「あー、メンドくさい」
 鮮やかな藤色の長い髪を片手でふわりと掻き上げ、そのついでに頭をぽりぽりと掻きながら、エアルフリードは憂鬱そうに呟いた。
 ここは、つい数ヶ月前に突如としてこの世界に出現した『魂の島』。カマエルと呼ばれる種族たちの島だ。
 かの謎の種族に対する知識は、他の五大種族たちは横一線というところだろう。多くのことが不鮮明であり、不明瞭だ。そして彼らカマエル族自身も、あまり多くを語ろうとはしない。
 それはもしかしたら、彼ら自身も解らないことがあるのではないだろうか?
 そう言ったのは、血盟の仲間であるフロウティアだった。
「それはともかく、なんで私がこんなこと」
 背中の半ばまで伸びた髪を、器用にサイドテールにまとめながら、さらに不満そうにぶつぶつと呟く。
 季節も初夏となり、やや北よりのこの島でもじわりと汗ばむような陽気がある。小さな島であるせいか、肌にまとわりつくような湿気がないのが幸いだ。
 これでダークエルフたちの森のように湿度が高ければ、エアルフリードは暴れ出していただろう。
 ただでさえ、今回のことは彼女にとって不本意な流れなのだから。

 それは数日前のこと。
「盟主の厳命」
 宿のカフェテリアでアフタヌーンティーを楽しんでいたエアルフリードの元に、フロウティアがその言葉を伝えに来たのが始まりだった。
 エアルフリードは読んでいた一枚誌から顔を上げ、慈母のような微笑みを見せる親友を見上げる。
「なによ?」
「カマエル族を血盟に勧誘してきなさい」
「……はぁ?」
 細い眉を思い切り歪めて、問い返す。
 その表情と声だけで、この親友は全てを理解してくれる。
「なんで私が?」「ていうか、今さら?」「他に勧誘向きの人がいるでしょうが」
 そんなところである。
 フロウティアはにこにこと微笑んだまま、そんな親友の長く尖った2つの耳を、両手の人差し指と親指でつまみ上げた。
「盟主の命令なのよ」
「痛っ! 痛いって!」
 目をバツ印のようにしながら抗議する友人の声に、ぱっと手を離す。
「私と盟主も行くの。だからあなたも手伝って、と言っているのよ」
「ったく……それならそう言ってよ」
 引っ張られた耳を押さえながら、口を尖らせつつも、エアルフリードは立ち上がる。
「行く気になった?」
 小首を傾げるようにして、フロウティアは確認する。
「仕方ないでしょ。あんたとあいつが行くんならさ」
「ええ」
 フロウティアはふっと目を細め、自分の左腕の上腕部に巻かれた布に手をやる。
 それに釣られるように、エアルフリードも自分の左腕に目をやり、そこにある親友と同じ『証』に手をやった。
「……約束だもんね」

