一人……。
 今日も一人か……。
 バインと一緒に出掛けなくなって、何日が経つだろう。
 気が付けば、野原に座り込んでぼーっと太陽を眺めている。
 あの光がアインハザードの恵みなら、少なくとも今はアタシのために輝いているわけじゃない。他の誰かを祝福しているんだね。
 パアグリオの炎だって、今のアタシを立ち上がらせることはできやしない。
 だってアタシの心の中は、冷たい風が吹きっぱなしだから。強いて言えば、シーレンくらいとなら仲良くなれるかもね。
「……なんてネガティブなんだ、あたしゃ」
 あまりの沈み具合に、自分で突っ込みを入れてしまう。
 末期だ……。
 まさかここまで自分の気持ちが沈み込んでしまうとは、思っていなかった。
 理由は分かっている。
 バインに……好きな人に会えないから。
 なんだかもやもやして、落ち着かなくて、ふと気が付くと彼のことを考えてたりして……そうすると、胸が締め付けられるような、ちょっとだけ幸せな気分になれるような……でもやっぱり、寂しい気持ちになる。
 不安定にもほどがある、って感じだ。
 でも自分ではどうしようもない。
 いや、どうにかしようと思っても、気持ちが止まらないんだ。
 誰かに恋をするってことが、こんなにも気持ちを揺さぶられることだなんて、今まで知らなかったよ……。
「どうなっちまうのかね、アタシは……」
 ここ数日、バインとまともに話をしていない。
 宿などでは──血盟の仲間たちなら全員そうだが──食事の時などに顔を合わせることもあるんだけど、そんな時に狩りに誘ってみても、「また今度な」とか「今日は都合が」とか言われて、そそくさと逃げられる。
 何か事情があるんだと思ったから、聞いてみたこともあった。
「なんかあるんなら、アタシにも協力させなよ。一人でなんて、水臭いじゃないか」
 欲しい物があるとか、どっかの冒険者か何かに狙われてるとか、そんな事情があるんじゃないかと思った。
 けど。
「い、いや……俺一人で大丈夫だ」
 考える素振りすら見せずに、断られた。
 一人で大丈夫? やっぱり何か困ってるんじゃないか? そのことが原因で、一緒にいられなくなったのかい?
 そんなことを考えていると、ふと最悪の予想が頭をよぎる。
 まさか……
 まさか、アタシの気持ちに気付かれたんじゃないだろうねっ!?
 いや、しかし……そう考えれば、色々と辻褄が合うんじゃないか!?
 アタシの気持ちに気付いて、それでどう対応しようか困って避けてるとかっ。
 急に一緒に狩りにいかなくなったのも、よそよそしくなったのも、全部そのせいなんじゃっ……!?
 だとしたら……
 さいあくっ!
 この気持ちだけは、絶対に知られちゃいけないのに……いけなかったのにっ。
 そんなに最近のアタシ、変だったか?
 いや、変だったけどさ。自分的には、かなりね。
 でも周りには知られないように気を付けてたってのに……。
 念のために、さり気なく他の仲間たちに訊いてみた。
「最近さ、アタシ、どっか変わった?」
 こんな感じに。
 仲間たちの答えは……
「いや? 別に変わったようには見えないな」
「ん。ちょっと、綺麗になったかな。可愛くなってるよ」
「あ? 装備変わった? 違うよなぁ……わかった! 髪型変えたんじゃね?」
「普通に見えるが……」
「元気ないよねぇ? ご飯食べてる?」
 ……様々だった。
 参考にもなりゃしなかったけど、どうやらそれっぽくは見えないらしい。
 だからたぶん、バインにも気付かれてない。
 じゃあ、なんで……?
 最近は、そのことばかり考えるようになっている。
 好きだったモンスターとの戦いにも、全く集中できない。
 今は他のことに興味が持てなかった。
「はぁ……」
 何度目だろうね、ため息……。
 草もまばらな地面に寝ころんで、土の匂いをかぎながら真っ青な空を見上げる。
 このまま何も考えずに眠れたら、どんなにか気持ちいいだろう。
「はぁ〜」
 どうしようもなくモヤモヤした気分を吐き出すように、再びため息を吐いた。
 その時だった。
 ぬっとアタシの顔の上に影が差した。
「心の病は優秀な司祭でも治せないと聞く」
「うわぁっ!?」
 突然、目の前に現れた同族の顔に、アタシは素っ頓狂な声を上げながら、思わず跳ね起きる。
 危うく頭がぶつかりそうになったが、相手は器用にこちらの動きに合わせて、上体を起こしていた。
「治療法はたった一つ。全てを明らかにすることだ」
 顔の下半分を薄いヴェールで覆い、陽光に晒された二つの瞳を怜悧と無感情で彩る、この同族の女性は、今でもアタシとつるんでくれている、たった一人の幼馴染み。
 神殿からウォークライヤーの称号をもらっている、アドエン。
 彼女はアタシと一緒に村を出て、一緒に旅をして、一緒に今の血盟に入った。まさに親友と呼べる存在。
 だからお互い、何でも相談し合ってきた。
 だけど……バインのことは、何も話していない。
 なのにっ。
「知ってる……?」
「隠し事は、無意味。私も、貴女も」
 いつものように、抑揚のない声だ。
 彼女はどんなときでも冷静で、感情ってもんを見せやしない。
 だけど長い付き合いだから、アタシには何となく彼女の考えている事が解るんだ。
 たぶん今は、隠し事してたことに怒ってるね……。
 アタシは決まり悪くなり、顔を背けて頭を掻いた。
「悪かったよ……あんたに相談しなくて」
「それは、もういい。私が今、怒っていることは、そのことじゃない」
「え?」
 意外な言葉に、アタシは顔を上げて彼女の顔を見た。でもやっぱり、その表情からは何も読みとれない。
 しばらく見つめ合ったあと、アドエンはふいっと横を向いて、彼方を見つめるようにする。
「知りたければ、ついてくることだ」
「……は?」
「私は嘘を吐かない。知っているな?」
「うん、まあ……」
「だから、真実を伝える」
 そう言うと、彼女はくるっとアタシに背を向けて歩き出した。
「なんだってんだい」
 訳は分からないが、とにかくアドエンが付いてこいって言ってんだ。アタシにとって悪い事じゃないのは確かだろうね。
 アタシは1つ息を吐いてから、座ったままだった地面から立ち上がり、彼女の後を追いかけることにした。

