「人を好きにはなっても、『恋』はしないのかと思っていたから」
 そのフロウティアの言葉の真意が分からず、あの日以来、頭から離れない。
 異性を好きになることは、イコール『恋』ではないのだろうか? 自分がライを好きなことは、フロウティアも知っているはずだ。今さらの言葉だろう。
 それともあれは、何か意図するところがあっての言い回しなのだろうか。フロウティアは時々、謎かけのように問いをぶつけてくることがあるから、そうかもしれない。そんなときは大概、相手のことを考えて自問をうながしているのだけど。
 ──しかし。
 あの言葉を言われたとき、たしかに自分は驚いていた。それはフロウティアの言葉を肯定しているのではないか? 無意識のうちにそれを認めたからこそ、心底を見抜かれて驚いたのではないだろうか……。
(私は、ライのことをどう思っているの……?)
 掘り起こされた想いを整理するために、そのことを自分に問いかけてみる。
 ……少しだけ、体温が上がった気がした。
 ライと一緒にいた今までの時間が、次々と脳裏に浮かんでくる。全てが楽しく思える記憶だ。
 そして、すぐにでも会いたくなって、胸が熱くなる。
 これは、最近の自分だ。

「──あ。おはよう、アニア」
 朝。部屋を出ようとドアを開けたところに、偶然ライが通りかかっていた。
 歩く姿勢のまま顔だけを振り向かせて挨拶をしたライに、アニアネストはドアを開けたその体勢のまま、目を丸くして硬直する。
「? なんだ?」
 その様子が、常の彼女とは違っていたから、ライは体ごと振り向いて彼女に近寄った。
 その途端。
「お、おはよう!」
 バタンッ!
 アニアネストは朝の挨拶と同時にドアを閉じて、部屋の中に戻ってしまう。まるで鳩時計の仕掛けのようだ。
「???」
 今度はライの方が目を丸くしながら、首を捻ってしまう。
(なんかやったかな……俺)
 少しばかりの気まずさを感じながら、とりあえず誰かに訊いてみようと、ライは頭を掻きつつ一階へと向かった。
 その足音を扉越しに聞きつつ、アニアネストも気まずさと、そしてかつてないほどの感情の高ぶりを覚える。
 変なことを考えていたせいか、ライの顔を見た途端、胸がカッと熱くなった。一気に体温が上がる感じがして、顔の火照りを抑えられなくなる。
 それを見られるのが嫌で、思わずドアを閉めてしまったのだ。
(フロウティアが変なこと言うからっ……!)
 意味深な言葉を投げ掛けた仲間を恨みつつ、アニアネストは上気した顔で背中を預けた扉の向こうを見るようにして、小さく唇を噛み締めるのだった。

 ──思い付くのは、先日のやりとりだ。
 ライには目標がある。夢と言ってもいいかもしれない。
 それは、いまだ誰も見たことがないような魔法を生み出すことである。新しい魔法を自分の手で創り上げることだ。
 世には、忘れられた巨人時代の魔法を追い求めたり、象牙の塔が封印した禁忌の魔法に手を出す魔導士もいるが、ライはそのどちらにも興味がない。目標を達するためには、それらの魔法も研究しなければならないだろうが、あくまでも通過点だと考えている。
 先日アニアネストに語って聞かせたことは、その夢の片鱗なのだ。
 しかしどうも彼女には、否定的に受け止められたらしい。
 今朝のあの妙な態度は、そのせいなのかもしれないと考えるライである。
「魔法について……?」
 ポエットは、友人からの問いかけに首を傾げ、ついで隣にいる別の友人に顔を向けた。
 そのもう一人の友人であるアレクシスも、意味が解らないという風に肩をすくめてみせる。
 ライは眉根を寄せて、渋面を作った。
 ここは宿屋の軒先に出された、カフェテリア。そろそろ強くなってきた日差しを避けられるように、並べられた丸いテーブルそれぞれに大きめのパラソルが立てられ、町中をゆるりと吹き抜ける微かな風の中で、青空を見ながらお茶を楽しむことができる。
 彼らが逗留する宿屋が、この春から始めた新しいサービスである。白いテーブルやパラソルが、女性を中心に密かな人気になっているらしい。
「言われても……私は魔法なんて使えませんしね〜」
 果物の果汁で作られたジュースを口に運びながら、ポエットが困ったようにそう言う。
「俺も」
 隣のテーブルにいる女性客をにやけた顔で見つめながら、アレクシスも片手を上げてそれに追従した。
 ライが思わずその顔を両手でこちらに振り向かせる。
「お前は使えるだろーがっ」
「いってぇ!……っても、お前ほどじゃないし。ほとんど変成術の類だぞ」
「幻術だってある」
「あるって程度だろ。お前らみたいに、次から次へ精霊を使役できるわけじゃない」
 言いつつ、お返しとばかりにライの顔を両手で挟んで、ぎゅうっと力を込める。
「それでも多少は解るだろーが。何か思い当たることはないのかっ!」
「そりゃお前……黒魔法はいけないですなっ」
「そんな使い古された建前を聞いてるんじゃない! しかもザルだろ、それ!」
「じゃあ、何が聞きたいってんだ!」
 お互いに相手の顔を両手で潰しているため、とても奇妙な顔になってしまっているのだが、当人たちは言い合いに夢中になっているためか、全く気にしていない。むしろそばにいるポエットが、周囲の視線に晒されていい迷惑を被っている。
「恥ずかしいから、やめてください!」
 耐えきれずに身を乗り出して、互いの顔を挟んでいる二人の手を、下から腕を叩くようにして外す。思わぬ方向から加わった力に、ライもアレクシスも驚いたようにして、それぞれの椅子に腰を落とした。
「もぉっ! ちょっとは人目を気にしてくださいよぅ」
「いや、お前にそれを言われたくない」
 時折、奇天烈な服装で出掛けていく友人に、思わず真顔で突っ込むアレクシス。一緒に出掛けていくユーウェインには、その度に同情を禁じ得ない。
 ポエットは何のことだか解らず、小首を傾げてから、気を取り直してライに振り向いた。
「ライが気にしてるのは、アニアさんのことじゃないんですか?」
「う……」
 ずばりを突かれて、ライは言葉に詰まる。
「アニアさんがどう思ってるか、でしょ?」
「ま、まあ……そうなんだが……」
「大丈夫だと思うけどなぁ」
 しどろもどろなライに対して、ポエットは笑顔を向ける。
「だってアニアさんがあんなに色々してくれるのって、ライ以外に見たことないですよ」
 その言葉に、ライはきょとんとしてしまう。
「まあ、順調すぎて不安になんのは分かるけどな。お前、今まで彼女とかいなかったっぽいし」
 アレクシスも気を取り直したのか、椅子に背中を預けるようにしながら、ティーカップを片手にそう言って笑う。
「もっと自信を持った方がいいぜ。うじうじした野郎には、女もついてこないしな」
「そういう問題じゃないと思いますけど……でも、自信は持った方がいいですね」
 うん、とポエットもうなずく。
 二人の友人の励ましに、ライも何となく気分が軽くなったような気がした。
 経験のないことだから、余計なことを考えてしまうのかもしれない。アニアネストがどう考えているかなんて、本人に聞いてみないと解るはずがないことだったのに。
「自信か……そうだな」
 ライはそう呟いて、吹っ切れたような微笑を見せたのだった。
「いつまでもきわどい格好に振り回されてちゃ、ダメだぜ」
「うっ……それを言われると辛い……」

