夕暮れの強い陽射しが、まるで沢山の光り輝く道のようになって広場へ差し込んでくる。 その光を、何を考えているのか、それとも何も考えていないのか判らない、ぼうっとした表情で眺めながら、カノンは膝を抱えてその広場に座っていた。 ──港町グルーディン。 駆け出しの冒険者たちが集うこの街では、カノンのように新品の武具に身を包み、今ひとつそれが似合っていないような者の姿も多く見かけられる。 だから、広場に立ち並ぶ冒険者の露店に紛れて彼女が座っていても、特に気に留める者はいない。ギランほどではないものの、ここでも冒険者たちの活動は活発なようだった。 「うゆうゆ」 カノンは何か満足そうに小さくうなずく。 茜色の夕焼けがとても綺麗だったから、そのことを褒めてあげているのだ。故郷にはなかった景色だから、それを見られることを喜んでいるのだ。 そうしてうなずいていたカノンが、ふと後ろを振り返る。背中の羽が、ぱたたっと少しだけ羽ばたいた。 「──お姉様っ」 まだ人混みの向こうに、ほんのわずかだけ見えるエアルフリードの姿を見つけ、嬉しそうな声を上げてぴょこんと立ち上がる。 そして待ちきれないように、全力で走り出した。 「迎えに来てやったわよー」 「うゆっ!」 エアルフリードの声が届いたときには、カノンは抱きつくようにして彼女の腕の中に飛び込んでいた。 それを受け止めたエアルフリードは、子猫が喉を鳴らすように「うゆうゆ」言っているカノンの頭を撫でてやりながら、微笑を浮かべる。 「セーラは?」 「うゆ。せーらちゃん、海に落ちちゃって鎧がぁ……」 「ああ。海水は金属の大敵よねぇ……。それで鍛冶屋にいったのね?」 「うゆうゆ。でもせーらちゃん、凄かったよ? 海に落ちるとき、『これだけは守らねばならぬでござるー』とか言って、かのんに剣を投げてきたの。だからせーらちゃんの剣は、だいじょーぶでしたっ」 「そう。良かったわね……ていうか、あの子らしいわ」 呆れるやら感心するやら。何とも微妙な笑顔を見せてそういうエアルフリードに、カノンは何か期待するような瞳で、背中の羽をぱたぱたと動かす。 それに気が付いた保護者は、もう一度、微笑みを作って小さな頭を撫でてやった。 「あんたも。ちゃんとセーラの剣を守って、偉かったわね」 「うゆっ! かのん、今日もがんばりましたっ!」 くすぐったそうに目を細め、嬉しそうに笑うカノンの羽が、一段と激しく動く。 最近は、こうして一日の出来事をエアルフリードに話すことが、カノンの日課になっている。今日体験したこと。思ったこと。自分がやったこと。全部を聞いてもらうのだ。 そして、褒められたり、時に怒られたり、注意されたり。 今はそれが嬉しくて楽しいカノンである。 「さ、帰りましょ」 エアルフリードは撫でていた頭から手を離し、その手でカノンの手を握る。 カノンも、エアルフリードの細くて白い、綺麗な手をきゅっと握り返す。 弓の名手なのに、彼女の手はいつでも綺麗だ。それはちょっと嬉しくて誇らしい。 「うゆっ!」 手を繋いで、二人が歩き出す。夕焼けのグルーディンから、ギランの街へ。 「……にしても。なんでセーラは海になんか落ちたわけ?」 「リザードマンさんたちに、蹴られちゃったの。いっぱいに囲まれちゃったから、後ろからけりけりって」 「囲まれたって……あの子もねぇ。後見人に、さっぱり似ないわね。あんたは大丈夫だったの?」 「うゆ。かのんはちゃんとせーらちゃんの剣を持って、逃げて、罠を作って、逃げましたよ?」 「うんうん。あんたはそーゆーので頑張りなさい」 「うゆっ」 長く伸びた影は、二人の差をほんの少しだけ縮めてくれているようだった。 |
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