 アドエンに連れられて来た先は、アタシはあんまり来ないような場所だった。ここもやっぱり冒険者がモンスターを相手に戦いを繰り広げてるところだけど、この辺りはどちらかというと、魔法使いたちの戦場だ。
 辺りを見回すアタシの横を、今も魔法使いのコンビが駆けて行ってる。
「こんなところに、どんな用があるってのさ」
 何だか見覚えがあるようなその二人連れを目で追いつつ、隣のアドエンにそう訊いてみる。目的地に着いたんだから、そろそろ理由を聞かせてくれそうなもんだ。
「あれは、血盟の所属員だ」
「へ? うちの?」
「あまり会う機会はないだろうがな」
 そうだったんだ……。
 ああ、でも。あの猫の召還獣と手を繋いでる女の子の方は、たしかに憶えてる。やたらと召還獣を可愛がってる子だったね。男の子の方がちらちらこっちを見てるのは、アタシらに気付いてるからか。
「──て、そうじゃなくっ」
 今はそんなことを訊いてるわけじゃないっての。
「こっちだ」
 アドエンは短くそれだけ言うと、さっさと歩き出した。どう見ても戦場のど真ん中を突っ切る形だが、彼女は気にした様子もない。
 アタシは呆れたように息を吐いて、一応の警戒をしながらその後ろを付いていく。
 そこかしこで、魔力がぶつかる鮮やかな光が花開いていた。
「バインに惹かれていることには、以前から気が付いていた」
 不意にアドエンが口を開く。
 いきなりの直球な言葉に、アタシの胸は鼓動を早くする。
「い、以前って……?」
「初対面から、わりとすぐに」
「そ、そんな頃からっ!?」
 その頃は、まだアタシはバインをそんな風に見てなかったのに……。
「いずれ、お前がバインに心惹かれるだろうと、予感があった」
「そ、そおなんだぁ!」
「親友にも女らしい一面があると知って、少々嬉しかった」
 そういうあんたは、相変わらずだよな……。
「このままでは、老後も私と一緒にいるつもりかと思っていたから、大きく安堵した」
「……そんなところまで考えてたのは、あんただけだよ」
 ていうか、実はアタシと一緒にいるの、嫌なんじゃないか?
「まさかヒューマンに靡くとは思わなかったがな」
「うっ!?」
 顔に熱が集まる。一瞬で沸騰した頭に、やっぱりバインの顔が浮かんだ。
「だがそれも良いだろうと思った。外の世界のことを知れば、おのずと我々の有り様も変わってくる。お前は、その先駆けの一人なのだろう」
「あ、ありがと……」
 すごく遠回しだけど、アドエンが応援してくれてるのは解った。
 相変わらずの無表情ですたすた歩いていくから、あんまりそんな風には見えないけど。
 でも、一番の友人が、幼い頃からの仲間が祝福してくれる……それは、ここ最近沈んでいたアタシの気分を、少しばかり軽くしてくれる出来事だった。
 思わず顔が緩んでしまうあたしの前で、アドエンはぴたりと足を止める。
「私はお前が幸せになることを望んでいる。だから、これをお前に見せるのだ」
「?」
 彼女が何を言ってるのか解らず、首を傾げるアタシ。
 アドエンはすっと右手をかざして、その人差し指を前方に向けた。
 その指先を目で追っていくアタシ。
 そこには……
「!?」
 バインが……いた。
 醜悪な魔物の群れに、槍一本で突っ込んでいく彼の姿があった。
 そしてその後ろには……
 一人の可憐なヒューマンの女性が付き添っていたんだ。

第3話へ
 
 

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