「プリシラちゃん……だったわよね?」
 そう声を掛けてきたのは、ファイスの知らない同じ年頃の女の子。ショートに切り揃えた髪と知的な顔立ちが、やや堅い印象を与える少女だ。
 プリシラの知り合いだろうか?
 ファイスは小首を傾げるようにして、その女の子を見る。
 一緒に旅をするようになってからというもの、プリシラから知人や友人の話を聞いたことはなかったし、今までにそうした人に出会ったこともない。プリシラ自身からも、今まで友達と呼べる人はいなかったと聞かされていた。
 しかし、当のプリシラは一瞬きょとんとしたあと、何かに驚いたように口を開けて目を丸くした。
「あっ……マーガレットさん……ですよね?」
「覚えていてくれたのね!」
 マーガレットと呼ばれたその少女は、にこりと笑ってプリシラの前まで歩み寄る。
「こんなところで同級生に会えるなんて、私たち幸運だわ」
 そう言って右手を差し出すマーガレットに、プリシラも何とか笑顔を見せてその手を握った。
 マーガレットは魔法学校で共に学んだ、プリシラの同期生の1人である。彼女は同期の中でもリーダー的な存在であり、いつも周りを引っ張っていた印象がプリシラにはある。成績も能力も優秀で、将来を嘱望されていた生徒の一人であった。
 そんなマーガレットだからプリシラも彼女のことを憶えていたのだが、まさか彼女の方でも自分のことを憶えていたとは意外である。挨拶程度の会話しかした憶えがないプリシラは、そのことだけでも軽い感動を覚えていた。
「マーガレットさんも、冒険者になられたんですね……私と同じ……」
 だから照れたようにはにかみながら、最後に一つ付け加えてみる。
「それは私のセリフよ。まさかプリシラちゃんが冒険者になるなんて!」
「じ、自分でも向いてないと思うんですけど……」
「そんなことないわ。あなたは優しい良い子だもの。人を助けることには向いてる」
「あ、ありがとうございます……」
 嬉しそうに笑って頭を下げるプリシラに、マーガレットも微笑みかける。
 そしてふと思い付いた風に、彼女の顔を覗き込んだ。
「ところでプリシラちゃん。あなた、クレリックになったのかしら?」
「あ……は、はい……」
 顔を上げてきょとんとするプリシラ。マーガレットは、今度は満足そうに微笑んでうなずいた。
「そう。ならちょうどいいわ。私たち、これから『忘れられた神殿』の魔物を退治しに行くの。あなたも一緒にどうかしら?」
「わ、私ですか!?」
 唐突な申し出に、プリシラは思わず自分を指さして目を丸くする。そして、一歩下がって様子を見ていたファイスに振り返った。
「ん?」
 小首を傾げるファイスに、プリシラは困惑したような目を向ける。それに釣られるようにして、マーガレットもファイスに目を向けて、初めてその存在に気が付いたようにした。
「あら? あなたは?」
「ボクはファイス。プリシラと一緒に旅をしてる仲間だよ。よろしくね」
「そう。私はマーガレットと言います。初めまして、ファイスさん」
 にこりと笑うファイスに、マーガレットも微笑で応じる。そしてその笑みを少しだけ困ったような形に変えた。
「でもごめんなさい。戦士の方は、もう十分揃っているの」
「ああ、気にしなくていいよ」
 片手を振ってそう言ったファイスに、マーガレットではなくプリシラの方が反応した。
「ファイスは行かないの?」
 それはとても不安そうな、そして悲しげな表情と声である。
 そんなプリシラに微笑みかけて、ファイスは彼女のふわふわした長い髪を撫でるように、その小さな頭に手を置いた。
「いい機会だよ、プリシラ」
「いい機会?」
「うん。キミはちょっと、ボク以外の人と組んでみた方がいいかもしれない」
「そんな……!」
「そのために冒険者になったんだろ?」
 驚いて声を上げるプリシラに、ファイスは特上の笑顔を見せた。
 プリシラは、はっとして息を呑んだ。
 ──そうなんだ。
 内気な自分を変えたくて、人と関わるのが苦手なところを何とかしたくて、自分は今の道を選んだはずだった。ファイスと出会って少しずつ変わってきていると思っていたが、それは相手がファイスだからだ。ファイスが引っ張ってくれているから、何とか今までやってこられたのだ。
 そう気付いたプリシラは、ファイスの言葉の真意にも気が付くことができた。
 ──彼女は自分に切っ掛けをくれている。
 嬉しくて、ちょっとだけ涙が出そうになる。
 ぎゅっと目をつむってそれを堪え、プリシラは1つ強くうなずいて、目を開けた。
「ありがとう、ファイス」
「ん……プリシラならちゃんとやれるよ」
 ファイスも嬉しそうに笑って、それからプリシラの肩越しにマーガレットを見やった。
「大丈夫だよね、マーガレットさん」
「ええ。戦力は十分。プリシラちゃんが加わってくれれば、十二分よ」
 マーガレットも笑顔で応じて、人差し指と中指を立ててみせる。ファイスがその仕草に破顔し、振り向いたプリシラもようやく心から笑うことができた。
 それからプリシラはマーガレットに対して、改めて頭を下げた。
「それじゃあ、マーガレットさん。よろしくお願いします」
「こちらこそよ。旅程は片道三日といったところかしら。遺跡内部での探索期間と余裕を含めて、十日分の準備をしてきてくれるかしら?」
「はいっ!」
「集合は明日の朝。西門のところね」
 そう伝えると、マーガレットはプリシラの元気の良い返事に明日の再会を約束して、立ち去っていった。
「頑張ってね、プリシラ」
「はい!……ファイスも、一人の間に無茶をしないでね?」
「ボクなら平気だよ」
 白い歯を見せて胸を張るようにして笑うファイスに、プリシラはなぜかその時、ふと不安のようなものを感じた。

