(何なのだ、あの娘は……)
 シーレンを崇めるダークエルフの騎士にして血盟の騎士たるユーウェインは、その二百数十年の人生の中で、初めて経験する困惑に囚われていた。
 ここ最近になって急に自分に付きまとうようになった、ドワーフ族の少女の存在に、である。
 いや、思い返してみれば、下部組織であるアカデミー所属の者の中では、ほとんど唯一といってもいいほど、自分に話し掛けてきていた相手である。他のアカデミー員たちは、どこか自分を敬遠していような感じだ。
 なのにあの少女だけは、気後れをしながらも、何かと話し掛けてきていた。
 最初はダークエルフが珍しいのかと思った。しかし血盟には他にもダークエルフ族出身の者はいる。ならばダークエルフの騎士が珍しいのかとも思ったが、どうやらそういう物珍しさや好奇心などではなさそうだった。
 不可解ではあったが、不快ではなかったので、それとなく相手はしていた。彼の騎士道には慈悲やいたわりの心は記されていないが、弱者に対する配慮くらいは心得ていたからだ。
 しかしまさか、彼女がそういう思惑でいたとは、さすがのユーウェインも予想だにしていなかったのである。
(ドワーフ族の女から、愛を告げられるとはな……)
 苦笑すら浮かばない。むしろ冷笑の的になるだろう。
 冷ややかに突き放し、それで終わらせよう。
 ──当初は、そう簡単に考えていた。
 だが。
 事態は彼が思っているより、ずっとずっと深刻だったのである。

 ドラゴンバレーのダンジョンの入り口に立ったユーウェインは、そこに、そろそろ見慣れてきた(彼にすれば)奇怪な人物を見つけていた。
 その人物は、自分がすっぽりと入るサイズの四角い木箱から顔を覗かせ、そのピンク色の髪の間から猫の耳を模したアクセサリーを生やして、恥ずかしそうに彼を見つめている。
「……何の真似だ?」
 低く、しかしわずかに声を震わせて、ユーウェインが問う。
 すると木箱の縁に、やはり猫の前足を模した大きめの手袋を付けた、彼女の手がひょこりと出てきた。
「あ、あなた好みの子猫に育ててください」
「帰れ」
「にゃっ!?」
 一息も置かずに冷たく言い放った一言に、子猫に扮したポエットは、手と同じく腰に付けた猫の尻尾を跳ね上げて、ハニワのような顔で硬直する。
(これで何度目だ……)
 ため息を吐くことすら飽きたように、ユーウェインは疲れた表情でかぶりを振った。
 先日のクランメンバーたちとの狩りに、ダークエルフの女性風の姿で現れてからというもの、ポエットは毎回、趣向を変えた衣装でユーウェインの前に現れるようになったのである。
 たしか昨日は、タヌキのような姿だった。
「あなたの好きな姿に変身しますっ」
 というのが、その時のセリフ。
「ならば透明になっていろ」
 そうきり返したら、一生懸命に消えようとしていたが、当然ながらそんなことはできずに、泣きながら走り去ってしまった。
 泣くほどならやめればいいとユーウェインは思うのだが、彼女は今日も懲りずにやってきている。
(本当に何なのだ……)
 うんざりすると同時に、彼女の考えていることが理解できずに、困惑しているのが今のユーウェインである。
 そのせいか、力ずくで追い払ったり、徹底的に無視するという行動には出られないでいる。それが可能であることは解っているのだが。
 もうひとつ息を吐いて、ユーウェインは硬直しているポエットに背を向ける。
「気が失せた。帰るぞ」
「あ……」
 言うやいなや、近くの村へテレポートするスクロールを開いて使用するユーウェイン。
 ポエットも慌てて自分のポーチから同じ物を取り出そうとして……
「な、ないですっ! ど、どうして〜!?」
 そこで思い出す。この衣装を借りるときに、マモンの商人のところで自分の荷物を下ろしたことを。
「置いて来ちゃったぁー!」
「しらん」
 頭を抱えて涙を流すポエットを尻目に、ユーウェインは薄情にもさっさとテレポートしてしまう。
 その刹那、彼はふと気が付いた。
(わざわざ教えてやる必要はなかっただろうに……)
 帰ることをポエットに告げた自分に、彼は久しぶりの笑みを浮かべる。苦笑ではあったが。