 ──だがしかし。
「着いてみれば、フロウティアはあいつと2人で別行動とか言うし。私1人で何をどーすれば、勧誘できると思ってるのよっ」
 尚もぶつぶつと不満を並べながら、カマエルたちの居住区である村の中を歩いていく。後半の方は、自分勝手な理屈になっているが。
 見目麗しく、貴族の館に咲く花か、はたまた光り輝く宝石のごとき容姿を持つエルフ族の女性が、昼の日中から大股で機嫌悪く歩いている様は、なんとも格好悪い。
 そのあまりの気迫に、道行くカマエル族たちは男も女も、思わず道を譲ってしまっていた。彼らの脳裏には刻まれたことだろう。「エルフ族は怖い」と。
「だいたい、どこ行けば冒険者がいるのよ」
 ろくに聞き込みもせずにそう言えるのは、ひとえに彼女の性格だろう。
 歩きながらきょろきょろと辺りを見回すが、それらしき者たちはいない。
 彼女とてカマエル族の冒険者がどういったものなのかは、ここ数ヶ月の経験で知っている。幾人かは友人と呼べる者もできていた。
 しかし、この島に来るのは初めてなのだ。
 冒険者ギルド関連の建物すら、どこにあるのか解らない。それを伝えることなくどこかへ行ってしまった、フロウティアたちにも責任はあるのだろうが。
「地図はないの!? 街の地図わっ!」
 ついに独り言のレベルを超えて、わめくようにそう口に出したとき、街路が開け、広い人工池を中心とした広場に出た。池の中央には、見事なデザインの噴水もある。
 エアルフリードは、少しの間だけその広場の光景に目を奪われた。
 多くのカマエルたちが思い思いにくつろいだり、露天商を構えたり、行き交うその光景が、島に似つかわしくないほど平和で穏やかな空間に思えたからだ。
「……何よ。意外といいトコじゃない」
 誰にともなくそんなことを呟きながら、その広場の中に入っていく。最初に目に付いた露店で、鶏肉か何かの串焼きを一本買って、それを手に噴水のそばに腰掛けた。
「広場なら、冒険者くらい来るわよね。うん。ここで見張ることにしましょ」
 まるでこの場にいない誰かに言い訳をするようにそう言って、串焼きをほおばる。味付けは、わりと一般的なものだった。
 昼時には少し早い時間だが、この広場は人で溢れている。カマエル族が普段、どんなことをしながら暮らしているのかは知らないが、この様子からすると、自分たちエルフやヒューマンと、そう大差は無いように思える。
 農工業があり、商業も多岐に渡り、それらを管理する役所のような機関があり、それらの中に1人1人がいるのだろう。
「けど……」
 ふと思う。
(あの羽は邪魔じゃないのかなぁ)
 カマエル族の特徴である、背中の片翼を見つめながら、そんなどうしようもないことを考える。
 それを持ち得ない者からすれば、普段の生活にも支障がありそうに思えて仕方がない。
 そういえば以前、盟主と「カマエルの片翼は右か左か」で揉めたことがあったと思い出す。あの勝負は結局、エアルフリードの勝利で終わったのだが、その時の盟主の言い訳が面白かった。
「前から見れば、右」
 泣きそうな顔でそう言っていた姿が思い出され、頬杖を付いたエルフは破顔する。
 そのことがあったから、というわけではないだろうが、特段、仲間を増やすことに執着していないあの盟主が、珍しく能動的に仲間を増やそうとしている。しかも、カマエル族の戦士をご所望だ。
(ちゃんとやりますか)
 その時に浮かんだ微笑は、おそらく血盟の仲間たちも見たことがないであろう、優しい微笑みだった。

