「あ……れ……?」
 その冒険者の一団を目にしたとき、カノンは真紅の瞳を丸くして、瞬きを繰り返した。
「あ……」
 相手もまた、同じように立ち尽くして、唖然とする。
「どうかした?」
 エアルフリードは、傍らで立ちすくむカノンの顔を覗き込む。
 彼女たちが対する冒険者の一行から、カノンと同じく片翼を背負う少女が1人、跳ねるように飛び出した。
「カノン! 久しぶりぃっ!」
 まるで花が開くような満面の笑顔を弾けさせ、その少女がカノンの両手を握る。
 カノンは、泣き出しそうな笑顔を浮かべた。
「たぁちゃん……てっちゃんも……!」
 そしてギュッと少女の両手を握りかえし、その手に顔を埋めるように涙を零す。
 片手を離してそのカノンの髪を優しく撫でる少女を、エアルフリードは何だか面白くない気分で見つめていた。

 マーガレットが主催する血盟のアカデミーは、その母体の規模に比例して、やはり大所帯である。だから今回も、アカデミーの所属員全員が参加しているわけではない。
 盟主であるマーガレットの気遣いか、それとも希望者だけを募ったのか、やってきた人数はカノンたちとほぼ同数であった。
 その中に、彼女たちがいたのだ。
「カノンのお友達ですか?」
 再会を喜ぶカノンと少女を横目に見ながら、ポエットが耳打ちするようにエアルフリードに訊ねる。
 訊かれてようやく、エアルフリードはその記憶を辿った。
「……ああ。そういえば、カマエルの村で見た顔だわ」
 興味もなさそうに呟いて、ちらりと他のアカデミー生たちも見回す。
「あっちにいるのも、そうみたいね」
 カノンと手を取り合っている少女以外にも、さらに3人のカマエル族の女戦士の姿が見える。彼女たちの顔にも見覚えがあった。
 そのうち1人は、最初にカノンを見つけて、同じように立ち尽くしていた少女。ややきつめの顔立ちで、他の者よりも少しばかり大人びて見える。
 あとの2人は、まるで鏡に映したかのように、そっくりな外見をしていた。おそらく双子だろう。年相応の幼さを残した顔立ちに、やや少女趣味的な髪留めのリボンがよく似合っている。彼女たちを見分けるのは、あのリボンの色だろう。
「カマエルが4人と……あとは、戦士もスペルユーザーも、バランスよく来てるな」
 すっとポエットに並ぶように一歩前に出てきたのは、今回特別参加のライである。さっそく相手の戦力を計っているような口ぶりに、ポエットはアカデミー時代を思い出して微笑む。
「こっちは私もライも、もう卒業生ですからねー。ちょっとくらいハンデがあった方がいいですよ」
「別に戦うわけじゃないだろ」
 ポエットの言葉に苦笑しながらも、思わず競争意識を持ってしまったのは自分かと、ライは心の中で呟いていた。
「まぁー、どっちが多く魔物を狩れるかって、賭けるのも面白いと思うけどな」
 気楽な口調でそう言いながら、ポエットの頭越しにずいっと身を乗り出してきたのは、同期でありながらいまだに卒業の見込みすら立たない、エルフのアレクシスだ。
 頭に腕を乗せられたポエットも、隣のライも、思わず大きくため息を吐く。
「初対面も相手もいるんだ。いきなりギスギスするようなことして、どうするんだ」
「そうですよ。今日は交流会なんですから。仲良くしましょうよ」
「そりゃ、やぶさかでない。可愛いコもいっぱいいるしさ」
 鼻歌混じりにそう言ったアレクシスに、2人はもう一度、深いため息を吐いたのだった。
「……あんたら、いいトリオだわ」
 傍らで見ていたエアルフリードは、少しだけ呆れたようにそう呟いたという。

「カノンもちゃんと、こっちに来れたんだね」
 幼馴染みで親友と恃む1人、ターナのその嬉しそうな声は、カノンの心を軽くした。
「うゆっ! たぁちゃんたちが行っちゃったあとに、誘われたのっ」
「あぁ……あの時はごめんねー」
 ぱむっと手を合わせて謝るターナに、カノンは勢いよく首を横に振る。
「きにしてないよっ。かのんが悪いからっ」
「ありがとっ。……でも良かったぁ。カノンも冒険者になったし、あたしたちもお目当ての血盟に入れたし。結果オーライだね」
「うゆうゆっ!」
 嬉しげに笑顔で何度もうなずいて、カノンはちらりとターナの後ろへ視線を飛ばす。
 そこにいる、あと1人の親友に。
「…………」