 通りかかった他の冒険者にスクロールを譲ってもらい、何とかギランの街に戻ってきたポエットは、そのまま自分たちの宿泊所となっている宿屋へ駆け込んだ。
 もちろん、ユーウェインがいると思ったからだ。
 しかし。
「ユーウェイン? 帰ってすぐに出て行っちゃったよ?」
 一階の酒場でセリオンと食事を取っていたメリスが、口に運ぶスプーンを止めてそう答えてくれた。
「そ、そうなんですかぁ……」
 体全体で落胆を表すポエット。
 メリスは食事の手を完全に止めてそんな彼女に向かい合い、にこりと笑顔をみせる。
「彼、最近忙しそうだよね」
「新しい剣を作るとか言っていたな」
 横からセリオンが合いの手を入れるように、そう言ってきた。
「そうなの?」
「うん。今の物は少し使いづらいらしい。もっと手に馴染む剣が欲しいとか……俺もフロウティアから聞いたんだけどね」
「生粋の剣士だもんね。ユーウェインって」
「でも、要は使いようだよ。例えなまくらな剣でも、使い手の技量次第では名剣になるさ」
「それはセリオンだから言えるんだよ」
「……そういう言い方をされると、俺が強くて嫌なやつみたいじゃないか。俺はそんなに強くない」
「ううん、わかってるよ。スタンスの違いだよね、セリオンとユーウェインの」
「そういうこと」
 二人のやりとりを聞きながら、ポエットは何だか羨ましそうな顔をしている。
 それに気が付くのは、やはりメリスの方だった。
「どうしたの? ご飯食べたい?」
「ち、違います」
「ん?」
「分かり合ってるなぁ……って思って……」
「私とセリオンのことかな?」
「はい……」
「ずっと一緒だからね」
 春の日差しのような柔らかい笑顔を浮かべるメリス。
「私はセリオンのことなら、何でも解るよ」
「何でも……ですか?」
「うん。だってずっと好きだもん。だから言葉にしなくても、何でも解るよ」
 彼女がそう言っている横で、セリオンの方は顔を赤くしてさり気なくそっぽを向いている。しかしその表情は、やはり嬉しそうだ。
 ポエットは呆気にとられたように、口をまるく開けてそんな二人を見比べた。
「はいはい。後輩相手にのろけない、のろけない」
 両手をぱんぱんと叩きながら、ヒューマンの女性がメリスの背後に立つ。
「まったく……キミたちは、どこでもその調子だよね」
「ファイス」
 振り返ったメリスが相手の名を呼ぶ。
 同じ血盟のメンバー、女戦士のファイスは、日に焼けた活発そうな顔をにかりとほころばせて、メリスの頭越しにポエットの髪をくしゃりと撫で混ぜた。
「ユーウェインなら、ハイネスの方へ行ったみたいだぜ。キミから逃げてるんじゃない?」
「えぅっ!?」
「なんか分からないけど、まー、頑張んな。あっちには今、カイナやアドエンなんかもいるみたいだから、見かけたら手伝ってくれるかもしんないしな」
「は、はいっ!」
 落ち込ませているのか励まされているのか分からないファイスの言葉だが、ともかくユーウェインの所在は分かった。
 ポエットは直立するように姿勢を正して、元気に返事をした。
「行ってきますっ!」
「ああ、頑張りな」
 ひらひらを手を振るファイスに見送られて、ポエットは宿から飛び出していく。
 頭を抑えられたような体勢だったメリスが、ようやく体を起こして、ファイスに恨めしそうな顔を向けた。
「ファイスさぁ……ほんとに解ってないの?」
「ん? 何が?」
「はぁ……あなたらしいよ……」
 それからふと思い出したように、セリオンに向き直った。
「カイナたち、バインを探してなかった?」
「ああ、そう言えばそんなことを言っていたな?」
「じゃあエアルも一緒じゃ……」
「だろうな。あいつが俺たちに『バイン捜索指令』とか出してきたんだから」
「……あちゃ」
 メリスは何か気まずそうに顔を歪め、片手でそれを覆う。
 そんな彼女に、ファイスが不思議そうに首を傾げた。
「どうしたんだ?」
「ちょっと……マズイかなぁ、って」
「何が?」
「いい……。ファイスに説明してもわかんないだろうから」
「?」
 さらに不思議そうにするファイスは、その顔をセリオンに向けるが、彼も肩をすくめて首を横に振った。
「なんだよぉ、それ……」
 不満げに頬をふくらませるファイスが真相を知るのは、ずっと後のことになる。