 串焼きが串だけになった姿を確認して、腰掛けていた噴水の縁から立ち上がる。
 どこかにゴミ入れはないのかと、辺りを見回したその時、ふと1人のカマエルが目に入った。
 女性らしい、細くて丸みを帯びた体付きのそのカマエルは、他の同族同性の者より頭一つ分ほど背が低く、まだ子供なのだろうと思われた。だがそれが、エアルフリードの目を惹いたのだ。
(なんか、うちの妹みたい)
 故郷に残してきた、成年しても周りより小柄な体型に劣等感を持っていた実妹を思い出し、思わず笑みが零れる。
 髪の色も、少し自分に似ている。それも妹に似ている気がした。
 その女の子は、何をしているのか、それとも何かしていたのか分からないが、広場の隅──おそらく村の外へと続く路の前で、空を眺めるようにして、立ち尽くしている。
 空に何かあるのかと思って、エアルフリードは自分も顔を上げてみるが、そこにあるのはこの島特有の、閉ざされたようなどんよりと曇った灰色の空。
「ここにはアインハザードの恵みが届かないのかもしれないわね」
 そう言っていたフロウティアの言葉を思い出す。
 何せ、今まで存在すら知られていなかった場所と種族だ。ありそうな話である。
 再び女の子へと視線を戻す。すると、相手もこちらを見ていた。
 少し虚を突かれて、エアルフリードは小さく声を出してしまう。女の子の方も、少しだけ口を開いて、不思議そうに小首を傾げた。
 その時である。
「ああっ! こんなとこにいたぁ!」
 こちらまで聞こえてくる声と共に、女の子が立っている路の向こうから、数人のカマエル族の少女たちが駆けてきた。女の子はエアルフリードから視線を外し、駆け寄ってくる少女たちに向き直る。
 その少女たちの姿に、エアルフリードは再び小さく声を上げた。
 彼女たちは革の鎧をまとい、手には各々の武器を持っていたからだ。
 間違いなく、冒険者。もしくはその卵たちである。
(あれ全部勧誘したら、どんな顔するかな)
 冒険者姿の少女たちは、全部で5人いる。彼女たちを連れて行った時の盟主の顔を想像し、思わずエアルフリードの口元が緩んだ。
「もう……集合時間になっても来ないから、先に行っちゃったよ」
「私たちも急いでいるのよ。ごめんね」
 そんな声が聞こえてきた。
 妙な妄想をやめて、彼女たちの様子を窺う。
 どうやら先ほどの女の子を囲んで、冒険者の少女たちが何か言っているらしい。
 女の子の方は、何だかぼうっとした表情のまま、小さく何度もうなずいたりしながら、少女たちの言葉を聞いていた。
「──ということなの。もう私たちはあなたと一緒に行けないわ。わかる?」
「……うん」
 微かに女の子の声が聞こえた。
 その声には、寂しそうな色が混ざっている。
 エアルフリードは、少し眉をひそめた。
 女の子が寂しそうだからではない。今の会話の内容を推測していたのだ。
(……あの子たち、同い年くらいってこと?)
 どう見ても、女の子1人だけが年少に見える。だがあの会話は、友達同士のものだ。
 しかもよく見れば、彼女が着ている物も冒険者用の丈夫な生地の服だし、おまけに左手には小さなボウガンも持っていた。
(発育不良な子は、どこにでもいるわけか)
 そんなところまで自分の妹にそっくりじゃないかと、エアルフリードは吐息を漏らした。
「じゃあね。私たちは一足先に大陸へ行くわ」
「気が向いたら追いかけてきてねー」
 少女たちはそう言って手を振り、女の子のそばから離れていく。
 彼女は何も言わずに、相変わらずぼうっとした表情のまま、手を振り返していた。
「……はぁ……」
 エアルフリードが、もう一つため息を吐く。
 少女たちが見えなくなるまで手を振っていた女の子は、その手を下ろすと、ほんの少しだけ落ち込んだように視線を落とした。
 エアルフリードは大股で歩き出す。やはり優美さの欠片もないが、何か威厳のような迫力だけはあった。
「……どうしようかな」
 女の子がぽつりと呟く。
 その真横でエアルフリードが立ち止まった。
「しょーがないから、誘ってあげるわ」
 いきなりそう声を掛ける。
 女の子は弾かれたように顔を上げた。間近で見る深紅の瞳は丸く見開かれ、エルフ族よりもなお白いと思われる陶磁器のような肌は、少しだけ紅潮している。
「ぅゆ……?」
 腰に手を当て、胸を張るようにして自分を見下ろしてくるエルフに、怯えたような声を出して身を固くする女の子。その少し癖毛な短い髪に包まれた小さな頭を、エアルフリードの手がわっしと掴んだ。
「うちの血盟に入れてあげる。名前は?」
「うゅ……ぁゅ……」
「な・ま・えっ」
 ずいっと顔を近付け、互いの目を合わせて口調を強める。
 女の子は、怯えきった表情で奮えるように唇を動かした。
「か……か…のん…」

 こうしてここに、血盟初のカマエル族を迎えることとなったのである。

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