 その彼女は、少し気まずそうに視線を逸らしながら、まだ最初と同じ場所にいた。隣にいる双子の方が、笑顔で手を振ってくる。
 カノンも手を振り返してから、再びターナに視線を戻した。
「たぁちゃんたちは、ちゃんと『お姉様』に会えたの?」
「もちろんっ!」
 ウインクしながら右手の親指を立てて、元気いっぱいに切り返すターナ。
 カノンはそれを見上げて、自分のことのように喜ぶ。
「その人、どんな人?」
「前にも言ったけど、ここの盟主様っ。マーガレットさんっていって、知的でクールな魔法使いで、おまけに美人でスタイルも抜群! ちょーカッコイイんだから!」
「うゆうゆ」
「憧れちゃうよねー、ああいう人」
 その会話は、エアルフリードの耳にも届いていた。長い耳がピクピクと動く。
(カノンの『お姉様』の影響は、この子たちか……それにしても、マーガレットって人気あるのねぇ)
 考えてみれば、あちらの血盟は巷では「大手」と呼ばれる存在だ。当然、血盟主であるマーガレットの知名度も高くなっているだろう。彼女に憧れる新米冒険者がいたとしても、さほど不思議ではない。
 どうやら最初にカノンを見つけたときの状況が、少しは解ってきた。
 つまりこのカノンの友人たちは、マーガレットの血盟に入るため、急いで島を出たかったのだろう。
 何しろ大手の血盟だ。アカデミーの加入枠も競争率が高い。募集されていると知れば、一分一秒でも早く応募したくなる。
 だからあの日、カノンを待たずに自分たちの用事を済ませたのだろう。
(たいしたお友達ね)
 それが間違っているとか悪いことだとは言えない。彼女たちに同調する人も多いだろう。
 だが少なくとも、エアルフリードには受け入れられない考え方であった。
 だから、入った血盟とその素敵な血盟主のことを楽しげに話すターナと、それを嬉しそうに聞くカノンに一度だけ横目を向け、彼女たちの会話を聞かないようにしたのである。
「ところで、カノンはどうしてその血盟に?」
 それは、「血盟に入れてもらえたことが不思議」というニュアンスであったが、カノンは幸いに気が付くことはなく、にこりと笑ってうなずいた。
「かのんもお姉様に誘ってもらったの」
「……『お姉様』?」
 ターナは眉根を寄せて首を傾げる。この場合は、自分たちの憧れであるマーガレットのことではないだろう。では誰なのか?
 カノンがちらりと後ろを見るような仕草をしたことで、その答えはすぐに出た。背を向けて、カノンの仲間たちの元へ歩いていく、長身のエルフが見えたからだ。
「あの人?」
「うゆっ」
 何だかとても嬉しそうな……というより、幸せそうな笑顔を見せるカノンに、ターナは不思議なものを見るような気分になる。それは違和感にも近い感覚だ。
 それは自分たち以外の者に対して、カノンがこうも肯定的な感情を表したところを見たことがなかったからなのだが、ターナはそれに気づけない。
 そしてそれは、ここまで黙って2人の様子を見ていたもう1人の親友、テスタも同じことだった。
「あなたの後見人なのかしら?」
 いきなりそう言って話に割り込んできたのも、その違和感に苛立ちのようなものを覚えたからだ。
「てっちゃん……」
「その呼び方はやめてって言ってるでしょ。もう子供じゃないんだから」
「うん……ごめんね……」
 射すくめるような視線を向けられ、カノンは誤魔化すように、寂しげに笑う。
(機嫌、悪いみたい)
 普段もあまり優しくはないテスタだが、今は一段と感情がささくれているように見えた。声の調子もいつもより少しきつい。
 ターナは苦笑しながら肩をすくめる。
「いいじゃない、カノンらしくて。私は好きだな」
「そうやってターナが甘やかすから、カノンが成長しないのよ」
 自分にまで突っかかってきたテスタに、ターナはもう一度、肩をすくめた。
「テスタは厳しすぎると思うけどね。──それより、あの人は後見人なの?」
 話題を変えるためというより、自分も気になることだったから、ターナはカノンと視線を合わせるようにして、改めて聞いてみた。
 カノンはぼうっとした顔でそのターナを見つめ返し、それから右手の人差し指を口元に当てて、視線を宙に飛ばす。
「……うぅん。お姉様」
「? 勧誘してくれた人なんだよね?」
「うん。それと、かのんのお姉様」
