ポエットは、頭を使うことがあまり得意ではない。特にとっさの判断力は低い方だろう。 ドワーフ族でありながら、計算も苦手だ。数字の計算だけではなく、損得の計算も。盟主が後見人になっていなければ、これまでの冒険者生活でどれだけ騙されたり損をさせられていたか、分かったものではない。 しかしこの時、彼女はその人生において最速の判断と決断を下した。 「スポイルフェスティバル!」 向かってくる魔物の群れに向かい、その小さな全身から力を絞り出すようにして、『気』を放つ。魔物たちの頭上に、一斉に花火のような『気』の飛沫が降りかかった 「なにっ!?」 驚いたのはユーウェインだ。 まさか彼女がそういう行動に出るとは、予想すらしていなかった。そんなことをすればどうなるか、さすがにあの脳天気そうな少女でも理解しているだろうと思っていたから。 ポエットの攻撃に反応して、魔物たちは標的を彼女に定めてしまう。 「貴様ら……そうはさせんっ!」 ゴウッ!とユーウェインの『気』が吼えるように膨れ上がる。その強烈な殺気とも呼べるものに、魔物たちは怯えにも似た敵意を振り向かせた。 しかし、さすがに全ての魔物を惹き付けることはできなかった。元々から数が多すぎるのだ。ユーウェインを攻撃できる魔物の数も限られている。 そこから漏れた魔物たちは、当然のようにポエットを狙って群がった。 「逃げろ、ポエット!」 ユーウェインは我知らず、初めて彼女の名前を呼んでいた。 だが振り向いたポエットは、蒼白な顔色にも関わらず、どこか嬉しそうな、満ち足りたように、にこりと笑う。 刹那。 巨体を誇る魔物たちに飲み込まれるように、彼女の小さな体は見えなくなってしまった。 「くっ……!」 奥歯を砕かんばかりに噛み締めるユーウェイン。その暗色の瞳に怒りを宿して、襲い来る魔物たちを睨み付けた。 「貴様らにもシーレンの恩寵を与えてやる」 その表情とは裏腹に、声音は静穏そのもの。そのことが、彼の感情を表しているようであった。 剣が一閃する。 その切れ味と狙いは凄まじく、数体の魔物を行動不能にしていた。 ──だが、この数。 いかに彼が強くとも、数の差の前では問題にならない。 ユーウェイン自身もそのことを理解している。だから生き残ろうとは考えていなかった。 たがあの少女……ポエットだけは、救いたいと思う。すでに死んでいようと、その遺骸をそのままにしておくわけにはいかない、と。 仲間を……それも自分を慕ってくれていた者を、最後まで守れなくて何のための騎士か。 何のための力かっ! 今にしてそう思うユーウェインである。 だからせめて、仲間たちの元に……。 そう考え、魔物の重囲を打ち破るべく、包囲の一点に向かって剣を振るう。四方から飛んでくる敵の攻撃に、構っている余裕はない。最速の攻撃を以て、ポエットがいた辺りに一歩でも近付くことだけを考えた。 まとっていた鎧が切り裂かれ、砕かれる。そしてその下の生身に魔物の爪が及んだとき、彼は初めて苦痛に顔を歪めた。 だが、あと少し。 あと少しでポエットに群がる魔物たちの背後を取れる。 剣を振るう彼は無言だ。傷の痛みにも声一つあげることはない。 ひたすらに前だけを目指して、剣を振る。 そして、騎士の象徴である盾すらも吹き飛ばされ時、彼はその場所にたどり着いていた。 「っ!」 残った力を振り絞るように、両手で柄を持って振り上げる。渾身の力を込めて、それを振り下ろす! その瞬間だった。 不意に全身が温かな光で包まれ、魔物によって抉られた傷の痛みが失せていく。 その光にユーウェインのみならず、魔物たちも注意を引かれたように顔を上げる。 「間に合ったかしら?」 そこには、司祭位を示す白いローブをまとい、杖をかざして微笑むフロウティアの姿と、そして── 「我が名はセリオン! シーレンの魔物たちよ。光の裁きを恐れぬならば、その凶猛を我に向けるがいい!」 強烈な『気』を発して呼ばわるエルフの騎士と、 「助けにきたよ、二人とも」 にこりと微笑んで双剣を抜き放つメリスの姿が並んでいた。 「お前たち……」 唖然とするユーウェインを放り出して、魔物たちは新たな侵入者に向かっていく。 まるで闇の中で光に群がる虫のように。 その先陣の前に、セリオンが盾をかざして立ちはだかった。 「いくぞ、メリス!」 「りょーかい♪」 セリオンとメリスの活躍により、魔物の群れはあっという間にその数を減らしていった。エアルフリードをして「あの二人を前線に置いとけば、何もしなくても勝てる」と言わせる見事なコンビプレイの賜物である。無論、有能なビショップであるフロウティアの援護もあってのことであるが。 「早く、ポエットちゃんを」 そのフロウティアの言葉で、ユーウェインは我に返ってポエットが倒れている場所に振り返る。 