「遅いねぇ……」 さっきからアタシ、太陽の位置と自分の影の場所ばっか見てる。そんなもの、一分おきに見たって変わりゃしないのに。 それでも、待ち合わせの時間になっても現れない「アイツ」のことが気になって、イライラと同じ動作を繰り返してしまう。 大勢の人が行き交う、ギランの街角。 なのにアタシの前だけ人が避けて通るように空間ができているのは、きっとアタシの態度と顔付きが原因だろう。 はっきり言って、かなり怒っている。 重厚な金属鎧を身に纏い、大振りの槍を肩に預けるようにして壁にもたれかかっているオークの女など、いるだけでも威圧感ありまくりだと思う。 それが今にも爆発しそうな怒りを内包している様子は、相当なもんだろう。 自分でもそれは解ってるんだよ。 けど、イライラするんだから仕方ない。 「ったく、いつまで待たせ……」 何度目かの独り言を呟き掛けたとき、街路の反対側から走ってくる、見慣れた姿を見つけた。 「わりぃ! 遅くなった!」 瞬間、アタシの思惑とは裏腹に胸が高鳴る。 あんまり悪びれた風でもない表情で、人混み越しに手を振るアイツ。 アタシと同じような鎧、同じような槍を持った姿で、器用にひょいひょいと人混みの中を渡ってくる。そのたびにちょっと長めの麦色の髪が跳ねていた。 アイツが近付くごとに、鼓動が早くなっていくのが自分でも分かる。 ま、まずい……。 「何時間待たせるんだい! 日が暮れちまうかと思ったよ!」 自慢でもないハスキーな声で怒鳴り返して、アタシは自分の態度に不自然さがないように誤魔化しながら、もたれていた壁から背を離した。 「いやぁ、ちょっと前の狩りが長引いてさ」 言い訳というより、ただの現状報告のように軽くそう言いながら、アイツがアタシの前に立つ。 だ、大丈夫かアタシ? 顔、赤くないよな? 内心の焦りを見透かされないように、できるだけさっきまでと同じ表情を作って、彼と向かい合った。 見下ろすアタシ。 見上げる彼。 ……アタシは、何をやってんだ……。 「もっと早めに切り上げるつもりだったんだけど……どした?」 じっと見つめてしまったアタシに、彼が首を傾げた。慌てて顔を背ける。 「べ、別にっ!」 それを追う彼の視線は、やはり下からだ。 ……この差は大きい。 仕方ないと言ってしまえば、そこまで。だけど本当に仕方がない。 だってアタシはオークで、彼はヒューマンなんだから。 「そか? なら、いいけど」 言って笑顔を見せる彼に、やっぱりアタシの胸は高鳴った。同時に、ちょっとだけ締め付けられるような感じ。 なんで…… なんでアタシは、こいつにこんな気持ちを抱くようになっちまったんだろう……。 初めは、同じ血盟にいるただの仲間としてしか見ていなかった。 「バインだ。よろしくな」 盟主から「同じ槍使い」として紹介されたのが、互いの初対面だった。 「カイナよ。お手柔らかにね」 それから、よく話をするようになったっけ。ほとんどが戦いの話……それも、槍での戦法や戦技についてのことばっかりだったけど。 「やっぱ、オーク族の槍術は実戦向きだな」 「槍術なんて、お上品な呼び方はしないね。武技っていうのさ、武技」 「あー、わりぃ。家柄が出ちまったか?」 「なに言ってんだい。貧乏道場の倅が」 ヒューマンにしては大柄な体格。でもアタシよりは一回り小さい男。 気さくでノリも良くて、裏表がない、誰とでもすぐに打ち解けそうな、誰にでも好かれそうな奴、ていうのが第一印象だった。 そんな男が振り回す槍は、さぞかし豪快で爽快なものだろうと思っていたけれど……。 「──お見事っ」 「なぁに。これくらい、基本だろ基本」 巨体を誇るオーガの攻撃を、軽く穂先でもてあそぶようにして逸らし、巨大なその武器を弾き飛ばした動きは、華麗の一言に尽きた。 「柔よく剛を制す。良いものを見せてもらったよ」 「ま、ヒューマン流ってところだな」 そんなことを言いながら、不器用なウインクをしてみせてたね。 戦士として次の段階へ進んだ頃から、時折、互いの武技を競うように一緒に狩りをするようになった。そしてそれがやがて日常になって……。 それでもその頃は、まだ気の合う仲間の一人って感じだったように思う。……たぶん。 そんなある日、だ。 血盟の他の仲間たちに誘われて、何人かで大がかりな討伐隊に参加することになった。 「盟主殿は?」 「こられないって。大事な商談があるからとか?」 「ま、討伐が成功してもお宝が手に入るとは限らねぇしな。確実な利益優先、あいつらしいんじゃねえ?」 他の仲間たちがそんなことを言い合っている横で、アタシは初めての大規模な討伐の参加に、情けないけど少しばかり緊張して、周りをきょろきょろ、そこらをうろうろしていた。 