こんなとき、当事者よりもむしろ周囲の方が盛り上がるもんだ。当事者は悩んでいたり考えすぎたりして、案外と行動を起こせない。何もできない。 だから周りに振り回されるように、流されるように、なすがまま…… まさに、今のアタシ。 「最新情報! さっき帰ってきたファイスが、『傲慢の塔でパーティー参加中に、バインとフロウティアを発見。多勢に及ばず、バイン敗走』だって」 ギランの広場にあるオープンカフェで待っていたアタシとアドエンのとこに、駆け足音も慌ただしくエアルフリードが寄ってきて、そう言った。 「むぅ……今度は傲慢の塔か。昨日はクルマの塔だったな。奴らのデートスポットは、塔なのか?」 デートスポットって…… 「さぁ? あ、追伸で『死にかけてたバインを助けたけど、よかった?』だってさ」 「そのまま見殺しでも一向に構わなかったが、まぁ良かろう。目的は奴の真意を訊くことだ。殺るのはいつでもできる」 「怖いから素面でそういうこと言わない……」 げんなりしながら突っ込んだアタシだったけど、あんまり聞こえてないらしい。 飲み物を注文したエアルフリードが、ちょっとだけ考えるような仕草を見せる。 「他に塔ってあったっけ?」 「パヴェル遺跡も塔と言えなくはないな」 「高いとこに登るっていうなら、他にもありそうだしね」 「なるほど。景観を楽しむためのデートスポットかっ」 アドエンがはたと思い付いたように手を打つ。 「だからデートじゃないとおも……」 「ならば奴らの次の行き先も絞りやすい」 「おお! さすがはアドエンちゃん。で、どこどこ?」 「うむっ。次に奴らが向かうのは……聖者の渓谷だ!」 ──で。来てみたはいいけど、どこにもそれらしい人物はいなかった。 「というか、アドエン。冷静に考えたら、ここって別に景観は良くないと思う」 「ていうか、殺伐としてるよね……」 「何を言う。この殺風景な大地! 崩れたオブジェ! 血が騒ぐではないか」 あんたが来たかっただけじゃないだろうね? そりゃ冒険心とかはくすぐられるけど、絶対に恋人同士の語らいには向かない場所だと思う。 ……恋人同士、か。 バインは今頃、フロウティアさんとどんなことを話してるんだろ……。 「やっぱりアドエンちゃんに任せちゃダメね。ここは真打ちの私がっ」 さっきとは正反対の評価を下しながら、エアルフリードがハイテンションな顔でそう言って、びしっと右手の親指を立ててみせた。 感傷に浸らせろよ、せめて。 「デートスポットといえば、やっぱりここでしょ。ハイネス!」 囁きの草原と呼ばれる場所を背景に、自慢するように両手を広げて胸を張るエアルフリード。 そんな彼女にアドエンがしらけた目を向けていた。 「それはいいが、貴様のその水着姿はとことん浮いてるぞ」 ワニ族たちの視線が痛い……。 「甘いわね、アドエンちゃん。インナドリルの定番デートコースは、エヴァの水中庭園で一汗掻いて、ハイネスでディナーと決まってるのよ! 綺麗な夜の海を眺めながら語らうカップルは、そのままお泊まりコース!」 「あんた……自分が泳ぎたいだけじゃ……」 我ながら的確なツッコミだと思ったが、今にも水中庭園に向かって走り出しそうなエルフ娘には聞こえちゃいなかった。 わざとらしく大きなため息を吐くアドエン。 「わかった。貴様はバカだ」 「もうちょっと遠慮あるツッコミしてよ、アドエンちゃん……」 しかし草原で水着姿では、バカ以外の何者でもないと思う。 とりあえず、ここにもバインたちの姿はなく、アタシは安心するやら、でもやっぱり二人のことが気になるやらで、またまたもやもやとした気分になる。 そんなときだった。 「……何をしているんだ?」 不意に背後から呆れたように声を掛けられ、慌てて振り返るアタシたち三人。 「なんだ。ユーウェインじゃない。脅かさないでよ」 露骨に嫌そうな顔を見せながら、エアルフリードがその声の主にそう言う。 そこにいたのは、血盟の仲間、ダークエルフの騎士のユーウェインだった。いつも寡黙で冷たい感じの奴ってのが、アタシの印象だ。 そんな人が、こちらもまた露骨に呆れた顔でアタシたちを見ている。そしてさっきのアドエンのように、盛大なため息を吐いた。 