「???」
 何だか意地になって「お姉様」を連呼するカノンに、ターナは笑顔のまま困ったように首を傾げる。
 幼馴染みの彼女たちでも、時々、今のようにカノンの考えていることが解らないことがある。たいていは、カノンにしか理解できないような思考なのだが。
 テスタもわけが分からないといった表情を浮かべるが、「どちらにしろ」と口を開いた。
「カノンを冒険者にするなんて、人を見る目はなさそうね」
「──テスタ!」
 友人の言葉に、ターナは思わず声を荒げて睨み付ける。
 しかしテスタは悪びれた様子も見せず、逆にムッとした顔でターナをにらみ返した。
「本当のことよ。あなただって、カノンには向いていないって言っていたじゃない」
「っ……だけど、それは……!」
「口に出すことではないとでも言いたいの? 誰かがはっきり言ってあげる方が、この子のためだとは思わないの?」
 そのテスタの言葉を否定する言葉が浮かばず、ターナは声を詰まらせてうつむく。
 ──それは、カノンにとって嫌いな光景だった。そしてここ最近は、頻繁に見ていた光景でもある。
 だからカノンは、悲しそうに顔を歪めながらも、2人を止めるように間に入って、両手を広げた。
「かのん、頑張るから……みんなの迷惑にならないようにするから……」
 両目をきつく閉じて、泣きそうな声でそう言うカノンを、テスタは煩わしそうな、それでいて困惑しているような複雑な表情を浮かべて見下ろす。
 しかし、困惑するだけで助けを求めるように視線を向けてきたターナと目があったとき、彼女は再び不機嫌な表情を取り戻した。
「……別に。違う血盟なんだから、私たちに迷惑なんて掛からないでしょう!」
 言葉をぶつけるようにそう言って、くるりと背を向ける。そしてそのまま、他の仲間が待つところへと歩き去ってしまった。
 残されたカノンは、少しだけ涙を溜めた瞳でそれを見送る。でもきっと、またちゃんと話ができると信じてもいた。テスタのことは、小さい頃からよく知っているから。
(……最悪)
 ターナは……自責の念に顔を曇らせ、うつむいたままだった。

 どうにも、カマエル族といえども紋切り型にその気質を決め付けてはいけないようだ。
 ヒューマンほどではないにしても、エルフや他の種族たちと同じく、様々なタイプの者がいるらしい。
「十人十色とは、よく言ったもんだな」
 ライはそんな感想を思わず口にしてしまう。別に隠そうとも思っていなかったが。
 傍らのポエットが、ひょいと覗き込むようにしてきた。
「なんです?」
「やっぱり、ひと同士が絡み合うと、すれ違いとか色んな悩みがあるもんだなと」
「はあ……?」
「そりゃそうだろ。カマエルって言っても、年頃の女の子たちだぜ?」
 ライの肩に腕を預けるようにして、アレクシスも同じ方向に視線を向けながらそう同調した。
 その言葉に、ライは少しだけ意外そうに、にやけた顔のエルフを見つめた。
「よくカノンたちのことだと解ったな?」
「可愛いコからは、目を離さないもんでね」
「なるほど……さすがは、エアルさんの従弟」
 意外な鋭さも似ているというわけだ。
 納得しつつも、呆れたように苦笑するライに代わって、今度はポエットが怒ったような声を上げた。
「ダメだよ、アレク。カノンに手を出したりしたらっ」
 これにはアレクシスも一瞬きょとんとしてしまう。それから、さも可笑しそうに声を立てて笑った。
「あっはははははははっ! 違う違う! 俺が見てたのは、そのお友達の方だって」
「あ……そうなんですか?」
「悪ぃけど俺、『お子さま』には興味ないんでね」
「ポエットにノーリアクションだったのも、そのせいか。なるほどなぁ」
「むっ……ちょっとライ。それはどーゆー意味ですかっ!?」
 ジト目で見上げてくるポエットの追求をかわすように、ライは他のアカデミー生たちと話をしているエアルフリードに振り向く。
「……何にしても、あの人がフォロー入れないなら、俺たちが付いていてやるしかないだろうな」
「そうですね……」
「ま、仕方ねぇよな」
 そう言い合うと、彼らは互いの顔を見合わせて、少し照れたように笑うのだった。

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