「腕試しとは言ったが、爺さんまで呼んだ憶えはねえぞっ!?」
 振り下ろされる大剣を身軽なステップで躱しながら、アレクシスが怒り半分、呆れ半分といった表情で声を張り上げる。
「わしも呼ばれた憶えはないわいっ! 貴様らが勝手にやってきたんじゃ!」
 クロキアンの群れの後方にいるパナセンも、御輿の上で立ち上がりながら杖を振り回して怒鳴り返した。
「だいたい、腕試しじゃと!? 何か? わしらクロキアンは、おまえたちの練習台かッ!? ン? ン?」
「似たようなもんかもしれませんな」
 したり顔でそう言った御輿を担ぐクロキアン戦士の頭を、ぽかりと叩いておいて、パナセンは大口を開けた。
「えぇーいっ! その小うるさいエルフを叩き斬れぃっ!」
「うわっ!? ちょっと待て!」
 号令に合わせて四方から飛んでくる飛刀を、アレクシスは焦ったような声を上げながら身を捻って躱す。その動きは華麗でありながら無駄がなく、彼の実力の高さを表している。
「むぅ、やりおる……む?」
 少しばかり感心したように呟いたパナセンは、ふと何かを感じて空を見上げた。
「さすがにこう数がいちゃ……ん?」
 そしてアレクシスも、クロキアンたちの攻撃を躱しつつ、視線を空へと向ける。まるで細い針で突かれるような、鋭く真っ直ぐな感覚が、脳から足下へと駆け抜けるようだった。
 戦い合う他のクロキアンや、仲間たちに変わったところはない。彼とパナセンだけが、その異変を感知している。
「なんだ、この感じ……」
「これは……うむぅ……いや、まさか……」
 そしてもう一人──
「……きらいなものがくる」
 アレクシスたちの後方で、セーラとカノンに付き添われているシィも、その無感情な瞳を空へと向けていた。
 ──それは、小さな輝きが運命と対峙する、出会いの物語。

 宿の一階である酒場をパーティー会場へと変えていたアリシアリスは、ふとその手を止めて顔を上げる。そして何かを探すように、きょろきょろと天井を見回した。
「どしたの?」
 飾り付けのために彼女を肩車していたエアルフリードが、その様子に気が付き、声を掛ける。
「なんか……呼ばれた気がしたわ」
「まぁたコロじゃないの? いま出てきたら、私まで被害受けるんだから、勘弁してよね」
 そういう感覚ではなく、明らかな肉声だったと、溜息を吐いているエルフに言おうとしたアリシアリスだったが、それは重い物が倒れる音に中断させられた。
 二人が振り返ってみれば、運んでいた椅子を落としたらしいシアンが、険しい表情を天井に向けている。
「シアン?」
「呼ばれたわ……」
 首を傾げたエアルフリードに、緊迫した声のシアンが応えた。いつになく、真剣な瞳を二人に向けて。
「女神様にね」
 それが女性の声だったから、シーレンの巫女はそう伝えたのだった。

 まるで無数の鳥が飛び立つようなその羽音は、彼らの頭上を塞ぐように響き渡る。
 武器を振るうことに夢中になっているようだったクロキアンも、その大群を相手に防戦一方だったアレクシスたちも、一様に動きを止めて空を見上げた。
 そしてその誰もが、その光景に目を疑う。驚愕して立ち尽くす。
 空を覆わんばかりに出現した、翼を持つ、白い褐色の戦士の群れに──。
「……エンジェル!?」
 声を上げたのは、パナセンだった。長老のひと言に、クロキアン戦士たちがうろたえた声を上げ始める。
「嘘だろ……なんで、天使がっ!? しかもこんなにっ!?」
 狼狽したアレクシスの疑問は誰もが思うことだったが、誰も答えることができないものでもあった。
「物見遊山、というわけではなさそうだね」
 平静を装っているフラウディアではあったが、その光景に受ける衝撃はアレクシスと変わらない。不敵に微笑む頬に、一筋の冷たい汗が流れる。
 彼女たちよりやや後ろにいるフロウティアも、穏やかな風貌を険しく歪め、翼を羽ばたかせて上空に佇む天使の大群を見つめていた。光の神官である彼女には、それは本来、敬うべき姿であるのだが、天の助けが来たと喜べる状況でもなかった。
「私に助けが来るとも思えませんしね……。っ! まさかっ!?」
 呟いた瞬間、「そのこと」に思い至り、彼女は後ろを振り返る。
 そしてアレクシスも、猟師の村で言われたことを思い出していた。