そこには、あの派手な衣装も、その下の鎧もぼろぼろにされ、横たわれるポエットの小さな姿があった。綺麗に整えられていた髪もぐしゃぐしゃで、肌からは血の気が失せいている。 魔物たちが小さな彼女によってたかって爪や牙を振り下ろしたかと思うと、あまりにも無惨すぎる光景だ。 しかしユーウェインは、何か違和感を覚えていた。 傷ついた体を引きずるようにして、横たわるポエットの前に立ち、見下ろすユーウェイン。 あの数の魔物に攻撃され、殺されたにしては、外傷が少なすぎる。 まさか…… 彼がそこまで考えたとき、 「!」 ぱちりとポエットの目が開いた。 「!?」 不意を突かれて、思わず飛び退きそうになるユーウェイン。 そんな彼に構わず、ポエットは体を起こして辺りを見回し、何かを見つけて顔を輝かせた。 「お、お前、もしかして……」 ユーウェインが声を掛けたその時には、ポエットは見たこともないような速さで、セリオンによって倒されたアンデッド戦士の残骸に近付いていた。 そしておもむろに、 「ていっ」 とその残骸に両手を突っ込み、何やら探るようにごそごそと動かす。 「……ん、できた!」 嬉しそうな声を上げて手を引き抜くと、そこには透き通るような真珠色の石が握られていた。 「見てください、ユーウェインさん! ピューリファイストーンですよ! ちゃんと取れました!」 声を弾ませながらユーウェインに見えるように、その石をかざす。 ユーウェインは、またも唖然とした表情でそれを見つめる。 「お前……そのために、俺についてきたのか?」 「はいっ! これがわたしの実力です!」 「……あの大群にスポイルを仕掛けたのも」 「はいっ! チャンスだと思いました!」 「そしてフェイクデス、か?」 「ユーウェインさんなら、絶対に勝てると思ってました!」 にこにこと上機嫌でそう言われ、思わず言葉に詰まってしまうユーウェイン。 ポエットは、太陽に向かうひまわりのような、屈託のない笑顔を浮かべる。 「だから、わたしも頑張りました!」 さすが……やることが奇天烈な娘だ。 ユーウェインはそんな感想を持って、大きく、そして深いため息を1つ。 「……そうだな」 ようやくそれだけ言うことができた。 そんな二人の様子を見つめて、フロウティアはくすくすと小さく笑う。その向こうでは、魔物の最後の一体を、セリオンの剣が切り伏せていた。 「あなたが剣を作るって聞いたから、その手伝いがしたかったのよ。ポエットちゃんは」 フロウティアのそんな言葉に、手当をしてもらっているユーウェインはちらりと横目をポエットに向ける。 ポエットは恥ずかしそうに頬を染めて、照れたように笑った。 ひとまず傷の手当てをしてから戻ろうということになり、ダンジョンを出たところで2人の怪我をフロウティアが応急処置しているところである。 照れながら、それでも嬉しそうに自分を見つめるポエットに、ユーウェインは一言。 「手伝いなどいらん」 「がーんっ!」 よほどショックだったのか。効果音を声に出しながら、白いハニワ化するポエット。 (頑張ったのに……頑張ったのにっ……がんばったのにぃーっ!?) 頭の中では、二頭身サイズのポエットがじたばたと暴れている。 しかし、ユーウェインの口元には、今までにない笑みが浮かんでいた。 「まず自分を鍛えろ。一緒にいても足手まといにならないくらいにな」 その言葉を聞いた瞬間、ハニワのポエットが元に戻る。頭の中の二頭身ポエットが首を傾げる。 呆然とするポエットから視線を逸らし、ユーウェインは剣を手に立ち上がった。手当が終わったのだ。 「帰るぞ」 誰にともなくそう言って、即座にテレポート用のスクロールを開いた。 ポエットの頭の中に、徐々にユーウェインの言葉が広がっていく。それと共に、その表情も少しずつ笑顔へと変わっていった。 「わ、わたしっ! 頑張ります! ぜったいぜったい、あなたに追いつきますから!」 立ち上がって宣言するようにそう言うポエットに、ユーウェインはテレポートの瞬間、微笑を向けていた。 「だから、ちょっとだけ待っていてください!」 ユーウェインの消えた虚空に叫ぶように、ポエットは輝く笑顔でそうお願いするのだった──。 ……某所では。 「やれやれ。苦労して手に入れたアガシオンが、無駄にならずに済んで良かったわい」 人形のようになってしまった大きな耳のアガシオンを手の平に、マモンの商人が苦笑とも取れるような笑顔を浮かべていた。 「ここからは、自分の力で頑張るんじゃぞ。お嬢ちゃん」 →エピローグへ |
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