好きな人に告白をしようと決心したとき、同族の知人たちからは、驚きの声と呆れた声の2つが飛んできた。
 曰く、
「なんでその人?」
「ポエットおかしいよ」
「てゆーかその人、髭もないんでしょ?」
 そう──
 髭も生えてないダークエルフのユーウェインを好きになったことが、たぶん最大の間違いだったのだ。

 膝を抱えて座り込み、床に「の」の字を書くポエットを前に、ここ『参拝者のネクロポリス』にやってきたばかりのマモンの商人は、自慢でもない禿頭をつるりと撫で上げて、ため息を吐いた。
「やはりのぉ……種族の壁は大きいわい」
 予想していたことではあったが、落ち込んでいるポエットを見てしまうと、同情もしてしまう。
「いいんです……どーせわたしは変なんですから」
 いじけたようにそんなことを言われても、一緒にいる方はちっとも良くはない。
「そもそも、どうしてダークエルフなのかのぉ。お嬢ちゃんくらい可愛い子なら、他に言い寄ってくる男もおるだろうに。わしもあと二十才ほど若ければ……」
「冗談はやめてください」
 半分くらい本気だった言葉をコンマ数秒で一蹴され、ちょっとだけ落ち込むマモンの商人。昔はこれでも同族の女性から黄色い声が飛んできた頃もあったのだという自負が、もろくも崩れ去っていく。
 そんな、ある意味で純真なおじさんの心をばっさり切り捨てたことなど、ミジンコの足先ほどにも気に掛けず、ポエットはいじけた仕草のまま、口を尖らせて何気なく呟いた。
「だって……むさ苦しいんです」
「むさ苦しい?」
「同族の男の人って」
「なんとっ!」
 ポエットの言葉を聞いた瞬間、目に影を入れ、禿げた頭に縦線を入れ、派手なリアクションで驚くマモンの商人。ついでに鼻水も垂らしてみている。
 ドワーフ故に正確な年齢は解らないが、おそらく彼の数十年に及ぶ人生の中で、同族の女性からこのような言葉を聞いたのは初めてであろう。
「髭とか、白髪とか、筋肉とか、樽体型とか……ちっともかっこよくないです」
 追い打ちを掛けるように呟くポエットだったが、彼女は自分でも解っていた。
 自分の美的感覚がおかしいことに。
 しかし物心付いた頃から、なぜか同族の男性には魅力を感じなかった。
 初恋の相手は村に訪れたエルフの青年だったし、思春期突入と同時に憧れたのは、絵画に描かれたフリンテッサ王子だった。
 この時点ですでに友人、知人からは大ブーイングを受けていたことは、想像に難くない。
 そこで引き返せればまだ何とかなったかもしれない。しかし彼女はすぐに冒険者の道を歩み始め、否が応でも他種族と交流することが多くなった。
 無論、彼女の好みにあう男性も多く目にすることになる。
 拍車が掛かったことは、言うまでもない。
 そんな中でユーウェインに出会い、そして彼に恋をした。
 今までがそうであったように、好きになったらそのまま突っ走るのが、彼女の性格だ。
 初恋相手のエルフの時も、村を出て行く彼を追ってこっそり家出して、見つけた彼自身に連れ戻され、倉庫に閉じこめられた。フリンテッサ王子に憧れたときは、お小遣いをはたいて王子の絵画やグッズを集めまくったものだ。それでも足りなくて家のお金まで持ち出した時には、怒った母親に「スポイル百叩き&鉱山吊しの刑」にされた。
 そんな彼女だからこそ、種族の違いなどは念頭になかったのだ。
 しかし、その現実を好きな人自身によって指摘されてしまった。
 変わり者であるばかりに直面してしまった、どうしようもない障害。
「こんなことなら……ちゃんとふつーのドワーフになりたかったな……」
 考えているうちに、また涙ぐんでしまったポエットがぽつりと呟く。
 しかしそれを横で聞いていたマモンは、何やら思案深げに顎に手をやり、首を捻った。
「ふむ。どうやら勝利の鍵は、そこにあるようじゃの」
「?」
 マモンの言葉に、涙ではらした顔を不思議そうに上げるポエット。
 屈強そうなドワーフは、その厳つい顔をにかりと崩して、親指を立てた右手を突き出す。
「お嬢ちゃんの話を聞いて、一つ閃いたわい」
「なんですか?」
「彼をゲットするためのレッスンツーじゃ。その名も……」