「バカか……」 「こら、ダークエルフ! ちっちゃく呟くなっ! ほんとにバカにされてるみたいじゃない!」 「みたいではなく、している。……そっちの二人は、このバカに付き合っているのか?」 「い、いや、そういうわけじゃないんだけどさ……」 「バインとフロウティアを探しているのだ。目的を忘れかけていたがな」 忘れるなよ、発案人……。 しかしアドエンの言葉を聞いたユーウェインは、首を傾げるようにしてさり気ない口調で重大なことを告げてくれた。 「あの男なら、先刻戻ってきて、盟主と共にいたが?」 アタシたちが拠点としているのは、ギランの街にある、冒険者御用達の大きめの宿。「帰る」といえば、たいていがここだ。 その宿の入り口で、中から出てきたバインとアタシたちは鉢合わせた。 「あ……」 バインが驚いたように声を上げる。 「あら」 彼の後ろからフロウティアさんが顔を覗かせる。 やっぱり二人でいたんだ……。 不意を突かれたアタシは、とっさにどうしていいか分からず、思わず一歩を退いてしまった。 そこに、アタシのアドバイザーを自称する二人が割り込む。 「やっと見つけたわよ、愛の逃避行カップル!」 「ここで会ったが百年目だ。大人しくしてもらおうか」 なんなんだ、あんたらは。 しかし二人に詰め寄られたバインは、不思議そうに首を傾げる。 「カップル? 大人しく?」 なんだろ、その反応わ…… 彼の奇妙な反応にも構わず、アドエンは仁王立ちするようにしてさらに詰め寄った。 「とぼけるな。貴様、カイナの気持ちに気付いていながら、逃げ回るとは何事だ。フロウティア殿が好きならそれでも構わん。だが、男としてけじめは付けるべきではないか」 「ちょ、ちょっとアドエン!」 いきなり直球を投げ掛ける親友を、アタシは慌てて止めた。 不満そうに振り返るアドエン。 「なんだ?」 「や、やっぱりやめよう。アタシは……二人の邪魔をしたくないよ」 なるべくバインの方を見ないように、アタシは今の気持ちをアドエンに伝える。 だって、バインにアタシの気持ちが知られてるなら、これってただしつこいだけだし……そんな風に思われるのは嫌だから。 けど、アドエンはさらに不機嫌そうにアタシの手を振り払った。 「まだそんなことを言っているのか、お前。ぶつかってみなければ分からんと言っただろう。お前はバインのことを考えているようで、その実、結論を出されるのが怖いだけだ。そのような逃げ腰、情けないとは思わんのか!」 「ち、ちがっ……」 「違わん。その証拠に、バインがフロウティア殿と共にいるのを見て、お前はどう思った? 何を感じた? その時の気持ちが、お前の本音なのだ。そこから目を逸らすな」 うっ……アドエンの言葉が、胸に突き刺さるみたいに痛い……。 「そうよ」 追い打ちを掛けるように、エアルフリードもアタシを掴んで振り向かせる。 「このままでいいわけ? これからずっとカイナちゃんは、バインが他の女と一緒にいるとこを見ることになるのよ?」 ……。 「目の前で仲良くしたり、自分が知らない話で盛り上がったりする二人を見たいわけ? それで諦められるの?」 「……それは……」 何だか熱いものがこみ上げてきた。 「それは……やだ……」 その光景を想像してしまったアタシは、不覚にも涙をこぼしていた。 「嫌だよっ!」 そして、その場から逃げるように走り去ってしまったんだ……。 そこからは、よく憶えてない。 気が付くと街の片隅に座って、ぼーっと空なんかを見上げてた。 泣きはらした目が、ちょっとだけ腫れぼったい。 アドエンに言われたことが、頭の中でぐるぐるぐるぐる……。 アタシは、やっぱり自分に嘘を吐いてたのかな? 「いい天気だなぁ」 不意に、後ろから近付いてくる足音と一緒に、声が飛んできた。 ……聞き慣れた声。 「久しぶりに一緒に行くかぁ」 ぽんっ、と頭に手が乗せられる。 アタシは、振り向けなかった。 麻痺したみたいに体が硬直して、動けない。 どんな顔すればいい? なんて答えたらいいんだ? うつむいて固まっているアタシと、そんなアタシの頭に手を置いて立ったままいるバイン。 遠く広場から聞こえる喧噪だけが、アタシたちの間に流れる。 どれくらいそうしてただろう。