早い話が、落ち着きがなかったのさ。 (みんなとはぐれないようにしないとね) 頭の中は、そればかり考えていた。 だってこんな大人数の中に入るなんて初めてだ。まだ集合段階なのに、自分の立ち位置すら分からない。仲間とはぐれたら、絶対に置いて行かれる。 ……意外に小心者だとか言うんじゃないよっ。アタシだって気にしてるんだからっ。 「カイナ?」 ぽんっと肩を叩かれた。 緊張していたアタシは、思わず体を震わせて、思いっきり勢いよく振り向いてしまう。 「どした? 挙動不審だぞ、お前……」 「バイン……か」 かなり怪訝そうな顔で見られてしまったが、気心の知れた者の姿に、正直ほっとした。 そんなアタシの様子から何かを察したのか、バインは苦笑するような笑みを見せて、もう一度アタシの肩を軽く叩いた。 「大丈夫だって。みんな、お前さんが初参加なのは分かってる。ちゃんと見てるよ」 「そ、そりゃどうも……」 アタシよりもずっと年下のはずの彼からそんな風に言われ、微妙にプライドを傷付けられたような、ちょっとだけ気恥ずかしいような、そんな気分になってしまう。 ま、仕方ないんだけどさ。アタシなんかより、バインの方が冒険者としては先輩なワケだし……。 1人でそんなことを考えていたら、この集団の前の方から声が上がった。 「それじゃあ移動しまーす。パーティーごとに離れないように付いてきてくださーい」 再び、緊張。 慌ててみんなの姿を確認するアタシ。 その時だった。 「はぐれるなよ」 「え?」 とても自然に、まるでいつもそうされていたみたいに、バインの手がアタシの腰に回され、優しく引き寄せるようにして歩き出した。 (──えぇっ!?) 頭の中、一瞬にしてパニック! だって、これって……これって……! (まるで恋人同士っ!?) いやいやいやっ。相手はひ弱なヒューマンですっ。アタシよりも小さい人ですっ。そんなのどう見たって釣り合い取れるわけないし、そんな風には見られな…… 「──あ」 誰かにぶつかりそうだったアタシを、バインはさり気なく自分の方に引き寄せて、かばってくれていた。 「気を付けろよ。それでなくても、人多いんだからさ」 「う、あ、うん……」 体温が上がる。自分で分かるくらい、熱くなってくる。 こんな風に扱われたこと、なかったから。 ……たぶん、この時だろう。 アタシが彼を好きになってしまったのは。 それからは、アタシの気持ちをバインに知られないように、気付かれないように、それまでと変わらないように振る舞う日々が始まった。 なんでそんなことするのか?って聞かれても困るんだけどさ……。 もし相手がアタシと同じ種族の男なら、恥ずかしさだけで済んでいたかもしれない。むしろそれ以上に相手への想いが勝って、そんなものも吹き飛んでいたかもしれない。 けど…… バインは、ヒューマンなんだ。 異種族なんだよ。 そんなの、拒絶されるに決まってる。 アタシの方が背も高いし……。 それなら、今のままで……一緒にいられればそれでいい。アタシらしくはないかもしれないけど、今の関係が壊れてしまうのは、絶対に嫌だ。 だからこの気持ちは、彼は勿論、他の誰にも知られないようにしよう。 そう、決めた。 だけど…… 「ん。そろそろ終わりにするか」 日暮れには、まだ時間があるのに、バインはそう言って1つ息を吐いた。 「え? まだ一刻も経ってないよ?」 すでに何十体もの魔物を葬ったけれど、まだまだ辺りには気配が残っている。アタシたちの力量を考えれば、まだやれるはずだ。 けどバインは、愛用の槍に鞘をかぶせて、帰り支度を始めてしまった。 「悪いな。ちょっと今日は疲れてるんだ」 申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる。 言われてみれば、たしかに彼の顔には疲れが見える。 ふと嫌な予感がした。 だから、恐る恐る聞いてみた。 「もしかして……来る前にやってたっていう、狩りのせい?」 「ん……ま、まあな……」 彼にしては珍しく、歯切れの悪い言い方。 ……おかしい。 今日だけじゃない。最近、ずっと同じようなことが続いてる。 何となく、付き合いが悪くなった……。 「また今度、たっぷり暴れようぜ」 笑顔でそう言うけど、その「今度」はいつなんだろう。 「……あぁ。わかったよ」 だけど、それを訊くことはできやしない。だってアタシは、彼にとってはただの仲間なんだから。 だからアタシも笑って見せる。 「また今度な」 「おう」 それが、アタシたちの関係が変わる前兆だったなんて、この時には思いもしてなかった。 →第2話へ |
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