神々と妖精たちが住まう魔法の世界、エガエニル。
 その中心に立つ宮殿の奥まった一室に、女神マーブルの憂鬱げな吐息が広がる。
「人間の世界に、あまり良くない土壌が広がっているようね」
 薄いカーテン越しに映る女神の影は、腰掛けた椅子に頬杖を付くように見えた。
 カーテンを挟んで彼女と向かい合う小さな妖精は、その人の両手ほどしかない体をちょこんと畏まらせ、膝を床に着いた姿で顔を上げる。
 一見すれば「ファンシーなネズミ」という姿のその妖精は、しかし翼のように大きな耳を持っており、その体色も薄いグリーンに彩られていて、あまり現実的な姿ではない。どちらかといえば、ぬいぐるみのような愛嬌があった。
「私に御用というのは、そのことでしょうか?」
 巨人族でもゆうに数十人は収容できるこの謁見室に、今はその二人しかいない。女神が語りかけているのは、小さな妖精以外にはいないのだから、カーテン越しの影はうなずくように動いた。
「不本意だけれど、他に適任がいないわ」
「いや、不本意って……」
「あなたみたいなコに頼むのは、ものすごぉ〜く不安──という意味よ」
「ぼくの評価って、そんなに低いんですね」
「というより、ある意味では一番信用していないわ」
「ひ、ひどい……」
 小さな妖精は衝撃を受けたように、その大きな耳をぴんっと開いて、つぶらな瞳を潤ませる。
 しかしその気分を払うかのように、カーテンの向こうの影が、靴で床を踏む甲高い音を立てながら立ち上がった。
「けれど、ある部分では、最も頼りにもなると思っているわ」
 女神のその言葉に、潤んでいた瞳を輝かせ、小さな妖精は嬉しげに頬を染める。一度、断崖から放り投げられたような気分の後だったから、その喜びはひとしおだ。
「マーブルさまぁ!」
 勢いに任せるように大きな耳を羽ばたかせ、カーテンの向こうの主人に飛びつこうとした。しかし──
 ガィンッ!
 まるで鋼鉄のような硬さと冷たさを持つカーテンによって、あっさりと弾き飛ばされる。
「か、カーテンじゃない……何これ!?」
「どさくさに紛れて何をしようとしたのだか……」
 床に転がった妖精は、ぶつけた鼻をさすりながら、溜息を吐く女神の影を見上げる。
 その彼のそばに、彼と同じくらいの体を持つ、全身を長い毛に覆われた妖精が、ちょこちょこと近付いてきた。その体に、リング状のアクセサリーを身に着けて。
「そのブレスレットを持っていきなさい」
 女神の声に顔を上げ、毛むくじゃらの妖精と向かい合う。
「ブレスレット? これは?」
「人間が使うための物です。それを持って、人間の世界に行きなさい」
 毛むくじゃらの妖精が小さく声を掛け、ネズミの妖精は彼の体からそのリング状のブレスレットを引き抜いた。小さな彼らでは、両手で持ち上げるのも大変そうな大きさではあったが、持ってみると驚くほど軽い。
 しげしげとブレスレットを見つめながら、小さな妖精は女神に尋ねる。
「これを人間に使わせるのですか? 何に使うのです?」
 プラチナで作られたかのように見えるそのブレスレットは、四つの丸い穴が並んでおり、その表面を覆うように透明なカバーが取り付けてある。触ってみるとそれは、ブレスレットの表面をスライドする仕組みになっていた。カバーには、女神マーブルを表すルーンの一文字が刻まれている。
「人間に、荒れた土を耕させるのですよ」
 そう言った女神の声は、心なしか楽しそうに笑っているように聞こえた。
 カーテン越しの主人を見上げ、小さな妖精はその大きな耳を動かして首を傾げるのであった。

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