「いいか、シィ。嫌いな奴だからって、もうあんなことしちゃダメだぞ」
 アレクシスの言葉に、シィは首を傾げる。
「どうして?」
「誰かを殺すってのは、悪いことだからだ」
「わるいこと? わるいことは、だめ?」
「ああ、そうだ。だからもう、あんな『力』は使うなよ」
 言われれば素直にうなずくのが、アレクシスに対するシィだ。しかし今はうなずいたその顔を、もう一度かくりと傾けた。
「まもの、ころしてた」
 それは猟師の村での戦いのことだろう。
「まものは、ころしてもいい?」
「……いいや。おまえがやることじゃねえ。それは俺たちの役目だ」
 何も知らない、無垢であるが故の殺意に、アレクシスはシィの瞳を真っ直ぐに見つめながらそう答えた。
 しかし無垢な彼女にその真意を伝えるのは、やはり難しい。不思議そうに首を傾げ、感情を見せることのない瞳を向けてくる。
「あれくがたたかうなら、しぃも……」
 言い掛けたその小さな唇を、人差し指で塞いだ。
「そんなことすると、また『お姉ちゃん』に叱られるぞ?」
 悪戯っぽく笑いながらそう付け加えた彼に、シィは目と口を丸く開いた表情で、顔を青ざめさせるのだった。

「た……ただいまぁ……」
 恐る恐ると宿の扉を開いたアレクシスは、その中の様子を窺う暇もなく、従姉の手によって押し込まれてしまう。
「さっさと入んなさいよっ。疲れてるんだからっ」
 背中を突かれ、つまずくように酒場の中へと入ったアレクシスの前に、人影が差す。上目遣いに恐る恐る顔を上げてみると、そこにはいつもと変わらない、彼女の優しい微笑みがあった。
「おかえりなさい。無事で何よりだわ」
「フロウティアさんっ!」
「ふろーてぃあ」
 アレクシスと手を繋ぎ、引っ張られるように中に入ってきたシィが、手を離して小走りに彼女に駆け寄る。
「しぃちゃんも、怪我とかしてないわね?」
「うん」
 駆け寄ってきた少女をしゃがみ込んで受け止め、微笑みかけたフロウティアに、少女もまた心なしか嬉しそうな声でうなずく。
 まるで子供を迎える母親と、迎えに来た母親に抱きつく子供のようなその二人に、アレクシスも、遅れて入ってきたエアルフリードとシアンも、思わず頬を緩める。
「シィ、おまえ。フロウティアさんのこと、嫌いになったんじゃなかったか?」
 少し意地悪なアレクシスの言葉に、シィはまるで驚くように目を丸くしてから、慌ててフロウティアから離れた。
「そう。ふろーてぃあ、きらいだった」
 そんなことを言いながら、代わりにエアルフリードの足下に走り寄り、その後ろに隠れてしまう。フロウティアは肩をすくめた。
「あらあら。憶えていたのね。残念」
「あんたの方は確信犯か。……しぃちゃんも、そんな意地にならないで、甘えちゃえばいいのに。『お姉ちゃん』とやらよりは、ずっと優しいわよ」
 少女を抱き上げながらそう言ったエアルフリードに、シィは顔を青くして見せ、フロウティアは首を傾げる。
「おねえちゃん……こわい。きらい」
「しぃちゃんに姉妹がいたの?」
 ぷるぷると震えているようなシィを不思議そうに見つめる彼女に答えたのは、一人だけマイペースに、酒場のカウンターに腰を落ち着けたシアンだった。
「私たちは直接見たわけではないけれどね。猟師の村で、ちょっとした『イベント』があったの」
「……その話は聞いているわ」
 フロウティアは途端に表情を曇らせ、シアンに頷いてみせた。それは話をうながしているようでもあり、エアルフリードもシィを抱いたまま、手近な椅子に腰を下ろす。
「順を追って話すわ。そうね、まず……」
 彼女に抱えられたシィは、手を伸ばしてアレクシスの服を引っ張り、隣の椅子に座らせようとする。苦笑いを浮かべながらそれに従うアレクシスは、ちらりとフロウティアに視線を向けて、別なことを考えていた。
(告白とかって……できる感じじゃないよな)
 何だかこの一件が片づくまで、そういうことは「おあずけ」のような気がする。
 従姉の話を聞いていたフロウティアの瞳が、ふとこちらを向いた。彼は思わず目を丸くしてしまったが、彼女の方はいつも通りに柔らかく微笑む。
(やっぱダメだ……)
 アレクシスは慌てて目を逸らし、自分の顔が熱くなるのを抑えなくてはと考える。こんな風に照れてしまう自分が、とても恥ずかしく思えてしまう。