 朝、宿で出発の挨拶を交わした時には、その不安はさらに大きなものとなっていた。
「……ファイス、本当に大丈夫?」
 そう声を掛けてみたが、ファイスはプリシラが弱気になったのではないかと思い、いつものように快活な笑顔を見せる。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。ボクが強いのは知ってるだろ」
「うん……」
「プリシラの方こそ、せっかくのチャンスなんだから、しっかり友達作ってくるんだよ」
「う、うん……って、その前にちゃんと魔物退治してくるもん……」
「あははっ! そりゃそうだね」
 その笑顔にプリシラは少しだけほっとして、何とか笑顔を作って別れたのである。
(気のせい……だといいな……)
 しかしそんなプリシラの不安も、マーガレットたちと約束の場所で落ち合い、初めて出会う戦士や魔導士たちと緊張しながらも言葉を交わし、目的地までの旅をしている間に、いつの間にか忘れていった。
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。分からないことは、何でも私に聞いてね」
 時折、マーガレットが声を掛けてくる。この一行の責任者としての自覚を持っているからか、一番不慣れなプリシラを気に掛けてくれているのだ。
「は、はい。がんばりますっ!」
 数日間の旅でプリシラにも判ったことだが、マーガレットはやはりリーダー的な資質が高い。見た目の印象通り、合理的な思考を持つ彼女は、それによる指揮力を根幹とした魅力で人を惹き付けるようだ。それ故に、パーティー全体の細部に渡る気遣いもある。
 ただ、プリシラの印象では、少し他のメンバーたちとの間に壁のようなものがあるような気がした。マーガレット自身がその壁を作っているような、そんな感じである。
(でも、すごいな……)
 自分の他に八人もの冒険者を率いているマーガレットに、プリシラはそんな純粋な感想を持つ。
 また一方では、そんなマーガレットが自分を誘ってくれたことに応えないといけないという、使命感にも似た気持ちも生まれていた。
「あぁら、逃げちゃうのぉん?」
 奇妙な言葉遣いをする、ナイトだというヒューマンの男性が、弓を持つスケルトンが後退するのに合わせて追いかける。
 ここは『忘れられた神殿』の内部にある、マグマのようなものが床を流れるエリアだ。
 内部を進みながら魔物を掃討していく一行は、通路で遭遇したそのスケルトンを追い詰めるように追撃する。
 しかしその時、プリシラだけは何かを感じ取った。
「お願い、止まって!」
 両手で持つ杖に魔力を集中させ、それを振りかざしてスケルトンに向ける。すると石畳を敷き詰めた床から不可視の蔦が伸張し、まるで宿り木のように骨の足に絡みついた。
 後退を止められたスケルトンが、その無表情の頭骨を焦るように揺らす。
「イケナイ子ねっ。お・し・お・きっ☆」
 口調の軽さとは裏腹の力強い鈍器の一撃が、スケルトンのその頭骨を粉砕する。
 その時、マーガレットもハッとして顔を上げた。
「バズヴァナンさん、下がって!」
 小さい声でそう言った彼女に、ナイトの男性は不思議そうにしながらも、他の戦士たちと共にプリシラたちのところまで戻る。
 マーガレットは通路の先に見えてきた部屋のような空間を見つめながら、さらに小さく隣のプリシラに話し掛けた。
「よくやったわ、プリシラちゃん。どうやら待ち伏せされていたようね」
「え……」
「あのスケルトンは、私たちをおびき寄せるための餌だったわけね」
 先ほどプリシラが感じ取った何かは、それだったのだ。
 マーガレットがプリシラに笑みを向ける。
「あなたのその先見性、回復魔法なんかよりも助かるわ」
 プリシラは、嬉しそうに頬を染めて顔をほころばせたのだった。

 グルーディオの村に戻ってきたのは、一週間が過ぎた頃である。
 マーガレットたちとのクエストは、何とか大過なく終わらせることができた。
「またお願いしたいわ。今度はあのファイスさんとも、ぜひご一緒に」
 そう言ってくれた言葉が嬉しかった。
 初めてファイス以外の人に誉められたことが、自分の中で自信になるのが分かった。
 これで送り出してくれたファイスにも、胸を張って報告ができる。
 そう思って、部屋を取っているいつもの宿屋に入った。
 しかし。
「お連れの方なら、神殿にいますよ」
 宿の主人にそう言われたとき、プリシラはきょとんとして首を傾げた。戦士のファイスが、神殿に何の用があるのだろうと。
「大怪我をされましてねぇ……大変だったようですよ」
 ──!?
 体を震わせたプリシラの手から、杖が転がり落ちた。

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