 ハイネスがあるインナドリル地方は、水に恵まれた風光明媚な場所だ。
 しかしいつぞやのドラゴンバレーと同様に、今のポエットにそんな景観を楽しむ余裕はない。
 幸いに、この近辺の魔物なら彼女でも倒すことができたし、川や池などの水地がほつれた糸のように絡み合う複雑な地形を、ユーウェインの姿を求めて縦横に駆け回る。
 マモンの商人からは、新しい衣装も借りた。今度はちゃんと自分の荷物も持っている。
 静寂の草原をその名に反してうるさく走り抜け、囁きの草原で自分の2倍はあろうかというワニ族たちに礼儀正しく挨拶をしながら、その横を通り過ぎていく。
 草原を西へ東へ、そして南へ……
「──いた!」
 草原地帯の南端にたどり着いたとき、舗装された道の傍にその姿をみとめ、思わず歓声を上げる。
 しかし彼の近くには、さらに三人の見慣れた人物たちがいた。
「カイナさん、アドエンさん、エアルフリードさん……みんな一緒だぁ」
 背の高い草原の草をかき分け、小手をかざして一人ずつ確認していく。そしてなぜエアルフリードだけが水着を着ているのかと首を捻った。
「みんなで海水浴……じゃないですよね」
 ともかく近付こうと、立っていた中州のような場所から、水地へと駆け下りる。
 自分が上げるばしゃばしゃという水が跳ねる音に混ざって、エアルフリードの声が聞こえてきた。
「こら、ダークエルフ! ちっちゃく呟くなっ! ほんとにバカにされてるみたいじゃない!」
(ああ、相変わらず仲悪そう……)
 思わず苦笑が漏れる。
 ポエットが見かける二人の会話は、いつもあんな感じである。ユーウェインの無愛想な態度に、エアルフリードが何かと食ってかかるのだ。
 もっとも、仲間同士のじゃれ合いのようなものなので、本当に仲が悪いわけではないようなのだが。
 四人に近付いたことで、その会話がよく聞こえてきた。
「バインとフロウティアを探しているのだ。目的を忘れかけていたがな」
「あの男なら、先刻戻ってきて、盟主と共にいたが?」
(あれ? 盟主様、帰ってきてるんだ)
 ユーウェインの言葉に、別なことに気が付くポエット。
 所属する血盟の盟主には、後見人として育ててもらった恩がある。まだアカデミー卒業のお礼をちゃんとしてなかったな、と思い返した。
(帰ったら、ちゃんとお礼言わなきゃ)
 ようやくみんなの傍に近付いたその時、エアルフリードの険のある声が聞こえた。
「で、あんたはなんでこんなとこにいるのよ。まさか観光とか言わないわよね〜?」
「いや、なんとなく……」
「なによ?」
 常の彼らしくなく言いよどむ姿に、エアルフリードは眉をひそめる。
 ユーウェインは一つ咳払いをしてから、ついっと背を向けた。
「しつこい追っ手から逃げているだけだ」
「はぁ? あんたが逃げてるの?」
 ますます彼らしくない言葉に、思わずまじまじとその背中を見つめてしまう。だがユーウェインはそれ以上は何も言わずに、立ち去ろうとしていた。
 エアルフリードは一つ息を吐き、テレポート用のスクロールを開いた。
「ま、何か困ってるなら言ってきなさいよ。元恋人だからって、遠慮されるのは嫌だから」
「……ああ」
 ──!?
 踏み出していた足が、そこで止まった。
 そしてポエットの思考そのものも。
 テレポートしていく三人の姿を見つめながら、彼女は何も考えられずにその場に立ちつくしていたのだった。
 ただ一つ。
 エアルフリードが残した言葉だけが、耳にこびりついたように離れない……。

第5話へ
 
 

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