『この先……彼女と共にある限り、またこのようなことがあるかもしれません』

 それは彼女の自称『姉』である騎士の言葉。そして彼女と同じく「シーレンの魂の欠片」だと言った女性の言葉である。
「シィ!?」
 叫んで振り返ったそこに、天使の群れを見上げて佇む少女の姿。いつもと変わらない無感情な瞳に、赤紫の光を宿した彼女を見付けて、アレクシスは背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「セーラ! カノン! シィを──っ」
 言い掛けて駆け出そうとしたアレクシスだったが、その踏み出した先に閃光が降り注いだ。上空から飛来した一本の槍が、彼の行く手を遮ったのである。
「やめよ。その娘に関わること、許さぬ」
 見上げると、四枚の翼を広げた一際巨大な姿の天使が、こちらを見下ろしていた。
「死の女神が零した妄執は、我らが浄化する。その娘は、この世界に在ってはならない者だ」
 その強圧的な声と存在感に、アレクシスは思わず身震いする。しかし同時に、鋭く頭上の天使を睨み付けた。
 それはつまり、シィの存在を消すということだ。彼ら天使からすれば、たしかに「シーレンの魂の欠片」など、悪以外の何物でもないだろう。
 だがそれは、天使たちの都合である。
「ふざけんじゃねえ! 仲間を殺すと言われて、はいそうですかと黙ってみてられるかっての!」
 片手で拳を作り、それを振り上げながら、アレクシスは激昂した声を上げた。それは一方的に事を進めようとする、天使たちの傲慢な態度への怒りであったが、同時に、先ほどシィに感じた危機感を払うためでもあった。
(もう、あの『力』は使わせない)
 その思いが通じたのか、それとも彼の大きな声に驚いたのか、狙い通りにシィの気は逸れて、アレクシスに視線を向けてきょとんと瞬きをする。
 天使はアレクシスを見下ろしたまま、その白い兜に覆われた瞳を冷ややかに細めた。
「刃向かうか。光のエルフが」
「光とか闇とか関係ねえっ! 仲間を守るのが、冒険者の流儀だッ!」
 言い返すと同時に、目の前に突き立ったままの槍を引き抜き、天使に投げ付ける。
「シィは俺が守るって約束してんだよ!」
 四翼の天使はその槍を躱して片手で掴み取った。
「──愚か」
 彼の呟きが合図だったかのように、待機していた他の天使たちが動く。数人がアレクシスを囲むように、急降下してきた。
「いや。それだからこそ、正しいのだよ」
 それはフラウディアの不敵な声。アレクシスと背中を合わせるように立っていた彼女は、その黒衣の裾に手を入れると、そこから赤黒く染まった数本の『骨』を取り出す。
「馬鹿なことだろうと何だろうと、己が信じることを為すために戦う──」
 彼女の手からその骨が離れた瞬間、降下してきた天使たちが苦悶の声を上げ、見る間に生気を失って墜落した。彼らの胸に突き刺さった骨が、彼らの生命力を奪ったのだ。
「それは、ヒトとして正しい。そうではないかな?」
 黒衣の外套から、禍々しい装飾を施された杖を引き抜き、彼女はそう言うと、片目をつむって不敵に微笑んで見せた。
 その魔法と威力に、アレクシスは一瞬、唖然としてしまう。
(黒魔法……シィが言っていたのは、このことかっ!?)
 フロウティアの姉であるから、当然、フラウディアも白魔術の使い手だと思っていたのだが、全くの逆であった。そしてそれは、確かにシィの『力』と「似ている」。
 そんなことを考えていた彼のそばに、さらに二人の人間が並んだ。
「たしかにそうっスね。俺も仲間として、ここは譲れないっス」
「今はアレクやしぃちゃんを守るのが、私たちの正義ですものね」
 アレクシスの両脇を固めるように、ヴァンフォートとベアトリクスが並ぶ。二人とも微笑みすら浮かべながら。
 二人に釣られて、アレクシスもふと笑みをこぼした。
「ああ……やるかっ!」
 だが四翼の天使は、まるで興味がないように上空で背中を見せると、槍の穂先だけを彼らに向け、口を開く。
