「転職おめでと!」
「お、おめでとうございます」
 ファイスは日に焼けた顔に爽快な笑みを浮かべて。
 プリシラは大人しそうな顔を朱に染めながら。
 互いの新しいステップを祝福し合う。
 与えられた試練を見事に乗り越えた彼女たちは、これからそれぞれに、より専門的な技術や知識を学ぶことになる。
 それが俗に言われる「転職」だ。
 ファイスは『ウォーリア』と呼ばれる道へ。
 プリシラは『クレリック』の道へと進んだ。
「あ、あの……ありがとうございます。私の試験に付き合っていただいて……」
 プリシラはそう言って、おずおずと頭を下げる。下げられた方のファイスは、ちょっとだけ驚いたように目を丸くしてから、すぐに破顔した。
「ボクの方も手伝ってもらったじゃないか。困ったときはお互い様だろ?」
 話せる島からグルーディンの村へと向かう定期船の中で知り合った二人は、ファイスからの提案で、すぐに互いの転職試験を手伝い合うことにしたのだ。
 そしてさらにファイスは、右手を差し出してもうひとつの提案を持ちかける。
「これからもよろしくね」
「え……?」
 顔を上げたプリシラのその表情が、きょとんとする。何を言われたのか解らない風だ。
 ファイスはにこりと笑って差し出した右手をそのまま上げ、飛びつくような勢いでプリシラの肩に腕を回した。
「一緒に旅をしようよ、プリシラ!」
「え……あ……は、はい……?」
 まだよく解っていないプリシラは、不思議そうな顔でファイスに揺さぶられながら、その力が強くてちょっと痛いなと思っていた。

「ファイスさん! 無茶です!」
 長槍を両手に構え、今にも走り出しそうな自分と同じくらいの身長の相方に叫ぶ。
「だーいじょうぶ。それにほら、あっちはやる気いっぱいみたいだし」
 心配された方は笑顔で振り向いて、今にも泣き出しそうな自分より華奢な相棒にそう言った。
 ファイスが指さした先には、幕営からのそりと顔を覗かせたオルマフム族の姿。その装束からして、上級士官クラスの者であることが判別できる。
 幕営の前で矢を突き立てられて絶命した、自分の部下の姿を見下ろし、殺気を漲らせた瞳をぎろりとファイスたちに向ける。
「ひっ……!」
 思わず声を上げて後ずさるプリシラ。その前で、逆に相手を見下すかのように余裕の笑みを浮かべるファイス。
 最初に顔を覗かせたオルマフムに続いて、他の幕営からも同じような姿のオルマフムたちが、次々と姿を現した。その中には、指揮官クラスの者も混ざっている。
 殺気立った彼らが指揮官の号令の下、一斉に武器を振りかざして襲い掛かってきた。
「ファイスさん!」
 プリシラはもう涙目だ。
「プリシラ! ちゃんとヒールしてね! あと適当に援護!」
「そんなこと言われても……!」
「だいじょーぶ」
 この状況でも振り向く余裕があるのが、ファイスである。彼女はいつものように、快活に微笑んだ。
「ボクとプリシラなら、勝てるよ」
 そして彼女は長槍を一振りして、オルマフムたちに向かって駆け出した。

 ある時は、ファイスが止める側に回る。
「もうやめた方がいいよ……」
 ファイスはいい加減に疲れたという表情でそう言った。
「いいえ! まだまだです!」
 常には見られない興奮した様子で、いっぱいに膨らんだ背負うようなサイズの布袋を目の前の男に差し出すプリシラ。
 差し出された相手の男も、いささかげんなりした様子だ。
「さあ、バルサクさん! この遺骨も組み立て下さい! 絶対、同じ人の骨があるはずです!」
「いいのかねぇ……」
 バルサクはちらりとファイスの方に視線を送る。ファイスは仕方ないといった感じに、首を横に振った。
 ここまでにすでに十数体分の遺骨が、組み立てに失敗して足下に散らばっている。その欠片を見やって、ファイスは少しだけ頬を引きつらせる。
「ま、やれと言われればやりますけどね」
 死者を弄ぶようなこの作業に、これだけ積極的な聖職者も初めてだ……と内心で呟きながら、渡された布袋の中身を取り出して、ごそごそと作業を始める。
 ややあって……
「──あっ」
 がしゃん。
 組み立てていた遺骨が他人同士の物だったのか、はたまたバルサクが手を滑らせたのか、途中まで完成していた人体模型は、音を立てて崩れ落ちた。
 さすがに済まなさそうに顔を上げるバルサク。その視線の先にあったのは……
「〜〜〜〜っ!」
 頬を膨らませ、耳まで真っ赤にしたプリシラの顔だった。
「バルサクのバカぁ! 罰当たりぃ! 不信心者ぉーっ!」
「プ、プリシラ! 落ち着いて!」
 手に杖を振り上げ、思い付く限りの罵声をバルサクに浴びせるプリシラを、ファイスは羽交い締めにして止める。
 人が変わったようにとはよく言うが、プリシラのそれは、まさに別人であった。