 逸らした視線の先に小さな手の平を見つけ、それを辿って、エアルフリードの膝に乗っているシィの顔を見付ける。南の海のように澄んだ青色の瞳が、じっとこちらを見ていた。
(なんか……睨まれてるような……)
 無表情な彼女からそんな感情を読み取ることはできないのだが、だからこそ無言の圧力のようなものを感じてしまう。
「やっぱり、ふろーてぃあ、きらい」
 唐突にそう言って、シィは顔を背けながら、エアルフリードの首にかじり付くように抱きついた。
「なによ、いきなり?」
「また拗ねちゃったのね」
 きょとんとするエアルフリードと、口元に手を当てて笑うシアン。
 フロウティアも苦笑をしながら、アレクシスに振り向いた。
「アレクが構ってあげないからよ?」
「お、俺のせいですか……」
 それは何だか、遠回しな拒絶に聞こえた。
 だからうろたえたように、アレクシスが椅子から腰を浮かせたその時、
「うゆーっ!?」
 二階に続く階段から、脳天に突き刺さるような、そしてとても絶望感を含んだ叫び声のようなものが響く。
 一同が顔を上げるとそこには、口を小さなバツ印にして小刻みに全身を震わせ、ぐるぐる模様のようになった両目からは涙まで流している、小さなカマエルの少女が立ち尽くしていた。
 そしてその周りには、やはり見慣れた顔が三人。
「おまえら……」
 唖然としながら立ち上がるアレクシスに、三人がそれぞれに手を挙げて応える。
 そして、
「おねえさま……お姉様わ……かのんのお姉様ですぅーっ!」
 カノンは階段を転がるように駆け下りてくるのだった。
 ──それは、小さな輝きが導く、新たな出会いの物語。

「そでしたか。しぃちゃんは、アレクのしぃちゃんでしたかっ」
 泣いて腫らした目をにっこりと微笑ませ、エアルフリードの膝の上に座るカノンは、大きく安心したように何度もうなずく。
 アレクシスの膝に乗った小さなシィも、それを真似るように同じテンポでうなずいた。
「しぃは、あれくのもの。あれくも、しぃの」
「うゆうゆ」
「……うん。かのんは、いいひと。すき」
「うゆ。かのんもしぃちゃんは、可愛いと思いましたっ」
 ぺっかりと愛らしく笑うカノンと、無表情にうなずくシィ。対照的な二人は、何だか意気投合した様子である。
「お子さま同士で気が合うんだろうな……」
 自分の膝の上で、短い腕を伸ばしてカノンと握手しているシィを見ながら、アレクシスは小さくため息を吐く。ついでにその小さな頭もぽむぽむと撫でてやった。
「──で。まさかおまえらまでいるとは、思わなかったんだけど?」
 くるりと首を回して、隣のテーブルに座った三人の『同僚』にそう声を掛ける。
 丸いテーブルを囲む三人の中で、向かって正面に座る、やたらと派手な見た目のヒューマンの男が、片目をつむってみせた。
「ま、長いこと『先輩』だった男が、やっと卒業する気になってくれたっスからね」
 乱暴に切られた髪をそのまま頭の上で一つにまとめた、いわゆる「髷」のような奇妙な髪型に、片肌を晒すように着崩した服。その彩色も派手ならば、いたるところに身に着けたアクセサリーの類もまた、独特に派手なものである。
「なんだよ。おまえと一番息が合うのは、俺だろ? ヴァンフォート」
「ま、そーっスけど」
 これでこの男、『ローグ』の称号を持っているのだから、世の中解らないものだ。
「セーラも、そんな感じなのか?」
 三人の中で一番の長身であるヒューマンの少女に視線を向け、アレクシスは訊ねる。
 椅子に座っていると床につきそうなほどに長い黒髪を持つ、凛々しい顔立ちの少女は、その切れ長の目を返しながらうなずいた。
「うむ。それと、カノン殿の護衛でござる。エアル殿がご不在の間、拙者がその役目を仰せつかっておったのでござるよ」
 その役目は十分に果たせた、と言わんばかりに胸を張る彼女の表情は、『ナイト』としての矜持を満たすことができて、とても嬉しそうである。
「セーラちゃんは、優しいんだよぉ」
「いやいや。『ぶし』として、とーぜんのことでござる」
 彼女は時々、意味不明の言葉を使うことで有名であった。
 そして最後の一人、神官衣をまとう、丸い眼鏡を掛けたヒューマンの少女が、その眼鏡をついっと指で上げながら、真摯な瞳を向けてくる。
「ポエットやライの時にもやりましたけれど。今回も、アレクの卒業をお祝いしてさしあげようと思いますわ」