「刃向かうのならば、排除するまで」
 天使たちが一斉に動いた。剣を手に、あるいは魔力を宿し、アレクシスたちを狙う。
 そして四翼の天使自身は、槍を持たない方の手を開き、シィに向けてかざした。
「大人しく裁きを受けよ」
 その掌に、燃え盛る炎のような光が収束していく。
「やばいっ!?」
 迫り来る天使たちの中で、アレクシスが焦りながら飛び出し、フラウディアが対抗する呪文を唱えた瞬間、四翼の天使は魔力を解き放った。
 それは一塊の炎となってシィに迫る。
 ずっとアレクシスを見つめていたシィも、その輝きに顔を上げ、彼女を庇うようにセーラが盾を構え、カノンがうゆうゆと声を上げたその時、
 ──ズオォオオオオオンッッッ!!
 炎は彼女たちの前で破裂し、掻き消された。
「……このような理不尽、許せません」
 そこには、両手を前に突き出し、毅然と天使を見据えるフロウティアがいた。自身の魔力と両手の指に付けた指輪の力で、天使の魔力を防いだのである。
「この子の生まれがいかなるものであろうとも、この子自身には何の罪もないはずです!」
「ふろーてぃあ……」
 それはシィが初めて目にする、フロウティアが怒った姿であった。しかしそれがなぜか、胸を暖かくしていく。
「おまえは……」
 四翼の天使は意外そうな声を上げ、フロウティアを見下ろす。
「光の神に仕える者ではないのか?」
 それは少し動揺したような、独り言のような呟き。
「いや、その気配……そうか」
「私は……」
 杖を構え、フロウティアが応えようとしたその声は、突如湧き上がった雄叫びとも怒声とも取れる、無数の声によって遮られた。
「ひとん家の庭で、ごちゃごちゃ騒ぐでないわぁーっ!」
 それまで大人しくしているようだったクロキアンたちが、一斉に動き出したのである。
「事情はわからんが、わしらの家で暴れることは許さんぞい!」
 ──天使の群れに向かって。
「いいんですか、長老。天使に刃向かって」
「わしらのテリトリーに踏み込んできたのは、あやつらの方じゃ! 天使じゃろうと冒険者じゃろうと、関係あるかぃ!」
 御輿を担ぐクロキアン戦士の呆れた声に、パナセンは鼻息も荒く答える。彼にとっては、自分たちの住処を荒らす者が、即ち「敵」なのだ。
「まず厄介な天使どもから叩く! その後、冒険者どもを追い払う! 各個撃破は戦術の基本じゃよ!」
「勝てるんですかねぇ……」
「だまらっしゃあ! おまえら、合い言葉を忘れたのかっ!?」
『インナドリルの平和は我らが守るっ!』
「そうじゃ! ゆけいっ!」
 長老の号令の下、クロキアンたちは果敢に天使たちへの攻撃を始めた。空を飛ぶ相手に対し、有効な攻撃手段がないかと思われたが、飛刀を操る者たちが器用に天使の翼を射抜いていく。アレクシスを狙って、天使たちが降下していたことも幸いしたようだ。
「下等種族が……っ!」
 四翼の天使がちらりと地上を顧みて、唾棄するように呟いた。しかしそれは、パナセンの耳にしっかりと聞こえていたりする。
「羽が生えてりゃ偉いのかっ!? 飛んでれば上等じゃとでも!? 見下すでないわッ!」
 御輿の上で暴れるように地団駄を踏みながら、振り回す杖から魔力を放つパナセン。それは見事に天使の群れを貫き、彼らを墜落させた。
「おお! さすが長老!」
「ボケてるようでも、魔力は一品ですな!」
「うむッ!──見たかっ!」
 部下に誉められて気分を良くしたパナセンは、御輿の上で仁王立ち、右手の杖を高々とかざして、四翼の天使を指した。
「アシャキエル!」
「……おまえたちも、この島も、焼き尽くすことにしよう」
 長大な四枚の翼を広げたアシャキエルは、その全身に魔力をみなぎらせるがごとく、炎の輝きをまとい始めていた。

 その時──
 少女を知る全ての者たちが、その『声』を聞いていたという。

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