頭の上からバインの声が降ってきた。 「これ、やるよ」 置かれていた手が一度離れて、再び乗せられたときは、何か硬い感触がした。 ……箱? その感触からアタシが小さな箱を想像したとき、それが頭から滑り落ちてきた。 「わわっ!」 慌てて受け止めるアタシ。 それは予想どおり、小さな箱。手の平に乗るくらい、ほんとに小さな物だった。だけどその表面にほどこされた装飾は、もの凄く繊細で凝っていて、一目でドワーフ職人の手による物だと解る。 「……なにこれ?」 切っ掛けができて、アタシはやっと振り向くことができた。 青い空を背にして立つようなバインは、いつもと変わらない快活な笑顔を見せた。 「開けてみろよ」 言われるままに、自分の手の平に収まっている小箱を、指でそっと開けてみた。 中にあったのは…… 「指輪……」 細い金色のリングに、嫌味にならない程度の大きさの宝石が付いた指輪。 普段、魔法に対抗するために身に着ける物とは違う、シンプルだけど綺麗で、どこか神秘的な雰囲気のある指輪だった。 「お揃いなんだぜ」 「え?」 言って、振り向いたアタシに自分の左手を見せるバイン。その薬指のとこに、同じ指輪がはまっていた。 え? これって何? どういうこと? 訳が分からず首を傾げるアタシに、バインは苦笑した。 「ま、わかんないよな」 それから、すっとアタシと同じ目線になるように座って、じっと目を見つめてきた。 そしてっ。 「これからは、ずっと一緒にいてくれないか」 「へ?」 「俺と結婚してくれ」 ──!?!!! な、ななななななっ!? なにをぉーっ!? いきなりすぎる言葉に、アタシは一瞬にしてパニック! 頭の中は!と?だらけになり、そのくせ顔は、ぽかんと口を開けた間抜けなものになってしまってる。 結婚……? 結婚してくれ……? け、結婚ですかぁーっ!? そしてようやく、顔が熱くなってくる。 「え……えっと……そ、それは……?」 「うん。プロポーズってやつだな。で、この指輪がその証」 にこりと笑うバイン。 ……こんな時でも普段と変わらないって、こいつはどんな神経だ? 「これを作るために、盟主とかフロウティアさんとか、いろいろ助けてもらったんだぜ?」 「あ……」 そうなの? フロウティアさんと一緒にいたのも? 「お前、なんか勘違いしてただろ? まあ黙ってた俺も悪いんだけどさ……。フロウティアさんには、材料集めるのを手伝ってもらってたんだよ」 「そうなんだ?」 「ああ。ちょっと変わった指輪が欲しくてさ。盟主に相談したら、ドワーフのギルドを紹介してくれて、そこの爺さんから『作れんことはないが、特殊な材料がいる』って言われて、それを集めるために協力してもらったんだ」 そうだったんだ……。 「言ってくれれば良かったのに」 「ばーか。そしたら先にプロポーズしないといけなくなるだろ」 そう言ったときのバインは、少しだけ照れたようだった。 「驚かせたかったんだよ。その……お前の気持ちには、うすうす気付いてたしさ」 「うぁ……」 やっぱりそうだったんだ……。 アタシの方もさらに顔を赤くして、恥ずかしさからうつむいてしまう。 その視線の先に、小箱に入ったままの指輪があった。 そっか……これを作るために、あちこち行ってたんだ。 アタシのために……してくれたんだ。 そう考えると、またじわりと涙が出てきそうになる。 ダメだ。今は泣いちゃ。 アタシが涙をこらえようと、ぎゅっと口元を引き締めたとき、遠慮がちなバインの声が聞こえた。 「そ、それで……答えは?」 「あ……」 「まだ聞いてないぞ?」 顔を上げると、少しだけ恥ずかしそうに、それでもちゃんとアタシのことを見て待っているバインがいた。 アタシは、久しぶりに明るい気持ちで笑顔を見せることができて、そのせいで思わず涙がこぼれてしまった。 でも、今ならいいかもしれないね。 「結婚するよ、あんたと。バイン」 その後、迷惑を掛けたお詫びとして、アタシとバインの結婚式の仕切りは、アドエンとエアルフリードの二人に決まったことを追記しておこう。 →エピローグへ |
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