 二人が行動をともにするようになってから二ヶ月ほどが経つと、プリシラもファイスに対しては、屈託なく接するようになっていた。
 しかし、たまにファイスの提案で他の冒険者を誘うときなどには、やはり人見知りの性格が顔を覗かせる。
「よぉ、ファイス! やっぱり来たか、この暴れん坊め!」
 パーティーの募集をしているところに、一人のヒューマンの戦士がそう言いながら近寄ってきた、この時もそうだった。
 その男を見た瞬間、ファイスの顔が嬉しそうに輝く。
「バイン! キミもこっちに来てたんだね!」
「おぉよ。今の拠点はディオンだけどな。ちょっと用があって、グルーディオに来てんだ」
 ファイスよりも頭二つ分くらいは背の高い、麦色の髪の青年は、彼女と同じように気さくな笑顔を浮かべて2人の前に立つ。
「いつ村を出てきたんだ?」
「バインが旅に出て、一ヶ月くらいしてかな? ちょっと前まで、話せる島の道場にいたんだよ」
「それでもうここまで来たのか! やっぱ才能あんだなぁ、お前。親父もお前なら、うちの皆伝取れるって言ってたもんな」
「もうバインより強いかもしれないよ?」
「おいおい。そりゃ調子に乗りすぎだろ」
 そう言って爽快に笑うバインは、ふとファイスの後ろに隠れるようにして立っているプリシラに気が付いた。
「その子は?」
「ボクのパートナーだよ」
 ファイスはにこりと笑う。そしてプリシラを振り返った。
「プリシラ。彼はバインって言って、ボクと同郷の戦士だよ。家が隣同士で、ちっさい頃から遊んでもらってたんだ」
「…………」
 プリシラは小さくこくりとうなずいて、バインに向かっておずおずと頭を下げる。
 そんなプリシラに、バインは人懐っこく微笑みかけた。
「よろしく。ファイスが世話になってるみたいだな」
 バインの言葉に、何やらハッとしたように顔を上げて、慌てて首を横に振るプリシラ。
 その横では、ファイスが面白く無さそうに口を尖らせる。
「なんだよ、それ」
「お前の無茶が効くのも、その子のおかげだろ?」
 片目をつむってみせながらそう言うバインに、ファイスは頬を膨らませて、少し強い調子でバインの胸に拳をぶつける。
「ボクは無茶なんてしないよっ」
「どうだかなぁ」
 にやりと笑うバインに、ファイスはさらに食ってかかった。
「……」
 そんな二人を見つめながら、プリシラはどこか遠くを見るような目をしていた。
 幼馴染みのようだが、明らかに年上であるバインに対しても臆することなく、堂々と自分をさらけ出しているファイスを、プリシラは羨ましいと思う。それはとても凄いことのように思えるのだ。
 少なくとも自分なら、たとえ同郷の者が相手でも、こうはいかない。どんな風に接すればいいのか、なんて話し掛ければいいのか、いろいろと考えてしまって、結局何も言えずにうつむいてしまう。
 ──自分というものを他人に見せることが恥ずかしいのだろうか?
 そんな自問が浮かぶ。
 変わりたくて今の道を選んだのに、なかなかその殻を破ることができないのが、今のプリシラであった。
「おっと……悪い、そろそろ行かないとな。仲間を待たせてあるんだ」
 戯れるようなファイスの拳をかわしていたバインが、両手を上げてそう言った声が聞こえ、プリシラもハッとして顔を上げる。
 ファイスが首を傾げた。
「仲間?」
「ああ。こっちで知り合った連中だけどな。なかなか腕が立つし、いい奴らだ。なんなら今度、お前にも紹介してやるよ」
「うん!」
 腕が立つと聞いて、目を輝かせながらうなずくファイス。しかし隣のプリシラは、ふと顔を曇らせる。
 バインは、まるで餌を貰う子犬のように興奮しているファイスの頭に、大きな手をぽむっと置いて笑った。
「じゃ、また今度な。──プリシラさんだっけ? こいつのこと、よろしくな」
「……あ。は、はい」
 ようやく声を出せたプリシラにもう一度笑い掛けてから、バインは手を振って雑踏の中へ消えていった。
「バインの仲間かぁ……強いんだろうなぁ。わくわくするねっ!」
 機嫌良さそうにプリシラを振り返ったファイスは、しかしそこに落ち込んでいるような彼女の顔を見つけて、きょとんとした。
「どしたの?」
 プリシラはうつむき加減に視線を逸らしながら、小さな声で訊ねた。
「ファイス……あの人たちのところへ行っちゃうの?」
 不安げなその声音に、ファイスはすぐにプリシラの考えていることを読みとることができて、思わず破顔した。
「ばっかだなぁ。その時はプリシラも一緒だよ。当然だろ」
「う、うん……でも……」
 顔を上げて、尚も不安そうに見つめる相棒に、ファイスは先ほどバインが自分にしたように、プリシラの柔らかい栗色の髪に包まれた頭を撫でるように手を置いた。
「大丈夫。きっとみんないい人だよ」
「うん……」
 そうは言われても自信がないプリシラは、再びうつむいてしまう。
 さすがにファイスも困ったような顔で首を捻る。どう元気づければ良いのだろう?
 その時であった。
「プリシラちゃん……だったわよね?」
 不意に、ファイスの知らない魔術師風の女の子が話し掛けてきたのは──。

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