「かのん? カノンっていうのね」 エアルフリードはそこで初めて彼女に笑顔を見せ、頭を掴んでいた手を緩めて、くしゃりと髪を撫でてやった。 驚いたように、それでいてこそばそうに、ちょっとだけ体を引きながら、カノンはエアルフリードを上目遣いに見る。 「今日からあんたも、うちの血盟の一員よ」 そう言って、エアルフリードは頭を撫でていた手をカノンに差し出す。 カノンはその手をぼうっとした顔でじっと見つめ、そしてもう一度、エアルフリードを見上げた。 「けつめい?」 「そ、血盟。知ってる?」 ふるふると首を横に振るカノン。 差し出した手を取ってくれなかったことは残念だが、それよりも今は説明をした方が良さそうだと、エアルフリードはカノンと目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。 釣られるように、カノンもその場にしゃがんで膝を抱える。 「血盟っていうのはね……んーと」 言い出したものの、知らない相手にどう説明すればいいのか悩んでしまう。 その時ふと、自分の左腕に目がいった。その上腕に巻いてある、布に。 「──うん。これよ、これ」 そう言って、その布を指さして見せる。 カノンは興味深そうに顔を近付けた。 「絵が描いてます」 「そっ。これが血盟のエンブレム。血盟に所属してる冒険者は、たいていどこかにその血盟の『証』を付けてるの。うちの場合は、このバンダナに描いてある絵が、それ」 「エンブレム? 証?」 次々に出てくる単語に、カノンはその都度、首を傾げてエアルフリードを見上げる。 エアルフリードは視線を宙に浮かせて、考えるようにしながら説明を続けた。 「エンブレムは、血盟に所属してるって『証』。血盟ごとに違うもんだけど、たいていは何かの絵ね。付けてる場所も盾とか鎧とか、そのまんま小さな旗を持たせるとこもあるし。エンブレムは『旗』とも呼ばれるのよ」 エアルフリードの説明を小さくうなずきながら聞き、もう一度、顔を近付けてそのバンダナを見てみる。 どういう意図なのか、そのバンダナに描かれている絵は、いくつもの小さな星が重なり合いながら広がるように並んでいた。 再びエアルフリードを見上げてみる。 彼女は屈託のない笑顔を浮かべた。 「その星の1つ1つが、血盟のメンバー。ちゃんと人数分あるわ。みんなで力を合わせながら前に進もうっていう意味が込められてるの。うちの盟主の理想でもあるかな」 カノンは、その言葉をきちんと受け止めることができず、首を傾げる。 エアルフリードは、これでなかなか察しがいい。何かと他人をからかうのも、相手の心理を読みとることができるからだ。 不思議そうに自分を見つめるカノンに、彼女は人差し指を立ててウインクを送る。 「血盟っていうのは、みんなが『友達』になってくれるところかな」 その言葉に、カノンは初めて顔を輝かせたのであった。 「──驚いた」 待ち合わせの場所にやってきたエアルフリードを見て、フロウティアは開口一番にそう言った。意外そのものといった顔で。 エアルフリードはムッと表情を歪める。 「なぁによー。私が勧誘に成功しちゃ、悪いわけ?」 「いいえ。真面目にやれば、できると思っていたわ」 「それって、私が真面目にやらないと思ってたってことよね」 睨むようなエアルフリードの言葉を、フロウティアはいつもの微笑みで受け流す。他の者になら食ってかかるエルフも、彼女に対しては拗ねたように口を尖らせて、顔を背けるだけにとどめる。 そんなエアルフリードの後ろから、背中に隠れるようにして顔を覗かせているカノン。 その小さな新しい仲間に、フロウティアはにこりと微笑みかけて、視線を合わせるように上体をかがめた。 「私はフロウティア。アインハザードに仕える聖職者で、司祭の位をもらっているわ。よろしくね」 「よ、よろしく、お、お願いしま…す……」 フロウティアの微笑に頬をぽっと染めて、恥ずかしそうにエアルフリードの服に顔を埋める。背中の羽がぱたぱたと動いている。 その様子に、エアルフリードもフロウティアも、思わず苦笑を浮かべた。 「ところで、盟主は?」 「ああ。『もう飽きた』って、先にギランへ戻ったわよ」 「なにおぉっ!?」 思わず大声を上げたエアルフリードに、しがみついていたカノンもびくりと驚く。 「あいっつ……自分から言い出したくせに、さっさと1人で帰る!? ふつう!」 「本当はね。勧誘しても誰も相手をしてくれないから、拗ねちゃったのよ。まあ、うちみたいな小さい血盟じゃあ、仕方ないのだけど」 こぶしを握り締めて怒りに震えるエアルフリードに、苦笑を浮かべたフロウティアがそう説明する。 「あ……そゆことね」 エアルフリードはすぐに納得した。気分の切り替えが早いのが、彼女の長所の1つだ。 しかしカノンは、その早さに付いていけない。ぽかんと口を開けてエアルフリードを見上げている。 「もう怒ってない……?」 「ていうか、うちの盟主って、ひねくれ者なのよね。だからいちいち怒るだけ無駄。それに、どんな顔して帰ったかも分かるし」 それを想像したのか、意地悪っぽく笑うエアルフリード。 カノンはそんな彼女の心情が理解できず、ぽかんとしたままぽつりと呟いた。 「……かのんは、寂しかったのに……」 その言葉に、エアルフリードとフロウティアは首を傾げる。