 商業都市ギラン。
 その一角にある、ポエットたちの血盟が宿泊場所として利用している宿屋。
 その店先に、ユーウェインを初めとした血盟のメンバーが数人、集まっていた。
「……盟主は?」
 辺りを見回してその姿が見えないことに気が付き、ユーウェインが誰にともなく訊ねる。
 青いローブをまとったヒューマンの青年が、覗き込んでいた自分の腰袋から顔を上げて答える。
「ゴダードに行っているみたいだよ。エアルフリードさんとフロウティアさんも一緒だって……な?」
 そのまま隣にいる、似たような姿の同族の女性に話を向けた。
「ええ。そう聞いていますよ」
 彼女は彼の方に──というより、誰の方にも顔を向けることなく、自身が召喚したネコの召還獣の手を取りながら、にこにこと機嫌良くそう言った。話を振った青年の方は、そのことに何だか不満そうな顔を見せる。
「ならば今日は、この面子か」
 呟き、改めて仲間を見回すユーウェイン。
 ローブ姿のヒューマンの男女の他に、同じくヒューマンの戦士と思われる女性、そして騎士らしきエルフの青年が一人である。
「ファイスとプリシラも来る。人数は申し分ないだろう」
 そのエルフの青年がそう言って、宿の方を見上げた。支度が遅れているのだろうか。
 彼の隣にいる戦士の女性は、それを聞いてくすくすと小さく笑った。
「ファイスったら、ちょっと前までカタコムのパーティーに参加してたんだって。タフだよね」
 笑う彼女に振り返り、エルフの青年は悪戯っぽく笑みを作る。
「同じ闘士としては、見習わなくちゃな? メリス」
「そんなことしたら、セリオンに守ってもらえなくなるもん」
 切り返すように、にこりと微笑む彼女に、エルフの青年は苦笑を漏らすしかなかった。
 そんな光景を横目で見ながら、ユーウェインはため息を一つ。その姿は呆れているようでもあり、どこか寂しげでもある。
(だが……)
 再びエルフの青年──セリオンに目を向けつつ、何か期するところがあるようにその視線に力を込める。
 そんな彼の雰囲気には気付かず、戦士の女性──メリスは別のことを気にするように、小さな口元に指を当てながら視線を宙に浮かせた。
「一応、ポエットちゃんにも声を掛けておいたんだけど……アカデミー、卒業したって聞いたし。今日からはこっちだよね」
「なに……?」
 ユーウェインの銀糸の眉が思わずぴくりと跳ね上がる。
 その時であった。
「遅くなりましたぁーっ!」
 元気な声と共に、ポエットが宿ではなく、ギランの街路から駆け込んでくる。
 血盟の仲間たちはその声に振り返り、メリスもその元気さに負けないような笑顔を浮かべ……
「まだ大丈夫だ……よっ!?」
 その表情が途中で凍り付く。
 彼女だけではない。振り向いた他のメンバーも、思わずそのまま固まってしまった。
「え、えっと……きょーわ、よろしくお願いしますっ!」
 みんなの前で立ち止まり、ツインテールの髪を跳ねさせてぺこりと頭を下げたポエットは、顔を上げると恥ずかしそうに頬を染めながら、もじもじと体を揺する。
 しかしそれに応える者は、誰もいない。
 さもあろう。
 どこで調達してきたのか、彼女はまるでダークエルフの女性さながらの、きわどいデザインの服を着て来ているのだからっ。
「えっと……今日のコーディネイトは、アニアネストさんの服を見本にしてみました」
 恥じらいながらも顔を上げて一同を見回し、そう言うポエット。ちなみにアニアネストとは、同じ血盟所属のダークエルフ魔導士の名前なのだが、そんなことはどうでもいい。
 ポエットの視線が、一番最後にユーウェインに向けられて止まる。そして赤く染めた顔で上目遣いに彼を見つめ、もじもじとしながら小さく口を開いた。
「に……似合いますか?」
 コメントしろというのか、この俺に……。
 ユーウェインのみならず、その場の一同の心の声である。
 むしろ「どこからつっこめばいいですか?」とすら聞きたくなる。
 ギャグなのか? 初めて一緒に狩りに行こうという先輩たちに対して、ポエットなりに精一杯、笑いどころを用意してきたのか? つまりは掴みか?
 そんなことすら考えてしまうほど、一同は混乱していた。
 しかしこれこそ、マモンの商人が用意した作戦。その名も、

「『あなた好みの私になります(はぁと)』じゃ!」
 ろくでもないジジイである……。
「種族の違いが壁になるというなら、それを逆手に取ることこそ、ドワーフの知恵というものじゃ。即ち、相手がダークエルフならば、ダークエルフっぽい格好をしてみせれば、彼の心もぐらりと揺らぐはず!」
 どの辺りが「逆手に取っている」のかはさておいて、ポエットはその言葉に一条の光を見たような気がした。
 たしかに、ダークエルフになることは無理だが、それを真似することはできる。彼も同族の女性には惹かれるはずだ。
「ダークエルフ族の女性とは正反対に位置しているとも言えるお嬢ちゃんじゃが、そのギャップにこそ萌えがあるのじゃ!」
 そう言いながら、マモンは嬉々として自分の商売道具が詰まった行李の中をひっくり返し始めた。
「心配せんでも、そのための衣装はワシが用意してやろう。マモンの商人に揃えられぬ物なしじゃ」
 差し出された、胸元やら裾やらがきわどいデザインの服を見つめ、ふと不安そうに眉をひそめるポエット。
「……あの。いちおー聞きますけど、おじさんの個人的な趣味じゃないですよね?」
「ば、バカをいうでない! そんなことあるわけなかろうがっ!」
「ならいいんですけど……」
 一抹の不安を感じながらも、この作戦に懸けてみようと決意したポエットであった。

 そんなわけで、今の姿である。
 ポエットの人生の中で、これだけ肌を露出させたことは、お風呂に入るときと着替えるとき以外にはない。無論、人目に晒したことなど、皆無であるといってもいいだろう。
 耳まで真っ赤に染めて、恥ずかしさに耐えながら、それでもユーウェインに気に入ってもらえるなら大丈夫と、自分に言い聞かせてこの場に来た。
 大丈夫かな? 気に入ってくれたかな? 綺麗だって言ってくれるかな? それとも、もうちょっと補強(主に胸)してきた方が良かったかな?
 などと不安と期待を胸中で交差させながら、彼の顔を見つめる。
 いつものクールな表情。ちょっとだけ額に汗を掻いてるみたいだけど、自分が好きな彼の顔。意志の強そうなその瞳。そして固く結ばれた唇。それがゆっくりと開き……
「似合わん。帰れ」
 がぁーーーーーんっ!!
 似合わないどころか、帰れとまで言われてしまったポエットは、おなじみの白いハニワとなって、ギランの街角に佇んでしまうのだった。
 さすがに誰も、フォローを入れることはできなかったという。

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