のない騎士」に変えると、長い髪を靡かせてアレクシスたちを見据えた。
「あの娘は……」
 淡い水色の輝きを放つ鎧と、見たこともない女神の紋章を持つ、ダークエルフの女性騎士。長老会からの依頼によってシィを迎えに来た、フレイド。
「私と同じ存在」
 それは、運命が交差する出会いの物語──。

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