「あー……そっか。それでか」
「はい。──題して、『アレクの卒業記念パーティー』です」
 癖毛の強いブルネットを短く切り揃えたその髪型と反比例するかのような、知的で真面目そうな顔立ちの少女は、その表情通りに何の捻りもない命名をしてみせる。
 しかしそれはいつものことであるし、普段は他の地域でそれぞれに活動している彼女たちが、わざわざそのために集まってくれたことが素直に嬉しくて、アレクシスは普段とは違った笑顔を浮かべていた。
「サンキュー、ベティ。おまえが幹事やってくれたんだろ?」
「勿論です。他の方に任せたら、どうなるか分かったものではありませんもの」
 心持ち顎を上げるようにしながら、澄ました顔で答えたベアトリクスは、その後でちらりとフロウティアを見るようにする。
 するとすかさず、ヴァンフォートが肘で突っついてきた。
「本音は、フロウティア先輩に会いたかっただけっスね?」
「ち、違いますわ! お、お誘いに来たのは、事実ですけども……」
 慌てて顔を赤くするベアトリクスの言葉に、フロウティアはきょとんと顔を上げる。
「私も?」
 自分を指差しながら首を傾げる彼女に、ヴァンフォートとセーラにうながされたベアトリクスが、全身を緊張させながら答えた。
「は、はい! アレクの後見人であらせられる、フロウティア先輩にもぜひ、ご出席を賜りたく……その……」
 思案するように視線を宙に浮かせるフロウティアに、ベアトリクスの声が徐々に小さくなっていく。
 この同僚の思いがけない提案には、アレクシスも思わず身を乗り出しそうになった。膝の上にシィがいることも忘れ、固唾を呑んでフロウティアの答えを待つ。
「……そうね。出席させてもらうわ」
 彼女がにこりと微笑んだ瞬間、見えないテーブルの下でガッツポーズを決めたのは、言うまでもない。
 そしてそんな彼を、シィが無言で見つめていることも。
(これならいける!)
 絶好のチャンスを作ってくれたベアトリクスに、今なら下僕になってもいいとさえ思えた。相手から断ってくるだろうが。
 そのベアトリクスも、常に真面目な顔を嬉しそうに輝かせている。
「あ、ありがとうございます!」
「これであとは、ケーボルだけっスね。あいつ、連絡取れるんスか?」
 ここにはいない、もう一人のアカデミー生、オーク族の呪術師である男の名前を挙げて、ヴァンフォートはベアトリクスを見る。
 彼女は肩をすくめて首を横に振った。
「さすがに私でも、彼を掴まえるのは難しいですわね。手紙は出しておきましたけれど」
「ケボちゃんは、こないですか?」
 カノンもエアルフリードの膝の上から身を乗り出して、残念そうに眉を下げる。それを受けたように、セーラも深くうなずいた。
「後見人であられる、アドエン殿に訊ねてみてはいかがか? 拙者も久しぶりに、あのひょうきん者に会ってみとうござる」
「そうね。そうしてみますわ」
 ベアトリクスが眼鏡を直しながらそう答えたあと、意外なところから声が上がった。
「しぃは?」
 アレクシスの膝に座るシィが、彼を見上げながら少しだけ大きな声で訊ねる。
「あれく。しぃは? いっしょ?」
「とーぜんです! しぃちゃんも一緒にパーティー! ね、アレク」
 なぜか先頭を切って答えたカノンの、妙に気合いの入った視線に、アレクシスはシィの瞳とのダブルパンチを食らったような気分になった。
「お……おぉっ。当たり前だぞ!」
 本音を言えば、『その時』にシィはいない方がいいような気はするのだが、そんなことを言えるはずもない。何より一瞬、脳裏にフレイドの姿がよぎったのだから。
(約束はしちまったしな)
 ひとつ息を吐いて、シィの小さな頭にぽむっと手を置く。
「ケーキとかもあるんだぞ。俺らの卒業パーティーは」
「けーき? あまいの?」
「おう、それだ。いっぱい食えるぞー」
「けーき。けーき」
 今すぐそれをねだるように、膝の上で身を起こすシィに、アレクシスたちが笑う。
 その光景を見ながら、エアルフリードはため息を吐くように口を開いた。
「あんた、それまでにちゃんと『転職』しときなさいよ」
「……あっ」
 ──その後。慌ててグランドマスターの下に走る、アレクシスの姿があったという。

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