しかしエアルフリードには、すぐに何のことか解った。 「ああ。さっきの友達の子たちね」 「うゅ……」 言い当てられて、カノンはばつが悪そうにうつむく。その小さな頭をぐりぐりと撫で回しながら、エアルフリードは目線を合わせて悪戯っぽく微笑んだ。 「カノンちゃんは、なんで置いていかれたのかなぁ?」 「……かのんが遅刻したから……」 「どーして遅刻しちゃったのかなぁ?」 「うゅ……ご、ご飯食べてたら……いつの間にか……」 「うん。あんた、とろそうだもんね」 「ぅゅ……」 「ちょっと、やめなさい」 遠慮のないエアルフリードに、涙目になってしまったカノンを見かね、フロウティアがエアルフリードの手を引きはがす。 「どうしてあなたは、そう……」 「はいはい。言いたい放題で悪かったわ。……でもさ。遅刻したからって置いていくなんて、あんまりな友達じゃない?」 素直にカノンから離れつつ、エアルフリードは澄ましたような顔でさらにそう言う。 フロウティアがその意地の悪い物言いを再度注意しようと口を開き掛けたとき、カノンの小さな声がそれを遮った。 「てっちゃんと、たぁちゃんは、悪くありません……」 「……『てっちゃん』?」 言葉の意味より、あまりに聞き慣れないその単語の方に、エアルフリードは反応してしまった。フロウティアもきょとんとしている。 「テスタちゃんとターナちゃんです」 「ああ……だから『てっちゃん』『たぁちゃん』か。置いていかれて、寂しかったんじゃないの?」 「かのん、いつも迷惑かけるから……」 「友達なら、そんなの関係ないんじゃない。ねえ?」 フロウティアに振り返り、同意を求める。 彼女は小さく息を吐いて首を振った。その意味に、エアルフリードは少し不快そうに眉をひそめる。 それには応じず、フロウティアは落ち込んでいるカノンの肩に優しく手を置いた。 「カノンは優しいのね」 「うゅ……」 褒められて顔を赤くするカノン。うつむいたままのその顔が嬉しそうにほころび、背中の羽もせわしなく動いている。 エアルフリードは、それも少し面白くないように感じた。 「わかったわかった。私が悪かったわよ」 だからわざと大きな声でそんなことを言いながら、頭の後ろで両手を組んでくるりと背中を向ける。 「さ、いつまでもこんなとこにいないで、とっとと帰りましょ。みんなももう、戻ってるだろうし」 「そうね」 フロウティアにはそんなエアルフリードの心理が手に取るように解るから、思わず口元に手を当てて苦笑してしまう。 カノンは不思議そうに2人を見比べた。 何か解らないけれど、機嫌が悪くなってしまったエアルフリード。それを宥めようとせず、笑っているフロウティア。 彼女には、その2人がよく解らないのだ。 「ほら、行くわよ」 顔だけを振り向かせ、エアルフリードがそう言ってくる。やっぱり機嫌は悪そうだったが、カノンは素直にうなずいて、その背中を追いかけた。 小走りで駆け寄る彼女の羽が、足の動きに合わせて跳ねる。 それは少しだけ、フロウティアの知る、エアルフリードの妹の姿に重なって見えた。 (そういうことね) 彼女はもう一度、苦笑を漏らしてしまう。 「カノンの後見人は、あなたの役目ね」 2人の後ろをゆったりと歩きながら、そう声を掛ける。カノンは不思議そうに振り向き、エアルフリードは軽く片手を上げた。 「パース。私はこれでも忙しいんだから」 「それはみんな一緒よ。他に候補はいないのだし、あなたが連れてきたのだから、最後まで面倒を見るのが当然でしょう?」 「バインとかカイナだって、空いてるじゃん」 「あの2人に射手の育成ができると思う?」 「……ごめん。無茶いったわ」 2人の戦いぶりを思い出し、さすがに素直に訂正する。槍一本で平然と敵陣に乗り込むあの2人には、たしかに無茶な話だ。 だからといって、面倒なことを素直には引き受けたくない。エアルフリードは苦虫を噛みつぶしたような顔を、相変わらず微笑んだままの親友に振り向ける。 「じゃ、ひとつ条件が」 「何かしら?」 「カノンが『アレ』をやれたら、引き受けてもいいわ」 「……それこそ無茶よ」 「才能がないシューターを育てるなんて、無駄なことはしたくなぁいのっ」 その言葉が本気か気紛れかは、フロウティアにも判断しかねた。エルフの瞳は、澄んだような光を湛えているのだが……。 当事者であるカノンは、何の話をしているのか解っていない。不思議そうな顔を、2人の先輩冒険者に向けている。 フロウティアは諦めたように息を吐いた。 「わかったわ。その話は、帰ってからゆっくりしましょう。みんなにも聞いてみるから」 「りょーかい」 そう言って、再び前を向いたエアルフリードの顔を、横に並ぶカノンが見上げる。 フロウティアが困ったようにもう一度、ため息を吐いたとき、エアルフリードの手がカノンの小さな頭をぽむっと叩いた。 嬉しそうに、そしてくすぐったそうに肩をすくめるカノンの背中。 それを見て、フロウティアは何度目かの苦笑いを浮かべてしまった。 (素直じゃないんだから) どうやら今回、貧乏くじを引いたのは自分のようだ、と考えるフロウティアである。 →第3話へ |
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