バインと一緒にいる人は、アタシもよく知ってる、同じ血盟のビショップ、フロウティアさん。
 美人で、聡明で、誰にでも優しくて、面倒見もよくて……仲間内でも、男女問わず、みんなから慕われている。
 ガサツで無骨で頭も悪いアタシとは、正反対とも言える人だ。
 そんな人が、今、バインの隣にいる……。
 二人で楽しそうに言葉を交わしながら、狩りしてる……。
 やっぱり、同じ種族の女の子の方がいいんだよね。
 アタシたちオークと違って、ヒューマンの女の子たちは、細くてたおやかで、激しい戦いにはとても耐えられそうにないくらい、ひ弱そうに見える。アタシでも思わず守ってやりたくなるくらいだから、ヒューマンの男からしたら、そりゃ魅力的だろう。
 何より、やっぱりお似合いだよ……。
 そんなことを考えたら、不意に感情が高ぶってきた。
 やばい……涙でそう……
 慌ててアドエンからも見えないように、顔を背けるアタシ。
 その時だった。
「気付かれた」
 幼馴染みの不意打ちな一言。
「っ!」
 泣きそうな顔だったけど、思わずバインたちに振り向いてしまう。
 こっちを見つけたらしいバインが、驚いたように口をぽかんと開けて、何だか間抜けっぽい顔をしている。その隣で、フロウティアさんもちょっとだけびっくりしていた。
 アタシは……
「待て」
 踵を返そうとしたところを、アドエンに肩をがっしり掴まれて止められる。
 そして……
 バインがもの凄い勢いで反対方向へと走り出した。
「──って、えぇっ!?」
 なんでそっちが逃げるわけ!?
 ふつー、こっちが走り去るシチュエーションだろ! 今わっ!
「好きな人が他の女と一緒にいるところなんて見たくない」って感じで、こう涙を糸みたいにキラキラ流しながら、モノローグ付きで逃げ出しちまうシーンじゃないのか!? ……いや、アタシにはそんな真似はできないけどね?
 それなのに……なんであんたが逃げる、バイン! しかもストライダーよりも速く!
 フロウティアさんも、何だか苦笑しながらバインの後を追いかける。その時にちらっとこっちを振り向いて、意味不明のウインクをしてきた。
「ちょ……ちょっとぉ!」
「むう」
 思わず手を伸ばして止めようとしてしまうアタシ。隣で思案深げに唸るアドエン。
 そんなアタシたちを尻目に、バインは進路上の魔物を吹き飛ばすようにしながら、走り去っていった。
 これって……いったいどうなってんだ!?

「他の女と一緒にいるところを見られ、気まずくなって逃げたのだろう」
 引き上げてきた街の酒場で、アドエンはバインの行動をそう結論づけた。
 まだ昼間だからか、客もまばらな酒場の隅っこのテーブルで、アタシとアドエンはそれぞれ酒を頼んで向かい合っている。
「浮気現場を見られた男の行動は、ヒューマンもオークも同じだ」
 そういうもんかね……。
 アタシは釈然としない顔で、まだ口を付けていないグラスを両手でもてあそぶ。
「というかさ。別にアタシとバインは……その……付き合ってたわけじゃないし……」
 ごにょごにょと小さな声で言ってみたが、それだけで自分の体温が上がるのが解った。
 どうもこういうことを口にするのは、気恥ずかしい。
 そんなアタシに、アドエンは自分のグラスの中身を一気に飲み干して、タンッ! と机に置くと、ちょっとだけ座ったような目を向けてきた。
「甘いぞ、カイナ。バインはすでにお前の気持ちに気が付いている」
「でえぇっ!?」
 思わず声を上げてしまうアタシ。酒場のおやじがこっちに丸い目を向けてきたが、あんまり気にしてられない。
「しかし、以前からフロウティア殿のことが好きだった奴は、そんなお前の気持ちをわずらわしく思い、距離を置いたのだ。そして彼女に接近した」
「上手いことフロウティアとペアハントに行けるようになったバインくんは、毎日上機嫌。しかぁし! カイナちゃんに見つかってしまった! あぁ、どうしよう!?」
「そうだ。奴があの時、とっさに考えたことは……」
「相手はオークだから、逆恨みされるかもしれない! 下手に断ったらいきなり殺されるかもっ! ここは逃げるしかっ」
「うむ。我らは炎の種族! 剣には剣だ!」
「……って。さっきから何さり気なく混ざってるんだ! エアルフリード!」
 いつの間にか空いてる席に湧いたエルフの娘の頭を、アタシは思いっきりはたき倒した。
 小気味の良い音を立てて、テーブルに突っ伏すエルフ娘。
「それと、アドエンも飲み過ぎだ!」
「酔ってはいない。思わずノリに任せて適当なことを言ってしまっただけだ」
 あんたね……。
 真顔で冗談を言う親友を、アタシは疲れたように見つめる。
 隣では、エルフ娘が叩かれた頭をさすりながら顔を上げていた。
「いったぁ……オークの腕力で手加減なしって、どうなのよ?」
「うるさい。いったいどこから湧いてきたんだよ、あんた」
「二人が酒場に入るの見掛けたら、追いかけてきたのよ。おかげで、だいたいの事情は解ったわ」
「盗み聞きしてたの?」
「許すまじ、バイン! ってことでしょ?」
 何やら間違った理解の仕方をしてしまったらしいこのエルフ娘は、やはり同じ血盟に所属している、超一流といってもいい弓使い。見かけはそこらのヒューマンより若いが、アタシらの数倍は長く冒険者をやっている熟練者だ。