 エアルフリードというエルフは、真剣になるというところを見たことがない。
 それが、アニアネストの評価だ。
 だがこんな話を持っていけるのは、件のフロウティアを除けば、彼女くらいしかいない。
「そりゃあ、恋でしょ」
 予想どおりというか、実に気軽な口調の答えが返ってくる。
 床にあぐらを組んで座り、弓に張った弦の調子を見ているエアルフリードに、アニアネストは軽いため息を吐いた。
 ここはエアルフリードの部屋で、これから彼女も含めたメンバーで狩りに出掛けるところなのだから、むしろその行動は当然なのだろうが、今は自分の話に耳を傾けて欲しいと思うアニアネストだ。
「簡単に言ってくれるけど……それじゃあ、今までの私は? これからは彼とどう接すればいいの?」
「そんなの聞かれても困るなぁ」
 人差し指で弦をピンと弾き、エアルフリードがアニアネストに顔を向ける。
「恋なんて自然に始まるもんだし。マニュアルがあるもんじゃないし」
「分かってるわよ、それくらい」
「じゃあ、教えることは何もないわ。……今までよく頑張った、わが弟子よっ」
「……部屋ごと吹き飛ばすわよ」
 声音を変えてふざけるエルフの娘に、アニアネストのこめかみに十字路が浮かぶ。
 対するエアルフリードも、むっとした表情で、あぐらを組んだままくるりと体ごと振り返った。
「なら逆に聞くけど、あんたはどうしたいわけ? 今までライくんをからかってゴメンナサイ、って謝る? これからちゃんと愛します、って告白する?」
「そ、そんなっ……! ていうか、別に今までそんなつもりで一緒にいたわけじゃないわよ!」
「そうでしょうが。最初から何か惹かれたから、あーんな態度取ってたんでしょ」
「……」
「そんなもんなんだって。恋って」
 パッと両手を広げて肩をすくめ、のほほんとした表情で、再び弦を締める作業に戻るエアルフリード。
「ま、急に気が付いてしおらしくなるあたり、あんたが意外に奥手だったってことかな」
 ついでのようにそんなことを言いながら。
 ──そう。
 まさに、急に気が付いてしまったのだ。
 だから困惑している。
「……少し前。彼がどうして冒険者の魔導士になったのか、聞いたの」
「へぇ」
「たぶん、切っ掛けはそれ。彼の考えていることを……心に少しだけ触れてしまったから。だから……」
「惹かれた理由が解った、と」
「たぶん、ね……」
「今さ。ライくんのことをもっと知りたくなってるでしょ」
「ええ……」
「自分のどの辺が好きなのかなぁ……とか、考えちゃってるでしょ?」
「……これからどんな顔で、彼の前に出ればいいやら」
 作業をしながら話し掛けるエアルフリードの言葉に、いちいち納得しながら、アニアネストは憂鬱げにため息を吐いた。実際、それが一番の問題なのだ。
 きっとまともに顔も見られないだろう。まるで初めて恋をする少女のように。
 そんなアニアネストに、エアルフリードが顔を上げて、何やら悪戯っぽい笑みを向ける。
「ねえ、アニア。気が付いてる?」
「……なに?」
「あなた今、ライくんのこと、名前じゃなくて『彼』って呼んでるって」
「!!?!」
「いやぁ、意外に可愛いところあるのね〜。アニアちゃん」
 からかうように笑顔を向けてくるエアルフリードに、アニアネストは顔を真っ赤に染めつつ、怒りを堪えるように全身を震わせるのだった。


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