 その性格は……ムードメーカーと言えば聞こえはいいが、祭りとトラブルが好きで、アタシからすればトラブルメーカーってとこなんだけど……なぜか盟主の信頼は篤い。
 しかし今回ばかりは、彼女一人がトラブルメーカーじゃなかった。
「そうだ。バイン、許すまじ」
 大きく頷くアドエン。
「はっきり断るならまだしも、カイナの心中を察していながら、うやむやのうちに終わらせようとしている心底が気にくわん。奴はあれでも男か」
「うんうん。まぁ、女の子を傷付けたくないって考えてるのかもしれないけどね」
 エアルフリードはしたり顔で頷きながらそう言って、おもむろにずいっとアタシに顔を近づけた。
「けどね。そんなのただの優柔不断の言い訳よ。男の優しさなんて言葉に騙されちゃダメ」
「そ……そうなのか?」
「あったり前よ。恋愛百戦錬磨の私が言うんだから、間違いないっ」
 そんな話、今初めて聞いたんだけど……。
 しかし、またもアドエンが同意した。
「然り。バインの態度に惑わされてはいかん。ここはやはり、奴から直接、答えをもらうべきだ」
 そう言って、アタシの分の酒まで飲み干して、アドエンはそのグラスを再びテーブルに叩き付けるように置いた。
「今から奴を追うぞ」
「それがいいわねっ」
 ……駄目だ。このままじゃ、間違った方向にいってしまう。
「ちょっと待て!」
 今にも立ち上がろうとしていた二人を、アタシは声と腕力で押しとどめた。
 またも酒場のおやじが目を丸くしてるけど、今回も無視。
「さっきも言ったけど。別に、アタシはバインと付き合ってたわけでも……恋人ってわけじゃないんだから」
「だからこそ、奴の真意を確かめるのだろう」
「そうそう」
「違うんだって! アタシは……別に、このままでもいいと思ってるんだ」
 アタシのこの言葉に、腰を浮かせていた二人も椅子に座り直した。
 エアルフリードが、納得いかないという表情で首を傾げる。
「どうして? バインのこと、好きなんでしょ」
「そうだけどさ……やっぱり、アタシはオークで、バインはヒューマンだから」
「そんなものは関係ないと言ってやったはずだ。気にすることはない」
「アタシの方はね? それでもいいんだろうけど。ヒューマンとオークじゃ……ほら、美的感覚の違いってのもあるだろ?」
「たしかにね〜」
「おい、エアル。貴様はカイナを応援しているのではないのか」
「事実を認めただけよ。私たちエルフとヒューマンとだって、その辺は違うもの」
「だろう? ヒューマンは、ヒューマンとの方がいいんだよ。他種族の女なんて……フロウティアさんとアタシじゃ、違いすぎる」
 自分でも自虐的だなと思える言葉に、思わず苦笑してしまう。
 さすがにアドエンもエアルフリードも、口をつぐんで考え込んでしまった。
「それにさ。アタシがバインのことを嫌いになるわけじゃないんだ。バインがフロウティアさんを好きになるのは、すごく解るし、それならそれを応援してやっても……」
 アタシができるだけ明るい調子でそう言い掛けたその時、2人が同時に目を見開いて、椅子を蹴倒すようにして立ち上がった。
『甘い!』
「えぅ!?」
「甘い! 甘すぎるわ、カイナちゃん! そんなことで本当の愛が手にはいるとでも思ってるの!」
「貴様、いつからそこまで軟弱になった! 欲しい物は力ずくでも奪い取る、手に入れるためならば如何なる努力も惜しまない。それくらいの気概が無くて冒険者がつとまるか!」
「好きな人が幸せになるならそれでいい?──ハッ! そんなの勝負するのが怖い人の言い訳よ。負け犬根性が生み出した、ありふれすぎたきれい事だわ!」
「他者のために己を犠牲にするのは尊い行為だがな。それは勝負をしてからの話だ。戦ってみれば案外に弱く、他者も自分も生き残れるかもしれんのだぞ。その機会すら放棄してどうする!」
「え……えっと……」
 もの凄い勢いで詰め寄り、まくし立てる二人の剣幕に、アタシは汗を流しながらずりずりと後退してしまう。
 アドエンが大きくため息を吐いて首を横に振った。
「これはいかん……重症だ。このような親友の有様は、見るに耐えん」
「アドエンちゃん。ここはやっぱり当初の予定通りにっ」
「うむ。何が何でもバインと直接対決させるしかあるまい」
 た、対決って……。
 それに、そんな予定、いつの間に立ってたんだ?
 心の中で突っ込みながら顔を引きつらせるアタシを置いて、アドエンとエアルフリードは互いに頷き合った。
「エアル。すまんが、全血盟員に連絡をして、バインとフロウティア殿を捜索してもらってくれ。今から追い詰める」
「任せて。血盟だけじゃなくて、私の持ってる全ネットワークを駆使するわ」
「ちょっと待って! それは本気で待て!」
『いいから任せろ』
 大事になりそうな予感に、思わず立ち上がって止めようとしたアタシだったが、二人のすさまじい剣幕に、逆に止められてしまった。
 何だか解らないけど……アタシはどうやらこの二人のどこかにある導火線に、盛大な火を付けてしまったようである。
 ……どうなるんだ、アタシ……。

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